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何気ない会話と別れの挨拶

 王城ノヴァ・グローリア内の廊下を迷わず歩き目的の部屋まで足を進める。辺りは何やら使用人たちが慌ただしく駆けまわっていたが、誰もハルの存在には気づかない。

 目的の部屋の前にたどり着いたハルは、三回扉をノックして中から返事が来るのを待った。


「はい、どなたかしら?」


「ハル・シアード・レイです。よかったら開けてくれませんか?」


 一瞬の静寂が訪れ、扉が外れんばかり勢いで開いた。


 部屋の中から金髪の少女が現れる。

 見る角度で色を変える彼女の虹色の瞳が光り、呆然とした顔でこちらをなめまわすように見ていた。そして、恐る恐るハルの胸の辺りに触れて来る。


「ほ、本物だわ…」


 彼女がありえないといった様子で顔を上げると、おかしそうに笑うハルがいた。


「フフッ、そりゃあ、本物ですよ。本物のハル・シアード・レイ様ですよ」


「何でここにいるの?」


「うーん、立ち寄ったって感じかな?だからキャミルにも顔見せておこうと思ってさ」


「みんなは来てるの?」


 キャミルがハルの背後に誰かいないかわくわくしていた。少し申し訳ない気持ちになりながらも首を横に振った。


「ごめん、俺だけなんだ。ちょっと別の場所で用事があってそれが終ってレイドに寄っただけなんだ」


「そっか…」


 あからさまにがっかりするキャミルだったが、その理由もずっと一緒にいたハルからすればすぐに分かった。だから、落ち込む彼女に悪ふざけを仕掛ける。


「あぁ、愛しのエウス様じゃなくて申し訳ございませんでした、キャミル様、私はどういった処罰を受けるのでしょうか?」


「え、あぁ…って、ハル、私をからかってるな!」


 キャミルがハルの胸をぽかぽかと叩くが全く動じずにハルは声を出して笑っていた。


「じゃあ、ハルは今すぐみんなをここに連れて来て!それで許す!」


「うん、それは俺も賛成かも」


「でしょ?またみんなで一緒に暮らそうよ。あ、そうだビナちゃんと、ガルナちゃんも連れて来てよ、私もっと二人とも仲良くなりたかったんだ」


「でも、まだ俺やることがあるんですよ、キャミル様」


 ハルには神獣討伐が残っている。


「こらハル、私に様をつけるな!ていうか、もう十分ハルは頑張ったじゃん!ここらへんで終わりにしようよ…みんなといた方が楽しいでしょ?」


「それは絶対にそう」


 彼女の言葉のひとつひとつが胸に刺さり痛かった。


「じゃあ、決定!ハルたちはこれからみんなを連れ戻してレイドに帰還!そしてこの王城でいつまでもみんなで暮らすの!これは最高でしょ?」


「それ、いいね…」


 ハルも笑って見せるが内心はとっても辛かった。その言葉と現実の差があまりにも開きすぎていて、実現できない理想が目の前にたくさん広がっては消えていく。

 キャミルもニヤニヤしていたがどこか強がっている様に見えた。というよりも彼女も分かっていた。自分の言っていることがどうしようもないくらい実現しないことぐらい。まだ何も終わっていないということをちゃんとわかっていた。


「まだ時間あるでしょ?部屋の中でお茶でもしながらゆっくりしていかない?」


 キャミルが部屋に手招きする。


「わかった、でも、お茶とかはいいや、時間があんまりないから」


「そっか…」


 がっかりするお姫様はそれ以上わがままは言わなかった。


 ハルはキャミルの部屋に招待され、城下町が一望できる景色のいいベランダの前にあるテーブル席の椅子に腰を下ろした。

 王城ノヴァ・グローリアが建っている場所は小高い丘の上であった。ほとんどの国の城がそのような防衛するうえで有利な場所に建っているのが通常であり、敵を見つけやすくするためなのであるが、景色の良さという点からしても、城から見る景色というのはどこからでも絶景となってしまうのは当たり前のことだった。


