竜舞う国 最後のラグナロク
王城ゼツランの屋根たちがどんどん小さくなり離れて行く。
空へ舞い上がっているのだが、周囲はいつまでも緑の壁で景色が変わらず終わりが見えない。
今も王城を取り囲むように伸び続ける鱗の触手は留まることを知らなかった。
ハルは焦りから息を呑んだ。
いつこの伸びきった触手が暴れ出すかと思うと、一気に嫌な汗が流れる。
大穴の底から突如溢れ出した鱗の触手は、数キロとさらに伸び続ける。
この触手を切り倒すしても、その切り倒した部分が多大な被害を生み出すのは目に見えていた。
王城ゼツランがある内側に倒れてくれればハルは対応できるのだが、十二の区画に分けられた街が広がる外側に一気に倒れることを思うと想像しただけで被害は計り知れなかった。
それだけじゃない、この触手がそもそもどういった性質を持ったものなのかすらハルは把握できていなかった。
どう見てもウルメア本体から離れたところで触手が伸びているが、彼女の支配下に無いとは言い切れない状況であり、迅速でかつ慎重な判断が迫られていた。
「待ってくれ、ここから逃げちゃダメだ」
銀竜の背の上でキラメアに掴まるハルが情けない声をあげる。
考えることが多すぎてハルの思考は停止しかかっていた。
「どうして?ウル姉はハルのことを狙ってるんだよ?」
そこでハルはさらに血の気が引く、キラメアがこの事実を知ってしまっていることに。
「…ちょっと待て、なんでキラメアがそのことを知ってるんだ?」
「だって、うち、ウル姉に連れられて直接見せられたもの。地下闘技場で自分の姉がたくさんの人たちを殺して行くのを…」
「………」
キラメアが銀竜に上昇するのをやめさせると、その場で旋回するように指示を飛ばした。
その間に鱗の触手の成長は留まることを知らない。
しばらく二人の間に深い沈黙が広がった。
しかし、その沈黙を破ったのはハルの乾いた笑いだった。
「ハハッ、そんなわけないだろ…」
「え?」
「あの化け物はウルメアじゃない、そんなわけないだろ?」
自分でも何を言っているか分からなかった。分かりたくなかった。
「何言ってるの…あれはうちの姉のウル姉だよ、この惨劇を起こしたのもうちの姉なんだよ!」
「違う、あれはウルメアじゃない、地下にいた悪い奴だしさっき話したけどウルメアなんかじゃなかったんだ…」
キラメアがそこで振り向くと目を少し細めて優しく微笑んでいた。
「あぁ、そっか、ハルって実はすっごい不器用なんだね…」
キラメアの顔がなぜか歪んでいた。いや、違う、ハルの視界全体が歪んでいた。それは、とめどなく溢れる涙によるものだった。
「だって、こんなのダメだろ…キラメアもウルメアもどっちも報われないじゃないか…」
「うん、そうだね…うちらはもう後戻りはできないんだ…」
キラメアがハルの頬を優しく撫でる。いつものような悪ふざけは一切なしの慈愛のこもった手つきで、泣きじゃくっているみっともないハルをあやしていく。
一番辛いのはキラメアとウルメアの二人のはずなのに、どうしても、ハルの涙は止まらなかった。
「だから、ハルに頼みたいことがあるんだ」
頬から流れ落ちる涙を拭われる。
真っ赤に泣き腫れた青い瞳に彼女が映り込む。
そこにはもう覚悟を決めている女性の強い瞳があったが、その瞳の奥には物悲しさをはらんでいた。
「うちの姉を止めて欲しい」
そう止めなくてはならない。
「みんなのことを救って欲しい」
ウルメアを止めてこの国を救う。
「英雄の力を見せて欲しい」
見せかけの英雄にできることは?
