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神獣討伐 魔女と刺客たち

 晩夏の空に一番高い位置に太陽が輝き、雲が緩やかに流れていた。

 ただ、遠くに見える第二エリア中龍があると思われる高峰には雲は一切なくそこで途切れていた。

 中龍を取り囲む針のような山々の上には強烈な暴風が吹き荒れており、空からの侵入は不可能だった。第二エリア中龍に向かう方法は、龍の山脈内の第一エリア小龍から直接向かうしか方法はなかった。

 ハルはその第二エリアの中龍に歩みを進めていた。ここから数十キロ離れた先にあるため、徒歩では日が暮れてしまう。

 一気に駆け抜け飛ばして行きたいが、森の中を慎重に進んで行くという素振りを見せていた。

 どうやら黒龍を討伐するだけではダメなようで、正気があるうちにできる最後の善行が残っているかもしれなかった。

 嫌な視線の中、少し開けた場所に出たハルは立ちどまった。


「いい加減なんでつけて来てるか教えてもらってもいいですか?」


 周囲の森の中で動きがあった。近くにいる三十三人の人間たちが一斉に武器を構えて警戒していた。しかし、その全員が木の影や魔法で身を隠しており、ハルの前に姿を現している者はひとりも居なかったが、ハルの天性魔法で姿形までしっかりと捉えていた。

 そして、さらに少し離れた場所に十五人確認したところで、驚くことが起こった。

 ハルの天性魔法にどこからともなく人の反応が現れたのだ。何もない空間に突然人々が次々と現れる。


 頭によぎるのは瞬間移動という言葉だった。

 そうなるとますますきな臭くなってくる。


「誰でもいいから出てこないと、こっちから行くけどいいのかな?今、機嫌悪いから手加減とかできなさそうなんだけど」


 一本鞘付きの刀を地面に突き立て、手に持っていた方の二本目の刀の刃に陽の光を当てる。おぞましい殺気が周囲に広がると、傍に居た何人かが地面に倒れ込む。ハルはそれを自身の天性魔法越しに捉えていた。


 するとこそこそ隠れていた者たちの中から二人の人間が堂々とハルの元に歩いて来た。それを見たハルも刀を鞘に納める。


 その二人の姿を一言で言うと真っ黒だった。丸い被り物にガラスの窓が付いたヘルメットと呼ばれるものを身につけ後は、真っ黒いロングコートを身に纏い正体を完全に隠していた。

 ひとりは長身でハルと同じくらいの背丈で性別は判断できなかった。もうひとりは小柄で歩き方や立ち振る舞いからも女性のように感じた。


「悪いね、こんな大事な時に大所帯で押しかけて」


「誰?」


 その問いに彼女は答えず、独善的に一方的に話し始める。


「僕は思ったんだ。君ほどの人間なんか今後一生現れないんじゃないかって、あまりにも特別で希少で…ありえないんだよ、君は、だって僕があの人以上に誰かに畏怖するなんて」


 声からしても女性の彼女が一歩ずつゆっくりと慎重に踏みしめて近づいてくる。


「何のこと?」


「悔しいけど、僕は君のことを試さなきゃいけないんだ…」


「話が全然見えてこないんだけど」


「ここは良い舞台だろ?君が守らなきゃいけない者もいないし、本気を出すには余計なことを考えなくていい、そうは思わない?」


「もしかして、あんたたちは俺と戦おうとしてるの?」


「君という人間の話しを聞いた時、僕はワクワクしたんだ。最強の剣聖とはどれほどの実力者なのかってね、あ、言っておくけど別に僕は戦闘狂ってわけじゃないよ。とある組織に属する人間として強い人は把握しておかなきゃいけなくてね。もちろん、中途半端なのじゃダメだ。最低でも大国の剣聖クラスの人間が基準かな?だから、君は合格中の合格ってわけ」


「………」


 呆れて言葉も出なかった。もしかして、そんな実力の把握などが目的でこの山脈に足を踏み入れているのかと思うと、それはあまりにも自分たちの命を軽視しすぎた行動だった。


「人数は許してね、さすがに白虎を討伐した英雄様に僕ひとりじゃちょっと厳しいからさ!」


 ヘルメットの奥からも彼女の余裕な態度が見て取れた。相当の自信があるようだった。


「あんた今すぐ仲間を引き連れて帰った方がいいよ…」


 しかし、彼女に自信があろうが、この状況で戦闘などしている場合ではなかった。それは二つの意味でなのだが、どちらが動いてしまっても周りに居る人たちじゃどうしようもないことが起こるのは確かだった。例えここにいる全員が剣聖クラスの実力者だとしても、その二つの事象は必ず彼女たちに不幸な出来事しか与えない。そして、その二つを同時に止めているのがハルだった。