 ハルがそんな眺めのいい景色を見るため外を見る。

 さっきまでキャミルが風にでも当たっていたのだろうか?そのベランダのガラス張りの扉は空いており、気持ちのいい風が入り込んで来ていた。


 王都にいた頃、みんなでキャミルの部屋によく来ては、ここでよくくだらない話を永遠としていたりと思い出が詰まった場所でもあった。

 そんな場所にハルは寄り道したくなりこうしてここにいた。


「なんだかここに来るのも懐かしい気がする」


「だってもう王都を離れてから四か月ぐらいは立ってるんじゃない?」


 キャミルがハルの前の席に座る。


「そうかもう、夏も終わりか…」


 二人は黙って城下町を見下ろした。

 ここにいた頃、何度もみんなで王城を無断で抜け出しては街中を駆けまわっていた。

 最初は変装していたキャミルも今では変装したってすぐに見つかってしまうぐらいには街の人たちとは仲良くなっている。

 ここで過ごした時間はハルたちだけじゃなく彼女にだって大きな影響を与え特別なものとなっていた。

 もし、あの時間が戻って来るなら今すぐにでも戻りたかった。

 けれどそんな叶わぬ願いをハルはもう抱いてはいなかった。

 ここに寄ったのはキャミルに挨拶をするだめだった。


 最後になるかもしれなかったから…。


 ハルとキャミルは、しばらくその椅子に座りながら思い出が詰まった王都スタルシアの街並みを眺めた。


「この景色はいつまでも変わらないで欲しいな…」


「レイド王国がこの先も残り続ければこの景色はいつまでも見られるし、ハルがいるから大丈夫よ」


「俺がいなくなったらどうする?」


「その時は…」


 腕を組んで考え込むような恰好でキャミルが言葉に詰まる。


「キャミルが女王になってこの国を導いてくれる?」


「それでもいいけど、私、女王の器には向いてないから、それは私の将来の夫にでもやってもらおうかしら」


「ハハッ、それだとあいつ責任重大だな」


「大丈夫よ、彼は、ああ、見えてもしっかりしてるから、それはハルも知ってるでしょ?」


「確かにそうだね」


 ハルにとっては親友で、キャミルにとっては恋人である共通のエウスの顔が二人の頭に浮かび上がる。

 ハルとキャミルは、そこでしばしエウスのことで盛り上がった。エウスは相変わらず悪ふざけをみんなに仕掛けては仲良くケンカして負けていると告げると、キャミルは嬉しそうにそれは良かったと微笑んでいた。

 キャミルの態度は余裕であった。他の女性に現を抜かしていないか心配にならないのかとも思うが、ハルは知っていた。キャミルとエウスの間にはもう切っても切り離せない深いお互いの信頼が根付いていることを、二人はもう他の人間なんかでは満たされないことを理解しているのだろう。

 ハルは少しだけ二人の関係が羨ましく思う時があった。

 自分よりもはるかにひとりの相手と純粋に向き合えていることで、自分と比べてしまった。もちろんハルだって、ライキルとガルナ、そして、アザリアの三人を愛してあげているつもりだった。

 しかし、どうだろうか、ここ数か月で自分は大きく揺らいでいると感じてしまった。

 解放祭で会った自分を憎む女性、シフィアム王国であった闇に落ちた王女様。


 自分が彼女たちにだけ人生をささげれば救えたかもしれない幸せになったかもしれない。

 けれどそれは絶対にできなかった。

 もう選んでしまっていたからライキル、ガルナの二人とここにはいないアザリアのことを。


 選んであげられなかった二人を選んでいれば今頃彼女たちは笑っていただろうか?


 分からない。でも、彼女たちも選んでしまっていれば、自分がライキルやガルナたちに本当の意味で信頼されないような気がした。二人はきっと優しい笑顔でそれでもいいよと許してくれるのだろう。だけど、二人のその笑顔を見た時ハルはもう自分を許せなくなるだろう。

 そもそも、自分はもう、アザリアに対して、そのような行いをしてしまっているのに、これ以上愛する人たちを裏切ることはしたくなかった。


「そうだ、ハルに言いそびれていたけれど、おめでとう」


「え、なんのこと?」


「結婚のこと、二人を娶るんだってね、この贅沢者め」


 ニヤニヤした彼女の意地悪そうな顔がエウスとそっくりだった。最初あったとき彼女はそんな笑顔はしなかったのだが、これはエウスに影響されたせいなのだろう。けれどそっちの方がなんだか彼女らしかった。


