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ただ逢いたいそれだけ

 アスラ帝国イラスヘルム城内で案内されたひとつの大きな扉をくぐったその先は、帝国の皇帝が佇む謁見の間だった。

 奥行きのある縦長の空間に玉座まで続く道には赤いカーペットが敷かれており、天井からは帝国の龍の国旗が垂れ下がり、完璧なまでの荘厳さが謁見の間を支配していた。

 ライキルたちはそんな威圧感のある長い部屋を丁寧に歩き切り、皇帝の前まで来ると跪いて頭を垂れた。


「陛下のお許しが出ました。全員頭を上げなさい」


 声を発したのは皇帝陛下ではなく、傍に居た文官の声だった。


「やあ、皆さんこんなところまでよく足を運んでくれたね」


 周りにはなぜか大勢の帝国の偉い人が総出で集まっていた。その中には第二剣聖のフォルテもいたが、めったにお目にかかれないと言われている帝国の第一剣聖のシエル・ザムルハザード・ナキアの姿があった。

 彼女は噂通り真っ白い髪の女の子で、とてもじゃないが【氷上の悪魔】と二つ名の持つ剣聖には見えなかった。

 そして、大物たちはそれだけじゃない、アドル皇帝の傍には彼の血縁者たちがそろって玉座の近くに座っていた。

 アド皇帝の妻である、皇后のサーラ・フューリード・アスラ。

 次期皇帝は確実と言われている長男のイグライン・フューリード・アスラ。

 その妹の皇女ラピア・フューリード・アスラ。

 最後に長女のエステラ・フューリード・アスラ、彼女だけ何故か目元を真っ赤に腫らして泣いた後のようで化粧も少し崩れていた。


「陛下、急な訪問を心からお詫びします」


 エウスが先陣を切って頭をもう一度深く下げた。


「エウスくん、よいよい、こんなこと無礼でもなんでもない。君たちは私の大切なお客なんだからね、いつでも私に会いに来てくれて構わないさ」


「申し訳ありません…」


 本来約束を取り付けないで皇帝に謁見できる者は、他国の王族を除いてありえない。こうしてアドル皇帝に会えているのが奇跡のようなものだった。

 これも全てハルの名前を出したおかげであったが、諸刃の剣でもあった。ここで何かへまをして皇帝や皇族に対して無礼な振る舞いをしてしまえば、最悪殺されるといったことはないと思うが、ここにいる貴族たちなどの恨みを買ってしまう可能性はあった。

 帝国の貴族たちのほとんどが騎士で強者ばかりで、帝国は武を重きに置いているため、レイドのように文官あがりだけの者は少なく、誰もが武を極めてのし上がって来た者ばかりだった。そして、彼らは皇族を中心とした愛国主義者ばかりなため、無礼な働きをすれば裏でこっそりと消されるかもしれないという都市伝説まであった。


 だからあくまでことは慎重に進めなくてはいけなかった。


 のだが。


「皇帝陛下、無礼を承知でお聞きしたいことがあります」


 立ち上がったライキルが声上げた。


「君はライキルさんだね?ふむ、どうしたのかね?」


「ハルの…ハル・シアード・レイの居場所を教えて欲しいのです」


「ハルくんの居場所か…」


 アドルが玉座に肘をついて思い悩む表情を見せた。それだけでライキルは彼がハルの居場所を知っていると確信が持てた。


「御存じなんですね?」


「ああ、居場所はもちろん知ってる。彼は一度ここに来たからね。そして、君たちも彼がどこに居るか、もう分かっているんじゃないのかな?」


「ハルは神獣討伐を始めると言っていたので、龍の山脈に居ると思います」


「そういうことだね。うん、じゃあ、それで君たちは彼を追いかけて来たってわけだ」


「はい、ハルは私たちに何も言わないで出て行ってしまったので…」


 そこでアドルは玉座からライキルたちを見下ろしながら告げた。


「そうか、じゃあ、君たちがここに来た理由はハルくんに会うためなんだね?」


「はい、おっしゃる通りです」


「そうか、じゃあ、竜の山脈に入る許可が必要だね」


 やけに話がすんなりと進むな、と思ったライキルだったがそれはそれで好都合だった。一分一秒でも早く望む未来を手繰り寄せたかった。


「私たちに龍の山脈に入る許可をいただけないでしょうか?」


 だが、そこでアドルが眉間にしわを寄せ難しい顔を浮かべた。


「うーん、それが竜の山脈は明日の明朝を境に、作戦終了までハルくん以外の人間は立ち入り禁止になるんだ。これはハルくんと決めた最重要事項でね」


「明日ですか…そんなに早く作戦が始まってしまうんですか?」


 何も知らない無知なライキルにいら立つように貴族たちの視線が刺さる。そんなことも知らないでここに立っているのかと、しかし、そんなギラギラしている貴族たちとは違い、アドルは穏やかに話す。