「ここは人が来ていい場所じゃない」


「大丈夫、僕も相当化け物だから、安心していいよ」


「あんたらいろいろ間違ってるけど、何よりこの状況に気づけないのなら、もう俺を試すとかそれ以前の話しだよ」


「君も僕のことを知らないようだね。でも、それは仕方ないね僕は有名じゃないからね」


「………」


 ハルはそれ以上言葉を紡ぐのをやめた。いくら言ってもこの手の人間には話が通じないからだ。


「わかったよ、全員相手してやるから、かかって来い…」


 表情は見えなかったけれど、彼女が笑った気がした。


「よし、確かに無駄話もなんだし、さっそく始めようか!」


 ヘルメットの彼女の手から闇が零れ落ちる。



 *** *** ***



 ここは誰も見つけられない秘密の会議室、そこには七つの座席があり、七人の男たちが座っていた。


「どうなってるんだ!聞いてないぞ!どうして、ドロシー様が英雄と対峙してるんだ!!」


 七番席の男が座席に現れるなり勢いよく叫んだ。


「どうした落ち着け、ドロシー様直々の申し出だ」


「お前ら誰も止めなかったのか!」


「止める止めないの話に持ってくならあなたはこの椅子に座っていないはずだ」


「お前たちはそうやっていつまでも動かないでいるつもりか!」


 憤っている七番が立ち上がって、テーブルに拳を叩きつけた。


「待てなんでお前はそこまで苛立っている?」


 隣に居た一番席の男が問いかける。


「そりゃ怒りもするだろ!お前たちはドロシー様を死地に送り出したんだぞ!」


「我々が彼女の意向に意見できるとでも?」


 二番の男が冷静に荒ぶる七番に言って聞かせる。しかし、その発言が七番の激情をさらにかき立てる。


「それは保身に走ってる奴の戯言だ。あの方の命より自分の命の方が大事か?ここに座るときあの方たちに絶対を誓ったのを忘れたのか!?」


「そういうお前さんはどうなんじゃ?何かできたのか?そうやってわめいて自分だけ気に居られようとしておるのではないか?」


 三番のエルフの発言に、七番の血管はブチブチと音を立てた。


「もういっぺん言ってみろ!クソ、エルフ!!!」


 七番が腰の短剣を抜取りエルフに向かって投げつける。

 三番のエルフはその短剣を首を斜めに傾けるだけでひらりとかわす。


「俺は今からでもドロシー様を止めにいく、お前たちはここで震えてろ!」


 七番の男が座席から消える。


 激情に駆られ突き動かされていた七番がいなくなると、会議室に静寂が訪れた。


 ひとことエルフが言った。


「若い…」


「あぁ、全くだ、あれは早死にだ。勘違いも甚だしい」


 四番がけらけらと笑う。


「彼だけがドロシー様を心配してるわけじゃない。ここにいる全員があの英雄の恐ろしさを知っている…それにドロシー様だって……」


 そこで今まで黙っていた五番が口を開いた。


「いずれにしろ、決着は近い、我々は見届けるだけだ」



 *** *** ***



 ハルの前には黒いヘルメットをかぶった女の子が立っていた。彼女の手のひらからドロドロと真っ黒い何か液体状のものが溢れ出す。それは闇と表現するのが正しかった。手のひらから夜が生み出されていく。

 そして、その溢れ出す闇は彼女の手のひらの上で黒い剣となり、彼女の手に収まった。軽やかにその黒い剣を振るうと、彼女は言った。


「君も剣を抜きな、まずは一対一だ。元剣聖の君なら僕ひとりくらい余裕で勝てるだろ?」


 ハルは挑発通り、まず、二つの刀のうちの一本鞘から抜き、刀の刀身に陽の光を当てた。成人男性の背よりも長いギラギラとした刃が姿を現す。

 その刀の名は【首落とし】その名はそのまま人の首を切り落す処刑時にここから海を越えた西の国からやって来た大太刀だった。ハルは片手で軽々と持ってはいるが、その刀はまず片手で扱うためのものではない。


