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会食

 アスラ帝国の帝都に存在する王城イラスヘルム。その広大な敷地内の一角には芸術を楽しむためのエリアが設けられていた。

 その区画の中で有名な建物の名前が【紅月】という建物だった。

 帝国内で音楽、演劇、ダンスなど一流の芸を身につけた者たちがアスラの皇帝にその芸を披露できる唯一の場所であった。

 皇帝の前で芸を披露できればそれは大層な箔が付いた。

 アスラの芸術家たちの夢は、この紅月の舞台に立ち皇帝の前で自分たちの実力を披露することだった。

 そんな芸術が咲き乱れるエリアにあるパーティー会場にハルは案内されていた。

 立派な白い石造りの建物が今宵の会食の会場だった。その建物は白い大きな石柱が六つ荘厳な雰囲気を放ち建ち並んでいた。

 建物の周りには大勢の貴族、そして、階級の高い騎士たちが集まっていた。ここにいる騎士たちは警備ではなくパーティーの参加者たちなのだろう。武器は所持していたが、貴族の娘たちと楽しげに会話している姿が見受けられた。


「皇帝陛下はこの建物の二階の特等席でお待ちですよ」


 気に食わない使用人がニッコリと微笑んで、ハルに会食の場所をあらかじめ告げる。

 ムスッとした顔で返事をしたハルは黙ってその使用人に着いて行く。

 建物の中に入るとそこには豪奢な空間が広がっていた。

 黄金のシャンデリアが高い天井から垂れ下がり、壁や天井、柱や窓、いたるところに凝った装飾が施されていた。

 会場の中にはスローペースな美しい音楽が流れ、フロアの中央では大勢の人々が立食パーティーを楽しんでいた。

 およそ半日でここまで人を集め、パーティーの準備を整える手際の良さは帝国らしいとも思えた。レイドなら数日前に事前に準備しておかなければ、ここまで人を集めることも、大規模な催しも開くこともできやしないだろう。ただ、それはレイドが劣っているのではなく帝国の皇帝を中心とした統率の高さが見事だという話だった。王の権力が他のどの国よりも強力なのだ。


 ハルが会場の中を通ると視線が集中した。

 今度の視線は不快感や敵意ではなく、賞賛や憧憬の眼差しだった。

 誰もがハルの噂をしていたが、当然声を掛けて来る者などいなかった。むしろ、全員がハルと使用人の前から避けるように道を開けていた。

 そのおかげでスムーズに特等席である皇帝が待つ二階にたどり着くことができた。


「やあ、ハルくん待っていたよ」


「お待たせして申し訳ございません。少しここに来るのに時間が掛かってしまったもので」


 ハルが使用人を一瞥する。流石に彼女はアドル皇帝の前であるので冷や汗をかいていた。しかし、そこで彼女を責めることなく、ハルは皇帝の前の席に座った。他の席はすでに埋まっていたからだ。空いていた席は、皇帝の左隣の席(イグラインが座るはずであった席)と、皇帝の目の前の席、それとその両隣が開いていた。それ以外は、軍のお偉いさんたちや大貴族たちなどが占領していた。

 ハルがそこで視線を皇帝から少し外すとそこには護衛なのだろうフォルテの姿があった。

 彼はウインクをして挨拶していたが、ハルは当たり前のように無視する。だが彼はニヤニヤと笑っていた。彼の精神は鋼でできている。鈍感、言い方を変えればアホだ。


 ハルが席に着くとアドル皇帝が言った。


「すまないね、私のわがままを聞いてもらって、本来ならば君の意見は素直に受け取らなくちゃいけないんだが、どうしても、我々のために戦ってくれるハルくんをもてなしたくてね」


「お気遣い感謝します。こうして陛下と食事ができること光栄に思います」


 アドル皇帝は少し困ったような笑顔を見せてくれた。


「そんなに固く身構えなくてもよい、今宵は宴の席だ。思う存分に楽しんでいってくれ」


「ありがとうございます」


 楽しむといってくれてはいたが、その言葉をそのまま飲み込むほどハルもバカではなかった。これからのことを話し合う必要はあった。明日にでも龍の山脈に入りたいハルが皇帝と話す機会があるのはここで最後であるからだ。できれば最後の約束もここで取り決めておきたいとも思っていた。

