目覚めたらあなたがいて…
ライキルが目覚めるとそこには真っ白い天井が広がっていた。どこまでも奥行きが続いているような無限を感じさせるその白い天井をじっと見つめていると、気分が悪くなりそうになった。
急いで天井を見るのをやめて、身体を起こし部屋全体を見渡し自分がどこにいるか確認する。
ライキルは白いベットの上にいた。
そして、部屋は一面真っ白いで清潔感溢れる造りで、ライキルがいるベット以外の家具は何一つなかった。
ベットの傍には窓がひとつあり、ライキルが外を眺める。外は白く輝き朝のように感じたが、その外の世界は妙に白く輝きぼやけているように見えた。
まだ、ずっとつぶって暗闇に慣れていた目が光に慣れていないのかなと思ったライキルが、しばらく目を正常にならすために窓の外の景色を眺めていると、一頭の竜が空を飛んでいった。
ベットの上から眺めるライキルは、その飛んでいる竜に目を奪われる。
さして竜に興味があるわけではないが、あまりにも真っ白で退屈な部屋の天井や壁を見つめているよりかは、空を飛ぶ竜に目を向けていた方が健全な気がしたからだ。
やがてボーッと竜を眺めるのにも飽きると、ベットの先にあるひとつの扉を見つめた。
真っ白いその扉は先ほど見た竜が飛んでいる外の世界に通じる通路があるのだろう。この気が狂いそうな真っ白い部屋から出られる場所だ。
「傷が治ってる、あんなひどいケガをしたのに…」
自分の手足が正常に動くことを確認する。手のひらを開いては閉じてを繰り返し、脚を開いたり閉じたりして、変な方向に曲がっていないか確かめる。
脚を開脚しているところなどは、はしたがなかったが手っ取り早く脚が動くか確認できた。
「行かなきゃ…」
ライキルが向かう先はたったひとつで、目指す場所はいつだって同じだった。
治った脚をベットから放り出し、真っ白な部屋の扉へと向かう。
「ハルに会いに行かなきゃ」
真っ白い個室の扉に手を掛けた時だった。
扉が勝手に開いた。
「あっ」
扉の前にはひとりの青年が立っていた。
「ライキル…」
「ハル!!」
そこにはライキルの愛する人がいた。
くすんだ青髪に、見つめると吸い込まれそうになるほど青く透き通った瞳をもち、大きな身長は会うたびに抱きつきたくなる包容力があり、安心感を与えてくれた。
ライキルが思うに世界で一番彼がカッコよくて、本来なら届かないはずなのにずっと傍に居てくれる最高で最愛の人。
彼に会ったライキルは辛抱たまらず、彼の胸の中に飛び込んだ。
「会いたかったです。私、もう、ハルに会えないと思って、とても怖かったです」
抱きしめると彼も当たり前のように優しく抱きしめてくれた。こういう時は大いに甘えるのが一番で、もちろん普段からも甘えてはいるもののこういう時こそ全身全霊で彼に可愛がってもらうのが正解だと思うのだ。
それに、怖い思いをしたのは本当だったから今は何よりも安心感が欲しかった。
「良かった、生きててくれたんだね…」
「はい、ガルナが助けてくれました、でも…」
ライキルは少しだけ悔しかった。
気絶する直前、ガルナが助けに来てくれたことを思い出す。
自分にもっと力があれば、みんなを救えるほどの力があれば、誰もあの場で傷つかずに済んだのかもしれなかった。あの時、身を挺するだけで仲間を救うこともできなかった自分を恨みさえした。どうして、こんなにも自分は弱いのか?
