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神獣討伐 君のいない、みんながいる星

 *** *** ***



 星の終わりに思うことは君のこと。


 いつだってそうだけど。


 君がいれば世界なんてどうでもいい。


 君さえいれば。


 場所なんてどこでもいい。


 愛する君と共に過ごしていける世界があるなら。


 ただ、それだけで良かった。


 それなのに。



 *** *** ***



「おい、どういうことだ、どっこも閉まってるじゃねえか…しかもマジで人がいねえ…」


 大剣を背負った赤い髪の獣人が、人ひとりいないイゼキア王国の街中を歩く。


「欲望の街の名はどこ行ったんだよ、クソ、あいつのいる教会にでも行って、酒でももらってくるか…」


 太陽の光を反射してキラキラと光る海が見える坂道を退屈そうにくだる彼女は、イゼキア王国の剣聖ゼリセ・ガウール・ファーストだった。


 彼女が無人の街を歩き、海沿いに建てられた巨大で美しい教会に行く。そこは閑散とした街とは違い大勢の信徒たちが必死に教会から漏れてまで溢れかえっていた。


「なんでここだけお祭り状態なんだよ」


 お祭りと表現したが教会の外の信徒たちも誰も無駄口を叩かず、教会の奥を向いて祈りを捧げていた。

 静まり返る教会にゼリセは人込みを押しのけ中に進んで行く。

 すると、教会の中も同じくただ必死に祈りを捧げている信徒たちで溢れていた。

 そして、その奥には講壇があり、信徒たちの祈りに向き合っている司教の姿があった。白い修道服を纏った青い長髪で、左側の一部の髪には三つ編みでまとめられていた。目を閉じ祈る姿は美しく信徒の中には祈るのを忘れて彼女のことを見つめている者もいた。


 そんな彼女は必死に祈りを捧げていた。


「おい、エレメイ!酒残ってないか?」


 そこでゼリセに声を掛けられた彼女がゆっくりと目を開く。そこには深い緑色の瞳があった。

 講壇背後にあるステンドグラスから光が差し神々しく彼女を照らす。


「ゼリセ、今はみんなで討伐作戦が上手くいくように祈りを捧げていたんです。邪魔しないでください」


「祈っても黒龍は死なないだろ、それより、街がどっこも閉まってて酒がないんだよ。余ってるだろ、譲ってくれよ」


 ゼリセのそばから信徒たちが嫌な顔をして離れる。


「分かりました。捧げものではありましたが、この祈りを邪魔されるよりはいいです。すみません、地下からお酒を持って来て彼女に分けてあげてください」


 エレメイと呼ばれた司教様が、傍で一緒に祈りを捧げていた白髪の青年に言った。


「はい、エレメイ様、どのお酒を持ってくればよいですか?」


「なんでもいいわ、なるべく量の入ったものをたくさんあげて」


「承知しました」


 白髪の青年が講壇の近くにあった扉を開けて裏の部屋に消えていった。


「それより、王の護衛はどうしたのですか?今日はつきっきりで王の傍に居なければならないのでは?」


「あ?あんな奴の傍に一日中いられるかっての、それより酒はまだか?」


「ゼリセ、今、ハル様が黒龍を退治してくださっているのですよ?」


 また彼の名前が出て来ると機嫌を悪くしたが、酒もタダでもらうし、それにエレメイの緑の瞳がゼリセは少し苦手だった。それに、彼女はゼリセにとっても犯し難いほど綺麗でなかなかタイプの女だったので、機嫌を取っておくに越したことはなかった。あと、普通に中の良い友達なので、変に怒りをぶつけたりはしない。


「はぁ、お前もハル、ハルって、そんなにあいつのことが好きか?」


「いいですか?」


 講壇に両手をつき前のめりになって、彼女はジッとゼリセを覗き込んで言った。


「黒龍討伐が成功すれば、彼はイゼキアにとっても英雄になります」


 確かに黒龍が討伐されれば、イゼキアでも年々深刻化していた黒龍襲撃の問題が終息し、空の影に怯える日々が終わりを向かえる。


「それだけじゃありません。彼は教会からも直々に聖人として認められ、信仰の対象になるはずです。我々が生きて聖人をお迎えする…あぁ!なんと素晴らしいことなんでしょう」


 うっとりと紅潮するエレメイの表情に、ゼリセが生唾を飲む。


「ゼリセさん、お酒お持ちしました」


「え?」


 気が付けば、傍には白髪のエレメイに仕えているヴァリーという男がいた。なかなか顔は良かったが根暗でエレメイとしか話そうとしない変わった奴だったため、ゼリセもあんまり仲良くなかった。ただ、エレメイとの会話などしていても、他の人たちと違って、邪魔をしてこなかったりと話が分かることろがあり、嫌いではなかった。