銀竜の背の上で、ハルは立ちあがった。
風になびく青髪が揺れる。
『俺にできることはもうあれしかない………』
竜の背から見下ろすとそこには王座の間の天井を突き破って現れる緑の巨人の姿があり、鱗で覆いつくされた表情の無い大きな顔がこちらをジッと見つめていた。
「ハル…あれ、倒せるの?」
隣に立ったキラメアも同じように真下の王座の間があった場所を覗き込んでいた。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
緑の巨人が今まで聞いたこともない獣のようなおぞましい咆哮を飛ばすと、その巨体からさらに鱗の触手が一気に身体にまとわりつき始め更なる巨大化をし始める。
身体の奥から触手を出しては、自分で自分を締め付けてどんどん身体の強度を上げていた。
「ねぇ、どんどん大きくなってるよ!?」
緑の巨人は、宙を旋回するハルたちのことを見つめながら、その巨大化を繰り返す。
それを見ていたハルは、慌てるキラメアを横に、銀竜の首の根元に移って彼に訴えかけた。
「君に頼みがある。聞いてもらっていいかな?」
銀竜が首を動かしハルを見据えた。
「キラメアを安全な場所に連れて行って欲しい…」
ハルは天を指さして続ける。
「彼女だけなら君はあの緑の壁を超えられるんじゃないかな?」
銀竜の瞳がお前はどうするのだ?と問いかけてくるような気がしたのでハルは自分勝手に言葉を紡ぐ。
「俺はひとりでも大丈夫、強いからね、分かるだろ?あの時、君を睨んじゃった時さ、あれは悪かったと思ってるんだ…」
再びハルと銀竜の互いの瞳が静かに見据え合う時間が訪れる。そこには男同士の友情のようなものさえあったのかもしれない。
「頼めるかな?彼女を?」
銀竜が無論だといった様子で一回静かに低く喉を鳴らすと目をそらして前を向いた。ハルはそれを了解の合図ととってキラメアの方に向き直った。
「キラメアは彼と一緒にここを離脱してくれ」
「ハルはどうするの?」
「俺はウルメアを止めにいく」
竜の背の縁に立ち下を覗き込み緑の巨人の様子をうかがう。
その緑の巨人のフォルムはすでに完成されており、それは引き締まった筋肉を持つ女性のような姿で、触手で作り出された髪型はツインテールであり、マントのようなものも触手で再現されており
誰かのイメージを忠実に再現した姿である様に見えた。
尻尾は竜人族のようなもので、どうやら尻尾の先が二股に分かれていた。
ハルにはその触手で作り出された女性が、誰なのかは見当がつかなかった。
もしかしたらそれはウルメアが理想とする女性の姿だったのかもしれない。
そんな緑の巨人の手には、身体と同じく鱗状の触手で、生み出された槍が握られていた。
この槍も何重にも触手が絡みついて強度をあげているため、あの巨人が投げたとしたらその威力は計り知れないだろう。
「それと、ひとつキラメアには言っておかなきゃならないことがある…」
「なに?」
「それは…」
ハルがこれからしようとしていることの先にある結果を、今ここで彼女に伝えておかなければならなかった。
「もう、ウルメアには会えなくなるかもしれない…」
「うん、いいよ、それでも」
即答だった。
だけどハルがそこでキラメアの顔を見た時、彼女は大粒の涙を流して泣いていた。
ハルはそこで初めてキラメアの涙を見た。
覚悟を決めている彼女のそれでも溢れ出す涙をハルは確かに見たのだ。
「………」
ハルが銀竜の背から飛び下りる。それ以上彼女に言葉をかけてはあげられなかった。だってこれからしようとしていることは、キラメアにとっても誰も幸せにならない選択なのだから…。
「ウルメア、覚悟してくれ…敵に回ったハル・シアード・レイってやつは強いよ…」
落下しながらそんなうぬぼれたことを呟くハルに、触手の槍が飛んできていた。その長さは軽く百メートルを超えており、ぎちぎちに触手が巻き付けられた状態の槍は鋼のような硬度であった。
槍は緑の巨人が放ったもので風を切って飛来しており、その狙いは完全にハルとキラメアを乗せていた銀竜だった。
しかし、当然のその槍が銀竜を貫くことはなかった。
落下するハルがその槍をすれすれでかわし、その槍の中腹が自分のもとまで来ると、ハルはちょうどそこでその巨大な触手な槍の側面に手を突っ込んで槍を握り止めた。
そして、そのまま元あった場所に返すように反対側の緑の巨人がいる場所めがけて、ハルはその槍を放った。
五十メートルはある緑の巨人が投げた威力にも関わらず、ハルが返したその槍は比較にならないほど凄まじい速度と破壊力を持って、緑の巨人を貫通し王座の間そのものを跡形もなく破壊した。
その一撃はまさに大量破壊兵器そのものだった。
崩れ去った王座の間にハルが着地する。そこでもまた凄まじい衝撃が王座の間の崩壊を早めた。
王座の間の壁という壁や柱という柱は本当に全て吹き飛び、瓦礫の山となり午後の穏やかな日差しを浴びていた。