あの赤い鱗を持った竜人と対峙に足蹴にされていた時、とてもじゃないが勝てる未来が見えなかった。例え自分の身体が万全でも、一瞬で全身の骨を砕かれるのが分かってしまうほど、あの竜人には威圧感があった。何か超えられない壁のようなものを感じた。
その時のことを思い出すと、ライキルは少しだけ萎縮してしまった。
また、あんなことがあって、もしかしたらそこで死んでしまうかもしれない。そうすると、今、目の前にいるハルに会えなくなる。それが何よりも怖かった。あれ以来、死というものが怖くなっていた。死を怖がると生きることも怖くなってしまう。
それがライキルの彼への甘えに繋がる。
「本当に怖かったです。今、こうしてハルの傍に居ても思い出すと震えが止まらないです…」
より強くハルの身体に手を深く回して抱きしめると、彼もそれに応えてくれるかのようにより優しく包み込んで抱きしめてくれた。
お互いが離れないように、ハルがどこにもいかないように、ライキルは彼を求める。
「俺のせいで怖い思いをさせてごめん」
「ハルは何も悪くありません、私が弱いのが悪いんです。私がもっと強ければこんなに恐い思いだって傷つくことだってなかったんです」
そう力さえあれば、恐怖に抗う強靭な心さえあれば、こうして、記憶から呼び起こされる痛みにだって怯えることもなかった。
また、命を狙われるかもしれない。そこで死ぬかもしれない。
そんな、これから訪れるかもしれない最悪の可能性にだって怯えることもなかった。
自分に力さえあれば、目の前で大切な人達を失うことだってなくなる。
幼い頃、計画的に放たれた獣たちの襲撃だって、幼い自分に力があれば優しかった両親を守れていたかもしれない。
力さえあれば…。
「それはどうかな…」
「え?」
「力があってもどうにもならないことはあるよ」
耳元でそう囁かれると彼は一歩下がった。ライキルの身体に寂しさが残る。もっとくっついていたいと思っていると彼がひとつ提案した。
「お腹空いたでしょ?食堂にでもいかない?」
気が付けば彼の言った通り、身体の中が空っぽみたいに軽かったし、お腹がなったときは恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
「あ、はい、お腹すきました」
「じゃあ、さっそく行こう」
ハルに手を握られると扉の外に連れ出された。
手を繋いだ二人は王城の中を食堂に向かって歩いて行く。
辺りはやけに白んでおり、やっぱり、寝起きで目がおかしくなっているのだろう。
ただ、二人で歩く真っ白な通路がなんだか幻想的で綺麗だった。
王城の輪廻の間と呼ばれている大きな通路にでると、辺りはやけに静まり返っていた。
無理もないことだ。襲撃による争いがあってすぐにいつもの日常風景に戻るという方が難しい。
すれ違う人たちの様子もなんだか元気がなかった。というより、さっきから自分の目がおかしく彼らの姿や表情がところどころぼやけたり霞んだりしては、はっきりと彼らの形を捉えることができていなかった。
『何だろう、さっきから目がおかしいな…』
手を引いてくれているハルの後姿を見るが、彼だけは鮮明にライキルの瞳に映っていた。
『まあ、いいか』
別にハルの姿が見れなくなったわけではなかったので構わなかった。
このことからライキルという女性の中心にはハルしかいないことがよくわかる。
だからと言って他のみんながどうでもいいということではない。
ライキルはハルのことを愛していた。
そんな愛する人が見せる表情や姿が全部好きだった。けれどその中に自分が与える影響だけでは決して見ることのできない彼の仕草や表情があることを知っていた。
悔しいけれど自分が彼の全てではないことをライキルは知っていた。
だけど、それと同じくらい自分の前でしか見せてくれない彼の表情があることをライキルはよく知っていた。
こうして手を繋いで歩いてくれるのだってそうだ。これはハルがライキルにしてくれる些細だけれど特別なことだった。告白する前ならハルから手を繋いでくれることなんて全然なかった。
しかし、あの日、勇気を振り絞って愛を誓った時から、夢のような時間が続いていた。
手を繋ぐ、抱きしめる、デートに誘って来る、甘えて来る、弱みを見せてくれる、頼ってくれる、キスをするなど、とにかく、ハルが自分をさらけ出してくれるようになることが増えた。
それはライキルだって同じだったのだが、将来を誓い合う前は常に一線を引いていたハルが積極的に求めてくれることが、何よりも嬉しかった。
幸せだった。
だけど、こんな幸せがいつか終わってしまうのではないかと想像してしまうと、永遠がこの世に無いことを考えてしまうと、どうしても、この瞬間が過ぎ去っていくことが耐えられなくなりそうになった。
だから、ここで起こったあの襲撃のような一瞬で築いてきたものを崩そうとする理不尽に恐怖し許せなかった。