「うん、ありがとう」


 ここは素直に受け取っておくことにした。


「ライキルが手紙で教えてくれたわ、でも以外だったのはあの子が他の子のことも許したことかな、あの子何が何でもハルに近づく女の子に食らいついていってたじゃん?まあ、どっちかっていうとライキルに近づくためにハルに近づくっておかしな人たちもいたけど」


 ライキルの王城内での人気は非常に高かった。それはハルが男として悔しいと思うほどに、彼女は王城内の男女からちやほやされていた。


「俺のわがままを聞いてもらったんだ」


「それでもよ、ライキルもしっかりと成長したんだなって私も嬉しかったんだから、あの子、ハルへの執着で周りが見えなくなるからさ」


「そうかな?」


「そうよ、ハルのためなら手段を選ばないものあの子」


「愛されてるってことでいいのかな?」


「ライキルの愛はあなたが思っている以上に重いけど、それはハルに力があるから済んでる話であってもし、ライキルの方に力があったら今頃ハル監禁でもされてるんじゃないかしら?」


 なんだか冗談みたいな話をキャミルが吹っ掛けて来るが、彼女の目が真剣なことから察するにまだまだハルの知らないライキルがいることが分かった。


『そっかライキルのこと俺はまだまだ何にも知らないのかもな…』


 しかし、そんなライキルの新たな未知の部分を知る時間も残されていないと思うと少しだけ悲しくなった。

 もう、甘い夢に浸る時間はなかった。

 自分はみんなの前からいなくなるから、将来の誓いだって果たせないクズだけど、彼女たちの未来と自由と幸せは守り切るつもりだった。


 そして、ここから去る時間も迫っていた。


 ハルが席から立ち上がる。と、目の前にいたキャミルが取った行動はすぐに逃がさないようにハルの手を掴むことだった。


「待ってどこに行くの?」


「もう行かなきゃ、終わらせなきゃいけないことが残ってるんだ」


「私を一人にするの?」


「俺がここを出て行けば、すぐにみんながキャミルの元に戻って来るよ」


 手を掴んだままキャミルも立ち上がるとハルの前に来た。なぜか彼女はほのかな怒りを見せていた。


「その言い方だと、ハルが戻ってこないように聞こえるんだけど?」


「まさか、そんなことないよ」


 嘘をつく。


「ねえ、ハル知ってる?さっきから城内が慌ただしいこと」


「なんでだろうね?」


「みんなハルを探してるんだと思うよ?」


「どうして?俺さっきみんなに挨拶してきたよ?」


 そこでキャミルがハルを睨みつけて言った。


「ねえ、ハルが行方不明になってるってこと、私の耳に届いてないと思ってた?」


 息を呑んだハルが苦々しく困ったように微笑んだ。その事実までは知らなかった。ダリアスなら、キャミルに良くない報告はなるべくしないようにするはずだったから、今回だってキャミルは何も知らないと思っていた。