その瓦礫となった王座の間の近くには上半身が吹き飛んだ緑の巨人の姿があった。それは膝をつくと前のめりに倒れていた。
ハルが見据える先には、瓦礫の山に囲まれる空虚な王座に座っているウルメアがいた。
彼女の目は血走り一点だけを見つめて固まっていた。
何かにじっと耐えているような彼女がいた。
しかし、ハルが目の前に現れると、ふと目の色を変えて立ち上がった。
「戻ってきてくれた!フフッ、嬉しいなぁ…ハァ、ハァ…」
どこか疲れ切った表情と荒い息遣いの彼女は、衰弱している様にさえ見えた。
「決着をつけよう」
「いいね、決着。じゃあ、私が勝ったらハルは私のものでいいよね?」
「…分かった、ウルメアが勝ったら俺の全てをあげるよ。なんでも言うこと聞くし一生ウルメアだけを愛してあげるこれでどう?」
「う、うそ……」
それを聞いたウルメアが疲れた顔を紅潮させて両手で恥ずかしそうに顔を隠す。
「ほ、本当に!?それは最高だぁ…本当に最高過ぎる提案だよ!ウフフッフフッ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
だが、そう喜ぶウルメアにハルは冷たく告げる。
「その代わり、もう、これ以上犠牲者は出さないでくれ…狙うのは俺一人にしてくれ、それが条件だ」
「うん、わかった、約束するよ!!」
にっこりと笑いすんなりと了承するウルメアだったが、その様子はどこか変だった。異常な高揚感に彼女が包まれている気がして不気味だった。
「じゃあ、始めるよ…」
王城の周囲に反り立つ鱗状の触手の壁がざわざわとざわめき立つ。
一瞬にして空気が、がらりと変わった。
ハル・シアード・レイの濃密な殺気が一気にこの場を支配した。
***
ウルメアがそこで初めてハル・シアード・レイという男の本気を目の当たりにした。
『あ、やばい…これは一瞬で決着がつくやつ…だ…っていうか…』
ウルメアの身体は圧倒的な強者の威圧で身動き一つ取れなかった。
「………」
言葉ひとつさえ喋らせてもらえないほど恐怖で身体全身が硬直していた。
『い、嫌だ、絶対手に入れるんだ…私がハルを愛する人を手に入れるんだ!!』
どれだけ強靭な意志を持っていても、ウルメアが人間である以上彼の圧の前では身体が勝手に生きることを諦めてしまっていた。
目を見開いたまま愛する人が近づいて来るのをただ黙って見つめることしかできなかった。
きっとこの先に待っている未来はハルに殺されて終わるか処刑の二択という名の一択だけだった。
『死ねない、私、約束したんだから、彼と永遠の愛を誓って、幸せなキスをして、それでずっと一緒にいるって…』
ウルメアはただ欲しかった。愛する人たちと一緒に過ごす時間と場所が、その場所を手に入れるためならなんだってした。
どんな手だって使った。
知りたかったから外の世界に飛び出した。欲しかったから手を伸ばした。守りたかったからあの時人を殺した。
どれも裏目にでるばかりで結局報われなかったけれど。
『私、結構、頑張ったんだけどな…やっぱり、ダメだったか…』
諦めがついた。
どうすることもできなくなったから諦めることにした。
どんなにあがいても結局のところ自分はただの人殺しで何も手に入れることはできなかったのだ。
『結局、私は【フレア】王女にもなれなかったし、騎士の【ヴァテイン】…そうハルにも愛されなかった…』
愛読していた七王国物語に出て来る登場人物の名前を心の中で呟く。
妄想に取りつかれていた自分がここに来て空虚な存在に思えてしまった。
『私の手には何も残らなかった…』
自然と涙が頬を伝った時だった。
『そんなことない!』
『!?』
誰かの声がどこからか聞こえて来た。だが、ここには身動き一つ取れない自分と、今まさに迫って来ているハルしかいないはずだった。
だけど、確かにウルメアの背後には誰かがいた。
『あんたはよくやったよ!』
その後ろにいた誰かが固まっていたウルメアの横を通り過ぎて前に出た。その後ろ姿はウルメアと同じぐらいの歳の女の子だった。
頭にはティアラを乗せ、白いワンピースをなびかせ、緑のマントを羽織っていた。
エメラルド色のような光輝くツインテールの少女がそこにはいた。
『よくやったから何もかもこれからだろ?前を向けよ、どんな時も、前を向いて希望がある未来に手を伸ばせ!せっかくあんたは今を生きてるんだ。諦めるのが早すぎるよ!』
どこかで会ったことがあるようなないような、いや、ウルメアが思うことはたったひとつだけだった。
彼女はどう考えてもあの七王国物語の中に出て来た少女の特徴と一致していた。
そして、決定的だったのが彼女の二股に分かれた尻尾だった。
竜人族でも二股の尻尾を持つ人は珍しく現在、存在すらしていないとすら言われていた。
『あなたは誰ですか?ていうかなんでどこから出てきたんですか?』