 ハルには皇帝にさえ交渉で優位に立てる強力な切り札があった。そのひとつとして黒龍討伐があった。

 黒龍の被害が一番大きい帝国。その脅威を取り除けるハルは交渉でも帝国より上の立場にいた。

 それともうひとつは不戦の誓いだった。レイドと友好国であるアスラ帝国ではあるが、それもつい最近のことで、それもアドル皇帝とダリアス王が幼少のころから仲良しだったことが決め手となっていた。それまで、長い歴史の中でレイドとアスラには深い溝があった。

 この絆を束の間のものではなくこれから先ずっと長く続いて行くことを望んでいた。

 ハルはそれを今日ここでアドルから再確認しておきたかった。

 いくら友好国とはいえ、やはりハルはレイド王国が一番大切だった。国というよりはそこに住むみんなのことが大好きだった。それは今回の旅でもよく分かったことだった。レイドの人たちが自分に特別優しかったのだと、愛されていたのだと、そう、だから、彼らを優先したいという気持ちは間違ってはいないはずだ。


「そうだ、ハルくんに紹介しておきたい人がいるんだ。二人ともこちらにきなさい」


 アドルが立ち上がって別の席に座っていた二人の女性を呼び出した。


 そこで会食の席に姿を現したのは、身体に吸い付くような柔らかな生地のドレスで、白い生足が見えるスリットがスカートに入っていた。帝国の高貴な女性だけが着れる正装だった。

 そこにいたのは、エステラとラピアだった。

 通路で最初にあった二人とは思えないほどまるで別人だった。


「ハルくん、こっちがエステラで、こちらがラピアだ」


 アドルの紹介と同時に二人は丁寧に頭を下げた。


「初めまして、シアード様、フューリード家の長女、エステラ・フューリード・アスラと申します」


「初めまして、シアード様、同じくフューリード家の次女ラピア・フューリード・アスラと申します」


 完全に二人は初対面のていで話を進めるつもりだった。特にエステラに関してはあそこまで、突っかかって来てそれはないだろうとも思った。だが、ハルも話を複雑にかき混ぜたくなったので、ここは静かに二人に乗ってあげることにした。


 ハルが立ち上がって二人に自己紹介をした。


「初めまして、ハル・シアード・レイと申します。以後お見知りおきを」


「シアード様のご活躍は耳にしております。白虎を討伐しさらには黒龍まで打ち取ろうというのですから、本当に素晴らしいと思います。それにその美貌までお持ちとはさぞ女性からも声を掛けられることでしょう。これほどの人はシアード様を除いていないでしょう」


 ベタ褒めである。


「ありがとうございます」


 ハルは少しぎこちない笑顔で答える。本当にこれが初対面なら良かったとハルは思った。


「ハッハッハッ、エステラがここまで人を褒めるとは珍しいな」


 アドルが椅子に腰を下ろす。


「そうですね、お姉様にしては珍しいです」


 ラピアも椅子を引いて空いてる席に上品に腰かける。


「少し大げさな気もしますが…」


 謙虚を口にしつつハルも座る。


「何ですか、私だって人を褒めますよ、失礼ですね」


 エステラも椅子を引き席についた。


 そこで全員の視線がエステラに集中する。

 澄ました顔のエステラはみんなを見渡していた。


「どうしたのですか?みなさん」


「いや、近いです。エステラさん」


 ハルとエステラの席の距離は異常に近かった。ゆったりとしたスペースが空いているはずなのに肩と肩が触れ合うほど、エステラが席を寄せていた。


「こ、これくらい…ふ、普通だと思うのだけれど!?」


 あからさまに動揺している彼女がいた。なぜこんな奇行を取るのかさっぱり分からなかった。見つめて来る紫色の瞳が左右に忙しなく揺れている。


「全然、普通じゃないです」


「あ、あなた私とこんなに近くにいて光栄だと思わないの!!?」


「えっと…」


 言葉に詰まった。きっと彼女と二人だけならバッサリと否定していた。しかし、目の前には彼女の父親である皇帝、それに周りには皇族を崇める貴族や軍の関係者たち、完全に孤立した状況であからさまに拒絶するのは避けるべきことだった。