「作戦の準備はずっと前から進めていたんだ。避難の誘導、避難民の疎開先、半年ほどの食料確保などね、そんな様々な微調整を繰り返して来たが、それもほとんど終わったところにハルくんがやって来たんだ。それで最後に彼が出した条件が竜の山脈に自分以外の人間を入れないことだったんだ」


「なんでそんな条件を…」


「彼は何も語ってくれなかったけど、私は白虎討伐同様彼はひとりですべてを終わらせる気なんだろうね。悔しいことにここにいる二人の帝国の剣聖たちでも彼の前では足手まといになってしまう様でね」


 シエルは陛下に申し訳なさそうに頭を下げていたが、フォルテはなぜか誇らしげに堂々としていた。

 そして、アドルは続けて言う。その時に彼は相手を試すような目をしていた。


「剣聖ですら足手まといになってしまう場所に行って、君たちは何をするのかな?」


 何をするか?ライキルはそこで固まってしまった。自分のやっていることがいかにわがままなことか、こんな時に自覚させられてしまったのだ。


「何をするかですか?」


「そう、それが分からないと竜の山脈に入る許可は与えられないね、なんせ、この作戦の成否には多くの人の命が掛かっているんだからね。君たちの介入でご破算になってしまうのは困るんだよ、例え、ハルくんの婚約者だとしてもね」


 ガタッ!


 アドルの傍に居たひとりの女性が立ちあがって殺気だっていた。アドルは殺気だった彼女を横目に見ていたが無視してライキルに告げる。


「私は物事を進める時の予期せぬ事態という不純物が嫌いでね。なるべく起こりうる出来事は最小限にとどめておきたいたちなんだ。物事が複雑化してくるとそれだけ対処するのにも手の込んだことをしなければならない。そうならないためにも物事はなるべくシンプルに保っておきたい、今回のことで言うとハルくんが約束してくれた誰も入れるなという単純明快な約束に余計な不確定要素を追加したくはないんだ」


 何もできない上にライキルがハルに会いにいく理由は、ただ逢いたいだけ、ただそれだけだった。ライキルたちが彼に会ったからと言って討伐作戦が上手くいく成功率が上がるそんなことは一切なかった。

 剣聖ですら足手まといの場所なのだ。ライキルたちでは邪魔者以外の何物でもなかった。


 四大神獣討伐作戦、多くの人々の命が掛かった大事な作戦。特に黒龍はこの大陸で一番被害を出している。その巣を攻撃するとなると何が起こるか分からない。あの、ハルですら、手を焼くかもしれない。そんな場所に守られるだけのライキルがいたところで何になるか?


「お父様、こんなの議論の余地はありません。彼らに許可を与えるべきではありません」


 ライキルが深く思い悩んでいるところに、黒髪ロングの皇女が睨みを利かせながら吐き捨てた。


「彼女たちが彼の傍に居ても作戦遂行の邪魔になるだけです。それともそこの彼女はあの剣聖ハル・シアード・レイに匹敵するだけの力があるんですか?」


「……ないです…私は普通の騎士ですので…」


「騎士?精鋭ですらないあなたに何ができますか?」


 ライキルは何も言い返せなかった。そう、結局はハルの隣に居るためには力必要だった。彼についていく武力でもいい、目の前にいる彼らを従わせる権力でもなんでもいい、自分に力さえあればライキルの彼に会うという簡単な望みは叶えられた。

 だけど、それはずっと前からどこにもなかった。

 ライキル・ストライクには何もなかった。あるのはただ彼に対する大きな愛だけ、そんな誰も動かせない力で、自分の望みが叶うはずがなかった。


 あなたに何ができるか?


