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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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外食

 帝国の剣聖と死闘を繰り広げた日の夜、ハル、エウス、ライキル、ビナの四人は城の近くにあるレストランに出向くことにした。

 辺りは薄暗くなって早く、星が出てきたばかりで、ハルたちは城から出るところだった。


「悪いね、私情なのに馬車、出してもらうなんて」


「いえ、エウス隊長から代金は頂いているので、大丈夫ですよ」


 ハルがエウスの方を見ると彼は口角を少し上げていた。


「そうか、それじゃあ、頼むよ」


「はい」


 そう言うと新兵の一人である兵士は馬車を出した。


「今日はどこの店に行くんだ?」


 石畳の上を行く、少し揺れる馬車の中で、ハルが真正面にいるエウスに尋ねた。


「エリー商会が出してるお店に行くよ、坂の途中にある景色のいい店だ、四階でバルコニーもあるし、貸し切りだ」


「そうか、それは楽しみだな」


「だろ、飯も各国からおいしいものを取り寄せてるから何でもうまいぞ」


 馬車の窓のカーテンを少し開けて外を眺めていたビナもその言葉に反応し振り返る。


「それは、素晴らしいですね、エウスにしては、なかなか気が利きますね」


「それ、どういう意味だよ、お前だけ連れて行かないぞ」


 ビナはその言葉を聞いて一瞬体が固まり、そのあと、とても爽やかな笑顔を見せた。


「嘘ですよ、エウス、嘘に決まってるじゃないですか」


 そう言いながらエウスの隣にいたビナは彼の肩をバシバシ叩く。


「いや、いたい、いたい…」


「楽しみだな」


 ビナはすでに飯のことしか頭の中になかった。

 馬車は城の城門を抜けて、大きな橋を渡り始めた。


「そういえば、ライキルの今日の服は落ち着いた雰囲気でいいな」


 エウスが言った。


 彼女の服装は、落ち着いた紺色の長いドレスを着ていた。

 派手な装飾もついていないシンプルなドレスだった。


「殴りますよ、エウス」


「え、なんで?理不尽すぎない?」


「今日の私は機嫌がいいんです」


「なおさら、おかしくないか?」


 二人の会話を聞いていたハルは、おかしくて笑っていた。


「ハルはどう思います、今日の私の服装は?」


「とってもお似合いですよ、ライキルさん」


 ハルの口調はふざけていたが、彼のまっすぐした瞳に、ライキルは思わず顔を背けてしまった。


「そ、そうですか、フフフ」


 そんな、嬉しそうに下を向いたライキルをエウスは懸命に睨みつけていた。


「私もドレス着たかったな」


 ビナはライキルのドレスを羨ましそうに眺めて言った。


「ビナ、そしてたら今度ドレスを見に、一緒に街に行きましょう」


「行く行く、私は赤いドレスがいいな綺麗な模様が入ったやつ」


 自分がドレスを着た姿を想像しながら、ビナは馬車の揺れに合わせて頭を振っていたが、しばらくして窓から外の様子を眺めるのに戻っていた。


 馬車は橋を抜けたのか緩やかな坂道に入った。



 エウスは少し前に乗り出し、ハルに小さな窓を開けてもらって、兵士に大きな声で尋ねた。


「場所わかるか?」


「分かりますよ、休日に仲間と飲みに行ったんで」


「そうか」


 エウスが席に戻り、窓から景色を確認した。


「エウスの店、城から近いのか?」


 ハルが言った。


「意外と近いよ、新兵たちにおいしい店があるって広めておいたんだ」


「お前は根っからの商人だな」


「まあね、だてにエリー商会の会長じゃないさ」


 馬車が小石に乗り上げたのか、一瞬大きく揺れた。


「ハルのおかげでもありますけどね」


 ライキルが横から口を出した。


「まあな、ハルがいなかったら今の大商人の俺はいないからな」


「別に俺は最初だけしか、手伝ってないだろ」


「その最初が大事だったんだよ」




 そのように馬車の中で数十分ほどおしゃべりを続けていると、馬車が止まった。


「みなさん着きましたよ」


 馬車の前方から声がした。


「お、着いたみたいだな、降りようぜ」


「わーい、お食事だー」


 ビナが真っ先に降りる。


「おいおい、危ないぞ」


 エウスも馬車の外に出た。

 ハルが降りて、ライキルの手を取り、ゆっくり彼女を馬車から降ろす。


「ありがとう、ハル」


「さあ、行こう」



 新兵が馬車の扉を閉めた。


「エウス隊長どれくらいでお迎えに上がりましょうか?」


「いや、帰りはいいよ、歩いて帰るさ、何時になるか分からないんだ」


「はい、分かりました、それではこれで私は失礼させていただきます」


「ありがとな」


「いえ、こちらこそ」


 馬車は城に戻って行った。



 四人の目の前には多くの人で賑わう、レストランがあった。

 建物は四階建ての石造りの建物で、各階に木造でできたバルコニーが段々に造られていた。

 なだらかな坂の上に立っており、下の街並みを見渡せるいい立地の店だった。

 店の中に入ると多くの人々が酒盛りをしていた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」


 店の定員さんが声をかけてくると、エウスはキラキラ光る金色のカードを見せた。


「これは、かしこまりました、ただいま店長をおよびしてきます」


「頼むよ」