『私はフレア・ナーガード・シフィアムこの国の王女だったものだ。今は残留思念ってところだがな』
フレアが振り向いて笑顔を見せる。その笑顔はまるでキラキラと輝いていて女性のウルメアから見ても可愛らしかった。
『残留思念?いや、そんなことより…』
ウルメアの思考が一瞬止まった。だが、動かない体とは異なりすぐにウルメアの思考は動き出す。
『フレアって、あれは物語の中の登場人物でしょ?七王国物語の王女フレアは実在はしないはず、だって私ちゃんと調べたから…』
ジョン・ゼルドが手掛けた七王国物語の四章にでて来るヒロインの王女フレア。彼女は架空の人物であるはずだった。
ウルメアは一度ナーガード家のとても長い家系図を見せてもらったことがあった、だがそこにフレアという女性がいた記述などどこにも書いていなかった。
その記憶がしっかりとウルメアの中にあった。
『物語だって!?私はちゃんと実在した人間だ、って………』
フレアが驚いた表情から何かを思い出したかのように嬉しそうに微笑んだ。
『あぁ、そうか…ジョンの奴ちゃんと約束を守ってくれたんだな…』
フレアがそこで寂しそうな表情でただ微笑んだ。元気なイメージから一変してそこには大人びた女性の姿があった。
愁いを帯びた瞳で彼女が思い出に浸る様に何もない空間を見つめていた。
しかし、そこでフレアが彼を認識すると、たちまち顔色を変えた。
『待って、あの人は、ヴァテイン!?』
そこには青い瞳をンの屋根たちがどんどん小さくなり離れて行く。
空へ舞い上がっているのだが、周囲はいつまでも緑の壁で景色が変わらず終わりが見えない。
今も王城を取り囲むように伸び続ける鱗の触手は留まることを知らなかった。
ハルは焦りから息を呑んだ。
いつこの伸びきった触手が暴れ出すかと思うと、一気に嫌な汗が流れる。
大穴の底から突如溢れ出した鱗の触手は、数キロとさらに伸び続ける。
この触手を切り倒すしても、その切り倒した部分が多大な被害を生み出すのは目に見えていた。
王城ゼツランがある内側に倒れてくれればハルは対応できるのだが、十二の区画に分けられた街が広がる外側に一気に倒れることを思うと想像しただけで被害は計り知れなかった。
それだけじゃない、この触手がそもそもどういった性質を持ったものなのかすらハルは把握できていなかった。
どう見てもウルメア本体から離れたところで触手が伸びているが、彼女の支配下に無いとは言い切れない状況であり、迅速でかつ慎重な判断が迫られていた。
「待ってくれ、ここから逃げちゃダメだ」
銀竜の背の上でキラメアに掴まるハルが情けない声をあげる。
考えることが多すぎてハルの思考は停止しかかっていた。
「どうして?ウル姉はハルのことを狙ってるんだよ?」
そこでハルはさらに血の気が引く、キラメアがこの事実を知ってしまっていることに。
「…ちょっと待て、なんでキラメアがそのことを知ってるんだ?」
「だって、うち、ウル姉に連れられて直接見せられたもの。地下闘技場で自分の姉がたくさんの人たちを殺して行くのを…」
「………」
キラメアが銀竜に上昇するのをやめさせると、その場で旋回するように指示を飛ばした。
その間に鱗の触手の成長は留まることを知らない。
しばらく二人の間に深い沈黙が広がった。
しかし、その沈黙を破ったのはハルの乾いた笑いだった。
「ハハッ、そんなわけないだろ…」
「え?」
「あの化け物はウルメアじゃない、そんなわけないだろ?」
自分でも何を言っているか分からなかった。分かりたくなかった。
「何言ってるの…あれはうちの姉のウル姉だよ、この惨劇を起こしたのもうちの姉なんだよ!」
「違う、あれはウルメアじゃない、地下にいた悪い奴だしさっき話したけどウルメアなんかじゃなかったんだ…」
キラメアがそこで振り向くと目を少し細めて優しく微笑んでいた。
「あぁ、そっか、ハルって実はすっごい不器用なんだね…」
キラメアの顔がなぜか歪んでいた。いや、違う、ハルの視界全体が歪んでいた。それは、とめどなく溢れる涙によるものだった。
「だって、こんなのダメだろ…キラメアもウルメアもどっちも報われないじゃないか…」
「うん、そうだね…うちらはもう後戻りはできないんだ…」
キラメアがハルの頬を優しく撫でる。いつものような悪ふざけは一切なしの慈愛のこもった手つきで、泣きじゃくっているみっともないハルをあやしていく。
一番辛いのはキラメアとウルメアの二人のはずなのに、どうしても、ハルの涙は止まらなかった。
「だから、ハルに頼みたいことがあるんだ」
頬から流れ落ちる涙を拭われる。
真っ赤に泣き腫れた青い瞳に彼女が映り込む。
そこにはもう覚悟を決めている女性の強い瞳があったが、その瞳の奥には物悲しさをはらんでいた。
「うちの姉を止めて欲しい」
そう止めなくてはならない。
「みんなのことを救って欲しい」
ウルメアを止めてこの国を救う。
「英雄の力を見せて欲しい」
見せかけの英雄にできることは?