 その鋭い言葉は刃のごとくライキルの心の深くに突き刺さった。


 与えられるばかりで与えて来なかった自分を呪いたくなった。いや、与えようと努力はしていた。だけどライキルが頑張ってひとつ彼に与えると、彼から返し切れない大きなものが十も百も与えられた。

 それは凄く嬉しかった。だけど、ずっと、返せないことがライキルの中で積り積もっていた。


「わ、私は……」


 きっとこれから先も自分は彼に何もできないまま、ただ、彼に愛されるために愛を叫ぶだけなのだろう。それしかできないから。


「もういいわ、ここであなたが話すことは無いでしょ?早くここから立ち去りなさい」


 俯いたライキルは何も言い返せなかった。

 貴族たちも無知で何も知らない非常識なライキルのことを失笑で嘲笑っていた。それは当然のことだった。この場は女の子ひとりのわがままが通るような場所ではないからだ。


 ライキルが大人しくその場に跪いて頭を垂れた。ライキルはもう何も言えなかった。悔しくて涙が出そうになったが、ここでそんなことをすればさらにバカにされてしまう。


「なあ、ライキルちゃん、どうした?泣いてるのか?」


 そこにガルナが跪いた状態でライキルの隣に移動して来て小声で様子をうかがいに来てくれていた。

 非常識を常識として捉えているような彼女もこの場では下手に動いてはいけないことを理解しているようだった。


「大丈夫よ、ガルナ、あと、ここでの私語はだめですから、静かに」


「そうか、ごめん、でもそろそろ私ハルに会いたいんだがな…」


 ガルナがそれだけ言うと後ろに下がっていった。


 ライキルは辺りを見渡すが、エウスも何も言えない様子だった。当然だ、いくら弁が立つ彼でも権力の前じゃ無力だ。

 ビナに関してはすっかり怯えてしまって、可哀想なことをしてしまったと思った。


『ハルが帰って来るのを待つしかないか……』


 ただ、その時だった、謁見の間がざわついたのは。


「あ、お前そう言えばハルと仲良かったよな、ハルがどこに居るか分かるか?」


「!?」


 ライキル、エウス、ビナが後ろを振り向くとそこには腰に手を当てて立っているガルナの姿があった。


「お前だよ、そこの金髪のお前だ!」


 ガルナが指を指したのは皇帝の傍にいた。フォルテのことだった。


「え、いや、さっきからみんなでその話してなかったか?」


 フォルテも急な出来事に困惑していた。


「ああ、すまん、聞いてなかった。それでハルはどこに居るんだ?」


 この空間に居る貴族たちの血の気が引いて行くのが感じ取れた。


「いや、だから、あいつは竜の山脈にいて…」


「そうか、ありがとな、よし、みんなでそこに行こうハルが待ってるぞ」


 ガルナが跪いているライキルたちにそういうと慌てて、フォルテが訂正した。


「おい、だから、竜の山脈には許可が無いと入れないんだって」


「じゃあ、許可をくれ」


「えっと、だから…」


 話しが通じない相手にフォルテも戸惑い、これ以上みんなの前で彼女と会話していたくないといった険しい表情を見せる。


「そこの獣人、あなた、陛下の前でなんて態度をとってるの!?誰か、この不敬極まりない獣を牢屋に連れていって!」


 皇女のひとりがそう叫ぶと、慌てて周りにいた皇族からの評価が欲しい貴族たちが一斉にガルナを捉えるために動きだした。


「待ってください!彼女に悪気はないんです!元からこういう子で悪意や不敬を働く意思はないんです!」


 ライキルがガルナを庇うように叫ぶが、貴族たちは止まらない。


 しかし、ガルナはライキルの肩に手を置くと前に自ら乗り出した。その時のガルナはなんだか、いつものガルナじゃないような気がした。まるで、別人…。


「おうおう、いいのか、私はガルナ・シアードぞ?レイドの英雄の婚約者ぞ!?私に何かあったらハル・シアード・レイが黙ってないぞ?いいのか、こんな国、ハルにかかれば剣一振りで更地だぞ!?アッハッハッハッハ!」


 凄まじい覇気と共に彼女に告げられた言葉は、貴族たちの足を簡単に止めた。まさに権力の乱用もいいところだった。


「何がハルの婚約者だ!そんなはったりに騙されるな!」


 黒髪ロングの皇女が叫ぶ。


「討伐から帰ってきたハルがボロボロの私を見てどう思うかな?悲しむと思うなぁ…」


 人差し指を自分の頬に押し当て相手を挑発するガルナ、それを見て怒りが頂点に達している皇女様。

 なんだか収拾がつかなくなって来た状況に、ライキルは危機感も感じていたがなんだかスカッとしていた。何も言い返せなかった私に代わってガルナが場をかき乱しては言いたい放題を言ってくれていた。


