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皇子イグライン

 城の中に通された部屋でハルは待機することになった。

 しっかりとした正装の衣装に着替えてきたため、誰かに文句を言われることもない。

 それにしても、会食の会場に行く前に通された部屋は薄暗く、周りに他の人はいなかった。


「暗いな…」


 そこで天性魔法を使ってハルは室内の状況を把握し始めた。薄暗い部屋の中がハルにだけ明確に昼間のように映った。


『誰だ?』


 そこでハルはがらりと広い部屋の奥に三人の人間がいるのを認識した。

 ひとりは椅子に座っており、もう二人はその隣で静かに立っていた。その二人は護衛の様で武装しており、武器の類は暗器で、暗殺向きの装備だった。宵闇で活躍しそうな武器を体中に身に纏っていた。


 護衛の二人の手のひらから灼熱の炎が燃え上がると部屋中にあった周囲の照明に燃え移り一気に部屋の中が明るくなった。


 だだっ広い空間の中央に豪華な椅子をおいて座っていたのは、見るからに高貴な黒髪の青年だった。


「レイドの英雄ハル・シアード・レイ、よくお越しくださいました」


 着ている服からかなり位が高く、偉いのだと思ったがその若さから彼が噂のアスラ帝国の次期当主となるイグライン・フューリード・アスラなのではないかと、ハルは予想した。というより、昼にあった姉妹たちとよく顔立ちが似ていた。というよりもこの城内でこんな変なもてなしの仕方が許されているのはそれぐらいの地位のある人だけではないのかと思った。

 そんな適当な予想を重ねていると、正体不明だった彼が自己紹介をしてくれた。


「私の名はイグライン・フューリード・アスラ以後お見知りおきを」


「ああ、あなたがそうでしたか」

 話しはアドル皇帝やキャミルなどから聞いてたが実際に会うのはここが初めてだった。


「私をご存知でしたか、嬉しいですね」


「ええ、まあ、アドル皇帝などからいろいろと」


 実際、そこまで詳しく彼の話をアドル皇帝としたことはなかったが、息子がおり彼がアスラ帝国の次期皇帝になるとまではハルも知っていた。そのために、いろいろ教育もさせているともアドル皇帝陛下が言っていた。

 キャミルからも彼の性格は姉や妹たちと違って常識はあるが、どこか鼻につく態度が気に食わないと嫌われていた。というよりキャミルの人間の好き嫌いは激しいためあまり参考にならないところはあった。


「それでなぜ私はここに呼ばれたのですか?」


「ひとつ、あなたに提案があってここに呼ばせてもらいました」


「その提案とは何ですか?できれば手短にお願いします」


 イグラインがそこで眉を少しひそめたが、彼はなるべく表にその不快感を出さないような話し方で口を開いた。


「そうだな、シアードさんには、伴侶となる女性はいるのかな?」


「います」


「そうか、だがここでキミに大きなチャンスを与えたいと思っていてね」


 話しの流れを理解したハルは最後まで、イグラインの言葉を聞かずに部屋の扉に向かった。


「え、ちょっと待て、どこに行くんだ?」


「話の流れは理解しました。それも踏まえてお断りさせてもらいます。それでは俺はアドル皇帝と会食があるのでこれで失礼します」


 足早に部屋から出て行こうとすると、当然、イグラインに止められた。


「待て、私が何を言おうとしているのか本当に分かっているのか?」


 ハルが振り向き政略結婚かなにかでしょうと言うと、席を立ちあがっていたイグラインは悔しそうに唇を噛んだが冷静に努めて言った。


「そうだ、その通りだ。キミには私が皇帝になった暁に、我が姉のエステラか妹のラピアを妻に与えようということだ。なんなら二人ともでもいい。それでも不満なら他の好きな貴族の令嬢たちを引っ張って来てやってもいい、どうだ?」


 ハルが苦々しく笑みを浮かべた。


「そうだよな、俺がみんなもらってあげれば、あんなことにもならなかったんだよな…」


 イグラインには聞き取りづらい声で呟いた。


『でも、それはできないんだ…』


 例え悲劇が繰り返されようとハルはもう誓っていた。彼女を最後まで裏切ったのだからこれから先も例外なく、ハルが愛するのはあの三人だけなのだと、サヨナラを告げた彼女に誓ったのだ。


「ん、どうした?こんなチャンスはもうやって来ないぞ?」


 ハルが黙っていると彼が歩み寄って来た。


「俺をそこまで高く買ってくれたありがとうございます。イグライン皇子」


「ああ、シアードさんのことはよく父上やフォルテからよく話を聞かされていたからな、私も君の能力は高く評価しているんだ。それに君はあの白虎を討伐してくれたアスラにとっても英雄だからね」