「そう言えばさ、ライキルにひとつ聞きたいことがあったんだ」
振り向かないハルが歩きながらそう言った。
「何ですか、聞きたいことって?」
「どうしてそんなに俺のことが好きなのかな?」
自惚れた奴め、と言ってやりたかったが、実際その通りでどうしようもなかった。
「そりゃあ、あの時、私のことを命がけで助けてくれたからですよ」
幼い頃道場にいた時の記憶が蘇る。森の中で魔獣に襲われた時のことを。
「それじゃあ、あれが俺じゃなかったら、ライキルは別の人を好きになっていたのかな?」
その質問にまったく何の価値も意味もないことをライキルは即座に見極めた。というよりそんな質問にハルからでも答えたくすらなかった。
「そんな意地悪なこと言わないでください…、きっとあの時ハルに助けられていなくても私は別の形でハルのこと好きになっていましたよ、だって、あれはきっかけに過ぎないんですから」
「確かにそうだね、ごめん、嫌なこと聞いたね…」
ハルが立ち止まる。ライキルも彼に合わせて立ち止まった。
「でも、もし、俺がライキルの思うような人間じゃなかったらライキルは離れて行くでしょ?」
残念ながらこんなことを聞いて来る時点で、ハルがライキルに失望されるような人間になれないことを知っていた。
そして、ただひとつハルもライキルのことを分かっていない点があるとしたらここだった。
「え、離れませんけど?」
例えハルが世界中を敵に回しても、ライキルはしれっとした顔でハルの傍にいつまでもいるつもりだった。
そう例えどんなことがあっても、ハルがどんなに変わってしまっても、何度生まれ変わっても永遠の呪いとして自分は彼につき纏うと決めていた。
身を引こうなどと考えるつもりは一切なかった。
もちろん、彼の傍に居られるだけのあらゆる努力はするが、ライキルがハルに関することで諦めるという選択肢はなかった。
「なんで?じゃあ、俺が人殺しになっても?」
「まあ、私を傍に置いてくれるならそれでもいいですけど…」
「待って、それはおかしい」
「いや、もちろん、やめさせようとはしますけど」
「それ以前の問題として、許しちゃダメでしょそんな人間」
「いえ、許す許さないかはその人の度量でいくらでも変わりますよ?」
ライキルがハルと一緒に居ることを正当化するため暴論を持ち出す。
「じゃあ、俺がライキルの家族を殺しても?そんな俺と一緒に居たいって思える?思えないでしょ!?」
ライキルはそこで笑った。
「私はそれでもハルと一緒に居たいですよ?愛してますから」
ライキルは知っていた。この答えが自分がどの時点にいるかで酷く変わった答えが出て来てしまうことを。
村にいた幼い頃の何も知らないライキルだったら答えは許せないだった。
しかし、今となってはどうだろうか?人間の愚かさと残酷さを知っているライキルが出せる答えは、許せるだった。
このハルすら理解していないライキルの異常な執着は、むしろ、もう家族が死んでしまったことが大きな影響を与えていたのかもしれない。
もう家族を失いたくないだから、家族になってくれるハルといる未来ならどんなに悲しく残酷でも突き進める。
ライキルはハルのことで諦めたことはない。
「そんなライキルは俺嫌いだ…」
「嫌ってもいいですけど、離れませんよ?」
ハルがライキルを見る。彼はとても困ったような顔をしていた。そして、クスクスと笑い始めた彼が言った。
「本当にライキルは最低だね。この様子だと俺が世界中の人間全員を殺しても、私、ハルについて行きますって言ってくれそうなんだけど?」
おどけたハルが笑っていた。ライキルは彼の笑った顔が大好きだった。
「その時は私もハルと一緒に戦います!」
「うわ、ほら、なんていうかもうそれだと愛って言うより呪いだよ?」
「どう言われても構いません!ていうか、ハルはどうなんですか?こんなに言っている私のことどう思っているんですか?」
ハルはそこで何も答えずに歩き出した。ライキルの手は離さずしっかりと握って。
「ちょっと、答えてくださいよ、卑怯ですよ」
答えはもう彼の行動で出ている気がしたが、彼の口から言葉にして欲しかった。
「ハル、ずるいですって」
「釣り合うかな」
「何がですか?」
「この世界ひとつとライキルは俺の中で釣り合うってこと」
「じゃあ、私のためならこの世界を壊してくれるんですか?」
「別にいいけど、二人だけになったらつまらないと思うよ?」
「フフッ、確かにそうですね」
「でしょ?」
世界の破壊をもくろむ悪い恋人たちはくだらないと笑い合った。
「あ、でも本当にこの世界とライキルの価値は案外釣り合てるかもよ?」
「そう思っているのは世界中でハルだけですよ」
「だと、ありがたいね」
ハルとライキルの二人が王城の食堂に着くとそこには真っ白な巨大な空間が広がっているだけで、テーブルも椅子も、食堂を利用する客も、料理を提供してくれる使用人も、誰もいないし、何もない空っぽだった。