 自分のことだけならば堂々と拒絶していたが、まだ自分自身がレイド王国のことも背負っていると考えると、関係を悪化させる態度を取るわけにもいかなかった。


「私が一緒にいてあげるって言ってるんだけど!?」


 完全に彼女は正気を失っているようだった。拒絶されそうになっているのを拒むように必死に言葉を紡いでいた。


「え、姉さまほんとどうしたの…なんかいつもと全然違って不気味なんですけど…」


 恐ろしく冷静な妹のラピアが、冷たい視線を彼女に送っていた。


「う、うるさいわね、いつもと一緒です!」


 いつも彼女がどのような人物なのか分からないが、ここは一旦場を収めるためにハルが声をあげた。


「わかりました。いいですよ、好きにしてください、ここがいいならいてください」


「え、いいの…」


 きょとんとした表情のエステラがこちらを凝視していた。


 ハルはその視線を無視してアドル皇帝に目をやった。

 その目線が口なしで語るのは、先に進めてくれだった。

 そのサインをしっかりと受け取ったアドルは微笑を浮かべて頷いた。結局、彼もこの状況を良しとする者のひとりだった。

 ただ、それもそのはず。国を治める関係上、莫大な力を手に入れることは王たちの本懐でもあった。力があれば国を守れる。気に食わない敵を滅ぼせる。力は国力そのものに直結しているからだ。そのためなら、王たちは自分たちの子供だって花婿や花嫁に出せるのだろう。

 例外的な国も多々見てきたが、それでも、そうやって力ある者を取り込むのは当たり前のことでもあったから理解はあった。ただ、やはり、物語を読んでしまっていると、人は自由に恋愛できた方がいいのではないかと、思ってしまうまだ青く若い自分がいた。


「さあ、宴を始めよう」


 アドルの一言で、宴が始まった。


 ***


 白い長いテーブルの上には、使用人たちが運んで来たご馳走で溢れかえった。ただ、ご馳走といっても大皿に大量に盛られた肉などではなく、ひとつひとつ丁寧に調理されたコース料理だった。

 マナーが重視されるような食事会だ。さらに皇帝の前でもあり、味よりも緊張が勝ってしまうであろうこの場面であったが、レイド王国にいた頃厳しい教育を受けていたハルに死角はなかった。そう、なかったのだが、ただ、隣が近すぎてかなり気が散っていた。


「ハル、この料理美味しいよ、私の大好物でさ、このソースと一緒に食べると最高なんだ」


「ええ、美味しいです。こんな味の料理は食べたことがないです」


「でしょ、でしょ?」


 正直調子が狂っていた。無視するわけにもいかない彼女と会話するたびに、アドル皇帝の不敵な笑みが不気味に思えた。


 しかし、それも会食の最初の方だけであった。


「エステラ、少しハルくんと私たちも話していいかな?」


「あ、はい、もちろんですお父様!お邪魔をして申し訳ございません」


「ふむ、それはこちらのセリフだね。二人の楽しい時間を奪ってしまうのは私も心苦しいよ」


「そんな、大丈夫ですよ!」


 キラキラと健全なエステラの笑顔と、反対にハルの表情は極めて冷静で、感情が静まり返っていた。

 アドルのハルを見る目が変わった。和やかな空間から一気にピリピリと張りつめた緊張感のある場に姿を変えた。


「知っているかな?ここ最近シフィアム王国であった大事件のことを」


 知っているも何もその事件の真っ只中にハルはいたのだ。


「知っています」


「黒龍討伐にシフィアム王国の力は欠かせないと思っていたのだがその辺のことハルくんはどう考えているのかな?意見を聞かせてくれないかい?」


 黒龍討伐の際、実際に兵を送り協力してくれる国は、イゼキア王国、シフィアム王国、レイド王国、アスラ帝国の四つの大国だった。残りのニア王国とスフィア王国は物資や金銭的な援助が主軸だった。