「ああ、助かるよ、お前にも一本やろうか?」


「いえ、今は、祈りの時間なので結構です」


「だろうな」


 ゼリセはそのままエレメイに背を向けた。どうも教会というものが嫌いだった。この大勢の人がいるのに静かな空間という不自然で非現実的な空間が性格にそぐわなかった。


「エレメイ、邪魔してすまなかったな、また来るよ」


 そこでゼリセが最後に彼女の顔を拝むために振り向いた。


 すると、そこには、目を見開いて呆然としている彼女の姿があった。


「ん?どうし……」


 その瞬間、ゼリセが躊躇せずに大剣を抜き取って構えた。それを見た信徒たちが武器を抜いた彼女に怯え悲鳴を上げる者もいた。


「んだ…これ、おい、エレメイ私は王城に戻る!お前もこの教会に人を入れて閉じこもってろ!!」


 それだけ言うと、ゼリセが教会を飛び出し、王城に向かって急いで駆け出した。


「やばい、何が起きてる。これは本当にやばいぞ…」


 必死に走り、王城の坂を上る。やがて、走っているとゼリセが感じている嫌な感覚がより一層強まった。


「これは…」


 ゼリセが特殊魔法の〈加速〉を自身の身体に叩きこむと、一気に駆け出す速度がそのまま上がった。効果が切れても何度もその加速の魔法を掛けて、王城にかけ戻った。

 その間、ゼリセの体中に震えが止まらなかった。

 怖いという感情がひたすら頭の中を支配しては、震えで身体の一部の自由を奪うまでに至っていた。


「怖い…なんだ、この感覚は……」


 その不安をかき消すようにゼリセは特殊魔法の〈加速〉で身体を飛ばし続けた。


 もらった酒瓶が、ゼリセの手から離れ、坂道を転がっていた。



 *** *** ***



 玉座の間で、その危機を察知できたのは、カイとルナだけであった。その二人だけが、勢いよく剣を抜いて、カイはダリアス王を守るように、ルナは傍に居たギゼラを庇うように剣を周囲に向けていた。


 続けて起こったことが、ライラ騎士団の精鋭騎士たちが一斉にカイに剣を向けたことだった。


「カイ剣聖、何をしていらっしゃるんですか?王に対して不敬ではありませんか?」


「お前ら、この異常事態に気づけないのか?」


「異常事態とは、カイ剣聖がご乱心したということでしょうか?」


 ライラ騎士たちがカイに詰め寄る。実力でいえば、カイが圧倒的に上だが、ここまで間合いをつめられ数的不利だと、精鋭騎士である彼らに殺される可能性は十分にあった。それだけ、ライラの騎士たちは強いのだが、今、この空間を満たしたおぞましい感覚に気づけないのなら、全員二流以下だった。


「ルナさん、どうしたんですか?」


「ギゼ、動いちゃダメ…」


 裏の人間であるため正体がばれないように、全身鎧で姿を隠しているルナとギゼラ。

 しかし、ギゼラの前では、ルナだけが何かに怯えるように必死に周囲を威嚇するように剣を向けていた。


「何か起きてる、まだ、続いてる…」


 ルナが必死にギゼラが離れないように、手で抑えながら、双剣を抜き取って構えていた。


「何か感じるんですか?もしかして、黒龍がこっちに近づいているんですか?」


「分からない、でも、もしそうなら、早く、ここから逃げた方がいいけど…ちょっと、外見て来るから、ギゼはここにいて」


「え、だったら私も…」


 ギゼラが後ろを振り向くとルナの姿はなかった。ルナは天性魔法を使って移動したのだろう。彼女がいなくなったことに誰も気づく者はいなかった。



 一方でカイの方は未だに場が治まっていないようだった。


「お前ら、この危機を感じ取れないのか?」


「カイ剣聖、あなたさっきから何を言ってるんだ?」


「クッ…」


 カイもこの状況に困惑していた。脅威を感じ取ったからとっさに王を守ろうと前に出たのだ。

 ただ、カイ自身も実際何が起こっているのか全く、真実は分かっていなかった。危機を察知したから、身体が剣を勝手に抜かせていた。しかし、それほど身構えなければいけない脅威だったのだが。


