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竜舞う国 竜化と最終手段

 目を覚ませばそこには緑の海が広がっていた。

 まだ、意識が朦朧としていたが、自分自身が見覚えのある場所にいることは自覚していた。そこはシフィアム王国の王城ゼツランにある王座の間と呼ばれる場所のはずだった。

 大きなガラス張りの壁は粉々に砕け散り、天井を支える巨大な支柱も何本か折れていた。

 輝かしい王座の間は見るも絶えない廃墟同然の姿に変わり果ててしまっていた。


 ただ、そんなことよりも目の前に広がる異様な緑の海の正体が、王座の間一面に広がっている緑の鱗状の触手だということに気付くと、シフィアム王国の剣聖カルラ・ヒュド・シフィーは息を呑んだ。


「これはいったい…」


 そして、カルラの身体は、その緑の触手たちに縛られ身体を拘束され身動きひとつとれない状態だった。


「なんで?なんでもうこっちに彼が来てるの?」


 離れた場所から焦り声が聞こえた。

 カルラが王座の間の先にある王座の方を見据えると、全身を緑の鱗で覆われた怪物が、竜を引き連れた、暗い赤色の髪の仮面をつけた人物と話していた。


「私にも分からないが、もしかしたら、地下にいた暴徒たちが四番街で暴れて、その騒ぎに彼が気づいたのかもしれない、だって、四番街に竜たちは放ってないから…」


「館には結界があるって言ってたのに、これじゃあ、ダメじゃない。彼が来る前にここにあいつらの首が無いと、彼の心を壊せないでしょ!」


 怒気を含んだ声が王座の間に響く。

 緑の鱗の怪物の背後から無数の触手がいくつも伸びてはその触手が枝分かれし、無数にこの広間に広がっていった。


「ここはもう下がった方がいい…彼はもうこの数分で街の半分を救い出している…このままじゃ数分でこの王城にもやって来るから」


「白炎は何やってんだ…というより、ああ、クソあの男がいないから、あの獣人で苦戦してるのか!」


 緑の怪物は、終始苛立ちを見せていた。何かがうまくいっていないのだろうか?


 そんな中、彼らの眼中にもないカルラは、その隙に己の身体に魔力を流し、特殊魔法の【破線】を使った。

 身体にまとわりついていた触手が、カルラの内側から捻出された魔法による鋭利な線状の斬撃によってばらばらに切り落された。


 触手が切り落とされたことで、怪物の鱗だけの顔がこちらに向いた。


「起きたんだ」


 声だけよく聴くとその鱗状の触手に包まれた緑色の人間が女性であることが分かった。


 そして、カルラはあることに気づいてしまった。


「あなたはもしかして…」


 カルラがそこで言い淀むと、鱗の彼女の動きが止まった。


 カルラは確信していた彼女の正体を、そうそれは、報告にあった地下に現れたと言われる緑の巨人と姿と特徴が一致していた。ただ、ひとつ巨人ではないことを除けば、カルラが地下に調査しにいった怪物の姿と酷似していたのだ。


「緑の巨人か?地下に現れ大量の犠牲者をだした怪物」


「………ああ、そうだ…」


 鱗の彼女は、平坦な声で答えた。


「あなたには聞きたいことがたくさんありますが…それよりも、まずはその椅子から外していただけませんか?」


 落ち着いたが敵意のこもった声で告げる。

 カルラが気に障ったのは鱗の彼女が王座に堂々と腰かけていることだった。王家に忠誠を誓っているカルラが見過ごせる光景ではなかった。


「なぜ?こんなのただの椅子よ?」


 剣聖を前にしているのに余裕な態度はそれだけ自分の実力に自身があることを示していた。それもそのはずだ。鱗の触手が王座の間一面に張り巡らされているこの状況、完全にこの場を支配しているのは彼女の方だった。

 さらにカルラは愛刀も手放してしまっており、状況は劣勢だった。

 ことは慎重に進める必要があった。戦闘になれば、相打ちか最悪敗北、それは死を意味していた。国を守る最後の砦としてそう簡単にカルラが命を投げ捨てることは許されない。彼がいなくなればそれはもうシフィアム王国が敗戦したことに繋がるからだ。

 だから慎重に相手の出かたと目的などできることを進める。

 あいにく、この目の前の化け物が、カルラの前にいるのが救いだった。他の場所で暴れていたらと考えると被害は今よりも広がっていただろう。


「そこは現在のシフィアム王国の王サラマン・ナーガード・シフィアム様だけが座ることを許された神聖な椅子です。王家の血を引いてもいないあなたが座れるような場所ではありません」