 この中で一番重要な役割をしていたのがシフィアム王国だった。シフィアムの竜騎士たちは作戦当日、龍の山脈から逃げ出し人間の生活圏に侵入してきた黒龍の撃退や周辺国への報告が任務で被害を最小限に抑える役目を担っていた。

 それが今回のシフィアムで起こった国の中枢である王都の壊滅により、国の機能が麻痺しており、復興作業が強いられており作戦どころではない状態だった。


 ハルにアスラの大貴族やその軍部の高官たちの注目が集まる。


「………」


 ハルはそこで一旦考え込んでしまった。ひとつここで重要な決断を下そうか迷ったのだ。


「おやおや、この作戦の発案者であるあなた様がここで言葉に詰まるのですかな?ことは慎重を期する時なのにその調子じゃ、黒龍討伐など夢のまた夢ですぞ?」


 そこで声をあげたのがいかにも意地悪でずるがしこそうな小太りの男だった。レイドにも似たようなジェイラスという大貴族がいるが彼が豪快ならその男は卑怯といった印象が似合っていた。

 これは完全にハルの偏見だったが、嫌味を言われたのではそういった印象を持たれても仕方がない。それに本人も自覚があるようだった。いわゆる彼は嫌われ役という者なのだろう。ただ、こういった権力が一点集中している場所で彼のような存在は貴重でもあるきがした。

 このように話しを引き出してくれるのだから。


「ハルくん、彼の言葉には棘があるが私も知りたい、これからどうするのか?」


 皇帝の援護で気をよくしたのか嫌味な男が得意げに笑う。


「………」


 焦らされたハルだったが、何食わぬ顔で返事を待つこの重苦しい空気の中、冷静に思慮を巡らせていた。あらゆる可能性を考慮していた。それはこの場の雰囲気だったり、レイドとアスラの関係だったりと様々なことだ。


「英雄さん、これじゃあ、私たちの信頼が落ち込むばかりですよ?」


 レイド王国とアスラ帝国の関係にひびが入らないのであれば、自分の信頼が落ちることなどどうでも良かった。この程度で周りの信頼が落ちないことも知っていた。彼は貶めるためだけに言葉を発しているのだ。惑わされてはいけない。


「ハル、大丈夫…?」


 隣でエステラが心配してくれるが、彼女に心配される筋合いはなかった。


 ただ、次第にこの空気に耐えれなくなってきた貴族たちが声をあげ始めた。なぜ黙るんだなど、流されるだけの彼らは、嫌味な男より程度が低いと決めつけてしまったが、実際にそうなのだろう。この場はハルの本音を聞き出すため、仕組まれた舞台のようなものだった。彼はそれにすら気づいていないのだ。