「いいね、やっぱり、こうして敵意を向けられるとゾクゾクするよ!」


 ヘルメットの彼女が剣を握りしめ嬉しそうにハルの殺気を浴びながらも、立ち向かおうとしたときだった。


 ハルが逆手に持っていた刀を少しだけ前に傾ける動作を見せた。


 そこでヘルメットの彼女の胴体が肩から腰に斜めに切り落される。


「へ?」


「本物じゃない」


「アハハハ、これは想像以上だぁ…」


 彼女の吹き飛んだ上半身がそのまま真っ逆さまに地面に落ちる。しかし、彼女の満足げな声がハルの後ろから聞こえてくる。


 振り返るとそこには先ほどの黒いヘルメットの彼女がいた。

 先ほどハルに斬られた方はすでに黒いドロドロの液状になって溶けていた。


「今ので分かった、ごめん僕も最初から本気で行くよ」


 そこでヘルメットの彼女の本人が姿を現す。今度はしっかりと中身があった。殺すわけにはいかない。やはり、どれだけ簡単なことでも手が震えてしまい身体の言うことが利かなかった。ただ、それはまだ自分が正常である証であり、喜ばしいことであった。それも次期終わりを告げるが。


 ヘルメットの彼女の周りには闇の球体がいくつも泡立つように漂っていた。そのひとつを彼女がハルめがけてひとつ高速で飛ばした。

 その闇の球体の速度は凄まじく一瞬でハルの身体に到達した。握りこぶし拳程度の球体が風よりも早く駆け抜ける。その衝撃は人間の身体を跡形もなく肉塊にする威力だったが、ハルは素手でその高速の黒い球体を地面に弾く。

 その黒球体は地面をえぐり砂ぼこりを舞い上げた。よく見ればその黒い球体は液状で地面にはたき落とされると溶けて黒いヘドロのようになってしまった。


「フフッ、えぐいな…」


 手で弾いたことに対して彼女は失笑していたのか分からないが、とにかく興奮していることはわかった。対してハルはどこまでも冷め彼女に対してどのように対処すればよいか考えていた。


「じゃあ、これはどうかな!!」


 彼女が天高く右の手の平を上にあげると、一瞬で彼女の手のひらに闇が集まり、巨大な闇の球を創り出した。


「僕の得意技だよ!」


 もう片方の手をハルに向けると、そこから彼女の頭上に蓄積された闇が彼女に流れ込み、そして、その流れ込んだ闇が彼女の中でさらに濃縮される。やがて彼女の身体の中で濃縮された闇が彼女の許容量を超えると、構えていた左手から濁流のようにしかしその放出された速度は凄まじく、回避不可能の一瞬の奔流は攻撃対象者を逃さない。音よりも早く闇が空間を暗く染めていく。


 ***


 二人の戦闘を傍で見ていたもうひとりのヘルメットの男。彼の名はギル・オーソン。ドミナスという組織の傭兵であり、ここにはドロシーのサポートして呼ばれていた。ギル自身かなり乗り気ではなかったが、彼女の直々の頼みであったため断ることはしなかった。

 そして、ギルの他にもこの森には、ドミナスの精鋭たちが集っていた。

 すべては英雄の実力の底を知るためだ。


 ドロシーは集めた全員に最初はひとりで戦うからと宣言していたため、現在はギル以外のその集められた精鋭たちは森の奥で、彼女とハルの戦いを見守っている状況であった。

 しかし、彼女の合図ひとつで実力者である彼らが一斉に加勢する手はずは整っていた。


「それにしても最初からドロシーさん、全力だな、間違って殺したりしないよな…」


 ギルの目の前では凄まじく大きな黒い闇の球体が広がり続けていた。


「その規模のをぶつけるのはさすがに死ぬんじゃ!」


 ギルの言葉はもちろん興奮やまない彼女には届かなかったが、そこでギルは見てはいけない現象を目の当たりにしてしまった。


 ドロシーが黒い闇を体内に取り込み濃縮した闇を左手からターゲットの彼に向けて解放したときだった。


 彼女の背後に、二メートルはある刀を二本逆手に持って佇む男がいた。それはまさにあり得ないことで、目を疑うことしかできなかった。一方で彼女は背後を取られていることに気づいていない。


「ハッ?ヤバッ、ドロシーさん!!!」


「オラオラ!!どこ行った?」


 大量の闇を放出するドロシーもここで放出した闇に全く手ごたえがないことに気づくが、背後にハルが立っていることにはまだ気づいていなかった。


「後ろだぁ!!」


 叫ぶギルは剣を抜いて、彼女の元に駆け出す。そこでようやくドロシーも後ろを振り向き、異常事態が起こっていることに気づく。


 ギルでは間に合わない。今にもドロシーが英雄に狩られようとしていた。彼が剣を振るおうと手を動かすと同時にドロシーが叫ぶ。


「来い!!!」


 瞬間、ドロシーの身体がハルの目の前から一瞬で消えた。彼が目の前からいなくなった彼女を探すように辺りを見回していた。

 ギルも何が起こったか分からなかったが、周りに居る精鋭たちのサポートがあったと考えるのが妥当だった。

 そして、ドロシーが戦場から消えると周りの森からぞろぞろと控えていた実力者たちが顔現し始めた。

 見た目が厳つく強面で大きな斧を持った大柄な男から、息を呑むほどの長い槍を持った美人さんや、どこかの国の聖騎士のようなかっこをした銀色の鎧を着たものや、大きな広いつばの帽子をかぶった女魔導士、そして、ハルと同じく刀を武器として持っている男までいた。さらには獣人、ドワーフ、エルフ、竜人、人族からそれらのハーフとみられる人達まで、多種多様な種族の精鋭たちが姿を現す。