銀竜の背の上で、ハルは立ちあがった。
風になびく青髪が揺れる。
『俺にできることはもうあれしかない………』
竜の背から見下ろすとそこには王座の間の天井を突き破って現れる緑の巨人の姿があり、鱗で覆いつくされた表情の無い大きな顔がこちらをジッと見つめていた。
「ハル…あれ、倒せるの?」
隣に立ったキラメアも同じように真下の王座の間があった場所を覗き込んでいた。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
緑の巨人が今まで聞いたこともない獣のようなおぞましい咆哮を飛ばすと、その巨体からさらに鱗の触手が一気に身体にまとわりつき始め更なる巨大化をし始める。
身体の奥から触手を出しては、自分で自分を締め付けてどんどん身体の強度を上げていた。
「ねぇ、どんどん大きくなってるよ!?」
緑の巨人は、宙を旋回するハルたちのことを見つめながら、その巨大化を繰り返す。
それを見ていたハルは、慌てるキラメアを横に、銀竜の首の根元に移って彼に訴えかけた。
「君に頼みがある。聞いてもらっていいかな?」
銀竜が首を動かしハルを見据えた。
「キラメアを安全な場所に連れて行って欲しい…」
ハルは天を指さして続ける。
「彼女だけなら君はあの緑の壁を超えられるんじゃないかな?」
銀竜の瞳がお前はどうするのだ?と問いかけてくるような気がしたのでハルは自分勝手に言葉を紡ぐ。
「俺はひとりでも大丈夫、強いからね、分かるだろ?あの時、君を睨んじゃった時さ、あれは悪かったと思ってるんだ…」
再びハルと銀竜の互いの瞳が静かに見据え合う時間が訪れる。そこには男同士の友情のようなものさえあったのかもしれない。
「頼めるかな?彼女を?」
銀竜が無論だといった様子で一回静かに低く喉を鳴らすと目をそらして前を向いた。ハルはそれを了解の合図ととってキラメアの方に向き直った。
「キラメアは彼と一緒にここを離脱してくれ」
「ハルはどうするの?」
「俺はウルメアを止めにいく」
竜の背の縁に立ち下を覗き込み緑の巨人の様子をうかがう。
その緑の巨人のフォルムはすでに完成されており、それは引き締まった筋肉を持つ女性のような姿で、触手で作り出された髪型はツインテールであり、マントのようなものも触手で再現されており
誰かのイメージを忠実に再現した姿である様に見えた。
尻尾は竜人族のようなもので、どうやら尻尾の先が二股に分かれていた。
ハルにはその触手で作り出された女性が、誰なのかは見当がつかなかった。
もしかしたらそれはウルメアが理想とする女性の姿だったのかもしれない。
そんな緑の巨人の手には、身体と同じく鱗状の触手で、生み出された槍が握られていた。
この槍も何重にも触手が絡みついて強度をあげているため、あの巨人が投げたとしたらその威力は計り知れないだろう。
「それと、ひとつキラメアには言っておかなきゃならないことがある…」
「なに?」
「それは…」
ハルがこれからしようとしていることの先にある結果を、今ここで彼女に伝えておかなければならなかった。
「もう、ウルメアには会えなくなるかもしれない…」
「うん、いいよ、それでも」
即答だった。
だけどハルがそこでキラメアの顔を見た時、彼女は大粒の涙を流して泣いていた。
ハルはそこで初めてキラメアの涙を見た。
覚悟を決めている彼女のそれでも溢れ出す涙をハルは確かに見たのだ。
「………」
ハルが銀竜の背から飛び下りる。それ以上彼女に言葉をかけてはあげられなかった。だってこれからしようとしていることは、キラメアにとっても誰も幸せにならない選択なのだから…。
「ウルメア、覚悟してくれ…敵に回ったハル・シアード・レイってやつは強いよ…」
落下しながらそんなうぬぼれたことを呟くハルに、触手の槍が飛んできていた。その長さは軽く百メートルを超えており、ぎちぎちに触手が巻き付けられた状態の槍は鋼のような硬度であった。
槍は緑の巨人が放ったもので風を切って飛来しており、その狙いは完全にハルとキラメアを乗せていた銀竜だった。
しかし、当然のその槍が銀竜を貫くことはなかった。
落下するハルがその槍をすれすれでかわし、その槍の中腹が自分のもとまで来ると、ハルはちょうどそこでその巨大な触手な槍の側面に手を突っ込んで槍を握り止めた。
そして、そのまま元あった場所に返すように反対側の緑の巨人がいる場所めがけて、ハルはその槍を放った。
五十メートルはある緑の巨人が投げた威力にも関わらず、ハルが返したその槍は比較にならないほど凄まじい速度と破壊力を持って、緑の巨人を貫通し王座の間そのものを跡形もなく破壊した。
その一撃はまさに大量破壊兵器そのものだった。
崩れ去った王座の間にハルが着地する。そこでもまた凄まじい衝撃が王座の間の崩壊を早めた。