 店の奥からすぐにこの店の店長らしき人が出てきた。


「カードのお客様お待たせしました、ただいまカードを確認…」


 カウンターに片肘をのっけて待っていたエウスの姿を店長が見ると大きく目を見開いた。


「エウス様じゃないですか!ようこそ我が店【ブロード・ビア】へ」


「突然すまないね、席は空いてるかい?」


「はい、空いております、カードを持つお客様専用の四階の広間が。すぐに案内します」


「よろしく頼む」


 ビナがエウスと店長のそのやり取りを見ていた。


「エウス、本当にエリー商会の会長なんだね」


 頭からっぽでビナは無意識に口にしていた。


「そうだけども、ビナ、さては信じてなかったな」


「え、いや、信じてたよ、本当だよ、だってさっきそんな話ししてたでしょ、あれ?」


 自信なさげに必死に弁明していた。

 後ろのハルとライキルは二人でその様子を見ると互いに笑っていた。


「おいおい、まったく」


 少し待っているとすぐに店長が来て、上に案内してくれた。


 このレストランは四つの大きな広間が、それぞれの階層にあり、そこにテーブルや椅子が並べられていた。



 一階は、様々な種族の庶民や冒険者などで、ごった返しになって大いに盛り上がっていた。



 二階に来ると、一階のような大きな騒ぎはなく、少し上品な雰囲気が漂っていた。

 家族ぐるみや、金持ちそうな商人達のような人々がゆっくり食事をしていた。

 二階は人族の人々が大半を占めていた。



 三階は豪華な装飾がほどこされており、一階と二階の雰囲気とは全く異なった、気高さを纏っていた。

 そこには位の高い貴族だと思われる人々がいた。

 客の女性たちは煌びやかなドレスを着飾り、とても魅力的で、誰もが美しい顔つきをした人ばかりだった。

 男性たちも立派な綿の入った少し大きめで、複雑な刺繍が入った服を着ていた。

 下は足に吸い付くようにピッタリで高そうな生地のズボンを履いていて、靴も高級な魔獣の皮でできた丈夫な靴を履いていた。



 ハルたちが三階に来ると少し辺りがざわついた。



 それもそのはず、ハルは普段着の白いチュニックに黒い長ズボン、傷だらけで底がすり減った茶色いブーツと、完全に庶民と変わらない格好だった。

 エウスも全く同じく庶民が着るような茶色い服を着ていたため目立った。

 ビナもいつでも鎧を上から着れるような動きやすい格好で、正装とは程遠い服装だった。

 唯一ライキルだけまともそうな服装に見えたが、それでも他の貴族たちに比べたら、そのドレスの美しさは埋もれてしまった。



「何、あの人たち…」


「見に来たんじゃない三階を…」


「我々に失礼ではないのかね…」


 三階にいた貴族の人たちがひそひそと話していた。

 しかし、四人は全く気にしない様子で次の階に足を進めると、周りの貴族たちは驚いた。


「え、どうして、あんな人たちが…」


 辺りのざわつきはその勢いを増した。


 この店の四階はどんなに金を積んでも店側が決して入れてくれなかったからだ。

 なぜ四階を使わせてくれないかと店に問いただしたら、店長から言われたことはただ一言『カードをお見せください』だった。

 エリー商会の店は、このようにカードという物を持ってないと入れてくれない特別な場所がある、というルールがあると貴族の間でも噂になっていた。

 この店にも、もちろんその特別な場所があった。

 それがこの店の四階だった。


 三階から四階に通じる階段の前には屈強な兵士が二人立っていた。

 その兵士たちが横にずれて、階段を上っていくと、驚く景色が広がっていた。



 四階に来るとさらに装飾や周りのテーブルから椅子から何もかもが高価なものばかりだった。

 高そうな壺に絵に金の装飾品の数々。

 広さはどの階も変わらないが、それでも四階の豪華絢爛なさまは、全ての階を足しても比較にならな程だった。

 どこの国の王族が来ても、まったく失礼のない荘厳な広間だった。


 店長が広間に明かりをつけていると、エウス達は、その広間のバルコニーに向かった。


「バルコニーでいいのですか?」


「いいよ、夜風に当たりながら食事をしたいんだ、みんなそれでいいよな」


 エウスがみんなに確認をとると、みんなそろってエウスの意見に賛成した。


「しかし、バルコニーは、その、下の階と変わりませんよ」


「俺たちは、あなた達が作るおいしい料理を食べに来た、それだけだよ」


 エウスが笑顔で言うと、店長は嬉しそうに返事をして下に降りて行った。


「でもいいのか?こんなに豪華な場所なのに、なんか申し訳ないな」


 ハルが辺りを見回しながら言った。


「ここはほとんど店の金庫と一緒だよ、まあ、別に金庫室はあるけどな」


 エウスも飾られた高そうな装飾品の数々を眺めながら言った。


「見栄えがいいから金庫にある物の一部を置いてるだけなんだ。経営する上で金が必要になったとき、金に換えるものばかりだよ。あとエリー商会の幹部たちが各店に『俺達だけの秘密の豪華な部屋を作るぞ!』って…」


 エウスがそう言ってあとに続ける。


「まあ、面白い噂が流れて、エリー商会の店の名が広まったからいいんだけどさ、俺はあんまり賛成じゃなかったんだけど、いつでも店が開いてるのはいいなと思ってな」


 エウスの話を聞きながら、四人はバルコニーに出て席に着いた。


 四階から見下ろす、その景色は、夜の街が人々の暮らしの明かりで、夜空の星々に負けないくらい輝いていた。
















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