 全身緑の鱗の彼女の顔が、ジッとこちらを見据えていた。もちろん、顔も鱗状で表情などはうかがえないのだが、それでも、何かを思慮深く考えている様子がうかがえた。


「フフッ、そうだな、この椅子は確かに特別だった。ああ、そうだった…」


 鱗の彼女は椅子から立ち上がった。


「で?剣聖カルラ、あなたはどうしたいのかしら?」


「あなた達の目的は何ですか?」


「聞いてどうするの?」


「場合によっては止めさせてもらいます…」


「あなたにできるの?私を止めることが?」


 周囲を忙しなく這っていた触手たちの動きが止まりカルラの傍に近寄って来た。


「できれば争いたくはないのですが、そちらがその気なら私も身を守るために戦わせていただきます」


 カルラの手に高速回転する濃密なマナの塊が生み出される。その濃縮された高純度のマナは特殊魔法の〈破線〉となって、カルラの前に出現し整列した。


 戦闘になればこちらの分が悪いのは分かっていた。しかし、現在こちらに選択肢はなかった。彼らが戦闘をする選択を選べば、こちらがそれに合わせるしかなかった。劣勢なのはカルラの方なのだから。

 ただ、そこで、鱗の彼女から意外な提案がだされた。


「…今はあなたと戦っている時間はないの、だからこういうのはどうかしら?王家のナーガード家のみんなが今どこに身を隠しているか居場所を教えるわ、だからあなたはそこで彼らの身を護るのこの混乱が治まるまで、どうかしら?私も余計なことは避けたいの」


「それは…」


 なかなかいい提案だった。だが、忘れてはいけないことがひとつあった。彼との約束が残っている限りカルラはこの提案を飲むことができなかった。


『ダメだ、ここでこの条件を飲んで王たちを守れたとしてもハルさんと交わした約束がある。この怪物を野放しにすれば、被害は広がり、その影響はエウスさんたちにまで及ぶかもしれない…そうです、エウスさんたちは無事でしょうか…私の部下がついているから大丈夫だと思いますが…』


 赤い鎧の騎士の乱入により、エウスたちとはぐれたカルラは彼らの心配をする。


「どうしたんですか?この条件あなたにとってもいいもののはずですが?」


「………」


「不満ですか?」


 カルラはそこで鱗の彼女を見ると、これまでの一連の流れを思い出していた。

 白炎の予告状、地下に現れた緑の巨人、そして、先ほどのシフィアムの軍部に関わりのある可能性が高い赤い鎧の騎士の出現。

 そこでカルラの頭の中に散らばっていた欠片が集まり出す。

 それら出来事が裏でつながっていたとすると、薄々とカルラの中で仮説が出来上がっていった。


『…なるほどそういうことですか、これは白炎と軍部と地下が手を組んだことによる国家転覆(クーデター)ということで間違いなさそうですね…』


「大それた計画を考えたものです…ただ発案者はさぞ世間のことをしらなさ知らなすぎるようですね…」


 カルラはここで自分も全力で戦うことを決めた。なぜならカルラ自身すらも救われる身になってしまうほどの救いがこの先にあると分かっていたからだ。


『ここで私が死んでもこの国には彼が来ている。だったら後のことを考えず全力が出せる』


 時間稼ぎなどといった甘い考えでは、目の前の化け物には敵わないことは長年の戦闘経験と直感が教えてくれていた。だったら、こちらも殺す気で行くしかなかった。


「何を言っているんですか?いいから早くどちらかを選んでください王たちを助けに行くか、ここで死ぬかを」


 負けるわけにはいかない。


「あなた方の目的は分かりました」


 屈するわけにはいかない。


 相手が誰だろうと、国の悪を滅ぼすために自分はいるんだと、それにあの英雄に比べたら目の前にいる彼らの存在など取るに足らない。


「あなたたちはそんなに人の上に立つための権力が欲しいのですか?平穏な暮らしをしていた人々の生活を犠牲にして、多くの死者を出して、そんな民のことを思わない賊どものが上に登り詰めたとしても民は誰もついては来ませんよ!!」


 怒りに打ち震えた声で告げる。

 カルラはこの国を愛してた。この国の頂点に立ちシフィアムを治める王家のナーガード家や、この国を共に守る同志たちである騎士団のみんな、そして、この国の民たちを全部全部、カルラは愛していた。

 だから、カルラはいつだって正しく正義のままでいられた。


「何を言っているの?」


「これ以上、あなた達のような悪には好きにはさせません、このカルラ・ヒュド・シフィーが全力であなた方の相手になります」


 カルラは限界まで周囲に漂うマナを吸収し身体の中に巡らせた。

 するとこげ茶色の羽が三倍に広がり、身体もぶかぶかの服がぴったりのサイズになる約二倍ほど膨れ上がった。尻尾まで空気が入ったかのように筋肉で膨れ上がり巨大化していく。