『くそ、こいつら、こんなあからさまに空気が変わったことも感じ取れないのか?それでも本当にこの大陸で最強の騎士団の一員か?』


 感じ取ったのは自分と端の方にいた騎士だけだったが、その騎士はもういなくなっていた。きっと、暗部の人間なのだろう。今、こういった状況で要人たちの護衛のため、そんな騎士たちがこの場に紛れていてもおかしくはなかった。

 それより、まず、この場を治め状況を説明することが先だった。この場を乱したのは自分が最初のなのだから。


「何か、この大陸で起こってる。今すぐ、龍の山脈周辺にいる偵察部隊と連絡をとって、状況を報告させろ、今、あそこで何か起こってるぞ!」


 この状況で、考えられることなどそれぐらいしかなかった。いや、十中八九龍の山脈にいるハルが何か行動を起こしたと確信するぐらいには、今日だけは彼を中心に世界が回っているようなきがした。


『この作戦下で考えれることはまずそれだ。襲撃の可能性は低い、そもそも、襲撃だったらこんな圧をまき散らしたりはしないだろ』


 頭の中で状況をまとめる。

 カイには感じ取ることが出来た異常。大きくこの大陸の空気感が変わったことに、それは感覚的なもので、誰かに教えてあげられるものではなかった。

 ただ、そうカイが自分で冷静に結論を出せると、抜剣している意味もなくなったので、その場に剣を落として周りに自分が乱心ではないことを証明した。


 すると、彼らもすぐに剣をしまって、カイの剣を拾ってくれた。


「すまない、確認の方、頼んでいいか?」


「分かりました。こちらも、急だったので頭に血が昇っていました」


「王よ、不敬な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」


 カイが振り向いてダリアスに頭を下げた。しかし、彼は神妙な面持ちでカイに尋ねる。


「カイ剣聖、もしかして、ハルに何かあったのか…」


「すみません、そこまでは分かりません。ただ、この大陸で何か良くないことが起こっているのは確かです。今もこの場を良くないものが漂ってます…」


 気づけばカイの手は震えていた。必死にその震えを抑えようとするが止まらない。今すぐ家に戻って彼女に会いたくなった。

『そうか、もしかして、これは…』


 カイはこの得体のしれないものの正体を解き明かす。


『怖いってやつだ…』


 この大陸には恐怖がまき散らされていた。それも尋常じゃない恐怖だ。人間が理解してはいけないほどの恐怖が周囲に漂っていた。


『他の人たちはこの恐怖を感じ取ってないんじゃない…感覚が麻痺して感じ取れてないんだ……待て、ダメだ、あ………』


 身体の無意識の防衛本能に助けられていたカイだったが、悟ってはいけないこの現状を読み解くに至ってしまい、脳が正確に今起こっていることをカイに見せた。

 そのため、一瞬で脳が周囲に満ちていた恐怖に耐えられなくなり、現状を理解してしまったカイの意識を、強制的に現実から切り離した。


 その場に崩れるようにカイが倒れると、全員が驚愕した。


「おい、カイ、大丈夫か!」


 再び王座の間に混乱が生じていた。


『マズイ、これは本当にマズイ……』


 薄れゆく意識の中、カイは彼女のことを思った。



 *** *** ***



 アスラ帝国帝都スカーレットの北側の見晴らしの良い城壁に氷の見張り台を創り、龍の山脈から来る黒龍の警戒をしていた。

 しかし、第一剣聖シエル・ザムルハザード・ナキアの目に映っていたのは、龍の山脈の崩壊だった。


「何が起きてる…」


 遠くで広がるその崩壊は、人間が目にするにはあまりにも衝撃的な光景だった。


「シエル様、これは…」


 傍に居たシエルの従者も思考を放棄せざる負えない状況に陥っていた。


 それもそのはずだ。ずっと小さい頃からあった数百キロと南北に連なる山脈。山で構成されたぶ厚い大自然の壁。そんなものが自分が生きている間に文字通り粉々に崩壊するなど思ってもいなかったからだ。


 その出来事が起こったのはほんの数秒の間だった。

 視界に広がる山々が、一瞬で白い光に飲み込まれると、あっという間に連なっていた山々が跡形もなく崩れ去っていた。

 最初は二人とも何が起こったのか理解することもできなかった。

 そもそも山が消し飛ぶなど、生きていた中で見たこともない現象だったからだ。

 想像を絶した現実の光景に、頭が追い付いていなかった。そして、それは今もそうだった。


「龍の山脈がなくなってる…」


 そこでシエルはもっとよく見えるように自分の足場だけ氷の高台を上へと引き延ばした。


「シエル様!」


「ちょっと見て来る」


 しかし、帝都からでは距離がありすぎるため、いくら氷を上に伸ばしてもこの場で得られる情報は山脈が消し飛んだこと以外確認が取れなかった。


「ダメだ、距離があって何も分からない」


 シエルはすぐに、足場をもとの高台の位置にまで戻すと、すぐに従者に伝えた。


「すぐに伝令を龍の山脈で待機してるフォルテのところにまで出して、もしかしたら、私ひとりじゃ、陛下たちを守り切れないかもしれないって、だから、今すぐ戻って来てって」


