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神獣討伐 スフィア

 国土の九割がエルフの森と呼ばれる巨大な樹海で形成されているスフィア王国。しかし、その王都【エアロ】は、防衛の観点から見てもすぐれている深い森の中ではなく、エルフの森から外れた森の入り口部分に位置した場所にあった。

 どちらかというとスフィア王国はエルフの森を管理している国というイメージだけが周囲の国々には根付いていた。そんなスフィア王国は外向的で周辺の多くの国々とも国交を開いており、友好的な国ではあった。

 だが、それはあくまでスフィア王国を代表している現女王ジェニメア・エメラル・スフィアが治める王都エアロとその周辺の森の外にある街だけだった。

 そんな王都エアロの王城の玉座の間に彼女はいた。

 平均身長が、二メートルを超える超高身長であるエルフに合わせてつくられた玉座の脚は高い。そこに堂々とした姿で王女であるジェニメア・エメラル・スフィアが、報告しに来たエルフの騎士に耳を傾けていた。


「まだ始まってなかったの?」


「ハッ!黒龍の討伐は正午から始まるとたった今アスラ帝国から伝鳥が飛んできました」


「正午って、もう正午になるわ」


「どうやら、あちらで何か急遽予定の変更があったみたいで、ただ、作戦進行に問題はないと伝鳥の手紙には書いてありました」


 ひとつため息をついてからジェニメアは、報告者に心中を吐露する。


「これ以上、問題があったら困るわ。ただでさえシフィアムにあんな悲劇が起きて延期になるかもしれなかったのに、もう、悲報ばかり聞きたくないわ」


 数週間前に起きたシフィアム王国でのクーデター事件、そのことでジェニメアの心は酷く悲しんでいた。スフィア王国とシフィアム王国は隣国で、一番仲の深い友好国でもあったからだ。何度かシフィアムのサラマン王とも会っていたジェニメア。今回このようなことが起きて友人である彼の身を案じるばかりだった。なにせこのクーデターで、シフィアムは剣聖と王女をひとり失っているのだから胸が苦しいのは当然だった。


「そうだ、黒龍討伐も大事だけれど、もうひとつ別の報告はどうなってますか?」


「ハッ、その件に関しましては今のところどこも大きな動きはないそうです」


「ほんとかしら?イゼキアあたりなんかが暴走したり、アスラがどこかの国に奇襲を仕掛けようとしたりしてない?」


「各地で監視を続けている同胞たちからは何も連絡が無いので今のところは動きはないと思われます」


「そう、まあ、でも気は抜けないわ、黒龍討伐の成否次第でどこかの国が動き出す可能性もなくはないから、終わっても監視を続けさせてください」


「承知いたしました」


 報告者が玉座の間から下がっていく。すると周りでは貴族たちが今の報告に対して議論を交わしていたりした。

 そのなかでジェニメアも深く今後のことについて考え込む。


『戦争は無いにしても、その可能性がゼロじゃ無くなって来てる。少しでもどこかでおかしな行動があればそれが引き金になってもおかしくない。実際に、シフィアムで起きた悲劇がその類だとすると、今後ももっと至るところで被害が拡大しそう…』


 あらゆることを想定するジェニメアが今もっとも恐れていることは、大国間での戦争だった。

 現在急速に大陸に蔓延っていた脅威がひとりの英雄によって駆逐されており、それは今まで身動きが取れなくなっていた大国たちの自由が利くことを示していた。

 四大神獣たちも大人しく息を潜めていた過去の時代は、闘争が絶えない人間同士での戦争の歴史があった。

 黒龍が討伐されれば、神獣の脅威から解放される大国はレイドとアスラになるが、現在最も猛威を振るっているのは黒龍だけと言えてしまえた。残りの白虎はすでに討伐済み、火鳥に関しては不明、山蛇に関してもイゼキアの剣聖によって既に何度か神獣クラスの個体の撃退、討伐には成功しているとのことだった。

 つまり四方八方どこまでも脅威を振りまいていた黒龍が討伐されれば実質この大陸から神獣の脅威が去ったことになる。そうなれば人間の時代が再び訪れることになり、溜まっていた野心をむき出しにする者たちが、どこかの大国から現れるかもしれない。ひとつの目標に一丸となって団結していた大国だったが、その目標を達成してしまえばあとは人間同士が覇権を争うだけとなってしまう可能性は十分にあった。

 さらに、考えられる人災の脅威はそれだけじゃない。ここ西部以外の他国からの侵略や、裏社会で暗躍している組織などの襲撃が増える可能性もありまさに先の読めない混乱の時代に突入しようとしていた。ある意味で神獣たちが人間の共通の敵としていつまでも君臨し続けてくれていた方が安全だったのかもしれない。


 しかし、それでも忘れてはいけないことがひとつだけあった。それはなんと言っても現在龍の山脈で今まさに四大神獣の一角である黒龍を討伐しようとしているひとりの英雄の存在だった。

 ハル・シアード・レイ。彼がいる限りどんな争いも長引くことは無いだろうと言える自信はジェニメアにもあった。白虎討伐という実績を持つ英雄、これだけでどんな国も組織も彼の居る場所に戦争を仕掛けようという愚かな者はいないだろう。神獣という神の使いとも言われている人知を超えた獣たちをいとも簡単に滅ぼしてしまう彼に、まず人間ではもう勝てる者はいなだろう。それは数年前にあった剣闘祭で各大国の剣聖たちがその身で証明してくれていた。

