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竜舞う国 ビナと魔法使いと………

 王城ゼツランのがらりと誰もいないダンスホールで、エウスとライキルはひとりのエルフの白魔法によって治療されていた。

 ビナは二人のその凄惨な傷がみるみる治っていくのをただただ神様を目撃したかのように驚いた表情で見つめていた。


「はい、二人ともこれでもう安心だよ、傷が深いから当分は寝てると思うけど命に別状はないよ」


 肩で切りそろえられた紫色の髪をなびかせるエルフがニッコリと笑った。


「あ、ありがとうございます…おかげで助かりました!!ひぐぅ…」


 今にも泣きだしそうなビナの頭を、彼女が優しくさする。


「いいんだ、僕も君たちを助けられて良かった」


「あの、お名前をお尋ねしてもよろしいですか?」


「いいよ、僕の名前はドロシー、君の名前は?」


「私の名前はビナ・アルファと申します」


「じゃあ、ビナちゃんでいい?」


「はい、なんとでもお呼びください!」


「ビナちゃん!いい響きだね」


「あのこの度は二人を助けてくださって本当にありがとうございました!!」


 ビナが物凄い勢いで何度も頭を下げる。


「いいって、いいって、それよりビナちゃんも傷だらけじゃないか、白魔法かけるから動かないで」


 ただ、そこでビナは申し訳なさそうに、彼女のその温情を断った。


「ああ、いえ、私、こう見えても丈夫なんでこれくらい大丈夫です。それより、白魔法の副作用で眠くなってしまうのが今のこの状況は危険だと思いますので…ごめんなさい」


 城内に暴漢たちは侵入して来てはいないが、それよりも騎士たちの中に裏切り者たちが潜んでいることが一番の脅威となっていた。

 流石に、この誰もいないダンスホールに押しかけて来る者たちはいないと思うが万が一のことがあるためビナがここはしっかりと見張っておかなければと思っていた。


「それもそうだ、どうやら、この城内にはいろいろな人達が紛れ込んでいるようだからね、混乱に乗じて、君たちのような要人たちを暗殺しようって輩もいるかもね」


 ドロシーが余裕な表情で答える。

 そこにビナは彼女がどのような人物なのか少し興味を持った。


「ドロシーさんも、この王城に泊っていたのですか?」


 シフィアム王国の王城を訪れた要人たちは、基本城内の鱗の間のホテルに泊まることが一般であった。


「いや、僕は今さっき…そう、今日この王城に来たところだったんだ、フフッ、でも、そう、来てみればこのありさまで、酷い一日だよ」


「それは災難でしたね…」


「まったくだね」


 ビナはそこで改めて彼女を見つめた。

 エルフにしては身長が低いことが気になったが、彼女が子供だとは思えなかった。


「ここにはひとりで来たのですか?」


「うん、そうだね、ここに知り合いがいるんだその人から連絡をもらってここに足を運んだんだ」


「そうだったんですか…あ、えっと、その方もご無事だといいですね…」


「ああ、大丈夫、大丈夫、僕の知り合いみんなタフでしぶといから、そう簡単には死なないのよ」


 無邪気に笑う姿が愛らしいが、やはり、彼女はエルフの子供ではなく立ち振る舞いからどこか大人びた印象を隠しきれていなかった。仕草や動作は子供っぽいのだが、言動や言葉の節々に子供には無い知性があった。

 もしかしたらドワーフなんかとの混血の可能性もあり一概にエルフと決めつけるのも早いのかもしれなかった。


「私にも強くてタフな仲間がいます…その人は今も私たちのために戦っているんです…」


 ビナは今も自分たちを逃がすために戦っているガルナのことを思うとすぐにでも駆けつけたかった。しかし、この二人をおいてこの場を離れるわけにもいかなかった。

 この眠っている二人を誰が殺しにくるか分からない状況、下手に動いて二人を危険な目に合わせれば、ガルナが作ってくれたこの時間が全て無駄になってしまうからだ。


「そっか、じゃあ、ここは私が見ていてあげようか?」


 頼もしい言葉を聞いたが、彼女が戦えるか見た目からではビナには全く分からなかった。戦えたと言っても魔法による後方支援などでは?と武器も持っていない彼女から推察する。

