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緊急会議

 レイド王国王都【スタルシア】にある王城【ノヴァ・グローリア】。そこの会議室には緊急で招集されたレイド王国の重鎮たちがテーブル席にそれぞれ腰かけていた。

 まず初めに目に入るのは三大貴族の面々だろう。

 シャーリー家、ゾーン家、パルフェ家の御三家の主人たちが、それぞれ自分たちが連れて来た補佐官と話しこの召集内容の打ち合わせをしている様子であった。

 その次に目につくのはやはり現レイド王国の正式な剣聖のカイ・オルフェリア・レイだった。彼の後ろにも、補佐としてひとりの騎士を連れていた。

 そして、剣聖カイと同じく軍部からはもうひとり、ライラ騎士団から副団長が出席していた。

 主な出席者としては彼らで全員であり、残りはこの王城で働く文官たちが数人で、ただ彼らは記録係などであり、この場での発言権が無いに等しい者たちだけだった。


 会議室の空気はピリピリとひりついていた。それはいつにもまして威光をまき散らす険しい顔をしたレイド王国の国王がいたからなのかもしれない。

 会議室にいた人たちから見るダリアス王はあからさまに不機嫌な顔をしていることが確認できた。その原因はこの緊急会議で議論される内容に起因しているのだろう。


「みんなよく集まってくれた。挨拶は省きこれから緊急会議を開く。早速、本題に入るが今回の会議の内容は、みんなも知っての通りハル・シアード・レイ、彼についてだ」


 今回の議題は、国事の中で何よりも優先事項となっているハル・シアード・レイに関することついてだった。

 レイド王国から始めて出国した彼は、後に控えていた四大神獣黒龍討伐の際、翼竜などの貸し出しで最大の支援国になるであろうシフィアム王国に使者として彼自ら赴き、交流を深めてくるとの連絡があった。

 しかし、その行った先で起こったことが裏社会の刺客からの襲撃であり、続いて起きた最大の悲劇としてハル・シアード・レイの失踪だった。


 英雄の消失は、自国の民たちにとっても大きな痛手だ。救いの象徴として神の信仰をそっちのけで祈る者もいるなどレイド内でのハルは国民の心の支えであった。

 それだけではない、国防の観点から見ると彼がいるのといないのでは、今後の方針がまるっきり変わってきてしまう。

 ハルがいたからレイド王国は、主力の騎士団たちをこの大陸の中央や東部、南部の他国に出兵させ、魔獣狩りなどの支援を拡大させ、多くの国との友好関係を築くことができていた。

 最近では白虎討伐の件があったため、多くの騎士たちが国に戻って来ていたが、白虎討伐が終ってからは再び各国に支援に向かってもらっていた。

 その支援の中心となっているのがライラ騎士団であり、レイド王国の全軍の指揮官も務めているルドルフ・ダイファがこの重要な会議に参加していないのもそのためであった。


 ハルという人間ひとりの価値はレイド内では相当高く見積もられていた。


「始めに聞いておくが、彼から何か連絡を受けている者はこの段階でいるのか?」


 確認のためダリアスが全員に尋ねるが、誰も反応を示さないあたり、彼がいなくなったことは本当でそれは現在も続いていることを意味していた。

 特にダリアスが三大貴族シャーリー家のザイード・シャーリー・ブレイドのことを見る。

 真っ黒い髪に薄っすらと白髪が混じっている五十代でも若々しく感じられる男で、彼は昔は戦士であったため身体は大きく筋肉質で、それは今もまったく衰えていない様子だった。


「ザイード卿どうなのかね?」


 ダリアスが彼を名指しする。


「私の元にもまだ彼の情報は何も入って来ておりません。唯一入って来ている情報と言えば、シフィアム王国の現状についてくらいです」


「そうか…」


 ダリアスはそこで少しの間黙り込むとあからさまに不機嫌な表情で周りを無意識に威嚇してしまっていた。

 そこで愚痴のようにこぼす。


「シフィアム王国の国防は一体どうなっているんだ?あまりにもずさんすぎないか?」


「王の仰る通りです。シフィアムは今回の件で大きく信頼を失いました。それに今回の被害でシフィアムは黒龍討伐に参加するのはほぼ不可能だと王都の現状を聞いた私から述べさせてもらいます」