王座の間の壁という壁や柱という柱は本当に全て吹き飛び、瓦礫の山となり午後の穏やかな日差しを浴びていた。
その瓦礫となった王座の間の近くには上半身が吹き飛んだ緑の巨人の姿があった。それは膝をつくと前のめりに倒れていた。
ハルが見据える先には、瓦礫の山に囲まれる空虚な王座に座っているウルメアがいた。
彼女の目は血走り一点だけを見つめて固まっていた。
何かにじっと耐えているような彼女がいた。
しかし、ハルが目の前に現れると、ふと目の色を変えて立ち上がった。
「戻ってきてくれた!フフッ、嬉しいなぁ…ハァ、ハァ…」
どこか疲れ切った表情と荒い息遣いの彼女は、衰弱している様にさえ見えた。
「決着をつけよう」
「いいね、決着。じゃあ、私が勝ったらハルは私のものでいいよね?」
「…分かった、ウルメアが勝ったら俺の全てをあげるよ。なんでも言うこと聞くし一生ウルメアだけを愛してあげるこれでどう?」
「う、うそ……」
それを聞いたウルメアが疲れた顔を紅潮させて両手で恥ずかしそうに顔を隠す。
「ほ、本当に!?それは最高だぁ…本当に最高過ぎる提案だよ!ウフフッフフッ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
だが、そう喜ぶウルメアにハルは冷たく告げる。
「その代わり、もう、これ以上犠牲者は出さないでくれ…狙うのは俺一人にしてくれ、それが条件だ」
「うん、わかった、約束するよ!!」
にっこりと笑いすんなりと了承するウルメアだったが、その様子はどこか変だった。異常な高揚感に彼女が包まれている気がして不気味だった。
「じゃあ、始めるよ…」
王城の周囲に反り立つ鱗状の触手の壁がざわざわとざわめき立つ。
一瞬にして空気が、がらりと変わった。
ハル・シアード・レイの濃密な殺気が一気にこの場を支配した。
***
ウルメアがそこで初めてハル・シアード・レイという男の本気を目の当たりにした。
『あ、やばい…これは一瞬で決着がつくやつ…だ…っていうか…』
ウルメアの身体は圧倒的な強者の威圧で身動き一つ取れなかった。
「………」
言葉ひとつさえ喋らせてもらえないほど恐怖で身体全身が硬直していた。
『い、嫌だ、絶対手に入れるんだ…私がハルを愛する人を手に入れるんだ!!』
どれだけ強靭な意志を持っていても、ウルメアが人間である以上彼の圧の前では身体が勝手に生きることを諦めてしまっていた。
目を見開いたまま愛する人が近づいて来るのをただ黙って見つめることしかできなかった。
きっとこの先に待っている未来はハルに殺されて終わるか処刑の二択という名の一択だけだった。
『死ねない、私、約束したんだから、彼と永遠の愛を誓って、幸せなキスをして、それでずっと一緒にいるって…』
ウルメアはただ欲しかった。愛する人たちと一緒に過ごす時間と場所が、その場所を手に入れるためならなんだってした。
どんな手だって使った。
知りたかったから外の世界に飛び出した。欲しかったから手を伸ばした。守りたかったからあの時人を殺した。
どれも裏目にでるばかりで結局報われなかったけれど。
しかし、どんなに頑張っても身体は動いてくれなかった。どんなに強く願っても縛りつける恐怖と圧に身体は支配されていた。
『私、結構、頑張ったんだけどな…やっぱり、ダメだったかな…』
諦めがついた。
どうすることもできなくなったから諦めることにした。
どんなにあがいても結局のところ自分はただの人殺しで何も手に入れることはできなかったのだ。
『結局、私は【フレア】王女にもなれなかったし、騎士の【ヴァテイン】…そうハルにも愛されなかった…』
愛読していた七王国物語に出て来る登場人物の名前を心の中で呟く。
妄想に取りつかれていた自分がここに来て空虚な存在に思えてしまった。
『私の手には何も残らなかった…』
自然と涙が頬を伝った時だった。
『そんなことない!』
『!?』
誰かの声がどこからか聞こえて来た。だが、ここには身動き一つ取れない自分と、今まさに迫って来ているハルしかいないはずだった。
だけど、確かにウルメアの背後には誰かがいた。
『あんたはよくやったよ!』
その後ろにいた誰かが歩いてウルメアの横を通り過ぎて前に出た。その後ろ姿はウルメアと同じぐらいの歳の女の子だった。
頭にはティアラを乗せ、白いワンピースをなびかせ、緑のマントを羽織っていた。
エメラルド色のような光輝くツインテールの少女がそこにはいた。
『よくやったからこれからなんだ。前を向け、どんな時も、前を向いて希望がある未来に手を伸ばせ!せっかくあんたは今を生きてるんだ。諦めるのが早すぎるよ!』
どこかで会ったことがあるようなないような、いや、ウルメアが思うことはたったひとつだけだった。
彼女はどう考えてもあの七王国物語の中に出て来た少女の特徴と一致していた。