 そうなると、精鋭騎士クラスの裏切り者たちがいるこの現状では彼女だけではこの場は心もとない気がした。


「えっと、でも、ドロシーさんはその…魔導士か何かなのですか?」


「魔導士?フフッ、違う違う、僕は魔法使いだよ」


「魔法使いですか?」


「そう、魔法使い!」


 彼女は紫色のキャップ帽子のつばを片手で位置を調整しながらどや顔を披露した。


「魔法使い…」


 魔法使いという言葉は二百年ほど前まではあった言葉で、現在では魔導士とという言葉と置き換わっていることは魔法学の本を読んだものなら誰でも知っていた。

 そして、彼女がエルフならありえる話ではあった。


『やっぱり、凄い年上だったんだ…でも、私が守ってあげなくちゃ…』


 それでも、ビナはドロシーも守ってあげようという気概ではあった。いくら何でもひとりでこの混乱の中に置いて行くことはできなかった。

 それにビナは騎士なのである。人々を守るのは当然のことだった。


「私、こう見えても結構強い魔法使いだから二人を見ておくことはできるよ?」


「でも、あなたひとりじゃ…」


 ただ、ビナとドロシーが話し合っていると、ダンスホールの扉が勢いよく開かれた。

 そこにはシフィアム王国の騎士服を着たものや、銀翼の軽装鎧を着たもの、さらに赤い鎧に身を包んだ者たちがわらわらとダンスホールの中に入ってきた。

 彼らには全くと言っていいほど統一性が無く、所属している組織もばらばらと見ることができた。


「いたぞ、ハル・シアード・レイの連れたちだ、おい、こっちだ」


 ダンスホールに精鋭騎士の部隊が二部隊の三十名弱が到着した。

 全員こちらに敵意を向けていた。


「下がってください、ここは私が前衛を務めます。ドロシーさんは二人を連れて裏から逃げてください」


「ビナちゃん…その傷であの人数をひとりで相手できるのかい?」


「できないかもしれませんが、時間は稼げます…」


「そっか…でも、もう君は十分頑張ったと思うよ?」


「いえ、ここからです、ここで私がみんなをまも…る……」


 そこでビナの意識が途切れた。


 ***


「眠りな、疲れただろう?」


 背後からドロシーによる強力な白魔法によって身体を全力で治療されていた。

 ビナの反応する暇もないほどの早業だった。


「なんだ、あんたも俺たちの仲間だったのか、ちょうどいい、そいつらをこっちに渡してくれないか?」


 ダンスホールに入って来た精鋭騎士が声を掛けるが、ドロシーは一切無視してビナをエウスとライキルの間に優しく寝かせてあげた。


「なあ、あんた早くしてくれ、こっちは急いでるんだ。早くそいつらの首を持って行かないとあのお方が困ってしまうんだ」


 その精鋭騎士がドロシーたちのほうに近づいて来る。


「何してんだよ、そこに寝かせて、こっちによこせって…」


「ここから出ていってくれないかな?結構、今、僕、イライラしてるんだけど…?」


「あんた、俺たちの仲間じゃないのか?だったらあんたにも…」


「死ねよ、虫けらがぁ!!」


 突然、ぶちぎれる。


 ドロシーの身体から漆黒の刃が現れると、そのまま真っ直ぐ飛んでいき、精鋭騎士の身体を真っ二つに切り裂いた。

 二つに分かれた精鋭騎士から大量の血が飛び散る。

 そして、その精鋭騎士の後ろにいた者たちにも被弾し、四肢を切り裂いていった。


「隊長!こいつ、お前ら戦闘態勢だぁ!!」


 精鋭騎士のひとりが叫び、裏切り者の精鋭騎士たちが戦闘態勢に入る。


 が、その時にはすでにもう遅かった。


 ドロシーの攻撃は終わっていなかった、というより殺すことに躊躇の無い彼女に隙は無かった。

 漆黒の球が八つほどドロシーの背後に現れる。

 その球から放たれる真っ黒い光線が、次々にダンスホールに集まった精鋭騎士たちの体を貫き、八つ裂きにして、さらには黒い炎が彼らを燃やし尽くしていった。


 たった数秒で、すでにそこに集まった精鋭騎士たちの九割ほどの人たちの命が奪われていた。


 残りの一割の精鋭騎士たちが、対峙しているドロシーの格の違いを見抜き逃亡を図ろうとするが、決着はもうついていた。


 八つの漆黒の球が、残りの三人の精鋭騎士たちの最後のひとりを残して、真っ黒な光線で心臓を破壊しつくす。


 そして、最後に残った一人に関しては、ドロシーが生け捕りにした。

 ドロシーの身体から生成された闇の大きな手が、最後に残った女騎士を握り拘束した。


「はい、所属している組織の名前を言って、オートヘル?バースト?イビルハート?ヒュブリス?どれだ?」


「お前何者だ…」


「僕はドロシー、闇の魔法使いで正義の味方、これでどう?さあ、君の番だよ?」


 女騎士は締め付けられる力の強さにもだえ苦しんでいた。


「お前は私たちに手を出したもう助からないぞ…」


「それは脅しなの?命乞いなの?」


「我々にはあのお方がついている…」


