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帝国にて

 アスラ帝国の帝都【スカーレット】の中心には、四重の壁に守られた王城【イラスヘルム】があった。

 イラスヘルムの外装は、飾り気がなくただ真っ赤な長方形の巨大な建造物が楔のように帝都のど真ん中に刺さっているような造形をしていた。

 帝都の住民からは赤き剣など持てはやされていたが、古くから帝国を恐れていた他国からは、血染めの一枚岩と陰で呼ばれていた。

 見た目のインパクトは大きく威圧感があったが、他の国々の城と比べて美しさは壊滅的だった。

 しかし、アスラ帝国は大国の中で唯一帝王の名を授かっている身であり、その歴史からも侵略と支配の連続であった。そのため、他国とのいざこざは他のどの国々よりも多く、争いの絶えない国の代表なようなものでもあった。

 そのため、帝国は視覚的美しさよりも、城としての本来の機能を存分に発揮させるため、飾りを捨てさり、今の防御と監視に特化した造りの城に改築を繰り返していった歴史があった。

 その国の富や権力を示すひとつの指標となる城の造形というものに、帝国は機能重視する形で応えた。ただ、その結果、帝国は何度も反抗する勢力を返り討ちにしては、血染めの一枚岩とまで恐れられるようになり、敵国には畏怖を、国民には畏敬を与えた。


 そんな赤い巨岩が一枚刺さっているようなイラスヘルムの敷地内は広大で多くの軍事施設や城の運営に関わる施設がいくつも立ち並んでいた。イラスヘルムの中だけで一生を終えることだってできるほど快適であった。

 残念なところを上げるならば、防衛を目的としたつくりのこざっぱりとした建物たちの外装だけだ。

 ただ、建物の内装はどこも清潔で、特に城内の通路はよく整備されており、余計な装飾品は一切なく、緊急時に騎士たちが通路を走って移動できるように、床に敷かれた絨毯などで進む方向が分別されていたりと内装には機能美に溢れている箇所がいくつもあった。


 徹底した機能的な建物群から少し離れた落ち着いた場所に一つの塔が建っていた。見張り塔のようであるが、塔の四方にある大きな窓にはカーテンのようなものがかかっていた。

 アスラ帝国の第一剣聖シエル・ザムルハザード・ナキアの住居だった。

 高い天井に広い一室だけの空間には、キッチン、リビング、寝室、シャワールームが詰め込まれていた。唯一トイレだけがこの部屋の外に出たすぐ傍の階段近くの部屋に設置されているといった間取りで、ひとつの部屋にこれほどまで詰め込まれているのは機能的といえば機能的ではあった。

 しかし、これはシエルの性格の問題だった。あまり外に出たくない彼女が部屋から一歩も出ずにダラダラしたいという欲求が生み出した怠惰の結晶だった。


「ルルクはどう思う?」


「何が?」


 窓際のテーブル席で、シエルと、アスラ帝国エルガー騎士団副団長のルルク・アクシムは、二人でお茶会を開いていた。


「シフィアム王国であった襲撃のこと」


「ああ、そのことか」


 ルルクがティーカップの中で揺れる紅茶を口に運ぶ。


「俺も聞いたよ、何でも裏社会の人間が関わってたとか、まあ、それよりも王都の被害の方が心配だけど」


「シフィアム王国の王都の八割が半壊で瓦礫の山って聞いたけどホントかな?」


「うん、実際に現地を訪れた調査隊の報告だと、王都エンド・ドラーナの被害は深刻で他国の支援が必要なほどで、神獣討伐どころの騒ぎじゃないって言ってた。今、その問題で上の方でもいろいろ揉めてるそうだよ」


「じゃあ、作戦は当分シフィアム王国が復興するまでお預けってこと?」


「多分ね、シフィアム王国の竜たち無しじゃ、空からの監視に穴が開くからね。ただでさえ次の黒龍は空の覇者なんだ。彼らの協力は必須だよ」


「ふーん、そっか、でも、あの英雄はどう考えてるのかな?」


 シエルはまだ会ったこともない噂の英雄を思い描いてみた。青い髪に青い瞳で、一度剣を振れば大陸屈指の大国の剣聖六人を打倒す規格外。いや、そもそも、そんな剣聖たちが束になっても、攻略できないと言われていた四大神獣白虎の討伐をやってのけただけで、ハル・シアード・レイという男がいかに化け物か想像はついた。