「その前に言っておきたいことがあるんです」


 ちょうどよい機会だった。この際に主導権をこちらが握り場を支配することにした。実際にこっちの方が効果的で、自分の望む結果に最短で進めると判断してのことだった。


 そして、次のハルの言葉で、誰もが言葉を失った。


「明日、黒龍討伐を開始します」


 ハルの声が聞こえた人たちの時間がまるで止まったかのように唖然としていた。


 それはテーブル席にいた者たちだけじゃない、後ろで控えていた使用人や食事を運んできていた料理人たちもハルの言葉で固まっていた。


「…は、はぁ?ちょっと待ってそれはあり得ないでしょ!」


 素に戻ったラピアが周りの貴族たちに代わって声をあげた。


「ありえなくはありません。私なら明日龍の山脈に入ってすぐに作戦を開始できます」


「そうだとしても、まだ、どの国も作戦実行の際の黒龍撃退の準備すらできてないだろ。無理やり強行すれば被害は拡大するぞ、それに…」


 彼女が言葉に詰まっている間にハルは口を開く。


「私は以前から各国に命令を下していました。十分な時間は与えたはずです」


「シフィアムはどうするんだよ!あそこは壊滅状態だろ!?」


「シフィアムの力はいりません」


「はぁ?」


「それ以前にどの国の協力もいりません」


「おま…なに言ってるんだ……」


 ラピアの開いた口がふさがらなかった。他の貴族たちもそうだあまりにも聞くに堪えないハルの発言に呆れているようだが、フォルテだけが真剣な表情をしていた。


「シフィアムの竜無しじゃ、全然、監視の目が届かないだろ。それじゃあ、黒龍が龍の山脈から逃げた時対処できねぇだろうがぁ!それともお前は民を見殺しにする気か?」


 ハルはそのラピアの生ぬるい言葉で眉間にしわが寄った。


「ラピア様、お言葉ですが黒龍討伐で犠牲者がでないとでも思ってるんですか?」


「それは…だって白虎の時、お前は…」


「そんなの夢物語ですよ、現実的に考えて今回の黒龍討伐で被害が出ないなんて絶対にありえません。白虎の時は遥か昔から包囲網が敷かれていたし立地もよかった。それに地上戦だった。あれは奇跡が重なった結果です」


 ハルに気圧されてラピアが黙ると、アドルが尋ねて来た。


「うむ、ハルくんの言っていることは正しいな、空の覇者たちを前にして被害が出ないことは不可能だろう。だが、ひとつ聞いていいかな?」


 アドルの瞳がハルを捉える。


「どうしてそこまで君はことを急いでいるのかな?」


「………」


 そこでハルが黙った。ことを急いてる理由は複雑だったが、一番心に引っかかっていることはおよそ三日後にはこの帝都にたどり着いてしまうであろう。ハルの大切な人達のことだった。彼らに会いたくないそれだけがハルの今望む悲しい理由だった。

 もちろん、もっと危険な要素があるのだが、それよりも、ハルは自分の感情面を優先していた。結局、ハルは最後まで愛する人たちのことしか考えられない、どこにでもいるただの青年だった。英雄など大層な名など不釣り合いだった。


「アドル皇帝そのことでお話があります」


「ん、何かな?」


「俺に…彼らを会わせないようしてもらってもよろしいですか?」


「彼らとは?」


 ハルは愛する者たちの名前を述べて言った。


 アドルがその名前を聞くと、顔をしかめていた。


「その者たちはいつもハルくんの傍にいた者たちじゃないのか?」


「だからです。もう一度会ってしまえば揺らいでしまう。それだけは避けたいのです。もしこの条件をのんでいただけるのなら、作戦実行に猶予を与えます」


 その発言に声を荒げる者たちがいた。


「貴様、陛下に上から物をいうか!?」


 剣を鞘から引き抜こうとする高官まで現れると、アドルがフォルテに目配せをした。

 するとフォルテが指を鳴らすと、憤っていたその高官が身体のバランスを崩して倒れた。


「ここは会話する場所だ。剣を振り回す場所じゃねえつうの、おい、そいつを医務室まで運んでおけ」


 フォルテの指示で、使用人たちが倒れて頭を打った高官を連れ出す。


「すまないね、血の気の多い者が多くてね」


「いえ、私も少し調子に乗ってしまいました」


「そんなことはない。君はシンの称号が与えれてる。今この場で立場は私を超えているさ」



「いくら高い位をもらっても信頼がなくちゃ称号なんてただの飾りです。私に陛下のような人望は集まりませんよ…」


「謙遜するでない少なくともここにひとり、君を信用している者がいるがそれについてどう思うかね?」


「それは心強いですね」


 そこでハルがここに来て初めての笑顔を見せた。


「………」


 その笑顔を目に焼き付けている女性がハルの隣にひとりいた。相変わらずその時の彼女は放心状態だった。


「君のその奇妙な願いは私に任せてもらおう」


「ありがとうございます…」


「………」


 アドルがそこでハルを真剣に見つめながら言った。


「容易いよ、別れは…」


「分かっています…ただ、俺はもう戻れないので……」


 悲しい契約が交わされる中、美しい音楽だけがそっと寄り添うように鳴り響いていた。




 会食があったその日からハルは、シフィアム王国を除いた大国の準備が整うまでのほんの数日の間、この王城イラスヘルムに滞在することになった。


 神獣討伐の日は近い。


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