「誰に教えてもらったの?」


「私の側近のメイドよ、いつもなら扉の前とかで待機しるはずなのにさっきから全然彼女がいる気配がないの、ハル、何かしてるでしょ?」


 相変わらず周囲の変化にとんでもなく鋭いキャミルにはいろいろと敵わなかった。


「うん、少しだけこの部屋に他の人が近づけないようにしてた。キャミルとの時間を邪魔されたくなかったから」


 現在キャミルの部屋に入って来れる者はひとりとしていなかった。

 それはハルの操る気にあった。圧と言ってもいいし殺気といってもよかった。

 ハルが発するその強い存在感が、この部屋に来ようとする者たちの意思を無意識下で打ち砕き、遠ざけていた。

 それは生物誰しもが持っている恐怖という感情を利用してのことだった。


 そのため、人々はキャミルの部屋を訪れたくても自然と足を止めては避けるような動きをしてしまう結果に至っていることだろう。


「それは嬉しいけど、なんでそんなことするの?」


「今日で最後になるかもしれないからかな?」


「どういうこと?」


「その時が来れば分かるかな…」


 ハルがキャミルの手を両手で優しく包み込む。


「キャミル、今までありがとう。キャミルとみんなと過ごした時間は本当に楽しかった」


「なんでそんなこと言うの?」


 彼女の怒りはどこかへ消えて、不安そうな声をあげていた。


「それは今後俺があんまりいい存在じゃなくなるからかな?」


「意味が分からないよ」


「じゃあ、最後のお別れってことで」


「ありえない、それだけは絶対にダメ、私が許さない」


 キャミルの手を離すと、ハルは天性魔法を使った。ここに来て新たな力に目覚めていたハルの姿がキャミルの目の前から消える。

 まるで最初からそこに存在していなかったかのようにハルの姿が消えてた。


「待ってなんでどこに行ったの?ねえ、待って、戻って来てハル、もう一回姿を見せて、お願い」


 忽然と消えたハルの存在があまりにも急すぎて、まるで今まで自分が独り言を言っていたのではないかと思うぐらいの錯覚にキャミルは襲われていた。


 そこで今にも泣きだしそうになったキャミルだったが、彼女は昔のようにもう弱い子じゃないことをハルは知っていた。


 ハルは自分を認識できなくなったキャミルの横を静かに通り過ぎて、美しい景観が広がるベランダへと向かおうとした時だった。


「わかった、ハル、まだそこにいるなら聞いて」


 ハルの足が止まる。


「何がハルをそんなに追い詰めているかは分からないけど、私はここにいるからハルの帰りだって待ってるから、ほら、だって私、待つのは得意だから…」


 最後の方は彼女の声は悲痛で涙ぐんでいた。


「みんなで戻って来てこれは絶対の約束だから、もし、破ったら…」


 ハルは、キャミルを残して、何度もみんなで飛び出したこのベランダから、ひとり飛び出し姿を消した。


 その後、空気を裂くような爆音がレイドの王都に響き渡った。




 *** *** ***




「もし破ったら…」


 その言葉の続きがキャミルは出てこなかった。

 何かいままで彼から感じたことの無い冷たい雰囲気を、ここで会った最初に感じていた。

 ただ、そこでハルがいつものように振舞ってくれていたことから、彼はキャミルとのいつも通りの日常を欲していたのだろうと思った。


「どうしよう、私、どうすればいいんだろう…」


 ハルが何かをしようとしているが、止める手段がなかった。そもそも、キャミルが彼を止められるとも思えなかった。

 しかし、状況は深刻だった。


「ハルが私たちの元から去ろうとしてる?でも、どうして?」


 キャミルが必死に考えていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「キャミル様!!」


 キャミルの部屋に突入してきたのは、剣聖のカイ・オルフェリア・レイだった。普段はしっかりと事前に許可を取ってから来るなど真面目な彼がこのように突撃してくるということは、よほどの緊急だったのだろう。


「ここにハルの奴が来てませんでしたか!?」


「………」


 もしかしたらとも思うが、剣聖の彼が今までここに来たくても何らかの形でハルが足止めしていたとしたら、彼がこの場に来たということはハルが行ってしまったことを示していた。


「来てないわ、ここには誰も、ねえ、ハルがここに来てるの?」


「あ、すみません、城内で彼を見かけたもので、もしかしたら仲の良かったキャミル様のところに顔を見せていると思いまして」


「そう、残念だけどここには誰も来てないわ」


「そうでしたか、これは失礼いたしました。私はすぐに下がらせてもらいます」


 カイが部屋を出て静かに扉を閉めようとした帰り際にキャミルは言った。


「彼を見つけたら私にも伝えてくれないかしら?」


「はい、かしこまりました」


 カイが部屋去った後、キャミルはひとりベランダに足を向けた。


 嘘をついたのはさっきまでのハルと過ごした時間の余韻を壊されたくなかったから。


 ベランダに出たキャミルが、気持ちよさそうに浮かぶ雲が流れる晴れた空を見上げるとすぐに、空気を切り裂くような轟音が聞こえた。


 それはいつしかこの国を救ってくれた英雄が響かせた救いと希望が近づく音に似ていた。が、しかし、今聞こえたその音はキャミルの元から遠く離れて行くように聞こえなくなっていった。


 冷たい風が金色の髪を揺らし、夏の終わりを予感させていた。



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