「そうかい、どうせ、大したことないんだろ」


 ドロシーが闇の世界で聞き飽きたセリフを吐く女騎士を絞め殺そうとした時だった。

 苦し紛れの女騎士はひとりの女性の名前を吐いた。それはまるで信仰している神の名前を呼ぶようにだった。


「ウルメア様は絶対だぁ…お前を…必ず…ころ……」


「え?」


 そこでドロシーはびっくりして間違って女騎士の身体をへし折ってしまった。


 女騎士を握っていた闇の手から大量の血が滴る。


「今、こいつ、なんて言った?」


 ドロシーは白魔法をかけようとしたが、絶命した者に意味はない。


「ウルメアってこの国の王女様だよな…僕だってそれぐらい知ってるぞ…」


 考えられる全ての可能性をあげてその中からありえそうだった現実を選択して見る。


「この事件を起こしたのがウルメア姫ってこと…?」


 ドロシーはさっぱりわからない謎を考えながらも、大量のばらばらで炎上している死体を闇の中に引きずり込んで死体処理をしていく。


「でも、どうして何のために?だって、どちらかと言えば革命を起こしそうなのはキラメア姫の方じゃないのか?だって、だって、そうだろ、第一王位継承権は今のところウルメア姫にあるんだから…革命を起こす意味が無い…」


 死体を回収し終わると、ドロシーは眠っている三人の元に戻って体調に変化が無いか確認する。その間も女騎士の最後の言葉の意味を考え続ける。


「ていうか、なんでこんなことになってるんだこの国は…」


 今日ここに来たのは本当だったためドロシーですら、なぜ、こんなにも革命まがいのことが起きているのかが全くもって謎だった。


「あ、でも、もし本当にウルメア姫が首謀者とかなら、ラグナロクとか起動させてないだろうなぁ…」


 そんなことを心配している時だった。


 王城に異様な気配が近づいて来ていた。そして、それを察知したドロシーが顔を上げた時だった。


 ありえないことが起こっていた。


「………ッ………?」


 ドロシーはその光景にまともな声すら出せなかった。


 目の前にはいつの間にか、ひとりの獣人の女性を抱えたレイドの英雄が立っていた。


 王城の外で察知した強大な気配は確かに彼のものだった。


「え?今、だって、あれ…?」


 それだけでは無い、彼の後には大量の負傷者たちが転がっていた。


 そして、英雄が震える声で言った。


「彼女を助けてくれませんか…」


 英雄の目からは大量の涙が溢れていた。


「…うん、いいけど…えっと……」


 英雄はドロシーの傍で獣人を下ろした。


「お願いします」


「はい…」


 ドロシーも呆然と返事をすると、白魔法で獣人の治癒を始めた。瀕死の彼女は並みの魔力量の白魔法では助からなかったが、ドロシーにかかれば大したことない魔力量だった。

 みるみる獣人の女性の傷が治っていく。

 ドロシーは彼女の腹部に刺さりっぱなしの剣を抜取りさらに白魔法を掛けていくと、ものの数秒でその痛々しい傷を負っていた獣人の身体は元通りに戻っていった。


「こ、これでもう大丈夫です…」


「ありがとう」


 それだけ言うと英雄は立ち上がって、ダンスホールの出口に向かった。


「あ、あの…」


 英雄が立ち止まり振り向く。


「僕、ドロシーって言います、えっと…」


 その時の彼には威圧感があった。

 何かすべてを彼に感じ取られているような嫌な予感があった。まるでその彼の青い瞳で全て見透かされているような気がしていた。

 白魔導士を装って善人の振りをしている自分の存在が彼には見破られているそんな気がした。


「覚えておきます、今度、礼をさせてもらいますから、会いに来てください」


 彼が少しの間だけ、微笑みながら言った。


「あの!」


 ただ、ドロシーが呼び止めようとした時には、すでに彼の姿はなかった。


 そして、ダンスホールの先の扉の向こうから禍々しい殺気が吹き荒れると、ドロシーは息を呑んだ。


「え、待って、何これ…やばいやつじゃん…」


 殺気を浴びたドロシーは再認識することとなった。


 ハル・シアード・レイという英雄の存在を、未知数の可能性を秘めている青年の存在を。


「これは僕が直接試さないとだめだ……」


 彼の怒りを買わないように傍で眠っている四人を何としてでも死守しようと決めた。


「彼、あれはもう人間じゃないだろ…」


 ダンスホールでひとり闇の魔女は、四人の天使の子守をする。


 子守をしている間、身体の震えがずっと止まらなかった。


「恐い…」


 そこでドロシーは初めて恐怖というものを認識し体験していた。


 ひとりの青年によって、絶対的な死がこの世にあることを思い知らされていた。


「ど、どうしよう………」


 ダンスホールでひとりドロシーは頭を抱えるのだった。


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