「あれ、ここって食堂でしたよね?」
「そうだよ」
「何もないんですけど…」
そこでハルがいきなりライキルを抱き寄せるといきなり唇を奪ってきた。
「む!?」
真っ白い何もない空間で、二人の恋人は崩れ合うように夢中になって相手を奪い合う。しばらくの間、二人は求めるままに相手を貪った。
しかし、ある時を迎えるとハルの動きが止まった。
「どうしたんですか?いきなり、私が欲しくなりましたか?」
挑発するような口調で彼を再び焚きつけさせようとするが、彼はライキルを見つめたまま優しく頬を撫でて冷静に返した。
「欲しいよ、ライキルの全てが欲しい」
「もちろんいいですよ、私の全部をハルにあげます」
「そっか、嬉しいよ、だけどさ…」
とってもいい雰囲気になったけれど彼は優しく突き放すように言った。
「もう、起きなくちゃ」
ライキルの身体が宙に浮く、するとそのまま真っ白い天井に吸い込まれるように彼女の身体だけが上へと浮かんでいく。
ハルだけがその真っ白な空間に取り残されている。
「ハル!!」
どんどん彼が遠ざかっていくが、すでにライキルにはどうすることもできなかった。
そして、ハルの姿も見えなくなってしまうと、ライキルは目を閉じた。
*** *** ***
「……………ぉ……い…」
声が聞こえる。
「……………待て待て、これはだな………」
聞きなれた声だ。
「……いいだろ少しくらい、私にくれたって………」
「……二人とも静かにしてください、ここは一応病室って扱いなんですよ?」
目が覚めると勢いよく身体を起こしたライキルが、周りにいたエウス、ビナを驚かせた。
「うぉい!なんだよ!!」
「うわあ!!」
驚いた二人が椅子から転げ落ちる。
「あ、ライキルちゃん、おはよう」
ガルナに至っては椅子から落ちることもなく、エウスが持って来たであろうフルーツを齧って平然としていた。
見慣れた三人を見て安堵する。
エウスのアホずら、ビナの可愛らしい表情、ガルナのマイペース、現実に戻って来たのだと実感する。
『私、生きてる…ちゃんと…』
そこでライキルが自分の手と足を確認するように動かす。失ってもいなければどの手足も正常に動いていた。
そこはさっきまで見ていた夢と一緒だった。
そう、さっきまで見ていた夢と…。
「私は、えっと、それより、ここ…じゃなくて、えっと…」
分からないことと聞きたいことだらけでライキルの頭はごちゃごちゃし始める。
「全く、急に飛び起きやがって…おい、ライキル、体調はどうなんだ?どこもおかしくは無いのか?」
「え、ああ、エウスは元気そうですね」
「俺はお前と違って頑丈だから、当然だろ」
自分よりも瀕死だったはずのエウスが先に目覚めてピンピンしているのはなんだか癪にさわるが、それでも生きていてくれたことは嬉しかった。ただ、いくらむかつく奴でもいなくなってしまったら、それはそれで癪にさわるのだ。結局、ライキルにとってエウスはいついかなる時でも癪にさわるのだ。
「ビナもガルナも無事で安心しました」
「よかった、本当にライキルが目覚めてくれて良かったよ!」
ライキルの胸に飛び込むビナを優しく撫でると、ガルナも齧りかけのフルーツを近くの小さなテーブルの上に置くと、二人の元に飛び込んできた。
「ライキルちゃん、どこも痛くない?」
「はい、もう、大丈夫です。どこも痛くありません。ガルナの方はどうですか?」
「私は一日で復活したからとっくに大丈夫だ」
「一日…そうだ、私、どれくらい寝てましたか?」
ライキルが二人に尋ねると、その問いにはエウスが答えてくれた。
「お前は、一週間だよ」
「一週間…」
「そうだ、それと言っておくが、ここはアイビーの中だからな?お前がぐっすり寝ている間に帰って来たんだ」
「はぁ?」
辺りを見渡して衝撃を受けた。ここはライキルの自室だった。
部屋の中を見渡すと、まとめられた荷物が部屋の片隅にある以外は、ここを出て行った時と同じ状態だった。
エウスの言った通り本当にレイド王国の古城アイビーに帰って来ていた。
「待ってください、なんで帰って来てるんですか?」
「なんでってお前、俺たちはレイド王国の人間だからだろ」
「それだけだと説明が全然足りません!」
急な出来事に理解が追い付かなかった。
エウスがめんどくさそうに持って来たフルーツを手に取り齧り窓の外を見ながら口を開いた。その空にはもう竜は飛んでいなかった。
「お前だって、俺たちは一応シフィアムの王に謁見するぐらいの来客で、そんでその国で命を狙われたんだぞ?帰国するだろ普通」
「だってそれじゃあ、あのあとどうなったんですか?キラメアやウルメアは?彼女たちは無事なんですか?」
友達のことを心配するのは当たり前だ。ライキルが聞きたかったところはそこだった。他に誰も被害に合ってないか犠牲者はいないか?