「承知いたしました。すぐに使いの者を出します」


 シエルは龍の山脈の崩壊を見て、誰がやったにせよ、あれほどの破壊を生み出す存在がいるならば、帝都など一瞬で更地になり抗う術など無いと思っていたが、やれることはやらなければならなかった。


 帝国の危機というより、今迫っているのはこの大陸の危機、もっと言ってしまえば世界の危機なのかもしれないと、人知れずシエルは心中で怯えていた。


「ルルク様…私…こわ……ッ…!?」


 シエルがすがるような声でひとり呟く。しかし、そんなこと言っている場合ではなかった。龍の山脈から凄まじい何か得体のしれない感覚が広がるのを感じ取ると、あっという間にシエルを包み込んだ。

 彼女がその感覚に触れて取った行動は、一気に天性魔法を解放することだった。


 その広がった何か異常な狂気のような殺気のような恐ろしい感覚に抵抗しようと、出せる限り全力の天性魔法を放った。


 帝都スカーレットに巨大でぶ厚い氷の障壁が展開された。あらゆるものを拒絶するようなその氷の障壁は帝都の北側の防壁に沿って広がった。百メートルを超えるぶ厚い氷の壁が、突如帝都に出現した。


『何、これ…ダメだ…終わりだよ、みんな死ぬよ…』


「フフッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 龍の山脈から広がった恐怖をそのまま受け取ったシエルの防衛本能が働き、彼女の意識を現実から切り離した。


『ルルク様、逃げて……』


 信頼できる従者が戻って来るまで、シエルはその氷の高台でひとり気絶していた。



 *** *** ***



 アスラ帝国に一時保護される形となったライキルたちは、それぞれ、王城の個室に通されていた。

 無駄のない質素な内装の部屋で、ライキルはひとり窓から龍の山脈がある方角を見ていた。


「ハル…」


 考えていることは彼のことだった。

 できることはすべてやった後はこうして待つことしかできなかった。

 しかし、待っているこの時間が何よりも苦痛で、気が狂ってしまいそうだった。

 だけど、片時も離れたくない、ずっと傍に居たい、そんなわがままを通すことはできない。いくら優しいハルでもきっと何を言ってもどう引き留めようとしても、止まってはくれなかっただろう。だって、彼は優しい人だから、みんなに優しすぎる人だから…。


 すると、ライキルの部屋の扉にノックの音がした。


「ライキルちゃん、入るよ?」


 部屋の扉が開かれるとそこにはガルナがいた。


「あ、ガルナ、どうしたの?」


 ライキルが入って来たガルナを一瞥する。


 彼女は入って来るとすぐにライキルの元にやって来て、後ろから抱きしめて来た。


「どうしたの?ガルナも寂しいの…」


「聞いて…」


「うん、いいよ」


 彼女の珍しく弱々しい声をライキルは聞いた。

 いつだってご機嫌な彼女が今日はしおれ切って元気がまるでなかった。


「ハルに何にもしてあげられなかった。私、戦うことしかできないのに…」


「そんなことないと思うよ、最後に私たちが顔を見せただけでもハル、凄い喜んでくれたと思うよ」


「私、もっと、ハルの役に立ちたい。あとライキルちゃんの役にも立ちたい…」


「私の役にどうして?」


「やっぱり、ハルにとってライキルちゃんは特別だから、私も二人の力になりたい、それで、もっと二人に愛されたい…」


 そこで窓の外の龍の山脈を見ながら聞いていたライキルが彼女の腕の中で向き直って言った。


「私、もう、ガルナのことは大好きだよ。あとそうだね、特別っていうよりはきっと私はハルと長く一緒に居るからっていうのが彼の中で一番大きいのかもしれない」


 子供の頃から一緒にいたからなのか?それとも二人のことを愛したことをライキルに対してひいき目に感じているのか?わからないが、確かに少しだけハルはライキルのことを気にかけることの方が多かった。

