神獣討伐 イゼキア
レゾフロン大陸北西に位置する大国イゼキア王国。その王都【シーウェーブ】北の海岸沿いに位置するこの大国は別名水の都と呼ばれていた。さらに美しい水と調和した街の中心にそびえ立つ王城【フエンテ】はこの国を象徴する水という外観ををふんだんに取り組んだお城だった。
そして、そんな王城フエンテの王座の間に国王【ヴォ―ジャス・サーペン・イゼキア】が王座に座り目の前で跪いている伝令騎士に尋ねていた。
「現在進行中の神獣討伐にあたり、全軍厳戒態勢はもう敷いているな?」
「ハッ!只今、イゼキアの各重要拠点には、すでに各騎士団長殿たちが黒龍襲撃を想定した防衛配置に当たっています」
ザメラスの言葉を承った伝令騎士は、頭を下げながら報告する。
金髪長髪で余計な贅肉がついるヴォージャスは体中を宝石や黄金で豪華に着飾っており、周囲には妾の女性たちが、静かに彼の威厳ある姿を静かに見守っていた。
ヴォージャスは彼女たちの周りで得意げに自分が王である威厳を示す。
「そうか、ならばしくじるなと各騎士団長たちに伝えておけ、お前たちが守っている場所はどこもイゼキアにとって欠かせない重要拠点なのだとな」
承知いたしましたと返事をした伝令騎士にヴォージャスは決め顔で「もう下がれ」と言うと、王座にふんぞり返って、周りにいる側室の女たちに得意げに笑いかけた。
「お前たち、ついに我々もあの忌まわしき黒龍に怯える日々がなくなるのだ。どうだ今宵はこの城で盛大にパーティーでも開こうじゃないか」
周りにいた側室の女性たちは素晴らしいお考えですと彼を持ち上げていた。
「ふふ、この際だ。こんな素晴らしい記念の日には盛大に王家の血をお前たちにも与えてやろうじゃないか」
黒龍討伐であらゆる国に緊張が走っている中、このイゼキアという大国の権力者はまだ実現もしていない未来に浮かれに浮かれていた。
周りにいた側近たちはそれでもこの男を持ち上げるしか選択肢はなかった。
しかし、そんな大層ご機嫌で浮かれている男に物申す恐れを知らない人間がひとり、王座の間でだらしなく用意された椅子に座っていた女性が言葉を吐いた。
「おい、そこの変態国王、戦いの前でそんな浮かれてると黒龍にその上手そうな贅肉噛み千切られるぞ?」
「ゼリセ、言葉の使い方には気をつけろ?これでも私はこのイゼキアの王なのだぞ?」
ヴォージャスの顔色がムスッとした顔に変わって、傍に居た獣人族の女性を睨みつけた。
艶のある血に濡れたような赤い長髪に、女性であるが男性とも見て取れてしまうほど中性的で美形な顔つきで、鋭い目つきや威圧的な態度など人を寄せ付けない雰囲気を持つ彼女はとても野生的で獣のようだった。さらにそう印象付けるきっかけとなっているのが、彼女が純粋な獣人族でフサフサの赤い被毛の耳と尻尾があったからだった。
そんな彼女はヴォージャス王の側室などでは決してなかった。美しくはあるが、傍にある大剣を見ればその場にいた誰もが彼女が騎士であることが分かった。そして、王にも軽口を叩けるほどの人物怒鳴るとその立場おのずと決まってくる。
「俺からしたらあんたは太った変態にしか見えねぇんだよ」
「お前の実力は王族であるこのヴォージャス・サーペン・イゼキアも認めている。だからこそお前はここに置いてやっているし、多少のわがままも許してやっているんだぞ!」
威厳を保とうとヴォージャスが声を荒げる。女性たちの前で恥をかくわけにはいかない。自分が王族であることを誇りにたったひとりの獣人族の女性に対抗する。
「逆だろ?このイゼキアに俺がいなかったらこの国は軍事力的にも、もう大国の仲間入りだって出来やしない。私がここを抜けて、あの亡大国のセウス同様没落していくか?そしたらお前たちの大事なそこらへんにいる女たちだって、食い物にされるだけだぞ?」
この地位から転落することを酷く恐れていたヴォージャスは、素直に引き下がり、彼女の言うことを黙って聞くことにした。
「いいのか?お前の好きなこの水の都だって、この前のシフィアムみたいに国家転覆しようと企む狂った奴らに燃やされることになるんだぞ?それに今は多くの騎士たちが防衛に出払っているだろ?まさに今がねらい目でしかない。いいのか?王だろうが何だろうが俺のことを甘く見てるとお前らを置いて、黒龍討伐に出かけてやるぞ?」
彼女の言っていることの実現性は高かった。一週間ほど前には、シフィアム王国の王都がどこかの組織に襲撃され実際に炎上し国家がひっくり返されそうになった情報が入って来たため記憶に新しすぎた。
だが、それでもヴォージャスは保ちたかった王族の威厳をだから彼の力を借りることにした。
「フフッ、か、構わないさ、黒龍などあの英雄ハル・シアード・レイが片づけてくれる。彼のおかげでこの大陸は絶対安全だ」
虎の威を借り言い返せて多少は自尊心が回復したヴォージャス。しかし、王座の間に濃厚な殺気が広がると、その小さなプライドもすぐに投げ捨ててしまうほどの恐怖が身を包んでいた。
王の周りにいた側室や護衛の精鋭騎士、さらには王座の間にいた宰相や貴族たちの表情がたちまち凍りつく。
王座の間は完全にひとりの獣人によって支配されていた。
「…だからなんだ?俺はあんな奴認めてないぞ……」
彼女が立ち上がり座っていた高級な椅子に鞘に入ったままの剣を突き立てると粉々に砕け散った。
「奴さえいなければ、あぁ、クソ!」
癇癪を起した彼女の一瞬の殺意は、戦闘とは無縁の気の弱い人たちの意識を呆然と固まらせていた。失神まで行かなくても、意識が固まった人たちは瞳孔を開いたまま自分が生きていることを理解するのに時間が掛かっている様子だった。
「気分が悪くなった。ちょっと出て来る」
彼女を止められる者は誰もいないが、声を掛けなければならないと思ったヴォージャスが震えながら呼び止める。
「おい、私たちの護衛はどうするんだ?」
「あ?英雄様が救ってくれるんだろ?」
それだけ言うと彼女は王座の間を出て行ってしまった。
彼女は【ゼリセ・ガウール・ファースト】イゼキア王国の剣聖にして、この大陸で現在いる剣聖の中で最強であった。
そう、彼女は英雄ハル・シアード・レイが剣聖の座を降りたことで最強となってしまった剣聖だった。
彼女の不機嫌な足が王座の間の扉を蹴り飛ばす。
「街に出て可愛い女の子でも探しに行くか」
彼女が繰り出そうとしている水の都の朝の街。黒龍討伐作戦が始まっている厳戒態勢の街が静まり返っていることを彼女は忘れていた。