そして、決定的だったのが彼女の二股に分かれた尻尾だった。
竜人族でも二股の尻尾を持つ人は珍しく現在、存在すらしていないとすら言われていた。
『あなたは誰ですか?ていうかなんでどこから出てきたんですか?』
『私はフレア・ナーガード・シフィアムこの国の王女だったものだ。今は残留思念ってところだがな』
フレアが振り向いて笑顔を見せる。その笑顔はまるでキラキラと輝いていて女性のウルメアから見ても可愛らしかった。
『残留思念?いや、そんなことより…』
ウルメアの思考が一瞬止まった。だが、動かない体とは異なりすぐにウルメアの思考は動き出す。
『フレアって、あれは物語の中の登場人物でしょ?七王国物語の王女フレアは実在はしないはず、だって私ちゃんと調べたから…』
ジョン・ゼルドが手掛けた七王国物語の四章にでて来るヒロインの王女フレア。彼女は架空の人物であるはずだった。
ウルメアは一度ナーガード家のとても長い家系図を見せてもらったことがあった、だがそこにフレアという女性がいた記述などどこにも書いていなかった。
その記憶がしっかりとウルメアの中にあった。
『物語だって!?私はちゃんと実在した人間だ、って………』
フレアが驚いた表情から何かを思い出したかのように嬉しそうに微笑んだ。
『あぁ、そうか…ジョンの奴ちゃんと約束を守ってくれたんだな…』
フレアがそこで寂しそうな表情でただ微笑んだ。元気なイメージから一変してそこには大人びた女性の姿があった。
愁いを帯びた瞳で彼女が思い出に浸る様に何もない空間を見つめていた。
しかし、そこでフレアが彼を認識すると、たちまち顔色を変えた。
『待って、あの人って、ヴァテイン様か!?』
そこには青い瞳を爛々と輝かせる英雄がひとりいた。
ウルメアにはその英雄がハルにしか見えなかったがフレアにはこれまた物語の中に出てきたヴァテインに見えているようだった。
ただ、それは無理もなかった。本に出てきた描写からするにヴァテインもまた青い髪に青い瞳の竜人族であり、ウルメアが恋に落ちた相手であったのだから。
『違うわ、あれはハルって名前の私の婚約者だ』
『ハァ?あれはヴァテインだろ、だって、いや、違うなんだこの殺気…』
『フレアどうにか私の身体を動かすことできない?このままだと私彼に殺されちゃうの』
『待て待て、私もこんなの始めてだ。これほどの【カムイ】に抵抗するとなると、ラグナロクでも足りないぞもって数分だ。それにあんたの身体がもたない』
『私は大丈夫だから動けるようにできるなら今すぐやって!』
『あんた死ぬぞ!!』
『それでもいい、死ぬよりも愛されない方がずっと辛い!!』
ウルメアの目が見開く。青い瞳がフレアの銀色の瞳を捉える。
死んでも手に入れたいものがあった。
それを人は愛と呼ぶのかもしれない。
覚悟は決まった。
諦めて腐っては堕ちていくだけだったウルメアの心が蘇る。
もし、たった少しでも可能性があるなら、未来に自分が愛する人の隣に居られるなら。
『もう、諦めないから!!』
『………』
そこでフレアが俯くと呟いた。
『ああ、分かった、今度は大丈夫だ。私がついてる。最後のラグナロクはあんたで決まりだ!!』
フレアが顔を上げると、ウルメアの胸の真ん中に手をおいて叫んだ。
『シフィアム王国の守護竜ラグナロクよ、我が声に応えよ。この国を救う……』
ただ、フレアはそこで言葉を紡ぐのをやめると、ウルメアを見て笑顔を見せた。
『いいや、ラグナロクよ、この愛に生きる少女に希望を与えよ!これはシフィアム王国を救った王女フレア・ナーガード・シフィアムからの最後の願いである!!!』
そう叫んだフレアの身体が輝きを帯び始める。
そして、彼女の身体が徐々に透き通り消え始める。
だが、その時だった。
遠い過去から思い続けてきたフレアの願いに奇跡が起こったのは。
ウルメアの目の前にはフレアがいた。その彼女の後ろにはさらにもうひとり竜人族の青年が立っていた。鮮やかな青髪を揺らしながら、青い瞳でフレアを愛おしそうに見つめている。
そして、その青年が口を開いた。
『この、ヴァテイン・エンドドラーナ・シフィーからも最後の願いとして頼みたい。ラグナロクよ、彼女の願いを今度こそ叶えてくれ!』
『!?』
直後、フレアが振り向くとそこには愛しの彼がいた。数百年待ち焦がれた彼がそこにはいた。
『あ…あぁ……』
あれからずっと会いたかった彼がそこにはいた。
『フレア様、お久しぶりです。ずっと、お会いしたかったです…』
涙ぐむ彼に、フレアが駆け寄ると二人は互いに抱きしめ合った。
『ヴァテイン!!あぁ、ヴァテインがいるよ…ここにヴァテインがぁ…』
『ええ、ここにいます。あなたのヴァテインは今ここに…』
『もう、どこにもいかないで…ずっと傍にいて!』