 しかし、それでも、ライキルが思うことはハルは完全に自分とガルナに心酔しきっていることは確かだった。


「でもね、ハルはガルナのことすごく大好きだよ、絶対そうだよ。だって、今までハルの周りにはたくさんの女の子がいて、懸命にアプローチする子とかいたけど、こうして婚約者として隣にいるの、ガルナだけだもん」


「そ、そっか…それもそうだな…そうだ、私はハルのお嫁さんだった…フフッ、ウへへ…」


 特別扱いといったが、ハルは完全にライキルとガルナの扱いだけは別格で甘かった。甘いなんてものではない、病的と言っても良かった。

 以前のライキルが嫉妬に狂っていたように、ここ最近のハルはずっとそんな調子だった。シフィアム王国の一件があるまで、ハルは四六時中二人にべったりだった。ライキルがいない時はガルナとガルナがいない時はライキルと、とにかく、常に傍に居ようとしてくれていた。

 正直言って、普通にそれは最高だったのだが、なんだか、その時のハルは焦っている様に思えた。まるで、もう会えなくなるから今だけは傍に居ようとしているみたいに思ってしまうときもあった。


「そうだそれと、私の力になるより、もっとハルを愛してあげて、そうすればハルも喜ぶと思うから…」


 ガルナだってハルの寵愛をもっと独り占めするほど受けたいはずだ。彼女のハルへのはまり具合もだいぶ度を越していた。ふいに二人だけでいるところを見た時に、そのあまりにもベタベタぶりに、危うく突っ込んで行こうと野暮な真似をしそうになることもあった。

 それぐらい、彼女もハルに夢中なのだ。ライキルはそんな彼女を気遣って自分のことは差し置いてもっとハルとの時間を大切にして欲しかった。自分と比べたら、彼女は本当にハルといる時間は短いのだから、その分、もっとハルを独り占めしてもいいと思っていたからだ。


 しかし、そんな繊細なライキルの考えをガルナの大きすぎる愛の前では無力だった。


「それは嫌だ、私はライキルちゃんのことも愛したいし愛されたい」


「あ、ええ!?」


 ガルナに愛情深く強く抱きしめられる。


「私、ライキルちゃんのことも大好きだからな!」


 ライキルはそこでやっぱり彼女には純粋さや、心の在り方では一生勝てないと実感してしまった。

 そして、ライキルは思った。自分以外の人でハルの隣に居てくれる人がガルナで本当に良かったと。


『やっぱり、ガルナには敵わないなぁ…あぁ、そっか、ハルがガルナを好きになったのは、こういうところなんだ』


 ハルを中心に回っているライキル。自身と愛する人たちを中心に回っているガルナ。悔しいけれどライキルの完敗だった。


「私もガルナのこと大好きだよ」


「ほんと!嬉しい!!」


 再び強く抱きしめられる。彼女の子供の様な純粋な笑顔にライキルの心は本当に癒された。


 ライキルも少しずつ変わっていく、多くの人を愛せる人になれるように彼や彼女のように。

 悲しい過去を振り切って、愛を知っていく。


『私も変われるかな…』


 優しい彼女を抱きしめ返すととても心が温かくなった。



 窓の外にある遥か遠くでは、龍の山脈が白い衝撃に飲み込まれ、崩壊していた。



 *** *** ***



 君の居ない世界を知った。


 あまりにもからっぽな世界。


 君の居ないここは。


 あらゆることが無意味だった。


 そう思っていた。


「そんなことなかったでしょ?生きるって、とっても楽しいでしょ?」


 もうどこにも存在しないはずの君が問いかける。


 その問いに、答えたくなかった。


 それは君の存在を否定してしまうような気がしたから。


「あなたが自分を犠牲にしてまで、守りたくなるぐらいには、やっぱりここは素敵な場所だったんだね」


 微笑む君の顔があまりにも愛おしかった。


「みんなとの楽しい日々を、幸せな日常を、思い出してあげて」


 君と過ごした日々だってそうだ。


 何物にも代えがたい日々があったのに、それなのに。


 今はどこにもない。


 それが何よりも悲しくて、取り戻したくて。


「ほら、あなたが守りたい世界はちゃんとここにもあったでしょ?」


 そう、守りたかった。


 君のことも。


「大丈夫、今のあなたにならできるよ。私、ずっと信じてたんだから」


 視界がかすみ、意識がぼやけ、君の居ない世界に引き戻される。


「約束だよ」


 君との別れがやって来る。


「生きてね、ハル」


 無限の星々が瞬く暗闇の中で、最後までハルはそこにいる彼女のことを見つめていた。



 *** *** ***

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