「だろうな、戦力である竜たちの半分以上を失ったんだ。今、シフィアムがどこかに攻められればあっけなく陥落するほどだろうな」


 大量の犠牲者と王都の崩壊。復興には各国からの大量の魔導士や物資などの支援を受けて、半年から一年といったところだった。竜などの補充に関する軍事力が戻るのはさらに数年とかかると予想されていた。


「今回のシフィアムの件、全くもって許せないものですな、王よ」


 ダリアスとザイード卿の会話に口を挟んだのは、三大貴族がひとつゾーン家の【ジェイラス・ゾーン・シルド】だった。

 ザイードと同じくらいの歳ではあったが、ジェイラスはでっぷりとした肉のついた重い身体で、髪の毛一本もない頭が輝いていた。しかし、その頭は丁寧に剃られたものであり彼の意思でそのような頭にしていることがうかがえた。あまり顔立ちは良くはなかったが、彼の顔は威厳のある厳つい顔つきで、威圧感があった。


「どうですか?ここでひとつシフィアムに圧力を加えてみるのは?どうせ今後彼らは四大神獣討伐にも参加しなかった腰抜けどもとして落ちぶれていくのが目に見えているんです。その分、こちらから強気の外交に出てレイドとシフィアムの格付けをしておくのもいいのでは?」


 悪い顔でにやつくジェイラスに、ダリアスは疲れ切った顔で答える。


「ジェイラスよ、そもそもの話しだが、ハルがいなければ四大神獣討伐も中止ということを忘れてはおらぬか?」


「何をおっしゃっているんですか、王よ、彼は必ず帰ってきます。あの英雄がどこかで野垂れ死にしているとでも?それこそありえませんな、彼はひとりで白虎を皆殺しにした生きる伝説ですよ?」


「ジェイラス、お前は信じているのだな?」


「もちろんでございます。彼は生きています。これは勘ではなく事実ですよ。彼が人間の襲撃で殺されるなどありえません」


「シフィアムがハルの死を隠してるかもしれない…」


 ダリアスの中には、シフィアムが国を挙げてハルを殺したという根拠がどこにもない、くだらない想像があった。

 ダリアスはこの時友としてハルがいなくなったことを気にかけていた。国の英雄だなんだの持てはやしているが、所詮は彼も自分たちと同じ人間だと娘に気づかされてからは、絶対はないと思っていた。


『もしかしたら、自国の王都を破壊したのも裏組織と協力しての自作自演の可能性も…』


 今回、白炎という裏社会のグループが関わっていたことが関係各所にシフィアム王国からの手紙で連絡があった。

 ただ、その少数のグループだけで今回の騒動は不可能であると見たダリアスはそのバックにさらに何者かの支援があったのではないかと考えるのは当然で、ダリアスの頭にある老いたエルフから伝えられた組織の名前が浮かんできては、不安がよぎっていた。


『ドミナスの仕業かもな…』


 裏社会のすべての黒幕で、この大陸の古くからの支配者、狙われたら最後存在ごと消されてしまうほど危険な組織。

 そんな組織が最近また息を吹き返してきていると警告を受けていた。


「もし、王の仰る通りシフィアムがハルさんを国家ぐるみで殺していたとしたら、そん時はこっちから報復という大義を掲げて攻め込めばいいんですよ。まあ、私はそんなことありえないと思いますがね」


