神獣討伐 ニア
レゾフロン大陸にある大国のひとつ、小人たちの楽園ニア王国。その王都【チースル】この街はドワーフたちの小さい姿とは異なり、ありとあらゆる建物が巨大だった。さらには豪華で煌びやかな凝った外装の建物が数多く立ち並んでおり、街の外観のつくりには力が入っていた。街のいたるところで木や石などのありふれた素材だけではなくふんだんに鉄などの建材を取り入れた建物が建てられていた。それはこの王都であるチースルの街が〈鋼の街〉とも呼ばれているところにあった。この王都チースルの傍にはたくさんの鉱石が取れる山脈が広がっていた。西部の鉄のほとんどがこのニア王国から供給されていた。そもそもドワーフという種族は土魔法に適性があり生まれながらの怪力であるため、採掘の際は彼らのその魔法と怪力は大いに役立っていた。国家ぐるみでの山脈産業はニアの強みでもあった。なぜならあらゆる武器や防具、必需品に至るまで、ニア王国の鉄が大きな割合を占めているからだ。そう言った天然資源でも強力なニア王国が大国として認定されているのは当然でもあった。
そんな鉱石たちで築き上げて来た王都その中でもひときわ清廉された美しい外観の鋼の王城である【アダマンディ】の屋上には二人の兄弟がいた。
「兄ちゃん、今日の街は静かだね」
金色に近い茶髪の男の子が、銀色の瞳で眼下に広がる鋼の街を眺めながら、後ろから落ちないように抱きしめてくれている彼の実の兄に語り掛ける。
「みんな家の中でジッとしてるんだ」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
疑問を浮かべる弟に兄は逆に尋ねてみる。なぜこのような状況が起きているのかと。
うーん、と人差し指を自分の頬に押し当てて悩む弟。なかなか出てこない答え、そこで兄はヒントを与える。
「前にもこんなことなかった?覚えてる?」
「うん、なんかあった気がする」
少し自信なさげに弟は答える。
「それってどんな時だったかな?」
「えっとね、確か、怖い怪物を倒すからみんなお家にいなきゃいけなかった気がする」
「正解、アレクは天才だね」
兄が弟アレクの頭を撫でると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「でも、どうしてお外に出ちゃいけないの?」
弟の素朴な疑問に兄は簡単に答えてあげた。
「もしかしたら悪い龍さんが空からたくさんやって来るかもしれないからみんな家の中に居なきゃいけないんだ」
「どうして、悪い龍さんがやってくるの?」
「それはね僕たちが悪い龍さんたちのお家を壊すからだよ。それで怒ったその竜さんたちが周りにいっせいに飛び出て来るかもしれないんだ」
「龍さん、お家壊されて、かわいそう」
弟が少ししょんぼりとした顔を見せると、兄は微笑んですれでも現実を教えてあげなければならなかった。このまま、可愛い弟でいてもらいたくもあるが、無知は時に身を危険に晒すからだ。
「そうだね、でも、その龍さんの名前は黒龍って言うんだ。覚えておいて」
「こくりゅう?」
「黒龍は一頭いるだけで大きな街を更地にする力があるんだ。空を飛びながら口からとっても熱い炎を吐いてみんな燃やしちゃう。そしたら、今、アレクが見てるこの僕らの街もなくなっちゃうかもしれないんだ」
「それは嫌だよ、お兄ちゃん、何とかしてよ」
可愛い弟に頼られるのはなんとも嬉しいものだったが、その役目はニア王国の王都を守護する兄の役目ではなかった。
「残念だけど黒龍を退治するのは兄ちゃん役目じゃないんだ」
「え、じゃあ、誰がそのこくりゅうを倒してくれるの?」
「それはね…」
兄が弟に声を掛けようとした時だった。
「シャノン剣聖、王がお呼びです。王座の間までお願いします」
屋上に子供ぐらいの身長の全身鎧の騎士が現れ、兄の方を見て声を掛けていた。
「そうか、わざわざ、ありがとう、すぐ行くから君は下がっていいよ」
「ハッ、失礼しました」
がしゃがしゃと音をたてて屋上からその騎士が去って行くと、兄は再び弟に向き直って言った。
「もう、行かなくちゃ、王様がお呼びだ」
「えー、もっとお兄ちゃんといたかった」
「ごめん、でもアレクも今日はみんなみたいに家に帰らなきゃいけないんだ。だって黒龍が来て食べられちゃうかもよ?こう、ガブガブって!」
兄のシャノンが弟のアレクを強く抱きしめる。
「アハハハハ、やめてよお兄ちゃん、あ、でもその時はお兄ちゃんが守ってくれるから大丈夫だね!」
弟の期待の眼差しがシャノンには心地よかった。彼のためにも立派な剣聖でありたいと思えた。
「それは間違ってないね」
そこで二人は笑顔を交わした。
そして、弟の方が屋上の縁から離れると、屋上から城内に入る扉に向かって歩き出した。小さな身体が元気に飛び跳ねる。
「今日はお家に帰る」
「あれ、今日はいつもより素直だね」
「だって、僕が今日お兄ちゃんの邪魔したらこの街がなくなっちゃうんでしょ?僕そんなの嫌だから、お兄ちゃんにはこの街を守って欲しいし、それに」
弟はそこで一度区切って大きく息を吸い込んだ後、叫んだ。
「食べられるのは嫌だから!!」
弟が扉に走って逃げていく。そんな弟の背中を愛おしいと思いながら後を追うかけるシャノン。
しかし、シャノンが屋上から出て行こうとした時、ふと足を止めて遥か遠くにある空を眺めた。そのシャノンが見ていた向きから直線上に真っ直ぐ行くと、そこはちょうど現在神獣討伐が行われているであろう龍の山脈があった。ニア王国からは数百キロ離れた場所にある場所だが、黒龍の移動距離を考えると下手をすれば数時間ほどでこのニアにまで到達し、災いとなりかねなかった。大国の中でも一番距離の遠いニア王国でさえ警戒しているのもその黒龍の機動力が原因だった。
白虎討伐の際は、全国民の外出禁止とまではいかず、急用や買い出しなどは許され、一部の商人たちも商いをすることを許されていたが、今回は厳重な警戒の元外出の禁止令まで出されていた。それも国王が民たちを心の底から愛しているという心理からくるもので会ったのかもしれない。シャノンでさえ、一番龍の山脈から離れているニアの王都がここまで厳粛に警戒しなくてもいい気さえしていた。
なぜなら、黒龍を討伐する人物があの人だからであった。
「ハル・シアード・レイ、白虎を討伐した君ならできるよね…」
彼がいるであろう遠い空の彼方にシャノンは背を向けて呟く。
「頼んだよ」