 そして、カルラの身体には新たな鱗が浮き上がり全身を覆っていき、顔以外堅牢な鱗の鎧に包まれ、その姿はまさに竜と人が合体した姿があった。

 骨格が変わり四足歩行に近い姿となったカルラは、竜人より、竜に近づいた姿になっていた。

 これが一部の竜人だけがたどり着ける竜化の姿だった。


 カルラがその場から一瞬で飛び去ると、身体に溜まったマナを炎の球に変換し放出した。


 赫奕(かくやく)たる炎が、王座の間に広がっていた鱗の触手を焼き払う。


 その攻撃に反応した緑の触手たちが元凶であるカルラを排除するために動き出した。


 カルラはその一声に襲いかかって来た触手たちを、膨れ上がった剛腕と鋭い爪と鋭利な尻尾を振り回し回転させ襲って来た触手を全て切り落した。

 全身凶器となったカルラに隙は無かった。


 カルラが王座の間に張り巡らされた触手をかいくぐりながら、緑の鱗の人間と赤い仮面の人間めがけて距離を詰める。


 ただ、二人は近づいて来る、覚醒した剣聖に対しても全く焦る素振りを見せないどころか、余裕の表情をしていた。

 カルラが炎の球を二人めがけて吐き出すが、王座の間全体に無数に広がっている触手たちが二人を守り届く気がしなかった。


『普通の炎じゃダメだ…』


 そこでカルラは一度地面に下りて、触手たちを払いながら柱の裏に隠れた。そこで自分の周囲に炎を吐いて触手が自分の傍に寄ってこないように炎をつけ炎上させた。


 そして、柱の先に、鱗の彼女と赤い髪の仮面の人がいるような位置取りをして、体内で練った高純度のマナから生成された炎を放出した。


 柱を貫いた威力のある加速した炎は白く輝き、二人がいた場所を焼き払った。


「あなたみたいな人間が一番邪魔なの…」


 気が付けば、鱗の彼女がカルラの真横にいた。


「はぁ…?」


 理解が追い付かなかった。あまりにも気配の無い接近は実力の差がありすぎることを証明していた。


 そして、簡単に蹴り飛ばされる。


 蹴り飛ばされた先には無数の針のような鋭い鱗の触手が待っていた。


 カルラの身体に無数の鋭利な触手が刺さり一瞬で串刺しになった。


「がはぁ…」


 大量の血が流れる。視界がぼやけ始める。時間稼ぎは愚か最初から相手にすらされていない。


 触手が絡まりそのまま十字架のように貼り付けにされる。


 死がこんなにも早く自分の目の前に現れるとは思わなかった。


「だから、私のために戦って、カルラ…」


 鱗の奥に隠れていた彼女の素顔が現れる。


「あ……ハ………え?…………あれ…………?」


 鱗の怪物の素顔が、カルラのよく知っているウルメア姫によく似ていた。

 しかし、見れば見るほどカルラの瞳には、彼女が本物のウルメア・ナーガード・シフィアムとしか認識せざる負えない情報を垂れ流しにし、頭の中をかき乱していた。


「う、嘘だ…だってそんな……」


 絶望が包み込む。


「私の願いを叶えて欲しいの、そして、知って欲しいのこの世に正義なんてないことを…」


「偽物だ、あなたはウルメア様じゃない…」


「じゃあ、竜籠の上で二人でした約束も忘れてしまったの?」


「なんでそのことを…」


 ギラギラと輝く彼女の青い瞳に見せられる。


「一生私たちを守ってくれるって誓ってくれたよね?それとも忘れちゃったのかな?」


「あれは…だって、私は、あなたたちを……」


 受け入れられない現実が目の前に広がっていた。どこから自分自身が間違いを犯していたか確認するため、過去の記憶をあさる。そこにはウルメアやキラメア、サラマンやヒュラたちとの楽しい日常しか思い出せなかった。


 しかし、その記憶に割り込んで入って来る者がいた。


 仮面を外したもう一人の人物が、金色に光る眼でカルラを覗き込む。

 その瞳の輝きに答えるようにカルラも目を合わせてしまう。

 すると抗えない衝動がカルラの中に流れ込んで来た。

 身体の全ての主導権が、何者かの手に移る感覚に襲われた。


「これでカルラは私たちのものだ、好きに使えるよ」


「ありがとう、マーガレット、でも、その前に彼の傷を治してあげなくちゃ…」


 ウルメアが触手を引き抜きながら白魔法をよどみなく彼の身体に流し込む。あまり得意ではなく傷の修復にてこずっていると、そこにマーガレットも加わって一緒に白魔法を掛けてくれた。

