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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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白い世界

 アストルの目の前には真っ白い世界が広がっていた。


『さっきまで裏の広場で、ハル団長と帝国の剣聖の試合を見ていたはずなのに…あれ?何が起こったんだっけ?』


 状況が飲み込めないまま、あたりを見回すが、ただ、ただ真っ白な世界が広がっているだけだった。


「…………」


『声が出ない?どうなってるんだ?』


 さらに周りの音が不気味なくらい静かなことに気づいた。

 物音一つしない、真っ白で静寂な世界。

 この状況に戸惑っていると、あることにアストルは気づいた。


『これ、霧なのか』


 アストルは、自分が濃霧の中に立っていることを確認できた。


『でも、どうして、自分はこんな場所にいるんだ?みんなはどこに行った?』


 アストルが腕を伸ばすと、その腕はすぐに霧で見えなくなってしまった。

 そうして、歩き出そうとしたそのとき。

 霧が少し晴れて後ろに、エウスとルルクとウィリアムがいた。


「…………」


 みんなに何があったか聞こうとしたがアストルの声はやはり出なかった。


 エウスにアストルは肩をたたかれた。

 そして、エウスが腕を広げ、大きく手を叩いた。

 そのとき、アストルは音が聞こえないことに気づいた。


 エウスがハンドサインを作って、『こちらについてきて欲しい』とジェスチャーをしていた。

 ルルクが風の魔法を使って霧を飛ばしていくが、すぐに霧が押し寄せ、数歩先が簡単に見えなくなっていった。

 置いて行かれないようにアストルはエウスの後を離れないように追った。


 少し歩くと、さっきまで一緒に見ていたビナ、ガルナ、デイラス、ベルドナの姿があった。

 みんな何もしゃべらないでその場にたたずんでいた。

 後からライキルも合流して、さっきまで見ていたみんなが揃った。


 そうすると、ルルクがみんなについてきて欲しそうなジェスチャーをした。


 みんなが黙ってルルクの後についていく、ビナは、はぐれないようにライキルの服の裾を握っていし、ガルナは腕をぶんぶん回して霧を払っていたがすぐに霧が押し寄せていた、エウスも歩きながら霧に手を入れて不思議そうにその現象を眺めていた。

 アストルとウィリアムはみんなに置いて行かれないようにするので大変だった。


 ルルクの隣にいたデイラスがこの濃い霧の中、ある方向に指をさしていた。

 そして再び歩き出し、霧の中を進む。

 そうすると、階段が見えてきた。

 これは城の中庭からまっすぐ裏の広場につながる階段だった。

 階段を上がり、広場から城の中庭に入ると、そこから霧が晴れていた。


「…………」


『やっと出れた、あれ?』


 アストルは声を出そうとしたがまだ声が聞こえなかった。

 霧を出ても音のある世界が戻って来ることはなかった。

 みんなの方をアストルが見ると、やれやれと言った感じでそこらへんにあるベンチに座りだしたりしていた。

 ウィリアムとアストルだけがこの状況を飲み込めないでいた。


 しばらくみんなで中庭で待っていると、いつの間にか音が聞こえていた。

 鳥がさえずり、風の音が聞こえた。


「あ、聞こえる」


 アストルがそう言いながら広場の方を見るとそこにはまだ濃い霧が漂っていた。


「すまない、アストル、ウィリアム」


 エウスが言った。


「どういうことなんですか!?」


 いち早くこの状況を知りたくてアストルは質問した。


「音が聞こえなくなったのは、帝国の剣聖フォルテの天性魔法だ。あいつの天性魔法は範囲が絞れない巻き込み型なんだよ、ただ、霧を出す魔法と併用してくるとは思わなかった」


 エウスも想定外のことに少し困惑していた。


 キイイイイン!


 霧の奥で突如、大きな金属音のような音が鳴った。


「始まったみたいだな」


 みんなが霧の奥に注目した。




 *** *** ***




『みんな安全に霧を抜けたようだな、さてと』


 フォルテはハルがいた方向に目をやる。


『ハルの方から音は聞こえてこない、てことはあれから一歩も動いてないな』


 ハルのいるほうに歩き出した。


『ハルにもこの天性魔法は効く、何も聞こえていないはずだ、しかし霧を晴らさないのは俺のためか…相変わらず優しいなぁ!!』


 フォルテは真っ白な世界の中を駆け出した。





 ハルは白い世界にいた。


『何も聞こえなくなっちまった…』


 絶えず立ち込める白い霧は、その場の視界を極限まで縮めていた。


『これ、全部吹き飛ばしてもいいんだけど、それじゃあ。フォルテのためにもならないよな…』


 ハルがそう考えていると。


『お、フォルテ動き出したな』


 ハルはごくわずかな霧の動きの変化を見極め、フォルテが移動している方向に目線だけ動かした。


『左にいるな、てことはあれが来るか』


 その時、ハルの前方右方向で突然大きな金属音のような音が鳴った。


 キイイイイン!!!


 何も聞こえないはずのハルの耳に、確かにその音は聞こえた。


 その直後、ハルの真後ろから剣が振りかざされる音が聞こえた。


 しかし、ハルは左手で木の剣を横向きに突き立てるように持ち、左に水平に素早く振ると、霧の中の何かを弾いた。


 弾かれた瞬間に四方八方から、剣が振りかざされる音が聞こえてきたが、ハルは微動だにしなかった。


『さすが帝国の剣聖と言ったところか、さっきの一撃はカイでも防げたか怪しいぞ』


 ハルは、レイド王国の現在の剣聖カイ・オルフェリア・レイのことを思い出していた。


『まあ、あいつの場合はこんな状況に、絶対ならないようにするんだろうけど…』


 白い世界では余計な情報が入ってこないぶん、頭の中で考えることが増えた。


『懐かしいな、なんだか、いろいろ昔のことを思い出してしまった…キャミルも元気かな…』


 懐かしい記憶がハルの頭の中をぐるぐると巡っていた。


 白い世界は、ただ、ただ真っ白く、絶え間なくその白が流動し、そして何も聞こえない。

 静かな場所で目を閉じて行う瞑想とは少し違う、不思議な感覚。

 濃い霧は日差しも遮るため、あたりは涼しく、心地よかった。


『いい魔法だ、でも、ずっとここにいるわけにもいかない、そろそろ終わらせなきゃな…』


 ハルの青い瞳に力が入り、白い世界に一歩足を踏み出した。








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