『はい、ずっとフレア様のお傍に…』
もう離れないように、どこへも行かないように、互いが互いを強く抱きしめ合っていた。
『愛しています、フレア様。三百年前のあの日からずっと変わらず』
『はい、私も深く深く愛しています。この愛は永遠です』
午後の日差しが差しこむ崩壊した王座の前で、二人は幸せな口づけをした。
長い長い時を超えて、二人はやっと巡り合うことができた。
あの日の絶望が甘く溶かされて、今は希望となって輝いていた。
この瞬間は二人にとって永遠のものだった。
再会を喜ぶフレアがウルメアに振り向いて笑いかけた。
『ありがとう、あなたのおかげだ!本当にありがとう!』
彼女はウルメアの罪もなど少しも知らなかった。だけど、ラグナロクを起動したものを正しく導くために彼女はここにいた。
あの日の惨劇を繰り返さないように、フレアはずっとラグナロクを見守っていた。最後の安全装置として死んでもなお、このラグナロクを起動した者がもう決して間違いを犯さないように、彼女はずっと待っていた。
そして、時は訪れ、ラグナロクを起動したことで、フレアは目覚めた。
しかし、それも本の束の間であった。
そのまま、フレアは光り輝き透明になっていく。
その最後にフレアが幸せそうにうれし涙を流しながら笑って言った。
『最後にこんな幸せを届けてくれてありがとう!!』
フレアの姿が最高の笑顔を最後に完全に消滅するが、その隣にはヴァテインも一緒におり消えていく彼女はひとりではなかった。
まるで短い夢を見ていたような錯覚に襲われていた。
しかし、現実は着々と前に進んでおり、目の前にはもうハルが触れられる距離に立っていた。
「………ハッ!?」
ただ、その白昼夢のような現象に呆然としていたウルメアだったが、気が付けば身体が恐怖から解放され動けるようになっていた。
さらに、それだけでは無かった。
今までに感じたことの無い莫大な力が身体の奥底から湧き上がって来るのを感じることができていた。
『動ける、それにこの力、今ならハルにも勝てるかもしれない…』
しかし、そう、ウルメアが戦闘態勢に入ろうとした時だった。
ハルがウルメアの頬に優しく触れる。
さらにはそこに慈愛に満ちた彼の瞳があった。
『…え、なに、なんでそんな優しい顔してるの……』
「ごめん」
それだけ言ったハルが両手でウルメアの頬に触れ上から覗き込むように軽く押さえつけた。身長差のある二人であるため傍から見えればそれはキスの前の段階であるように見えた。
そして、ウルメアも先ほどの二人のキスを見て、自分も期待してしまっていた。
『もしかして、私もハルと…』
しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれ、愚かだと諭されることになった。
辺りを支配していたハルの殺気が、ウルメア一点にだけ集中するように操られる。
『あ、これは、マズイ…』
生物としてこの濃厚な殺気を浴びてしまったら終ってしまうとウルメアは感じ、ハルを突き飛ばし跳ねのけてしまった。
「あれ、動けるんだ…」
覚悟を、覚悟を決めなければならない。並大抵の気持ちでは絶対に彼を突破することができないことが分かったウルメアは、すぐに臨戦態勢に入った。
「ハル、私、本気であなたを取りに行くよ…全世界中を敵に回したって私はあなたが欲しい…」
ウルメアがハルに手をかざす。
「俺は、ウルメアの敵だ」
「それでもいい、ハルが私の敵でも、それが永遠に続いたって私はあなたを愛し続けるから!」
「………」
ラグナロクが本領を発揮する。ウルメアの身体に力の代償としての激痛が走った。その痛みはウルメアでも我慢の限界を超えていた。
「…あ、あぁ、がぁああ……」
癒しがすぐに欲しかった。それはなんでもよかった。体中に流れる激痛が止むならどんな癒しでも良かった。
「その言葉、本当に信じてもいいのかな…」
彼の声がウルメアの中に響く。その声は何よりも癒しとなった。
「いいよ、信じて私、一生ハルのこと愛してあげる絶対に裏切らない、私のこれからの生き様で証明してあげる!だから!!」
ハルの表情を見ると迷い苦しんでいるようだった。
なんだかもう少しで口任せで落とせそうな勢いだったが、愛を語る時間が終わりを告げる。
ウルメアの中に宿ったラグナロクが目を覚ます。
『これがラグナロクの力…』
命が削れるほどの激痛と強大な力を得る快楽の等価交換が始まる。
「ウルメア、俺…」
その続きの言葉を聞きたかったウルメアけれど…。
『ごめん、ハル、私、もう…止まれな…い……』
もう、ウルメアが人の言葉を話すことは無くなってしまっていた。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
白目を向いて咆哮するウルメア。
最後の終焉が訪れる。