 気楽そうに見えるジェイラスだが、彼はそれなりに物事を多角的に捕らえることができる頭を持っている切れ者でもあった。

 ダリアスもシフィアム王国がそこまで愚かではないことを知っていた。それに黒龍討伐はシフィアムにも大きな恩恵があり、ここでハルを消そうとする意図が全く見えなかった。

 やるとするなら四大神獣を全て討伐し終わった後が絶好のねらい目だからだ。

 そもそも、この大陸でまずハルを手に掛けようなどというバカな国はない。

 だから可能性としては誰か裏の者たちにそそのかされたかなのだ。


「王よ、私からもひとつよろしいでしょうか?」


 そこで進言してきたのはこれまた三大貴族のパルフェ家当主の【レシ・パルフェ・ヒール】であった。


「何かな?」


「現在行方不明となっているハル元剣聖の他に、シフィアム王国では、剣聖カルラ様と王家であるナーガード家の長女ウルメア様の行方が分かっていないんですよね?」


 そうだとダリアスが頷く。


「私が考えるに今回の件、シフィアム王国内でも想定外のことだったのではと思うのですが、いかがでしょう?」


 ダリアスがしばらく思考を巡らせあらゆる可能性を考えてみる。

 感情任せで考えるとシフィアム王国がハルを狙ったと考えられてしまうが、冷静にシフィアム王国がとったのちの行動を考えるとその可能性が薄くなってくるのが目に見えていた。


 シフィアム王国の剣聖不在の各国への発信、第一王女ウルメア・ナーガード・シフィアムの各国への捜索願い、来賓として訪れていたハル・シアード・レイ行方不明によるレイド王国への謝罪文。


 これらの内容に誠意があり全て真実ならば、レシ卿が言った通り、シフィアム内でも今回の騒動が全くの想定外の出来事で被害者ということになる。


「レシ卿の言う通り、その可能性の方が私も高いと考えている。そもそもハルを襲う理由がシフィアムだけじゃなく、他の大国にすらない彼を襲う理由は今はないはずなんだ…」


 強大すぎる力は時として狙いの的になるが、現在のハルは強力な人類の味方として認識されているはずなのだ。言葉が通じ分かり合える脅威と、言葉の通じない脅威、その差は歴然としているはずなのに、今回のようなことが起こっている。


「それでしたら、シフィアムには圧ではなく支援を送り恩を売っておく方が今後のレイドのためになるかと思われます」


 ダリアスもレシ卿の意見には賛成だった。

 送られて来た手紙と一緒にシフィアムの使者に会ったがその使者が言うにはサラマン王は、自分の娘がひとりいなくなったことで相当気が病んでしまっている様子だと言っていた。それでも国の方針にも鈍りが出ていると。

 娘がいなくなって彼も動揺しているのだろう。王としてはそれは失格だったが、父親としてはダリアスも大切なひとり娘がおり彼の気持ちがよく分かっていた。


「何事もまだまだ情報が足りてない、まずはシフィアムにレイドからの正式な使者を送り事情を詳しく聞き出す。それと、アギス、ルドルフには一度戻って来るように伝えてくれるか?」


 ライラ騎士団副団長の【アギス・スウェーカー】にダリアスは視線を向けた。


「承知いたしました。ルドルフ団長に伝えておきます」


 ルドルフとの連絡係としてアギスは、よくこのような重要な会議に召集されては彼に言伝をしていた。


「それとカイ剣聖にもこの騒動が治まるまではなるべく王城内から出ないで欲しいのだがよろしいかな?」


「もちろんです。王の命令であれば何なりと」


「すまないな」


 従順なカイの剣聖の姿と、いなくなってしまったハルが剣聖になったことを比べてしまう。こんな時、あの時のハルなら『ダリアス王それは城下町にもいっちゃダメということですか?それはさすがにいいですよね?』とくだらないことを聞いてきそうだなと思った。