「討伐作戦も全部あの英雄が指揮してるんでしょ?彼は【シン】だから…」


【シン】とはこの大陸の国々で決められた国際的地位のひとつだった。

 各国で協力してひとつの問題に取り組む際、大国同士など立場が対等では物事が進まないことがあった。そのため、共同作戦などがある場合、その作戦に関する権限を最終的に決定する決定者つまり決定権を持った国を決めるため位分けをした。

【帝位】【王位】【貴位】【人位】この四つの位はそれぞれ、帝位が王位より、王位は貴位より貴位は人位より権限があった。ただ、これらの地位は共同作戦などの間の限定的な位であり、事前に当事国たちで最初に話し合って決めることであるため、誰もが納得して位を授かることが多かった。

 位が五つもあるのは単に今回の四大神獣討伐などの大きな作戦のように、複数の国たちをまとめるために便利だったからだ。

 大抵、二か国間だけだと、貴位と人位しか授からないというケースが多かった。例えそれが帝国と王国でも、王国側が貴位で、帝国側が人位になることも場合によってはあり得た。

 ただし、この五つの位の中で【シン】だけは例外だった。

 〈シン〉は五つの位の中で一番協力で特別な権限を持っていた。

 〈シン〉の位は、国ではなく人に与えられるもので、基本的に〈シン〉の命令は絶対であり、逆らうことが許されていなかった。

 そのため、今までで〈シン〉の位を授かった者は歴史の中でごく一部しかいなかった。なぜなら、他国にそこまでの権限を与える国など当たり前だがないからだ。

 しかし、この〈シン〉という位があるのにも理由があった。それがまさに今回の四大神獣討伐のような国家的危機を救えるだけの力を持った人間がひとりの裁量で指揮をとった方が問題解決が圧倒的に早い時だ。世界的危機の際に〈シン〉は選ばれやすかった。

 〈シン〉という、たったひとりの人に全ての協力国の権限が与えられた。

 ただ、もちろん、非人道的な場合や他国にだけ被害が出るなど、不利益が利益を上回る命令などはいくらシンの権限を持っている者でも却下された。

 しかし、シンになる者というのはたいてい国の手に負えない者がほとんどだった。

 そのため従うしかないことの方が圧倒的だった。


「大国のどの王たちもこの作戦に関して彼に指図はできない独裁状態。彼が予定通り作戦を実行するって言ったら、シフィアムの復興とかも後回しになるんじゃない?」


 ルルクがそこで得意げに笑った。


「大丈夫だよ、ハルさんはそんな人じゃない、きっと彼は待ってくれるさ。それに復興だって各国が協力すれば、一か月と待たず復興するよ、だってあそこには魔法が使えるからね、あっという間だと思うよ」


 彼はハルという男と面識があるようで、信頼していることがうかがえた。


「まあ、別に私は、このアスラとあなたがいれば、それでいいんだけど…」


 シエルが小声で本音を呟き、上目遣いでルルクを見つめる。


「ん、なになに?」


「な、何でもないです」


 シエルは慌ててテーブルの上にあったお菓子を頬張って、紅茶で流し込んでいた。


 あれから黒龍の襲撃はなく、このようにシエルとルルクの二人で過ごす時間は増えていた。いつもなら何かしらの任務で城を離れてしまう彼だったが、現在は黒龍討伐が控えているため、帝国で待機して暇にしていることが多かった。

 もちろん、毎日のトレーニングなどはあるが、あまり外に出ないシエルもそれに同行しているため二人はこのところいつも一緒だった。

 というより、シエルが勝手にルルクの後を追っているだけなのだが、彼は快く同行するのを許してくれていた。


『はあ、こんな日々が続けばいいのにな…』


 窓の外を眺めるルルクをシエルは夢中になって見つめていた。

 その視線に気づいた彼が微笑むと、頬を赤く染めるシエルがいた。

 穏ひたすらにここにはおだやかな時間が流れていた。


 ただ、そんな完璧な空間にひびが入る。


 二人のいる部屋にひとりの騎士がノックもせずに入り込んで来た。


「た、大変です、シエル様!」


「な、なに、ノックもせずに失礼ね!」


 部屋に入って来たのは閉じこもっているシエルにいつも外の情報を教えてくれている女騎士だった。


「大変なんです」


 彼女はだいぶ息を切らして慌てた様子だった。


「黒龍でも出たの?」


「いえ、違います」


「じゃあ、何よ」


 二人の空間を壊されて少し不機嫌になっているシエルに彼女はいった。


「ハル・シアード・レイ様がお見えになっています!」


「え?」


 シエルとルルクの二人は唖然とした様子で互いの顔を見つめていた。


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