短い間でも、ライキルにとっては二人はもう大切な友達だった。
ただ、そこで全員の顔色が暗くなるのを見て、ライキルは強い不安に襲われた。
急に黙ったエウスにライキルが詰め寄った。
「なんで、そこで黙るんですか!?」
エウスが窓の外を見るのをやめてライキルの目を見て真剣な表情をした。
「ライキル、これから言うことはあんまりいい知らせじゃない、そのことだけは覚悟しておけ」
「何かあったんですか…」
「ウルメア王女と、カルラ剣聖が行方不明だ」
「そんな…」
「俺たちが襲撃を受けている間に、王都では竜が暴れる暴動があったみたいでな、それに乗じた地下にいた暴徒たちも暴れ回って、今、シフィアム王国の王都は壊滅状態で、ひどいありさまらしい」
「どういうことですか?襲撃は私たちだけにじゃなかったんですか?」
「何か大きな組織が動いていた可能性があったらしいんだ。要するに裏社会の住人たちの組織ってやつだ」
「裏社会…」
「そう、この世にはやばい奴らが徒党を組んで、悪さをしてる凶悪な組織があるんだよ。そいつらが形成している共同体が裏社会ってやつだ。普通に生きてればまず関わることが無いような世界だ」
そこでビナが口を挟んだ。
「それって盗賊団とか国が危険指定を出している組織のことじゃないんですか?」
「たぶん、そこら辺の国に素性が割れてる組織は表層ってやつだ。だが、今回顔を出したのはもっと深くにいるやばい奴らだったんだよ。【白炎】もそのひとつだろうな」
エウスとビナがそれからその裏社会とやらで議論を交わし合い始めた。ビナはレイド王国全域の治安維持も任されているライラ騎士団にもいたから、悪い組織があることは知っていたのだろう。裏社会という聞きなれない存在をエウスの口から聞いて自分なりに理解しようとしていた。
ガルナも真剣に聞いている様子だったが、頷いているだけのように見たのはライキルだけではないはずで、彼女は話しを聞きながらもさっそく齧りかけのフルーツに手が伸びていた。
ただ、そんな三人のことを眺めているとライキルはあることに気づいてしまった。
ここには一人足りない人物がいた。
むしろなんで最初に気がつかなかったのかと思うぐらいで、気が付けば寂しい感情に支配されていた。
彼がいないだけで自分の中の不安が一気に広がった。
そして、その不安を払うために、みんなに問いかけてしまった時だった。
「ハルは?」
そこでみんなの時間が止まった。
「なんでここにいないの?」
「………」
三人がライキルの顔を見ないで俯く。
それが何よりもライキルを絶望させた。むせかえりそうな感情を抑え込みあくまで冷静に落ち着いてもう一度みんなに聞いた。
「ねえ、ハルはどこいるの?」
「………」
「ねえ、誰でもいいから答えてよ…」
いつまでも黙っているみんなにライキルが怒鳴り散らそうとした時だった。
エウスの一言でライキルの身体の力は抜けてベットの背にもたれ掛かることになった。
「ハルも行方不明だ」
ライキルの目から光が消える。恐れていたことが起こり、この世界を恨んだ。