『なんだろう、今となったらハルは結構私にいい口を利いていた気がするが、聞けなくなった今では寂しいものなんだな…』


「王よ、どうかなさいましたか?」


「いや、何でもない、ただ、すまないがもしカイ剣聖が城から出るとき私に一言伝えて欲しい」


「そんな、私は城から出る気はありません。王のお傍でキャミル様を含めた身の安全を確保させていただきます」


「ああ、そうか、それなら助かるよ」


 過去のハルと比べてカイは真面目でいい子だなと思いながらも、これからさらに詳細な今後の方針を決めて行かなければならなかったし、ひとつ重要な事柄がまだ残っていた。


「シフィアム王国の大まかな処置は真実の究明で良しとして、ハルの捜索こっちが問題だ」


 ダリアスが顔をしかめると、そこでザイードが口を開いた。


「それでしたら、王よ、そこは彼らに任せてはいただけないでしょうか?」


 ザイードが王に目くばせすると、ダリアスは逡巡し一度落ち着いて考えを整理させた。

 ザイードの口から出てきた彼らという言葉は、レイド王国の裏部隊のことを指していた。彼が表と裏を繋ぐ橋渡し役的なポジションにいることはここにいる誰もが知っていた。


「しかし、彼らは今、例の組織を追っているのではないのか?」


「ええ、ですが、どうやら例の組織はハルさんにも目をつけている可能性が高いと有力な情報提供者が申しておりました。どうやらハルさんの力は彼らの目にも敵うものがあるとか」


「何か、それだとハルの周りには例の組織が絡んでいると?今回の件も奴らの仕業なのか?」


「そこまでは分かりませんが、今後ハルさんの傍に監視役は必要だとあちらも考えているようです」


 ザイードの言い方から彼もハルが死んだとはこれっぽっちも思っていないようだった。戦士としてハルの強さを知っている彼がほとんど確信して言っているのだから、ハルは今もどこかで生きていると、ダリアスにも希望が湧いた。


「そうか、そうか、分かった。だが、あちらにも言っておいてくれ、ハルに裏社会のことは極秘だと」


「ええ、ですがそのこともそろそろ時間の問題なのではないでしょうか?」


 ザイードが粛々と述べる。


「確かに私もそう思いますな、王よ」


 あまり意見が合わないザイードとジェイラスだったが、この時の二人の意見は一致していた。


「この際、ハルさんが戻ってきたときに全てを伝えるべきだと私は思いますが、どうですか?それで彼に手伝ってもらったらどうです?」


 ダリアスがそこで勢いよく立ち上がった。


「………」


 全員の視線がダリアスに注がれたが、静かに座って冷静になった後口を開いた。


「それが正しいんだろう、ただ、彼にはまだ四大神獣の討伐が残っている。これが終らない限り彼の裏社会への介入は許可しない。そもそも、そっちが裏の件よりもの優先事項だったはずだからな」


 ダリアスは別に横暴なことを言っているわけではない。確かにハルを裏社会の組織を壊滅させるために仕向ければ物事はスムーズに進行していくだろう。しかし、彼には彼のやるべきことが残っていた。それは彼にしかできないことだった。裏組織の殲滅は時間をかければできるかもしれないが、四大神獣に関する討伐はハル以外にはありえなかった。


「そうですな、まずはなによりも、四大神獣の方が先でしょうな!残りの三体のいずれかのうち一体でも仕留めるだけでレイドは国際上相当優位な立場に立てますからな!」


 ジェイラスがご機嫌に言う。彼は白虎討伐の恩恵を多大に受けている。それは霧の森の監視塔などの管理していたのが彼だからだ。そこでさらに表彰され霧の森の土地の権利を王から与えられているため、彼の地位や名声はさらに力を増し続けていた。


「王の仰る通り、ハルさんの介入は当分先になりそうですね」


 ザイードとジェイラスも、ダリアスが正しいことを言っているのは理解していたが、これではハルを裏社会に投入するのは国家の方針で決まっているようなものだった。


『ハルならきっと断らない…なんせ、困っている人を見過ごせないから……』


 ダリアスがその事実が悔しく、しかし仕方のないことだと落胆する。誰だって友人を人殺しにはしたくないからだ。しかし、そんなダリアスの個人的な思いが国を導いていく上では不要な価値観だった。

 王は常に国を思い民を先導しなければならない。そのためには自分が正しいと思う道ではなく。正解の道を選ばなければならなかった。そこに個人の感情は邪魔以外の何者でもなかった。常に利益を最大化する選択肢を選ぶ必要があった。


 気持ちを切り替えたダリアスはザイードに言った。


「それじゃあ、ハルの捜索の件はザイードからあちらに一任するという形で任せるぞ」


「はい、お任せください」



 会議室ではそれから今後の方針の詳細な決め事が行われた。三大貴族たちが今後どのように動くかが基本であった。特にレイド王国は、王都でのハド―家の力は強いが、他の都市や街は三大貴族の内の誰かの息がかかっていた。もちろん、その上にハドー家があるため絶対的な決定権はそちらにあったが、国を動かしているのは三大貴族たちの下にいる貴族たちがほとんどであった。