 そこにいた全員が殺気だっており、一人一人が相当な実力者であり、ギルも世界はまだまだ広いと自覚させられた。

 ここにいる者たち全て大国の剣聖たちに引けを取らない実力者たちだらけだった。


 五十人ほどの剣聖クラスの強者どもと、ひとりの元剣聖であるハルが対峙する。

 そして、その彼らの後ろから闇の球体に座るドロシーが現れる。


「さあ、みんな、あそこにいる彼を倒せたら、望むものなんでも与えよう。僕は君たちの欲しいものを用意できるからね」


 ドロシーがそう言うと、大柄の斧を持った男がハルに向かって正面からかけ出した。


 その男の圧は異様で正面に立てば大柄の男の身体はさらに大きく見えた。


「俺はてめえを殺して、俺だけの国をいただく!そこで美しい女たちを頂くんだぁ」


 大柄の男の凄まじい筋肉がうなり男の頭上で大斧が振り上がる。


 その男が発する力強さは、ギルもたじろいでしまうほどの迫力と勢いがあった。しかし、それでも力でその男があの生きる伝説のハル・シアード・レイに勝てるはずがなかった。


『あいつハルさんのこと知らないのか?待てよ、まさか、ドロシーさんの連れて来てる奴らってみんなこの大陸の外から……』


 ギルが彼らと合流したのはついさっきで彼らの素性は知らず、ただ、、ドロシーからは僕の部下だから適当に仲良くしてねとだけ聞かされていた。

 それなりの実力者だということは肌で感じていたが、全員ドロシーに服従しているため、立場的には自分と同じ傭兵か何か何だろうという認識だった。


『だとすると、ハルさんを知らないのにも納得がいく…』


 しかし、ギルが彼らの正体について考えているうちに、その男とハルの決着が一瞬で着く。


 ギルが目を離さず衝突する二人を見ていた。大柄の男が斧を振り上げたと同時に、ギルの瞳に映っていた微動だにしないハルの身体が一瞬ブレたような気がした。見間違いかもしれなかったが、彼が何かしらの行動を起こしたことは、頭では理解できなかったが、視覚情報だけがそう自分に訴えていた。彼は今何かをしたと、しかしそれがギルにはさっぱり分からなかった。

 ただ、その気のせいだと思った時には現実で結果が出ていた。


 大柄の男の斧は跡形もなく粉々に砕け散る。


「おッ?ハァ?お前、なんだこれ?」


 困惑する男と全く動かないハル。

 しかし、またギルの視界の中でハルが一瞬ブレる。頭の脳みそはその現象を理解しようと努力さえしてくれない。

 そしてさっきまでいたはずの大柄の男の姿が、動かないでジッとしているハルの前から消えていた。


「なんだ?何が起こって…」


 ギルも困惑することしかできなかった。

 そして、近くで悲鳴が聞こえる。

 周りで様子をうかがっていた実力者たちがいた場所に、凄まじい衝撃と砂ぼこりが舞い上がっていた。

 砂ぼこりが止むと、そこにはさっきの大柄の男が他の実力者たちの何人かを下敷きにして気絶していた。


 辺りは一度静まり返る。

 一瞬で力の差を見せつけられ、全員が固まっていた。

 そして、さらに無慈悲な言葉が告げられる。


「次かかって来た奴から全員殺す」


 彼の一言でその場にいた誰も動けなくなった。実力者であるため彼らは自分と相手との力の差を測ることぐらいはできた。だから、誰も動けなかった。


 しかし、全員が怖気づいているところで、ドロシーが叫ぶ。


「みんな、ひとつだけ言っておくけど、彼はこの大陸で最強の男だ。だけど、ひとつだけ弱点がある。彼は素晴らしい善人だ。彼は人々を救うためにここに来てる。そして、何より彼は人は殺せない。もし、殺せるなら僕はもう十回くらいは死体になってる。僕自身が証拠だ。だから、恐れなくていいよ?それと、もし、彼に一発でも攻撃を当てられたら君たちの望むものをひとつだけ叶えてあげる。さっきも言ったけど、僕にはそれができる」