「お前なんか品のない奴がハルに愛されてるわけないでしょ!?」


「それがさ、ハルさん、結構私にもご執心でさ、あ、そっちのライキルちゃんには絶対に手出さない方がいいよ、マジで国が消し飛ぶと思うからさ」


 ライキルが呆気に取られながらも雄弁に語るガルナを見つめる。そこで話しているガルナには高い知性が感じられた。


「はあ?どういうことなの?」


「私とライキルちゃんは、二人ともハルの婚約者だからよく覚えときな!」


「そんな、そんなこと!?」

 辺りがざわつき始め、更なる混沌が訪れようとしていた時だった。


「アハッハッハッハッハッ!」


 玉座に居座っている男が大声をあげて笑うと、みんなの動きが一瞬で止まった。


「そうか、やはり、ハルくんにはすでに心に決めた人たちがいたんだな、エステラ下がりなさい」


「お父様、だって…私……」


「皇族だって失恋くらいするさ、心や身体はみんなと何も変わらない同じ人間なんだからね」


 その皇女はその場に静かに座って落ち込んでいた。


 アドルが慈しみの眼差しを彼女に送った後、正面に向き直ってそこで勇ましく臆することなく、謁見の間に立っているガルナに語り掛けた。


「君は勇気があるね」


「私に勇気?まさか、今回一番勇気ある行動をとったのは、ライキルちゃんとこの子ですよ、陛下」


 ガルナが自分の胸に手を当てた。


「ん、どういうことかな?」


「まあ、いいです。それより、竜の山脈に入る許可をください。私たちにはそれが必要です」


 ようやく話しがもとに戻った。


「それは君たちが私を納得させるだけの理由があるならすぐにでも許可書を渡すよ」


「そうですか、だったらその理由はみんなを代表して私が」


 そこで、ガルナの表情がいつもの楽しいことと戦闘のことしか考えていなさそうな無邪気な顔に戻っていた。


「ハルに会いたい」


 ガルナのその一言だけで、アドルは小さく頷いていた。



 *** *** ***



 謁見が終り、広間から皇族、貴族、剣聖、来客、全ての人たちが出て行き、アドルと宰相のガジスだけが残っていた。


「良かったのですかな?シアード様との約束破ってしまうことになってしまいますぞ?」


「ハハッ、構わないね。それにこれはハルくんも望んでいることだよ」


「なぜそう思われるのですかな?」


「話していてすぐに分かったよ。彼は無理をしているってね」


 アドルは頭の中でハルとの会話している場面を思い出していた。


「そもそも、こんな大きな問題、本来、彼一人に背負わせるものじゃない。大人である我々が、少しずつ責任を切り分けるべき問題のはずなんだ」


「そうですな、この作戦の成功の見返りは大きいが、失敗したときのリスクはひとりで抱え込めるものじゃ到底ないですからな」


 白虎を完全討伐し、もはや生きる伝説となっている今の彼があるのは、大勢の人々の命を天秤に乗せるという重い勝負を勝ち取ったためであった。さらには犠牲者も出さないという会心のできだった。


「でも、彼以外この作戦を遂行できる者がいない」


「その通りですな、後はもう陛下、彼の成功と無事を祈るだけですぞ」


「そうだな…」


 二人はただ作戦の成功を切に祈った。


 全てはひとりの青年に託されていた。



 それからガジスがイグラインの元に向かうというと、アドルは謁見の間で一人になった。

 アドルはさっきまでここにいた四人のためにも祈りをささげた。


 祈りを終えて目を開けたアドルが玉座から腰を上げる。


「愛する人の傍にはなるべくいた方がいい…」


 広間を歩いて行くアドルは独り寂しく呟く。


『人は灯火のように儚い生き物だ。いつその灯火が消えるかなんて分からないから…』


 アドルはふと若かりし頃のことを思い出していた。そこにはこの世を去って行ってしまった者たちもいた。


『彼に会えるといいね』


 閉ざされる扉。誰もいなくなった謁見の間の玉座には、穏やかな日差しが当たっていた。



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