 それでも毎月律儀に上がって来る三大貴族の印が押された報告書には、彼らが行った政策や改善策などの連絡が書かれており、それに関する許可や意見をダリアスに求めて来ているなどダリアスの元にもしっかりと現在国で何が起きているのか把握はできるようになっていた。

 もちろん、その報告書の処理は王自らやっているのではなく文官たちに任せて、要約された報告や緊急連絡などをダリアスが文官たちから報告されている形を取っていた。


 ハルを見つけた。

 ダリアスはそんな報告が上がってくることをこれからキリキリと胃を痛めながら待たなければいけないと思うと先が思いやられた。


 三大貴族たちが意見を交わしているのをダリアスはボーッと眺めていた。


 ここで話し合っている時間がまるで無駄に思えて来て、これからみんなでシフィアム王国に殴り込んで一体ここでハルに何をしたぁ?と怒鳴り散らしては、彼のことを探し回る方が有益なのではないのだろうかと、そんなこと現実的にありえないが、できないことは無いことを考えてみる。


『キャミルがこのことを知ったら悲しむだろうな…』


 ダリアスの役目はほとんど終わり三大貴族たちの退屈だが重要な発言を聞き流してしまっている時だった。


 会議室の外の上空で何か雷が落ちたような、つんざく炸裂音が一度だけ響き渡った。


「ん、なんだ?」


 ダリアスが窓の外にぼんやりと目をやる。しかし、外は気持ちよく晴れているだけでその音の正体を確認することはできなかった。


 ただ、そこで椅子に座っていた剣聖カイが立ち上がり剣を抜いた。


 一瞬誰もが何事かと思ったが、そこで三大貴族たちの後ろにいた護衛の騎士たちも、カイに遅れて剣を抜いていた。彼らはカイがこちらに危害を加えようとしていると思ったのだろう。


「どうした、カイ?」


 場を収めようとダリアスがカイに問いかける。


「何か来てます……」


 彼が一言そう言うと会議室に緊張が走った。

 ダリアスには何も感じられなかったが、カイは何かを感じ取っているようで嫌な汗がびっしょりとながれていた。


「いや、この感じ、まさか…」


 カイが会議室の扉に目をやると、同時に両開きの扉がゆっくりと開かれた。


 会議室にいた全員がその場で言葉を一斉に失った。



 くすんだ青髪の青年がそこには立っていた。

 そこに立っていた彼はレイドの英雄と呼ばれている者だった。


「ハル!」


 静寂の中声をあげたのはダリアスだった。しかし、どこか冷たく近づきがたい雰囲気に包まれている彼に、次にどのような言葉を掛けたらいいか分からず黙ってしまう。


 何か複雑な感情が彼の周りに絡まっているような、大人なびた姿の青年がそこにはいた。


 彼が冷たい眼差しで、そこにいた全員を見渡すと言った。


「これから黒龍討伐を始めます。全員、手はず通り準備を…」


 聞きなれている声だったが突き放すように冷たく響くと全く別人のひとの声のように聞こえた。


 そして、それだけ言うと、ハルは会議室を後にした。


 その場にいた全員が何が起こったか分からず、しばらくその場でずっと固まっていた。

 本当に今いたのはハルだったのか疑ってしまうほど唐突な出来事だった。


「おい、誰かハルをここに呼び戻してくれ、詳しいことを聞きたい…」


 ダリアスの指示で慌てて三大貴族たちの傍に居た騎士たちが扉に駆け寄り我先にと廊下に出る。

 がそこにはすでにハルの姿はどこにもなかった。


「そこのきみ、さっきここを誰か通らなかったか?」


 騎士が向かいを歩いて来た女性の使用人に話しかけるが、誰ともすれ違わなかったと言った。


 騎士たちが戻って来ると誰もがハルが戻って来ると期待していたのだが、その騎士たちから消えましたと告げられると、会議室は再び混乱の中に戻されるのだった。


『どうしたのだ、ハル…』

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