 どこか演技のような心のこもってない表面的な言い方だったが、それでもここまで評価してくれているのはありがたかった。中には白虎を討伐しただけで悪魔だと言って話も通じない貴族もいるため、それに比べたら彼のような頭の回る人間は好きだった。

 しかし、当然その彼の提案はのめないため謝罪と共にもう一度はっきりと断った。

「ですが申し訳ございません。私は、あなたの提案に応えることはできません」


 イグラインは焦り険しい顔をする。


「なぜだ!?なぜ、この素晴らしい提案を断るんだ。君はレイドのみならず、アスラ帝国という強力なバックも手に入れられるのだぞ?」


 皇帝の娘たちを独り占めすればそれだけ権力は集中し、帝国内での権力や発言にも力が増し、実質帝国の皇族の仲間入りだ。

 ハルはレイドの人間でもあるため、両国の関係も婚姻でさらに深めることができた。その提案には希望があった。その未来には何もかも素晴らしいことがたくさん詰まっていた。


 しかし、ハルが進もうと決めた未来にそんな希望に溢れた世界が訪れることは決してなかった。


「レイドとアスラだけが幸せになる。それじゃあダメなんだ…」


 力が偏れば必ず争いが生まれる。


「この世界のバランスはあまりにも歪んでいるから、全員が不幸にならないと釣り合わないんだ…」


 ハルの奥底から得体のしれない力が溢れる。それは恐怖となって部屋中に広がった。


「…何を言っているんだ?ん!?なんだ…」


 そこでイグラインの前に二人の護衛が武器を構えて立ちふさがった。


「皇子!下がってください!」


「今の彼は危険です…」


 気が付けばハルはこの部屋いっぱいに恐怖をまき散らしていた。

 その恐怖に反応した護衛の二人が戦闘態勢に入りイグラインを守ろうとしていた。

 だが、それとは反対にイグラインは、ハルから発せられる得体のしれない恐怖を浴びて目を輝かせていた。

「君という人間は、これほどまで凄まじいのか?」


 イグラインの身体の震えは止まらなかった。しかし、それと同時に彼はこの世のものとは思えない光景に歓喜していた。

 自分の人生の中でこれほど恐怖を感じたことはなかった。死というものがイグラインのすぐそばを漂っている気さえした。

 護衛たちは武器を構えていたがすっかり震え上がっており身動きひとつとれずにいた。

 そんな中、戦闘経験などまるでない、イグラインだけが、ハルに一歩一歩足を踏みしめていた。


「そうか、父上が君に執着するわけだ…ハハッ、俺は新たな世界を見ている気がするぞ…」


 イグラインの瞳は狂気に染まっていた。


「君は神だよ。私たち人間の上に君臨し続ける、どおりで君は誰にもなびかないわけだ」


 二人の護衛を押しのけてイグラインがハルの前に出た。


「素晴らしい…私は初めて神を見たぞ……」


 ハルが正気に戻って来る。それと同時にイグラインの意識が途切れる。

 倒れそうになったイグラインの身体をハルが支えてあげた。


「すみません、イグライン皇子…」


 イグラインは気を失っていた。


『制御できてない…』


 ハルの額から嫌な汗が流れ落ちた。


「すみません、彼は気を失っているだけです。白魔導士に見せて安静にさせておいてください」


 護衛の二人が呆然としていたので、ハルは喝を入れた。


「彼の護衛だろ!?あなたたちが気圧されてどうするんだ!!」


 気絶させた本人が言えることではなかったが、彼らよりもイグラインの方が恐怖に抗う力が強かった。ハルもまだこの自分の奥底から発せられる人を恐れさせる力について分からないことが多かった。

 ただひとつ分かっているのは生物にしか効果がないということだけだった。



 イグラインを抱えた護衛たちと一緒に部屋を出て彼らとはすぐに分かれた。護衛たちはハルに一礼をしてすぐにイグラインを医務室に運んでいったようだった。


 彼らを見送った後、扉の外ではここにハルを連れて来た使用人が澄ました顔で待っていた。


「皇子に何かあったのですか?」


「彼は体調を崩しただけだ。それより、もう寄り道はよして本当の会場に案内してくれ」


「かしこまりました。それではこちらへついて来てください」


 歩き出した使用人に、ハルは律儀について行った。彼女について行くと城の外に出たのでハルはそこでうんざりした顔をした。

 その後ハルは無事にアドル皇帝のいる会食の会場に到着した。

 敷地内の大きなダンスホールを使って盛大に高貴な人々が食事や踊りを楽しんでいた。


 パーティーはすでに始まっていた。

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