 ドロシーの演説が終わると、大きなつばの広い帽子をかぶった女魔導士が、魔法を放った。彼女の持っていた杖から、雷が空間を切り裂きながら直進して来る。


 ハルがその雷を刀で払うと、やるせない顔でため息を吐いた。


 その直後、周りにいた実力者たちの心にいっせいに火が付き、戦闘が再開する。


 混戦が始まった。


 多種多様な人たちがいるため、攻撃手段も多種多様で、見たこともない魔法や武器を用いた技が飛び交っていた。

 最初の内は、仲間通しでの相打ちも酷かったが、ハルという最強のひとりを目の当たりにした彼らは次第に息を合わせて絶え間なく彼に攻撃を仕掛けるようになった。


「ドロシー様の言った通りだ。こいつ、強いが殺しはできねえ甘ちゃんだぁ」


「ほんとだ、こいつマジで殺さないぜ?」


「お前ら、こんな腰抜けにやられるな、裏社会で生きていくうえで一生の恥になるぜ?」


「お前ら邪魔だ、さっさとそいつを殺せ!!」


「えー、でも彼すごく私のタイプだわ…殺すのはもったい、私のコレクションに加えたいから、そうだ、誰か生け捕りにできる魔法を持ってないかしら?」


「お前ら随分と余裕だな、彼のこと甘く見てると一瞬で持ってかれるぞ?さっきの動き見えた者はいるのか?」


「俺は見えたぞ」


「嘘つけ、お前さっき、そっちの美人に夢中だっただろ?」


「待て、待て、ここは一旦俺が指揮を執る。統率が取れない部隊は個人に劣るんだ」


「バカかてめえ、ここにいる奴らの実力も測れねえのか?ザコは引っ込んでろよ!」


「来てるぞ!」


「サポートは任せてやばそうな人から安全な場所に飛ばすから」


「俺たちいい感じに動けて来てるんじゃないか?」


「それにしても、なんで未だに奴は無傷なんだよ、化け物過ぎるだろ…」


「ここでドロシー様に認められるんだぁ!」


「どうでもいいけど、誰か早くあいつを殺して、私のダーリンを吹き飛ばしたのよ」


「じゃあ、そろそろ、俺も本気出すか」


「ハル・シアード・レイか、覚えておこう」


 五十人がひとりの男を狩ろうと全力で挑んでいるが未だに触れることさえ敵わず、逃げるばかりの彼を全員が全力で追いかけていた。


 そんな激闘を繰り広げている外側でギルが立ち尽くしていると、隣にドロシーがやって来た。黒いヘルメットをかぶり表情は見えない。そこは自分も一緒だった。


「ドロシーさん、大丈夫でしたか?」


「いや、マジで死ぬかと思った…」


「無茶しないでください、あなたに死なれたら困ります」


「うん、気を付けるよ」


 ドロシーが五十人に囲まれているハルを観察し始める。


「彼らどこから連れて来たんですか?」


「ここにいるみんなは僕が世界中からかき集めたドリームチームなんだ。この大陸でいう剣聖とか、魔導士とか、戦士とか、暗殺者とか、あとアンダーグラウンドのところで言うと殺人鬼とか狂人とか、悪名高いやつらも誘ってみたんだ」


 しかし、彼女はそう言いながらも目だけはずっとハルを追いかけていた。


「そうだったんですね、通りでみんなハルさんになめてかかるわけだ」


「うん、正直、全員話になってない…これなら、あのイゼキアの剣聖の方がハルといい勝負するね」


 それはこの五十人とイゼキア王国の現剣聖が同レベルだというのは、さすがに言い過ぎだとギルは思った。しかし、話しにならないというのは間違いなかった。五十人で囲んで触れることさえできない相手なのだ。勝てるわけがない。


「でも、どうするんですか?このままじゃ、きっと、ハルさんが本格的に攻勢にでればすぐ全滅ですよ?」


「大丈夫、そこはちゃんと考えてある」


「何か作戦でもあるんですか?」


「うん、もしかしたら、ハル・シアード・レイを倒せるかもしれない方法がひとつ」


「え!?なんですか、それ、教えてくださいよ」


 そこでドロシーがヘルメットの奥でにやりと笑う、いや、笑ったのだろう。


「ヒントはギル、君にかかってるんだ」


「お、俺ですか?」


「じゃあ、今からその作戦を伝えるからちょっと耳かして」


 ギルがドロシーに耳をかす。その後ろでは激しい戦闘が続いていた。

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