音と晴れ
フォルテの天性魔法を受けた対象者は、一定の間、あらゆる外部の音が聞こえなくなり、彼の任意のタイミングで自分の好きな音を、好きな場所から出し、それを音の聞こえない対象者に聞かせることができた。
しかし、その音も複雑な音は作れず、単調な音しか出せなかった。
ハルが聞いた音は、まさにフォルテが作り出した魔法の音だった。
『動いた、来るか、ハル』
フォルテは自身の中心から周囲に広がる波のようなものを出した。
物体に当たると自分に返ってきて周囲の情報を教えてくれた。
目でものを見るより、情報伝達の速さは遅いが、何も見えない場所では抜群の効果を発揮する。
そのため、この濃い霧の中でも、生き物の動きや大きさが手に取るように分かった。
その波はフォルテにしか見えず、感じなかった。
フォルテは波でハルが動き始めたことを知る。
そして自身の方にまっすぐ来ることも分かった。
『さて、どうしようか、もう切り札を切ってしまった』
そうフォルテが考えこんでいるとハルから返って来る波に乱れがあった。
小さく動いていた霧に突然大きな流れができた。
『誰かほかに?いや違う、霧の流れが乱れてる、ハル動き回ってるな』
目で霧の動きを追い、音である程度ハルの位置を把握して、波で詳細に位置を把握していたフォルテは、辺りの霧が大きな流れを持ち始めたことで、周囲の警戒にさらに力を入れた。
霧は、しだいに一定の方向に流れ始める。
『完全に、俺が閉じ込められてしまったな…な、なんだ!?』
波で追っていたハルの姿が複数返ってきて、フォルテの魔法の波が機能しなくなっていた。
『速すぎる、波で追えないか?』
そのとき、返ってきた波で何かがこっちに向かってくると、気づいたときには、腹に重い打撃の一撃をくらっていた。
「がはあ」
突然の攻撃にフォルテは声を出すがその声は誰にも聞こえない。
『殴ってきたか、なんて威力…』
着ていた鎧の形が簡単にゆがみ、体の奥までその衝撃は鈍く残った。
すぐに体勢を立て直し剣を構えるが、波を頼りにしても、ハルの動く音を聞いても、周囲から聞こえてきて、完全にどこにいるか把握できなかった。
『ならば』
フォルテは全身にマナを勢いよく流し、それを魔法に変換して全身から周囲に暴風をまき散らした。
白い世界は一瞬で破壊され、元の広場に戻りつつあった。
辺りにまだ霧が残っていたが、大半が辺りに散っていった。
「どこだ?」
フォルテは、混乱する波よりも目で追ったほうが良いと判断し、霧を散らしたが、そこにハルの姿はなかった。
「まずい」
フォルテは自分が判断を誤ったことに気づき、急いで波を出すが、遅かった。
散っていく雲に隠れていたハルが素早い動きでフォルテの背後に現れ蹴りをくらわせた。
そのまま足をすくわれたフォルテはその場に仰向けに倒れ、目の前にはハルの木の剣の先が自分の顔の前にあった。
「負けたよ」
フォルテが天性魔法を解いてハルに言った。
彼の顔は悔しさと嬉しさの半分半分の表情をしていた。
ハルの世界に音が戻り、霧が晴れた広場には、日差しが差し込んだ。
「おつかれ、いい戦いだった」
「どこがだよ」
そういうフォルテの顔は満足そうな笑顔に変わっていた。
ハルがフォルテに手を貸して体を起こした。
「霧の魔法いつ覚えた?」
「帝国の魔法学園で魔法の修練を積んだんだ、今まで覚えた魔法の中で一番時間が掛かった」
「そうか、俺もびっくりしたぞ」
「それは習得したかいがあるな」
二人が話していると、見ていた観客の兵士たちが集まってきた。
「すごい戦いでしたよ剣聖」
フォルテが自国の騎士団に手を上げ答えていた。
そうすると、エウス達や帝国二人も駆けつけた。
「フォルテびっくりしたぞ、あの魔法」
エウスが感想を述べる。
「そうだろ、秘策として習得したが、敵わなかったよ」
「フォルテ様、お疲れ様でした」
ベルドナも走ってきて、フォルテに言った。
「ああ、ありがとう、少し魔法を使いすぎて、疲れてしまった…」
膝から崩れ落ちそうになったフォルテをベルドナが支えてあげた。
「わあ、大丈夫ですか!?」
「すまない、少し眠らせてくれ…」
フォルテはベルドナに支えられたまま気を失ったように眠ってしまった。
彼の眠る、その表情はとても気持ちよさそうで、幸せな夢を見ているようだった。
体の力が抜けたフォルテをルルクも支えるのを手伝った。
「ハルさん、うちの剣聖、宿まで運びますね、今日はありがとうございました」
「ああ、こっちもいい経験をした、ありがとう」
帝国の人たちはそのまま、宿に帰っていった。
ハルもそのあと、みんなと試合のことで大いに盛り上がった。
そこで、ライキルだけが遠くの城の中庭でこっちを見ているのに気づいた。
みんながそれぞれ解散したあとライキルのもとに駆けつけた。
城の中庭のベンチにライキルが一人で座っていた。
「ハル、ご苦労様でした」
ライキルが穏やかな表情で言った。
「ありがとう、ライキル…」
ハルがライキルの顔を見る。
ライキルもハルの顔をじっと見つめていた。
「なんだか、戦っているとき、昔のこと思い出したんだ」
「いつのことですか?」
「うーん、騎士団にいた時とか、道場にいた時とかいろいろ」
「そうですか…」
二人の間に少しの沈黙があった。
「なあ、ライキル今日の夜、街で外食に行かないか?エウスとビナも誘って、俺が勝った祝いに」
「勝てることは知ってたくせに…」
ハルはライキルのその言葉に悪戯っぽく笑った。
「もちろんいいですよ」
「よし、じゃあ約束な」
「はい」
ライキルの顔はいつもの優しい表情に戻っていた。