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すれ違い

 ライキルは、古城アイビーの屋上で、城壁に囲まれた街並みを見下ろしていた。

 街には大勢の人々が行き交い賑わいを見せていた。そこにいる誰もが絶望の淵にいるライキルからしたら幸せそうに見えた。ふとその街に何かの間違いでもいいから、彼が歩いてでもいないかと、ありえない奇跡を願って、賑わう街に視線を走らせていた。


「いない…どこにもいない…」


 しかし、どれだけ見つめていても彼を見つけることはできなかった。


 この屋上にライキルが来ることになる前に、ハルを見つける手掛かりとなるシフィアム王国にもう一度行くことを考えていたが、それはエウスに却下された。

 別に彼に注意されても行くつもりではあったが、彼の口から現在のシフィアム王国の王都エンド・ドラーナに厳しい入場規制がかかっていることを告げられると、ライキルは足を止めるしかなかった。

 そして、ジッとしていることもできず、こうして、屋上で彼の帰りを待っていた。


 思えば、シフィアム王国で急襲されたとき、戦う恐怖よりもハルに会えなくなるかもしれないという可能性に恐怖していたのかもしれない。もちろん、それは死ぬことでも達成されてしまうため、生き残るのに必死だったが、こうして、ハルの方からいなくなってしまうとどうすることもできなかった。

 理不尽だと思った。


「君のいない世界に何の価値もない…」


 絶望に囚われた瞳に光は無い。

 彼さえいればライキルはどんな地獄にだって、幸せを見出せる自信があった。逆にどんな楽園にいようと、彼がいなければ満たされることは無かった。自分の考え方次第で楽園だって地獄に変わる。世界はいつだってそこに変わらずあるが、誰かの目を通してみると千差万別に姿を変える。

 依存と言われても仕方がない。しかし、それだけ、ライキルにとって彼は必要不可欠な存在だった。

 なぜなら、ライキルの場合世界はハルそのものだったのだから。


 そんな世界の中心を失ったライキルが抜け殻みたいに街を眺めていると、突然、屋上の扉が勢いよく開いた。


 後を振り返るとそこには息を切らしたエウスが立っていた。


「こんなところにいたのかよ、探したぞ」


「エウス、どうしたのそんなに慌てて…」


「ハルが戻って来たぞ」


 その言葉だけで、ライキルの瞳に光が戻り、世界が輝き始めた。


 その時、ライキルとエウスのいるどこか上空の空から空気切り裂く異様な炸裂音がした。

 しかし、二人は大好きな人の帰還の喜びで、そのことに気づくことができなかった。


 *** 


 エウスと共に向かった先は、二階にあるデイラス団長の執務室だった。

 二人はその扉を嬉々として開いた。

 そこにはデイラスとビナとガルナがいるだけで、目的のハルの姿はどこにもいなかった。

 しかし、そこでよく彼らの様子をうかがうと、ビナとガルナがデイラスに詰め寄っている様子だった。


「おい、デイラス、ハルなんてどこにもいないじゃないか!騙したな?」


「本当にここにハル団長が戻って来てたんですか!?」


 そこにエウスも状況を把握できない様子で、二人をなだめるように会話に混ざる。


「おいおい、どうしたんだよ?って、あれ、ハルはどこにいるんですか?」


「それが、さっきまでここにいたんだが…」


 困った顔のデイラスが、救いを求めていた。彼も何が何だか分かっていない様子だった。


 ライキルはこの状況をいち早く理解することができた。デイラスがライキルたちにハルが来ているという嘘をつく理由などどこにもない。だから、実際にここにいたということは容易に想像できた。それだけで、ライキルは希望が持てた。


「ハルはここに来ていたんですね?」


 だからデイラスに助け舟を出す形で的確な質問ができた。


「ああ、そうだとも、さっきまで私と話していたんだ。だが、手短に用件だけ告げるとこの部屋を出て行ってしまったんだ…」


 これでハルがここにいたことの確証を得ることができた。ハルは生きている。そして、理由は分からないが、すぐにここを出て行った。


 みんなが、どうして?といった顔をしている間、ライキルだけが追って質問をした。


「ハルはどこに行ったんですか?」


「それが、黒龍討伐を始めるから準備を、と…」


「それだけですか?」


 食い気味にライキルが質問する。


「あと、みんなにもよろしく言っておいてくれとだけ言われて、そこにシフィアムから届いていたハル剣聖の刀を持って部屋を出て行ってしまったんだ。私にもどういうことか分からん」


 そこでみんなも一斉にどういうこと?と頭を悩ませていたが、ハルのことに関しては天才的な理解を示すライキルだけが、ひとこと呟く。


「アスラ帝国だ…」


 ライキルはみんなを置き去りにして、部屋の外に飛び出した。


「え、あ、ちょっとライキルどうした!?」


 エウスの呼びかけが遠のく中、この城の東館一階にある自室を目指した。

 部屋に着くと片っ端から着替えの服を旅行用のリュックの中に詰め込んで、最低限の化粧品やお金も入れてそれらの準備が終り、持って行く剣を選ぼうとしていた時に、扉からノックの音がした。


「おい、ライキル、いるか?」


 一旦準備をやめて扉を開けて訪問者に対応した。

 そこにいたのは予想通りエウスだった。彼は困惑と疲れを持ち合わせた顔をしていた。


「どうしたんだよ、急に飛び出して」


「ハルはアスラ帝国にいる」


 それだけ言うとライキルは持って行く剣を選びに部屋の中に戻った。エウスはそれだけ聞くとしばらく考えを巡らせたのちにやっと冷静にこの状況を整理し始めた。腹が立つことだが、エウスはライキルよりも頭がよく回る。だから、今、ライキルが何をしようとしているかもすぐに分かった。


「なるほど、そういうことか、だったら、あいつらにも準備させるから待ってろ」


「うん、お願い」


 エウスが慌ててライキルの部屋から出て行った。

 ライキルはそこで焦っていた自分を落ち着かせた。


「大丈夫、私の予想は間違ってない、ハルはアスラに必ずいる」


 黒龍討伐をする際に向かう場所は、アスラ帝国を除いて他になかった。なぜなら、アスラ帝国には黒龍が棲みつく龍の山脈に唯一安全に入れる入り口があったからだ。龍の山脈の内部に入るにはアスラ帝国を通すしか他に道はなかった。


「だけど、だったらなんで私たちを置いて行ったんだろう…」


 準備をする最中、ライキルはふと嫌な予感を覚えたが、今はハルが生きていたことを喜ぶだけだった。難しいことは考えずに、ただ、ハルに会うことだけをライキルはひたすら考えた。逢ってしまえばどうにだってなってしまうのだから。


「早く逢いたいな…」


 ライキルは期待を胸に膨らませ誰よりも早く準備を終え荷物を持って部屋の外に出た。


 目指すはアスラ帝国ではあったが、ハルの元へただ、それだけだった。


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