 強大な力だ歯向かう者はいないだろう。しかし、気は抜けないし、それにそもそもありえない話だが、もしその強大な力を持った彼が暴走したら、一体誰が止められるのだろうか?ジェニメアは少しだけ、彼がこの討伐作戦で死ぬまでは行かなくとも相打ちか、戦闘不能にまでなってくれるといらぬ心配をしなくて良かったのだが、そうはいかないのだろう。


『ハル・シアード・レイ。レイド王国の英雄にして元剣聖で白虎討伐者。今回はどうなるかな?相打ちが理想だけど、レキ様が言うには彼の力は底無しみたいだからな、ていうか、レキ様はずっと彼にご執心だし、もう少し私のこと気にかけてくれてもいいのに…』


 ジェニメアが愛してやまないエルフに思いをふけっていると、傍に居た長い金髪のエルフが声を掛けて来た。


「またあの男のことを考えているのですか?」


「え!?」


 急に隣から心中で思っていたことを当てられ、公の場にも関わらず素で驚いてしまった。


「…あぁ、違うわ」


「その間は嘘ですよね、それにいつもの彼のことで思い悩む顔をしていました」


「はぁ、アルバーノにはなんでもお見通しのようね」


 ジェニメアの傍に仕えていたのは、スフィア王国の剣聖【アルバーノ・セレスティアルド・ウェザリング】だった。

 金髪長髪に暗い黄色い瞳で冷静で物静かな印象がある彼、もちろん、エルフであるため身長は二メートル越えだ。冷たい視線で常に周囲に緊張を放つような彼だが、ジェニメアの前ではいつだって優しい瞳を浮かべてくれていた。それは二人が小さい頃から付き合いがあったからだろう。昔から二人は仲がいいのだ。

 そして、彼は八十一歳ではあるがエルフの中で見るとまだまだとても若く、人族の年齢に照らし合わせるとだいたい二十代前半の男性に当たった。親しい者や興味のある者にしか口を開いたりしないところが癖ありといった感じだったが基本は優しく人助けが好きな青年だった。


「いつもそばにお控えしているのです。あなたのことは顔を見ただけで分かります」


「フフッ、やっぱり、アルバーノは凄いわね。私なんて人の顔見たって相手のことなんて何も分からないわ」


「必要なのは相手を深く理解することと観察力です」


 彼は腰にある鞘に入ったレイピアという刺突武器を触りながら少し落ち着いた声で話す。


「じゃあ、私には無理ね。レキ様のことを理解するには彼はつかみどころがないし、私には観察力は無いしで、残念」


「…そんなにあの男のことがお気に入りですか?」


「え?フフッ、まあ、そうね、レキ様はその素敵なのよ」


「そうですか、私は彼の読めない性格が好かず、むしろ嫌いです」


 そこでジェニメアは先ほど彼が言っていたことを参考にひとつ提案してみた。


「だったら、もっとレキ様と仲良くなって見たら?そしたら、いろいろ見えて来るんじゃない?」


「あの男と進んで話したくありません。不快になるだけなので」


 結論は即答で却下だった。


「私はもっと二人が仲良くなってくれたらなって思ってるのにな」


 ジェニメアからしたら、レキもアルバーノも大事な人たちだから三人で仲良くしたかったがどうにもそうはいかないようだった。特にアルバーノがレキを嫌っており、どうしようもなかった。


「無理です。彼と私は水と油です。ちなみにあっちが油です」


「そっか、まあいいけどさ…」


「安心してください別に嫌いなだけで衝突しようという気はないですから」


 アルバーノと友人のように親し気に話をしていると、周りの貴族たちがざわつき始めていた。それはアルバーノが女王に対して気さくに語りかけているからなのだろう。年功序列の意識が強いエルフの中でもトップ権力の王族というものは例外的で絶対だ。

 そんな崇められている彼女に剣聖という護衛という目的だけで傍に居る彼が気さくに話しかけているのが気に食わないといった感じで周りのエルフたちがアルバーノを冷たい目で見ていた。

 スフィア王国内での剣聖の人気は微妙だ。いや、正確には人気だが、上級貴族たちからはあまり好かれていない。まあ、王家を除いてあまり変動が無いこの王城内の顔ぶれに力だけでのし上がってきた若造がでしゃばること自体あまりいい目で見られていないのだろう。

 基本成り上がりの剣聖はスフィア王国では大いに疎まれていた。

 ただ、ジェニメアはそんなことは気にしていない。有能ならばどんな人だろうと上手く取り込み活用していくだけであった。


「すみません、無駄話が過ぎました」


 アルバーノが下がるのを止めようとしたが、彼の周りからの評価が下がるのを恐れてジェニメアもここは引きさがっておくことにした。しかし、言いたいことは言っておくのがジェニメアだった。


「アルバーノ、あなたには期待していますから胸を張って自信を持ってくださいね。あなたはこの国を守る剣聖なのです。この国で誰よりも強い立派な騎士なんですからね?」


 アルバーノは信頼しきった顔で、女王ジェニメアの後で無言でうなずいていた。


 ただ、それでもジェニメアが個人的に思いを寄せる彼のことを考えてしまうことに変わりはなかった。


『それにしてもレキ様は今どこで何をしてるでしょう?早くまた一緒にお茶会をしたいなぁ』

 

 恋する乙女の裏側でも、しっかりとその時は刻々と近づいていた。

 正午は近い。


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