 カルラの傷がみるみる塞がって行き数秒で深く突き刺さっていた傷が完治していた。


「これでよし、後はカルラとあとマーガレットも邪魔なハルの連れを殺しに向かってくれないかな?私はこの王座の間で少しやることがあるから」


「分かった、だが、ウルメア、ひとついいかな?」


「なにかしら?」


 ウルメアの目は完全に狂気に染まり死んでいた。こうして会話しているのも不思議なくらい狂っているのだ。彼女の傍に居れば気分次第で簡単に殺されることもありえそうなくらい今の彼女は不安定だった。


「…いや、何でもない、私とカルラがいればひとりくらいは確実に殺せるだろう、期待していてくれ」


「うん、マーガレットは私のこと裏切らないもんね…」


 王座の間に緊張が走った。ウルメアがとてつもない殺気をマーガレットに向けていた。その場にいるだけで息苦しくなるほどの重い圧で身体が硬直する。

 だが、その圧と同じだけの気力で返し、彼女は笑顔を作った。


「もちろん」


 マーガレットと精神支配されたカルラが部屋を出ていったあと、ウルメアは再び王座に座った。

 そして、その王座の椅子のひじ掛けをさすりながらウルメアは呟いた。


「シフィアム王国、最後の切り札、終焉を呼び込むラグナロク…」


 ウルメアが自分の触手で手首を切り大量の血をその王座にしみこませた。


「どうか私の願いを叶えて欲しい、薄汚れたこの手に最愛の彼に触れさせるだけの力をください…」


 するとその王座に座っていたウルメアの身体に異変が起こった。


「なに…これ……」


 気が付けばウルメアの足元には巨大な無限の青い光が輝いていた。

 王座の間にいたはずのウルメアだったが、今、辺りを見渡してもその地中の奥底から全てを透過して輝き続ける青い光だけしか目に映らなかった。


「…凄い、綺麗…」


 そうやって煌煌と輝く青い光に見惚れていると、ウルメアめがけてその青い奔流が流れこんで来た。


「何これ凄い痛いけど…うん、ハルに振られた時に比べたらどうってことないな……」


 信じられないほどの激痛がウルメアの身体全身を襲う。それは全身のあらゆる痛みを感じる箇所をズタズタに切り刻まれている間隔で常人ならば数秒この感覚にさらされれば一瞬でショック死してしまうほどには強力な痛みがウルメアを襲っていた。


「あ、でも、すごい力がみなぎるなこれ…でも絶対身体に悪いなこれ…私、長生きしなきゃいけないのに…愛を手に入れるって命懸けだな…フフッ」


 ウルメアにとって身体の痛みなど遠い昔に感じないようになっていた。そのため、ラグナロクから無限に魔力の供給を受けていた。


「戦争時代に使ってたって書いてあったけど、こんなの自殺装置みたいなものでしょ」


 過去にもこの装置を使った者たちがいたと思うと、ウルメアは自分のような異常者がいたと嬉しくなった。


「これは願いを叶えるための願望器ませばそこには緑の海が広がっていた。

 まだ、意識が朦朧としていたが、自分自身が見覚えのある場所にいることは自覚していた。そこはシフィアム王国の王城ゼツランにある王座の間と呼ばれる場所のはずだった。

 大きなガラス張りの壁は粉々に砕け散り、天井を支える巨大な支柱も何本か折れていた。

 輝かしい王座の間は見るも絶えない廃墟同然の姿に変わり果ててしまっていた。


 ただ、そんなことよりも目の前に広がる異様な緑の海の正体が、王座の間一面に広がっている緑の鱗状の触手だということに気付くと、シフィアム王国の剣聖カルラ・ヒュド・シフィーは息を呑んだ。


「これはいったい…」


 そして、カルラの身体は、その緑の触手たちに縛られ身体を拘束され身動きひとつとれない状態だった。


「なんで?なんでもうこっちに彼が来てるの?」


 離れた場所から焦り声が聞こえた。

 カルラが王座の間の先にある王座の方を見据えると、全身を緑の鱗で覆われた怪物が、竜を引き連れた、暗い赤色の髪の仮面をつけた人物と話していた。


「私にも分からないが、もしかしたら、地下にいた暴徒たちが四番街で暴れて、その騒ぎに彼が気づいたのかもしれない、だって、四番街に竜たちは放ってないから…」


「館には結界があるって言ってたのに、これじゃあ、ダメじゃない。彼が来る前にここにあいつらの首が無いと、彼の心を壊せないでしょ!」


 怒気を含んだ声が王座の間に響く。

 緑の鱗の怪物の背後から無数の触手がいくつも伸びてはその触手が枝分かれし、無数にこの広間に広がっていった。


「ここはもう下がった方がいい…彼はもうこの数分で街の半分を救い出している…このままじゃ数分でこの王城にもやって来るから」


「白炎は何やってんだ…というより、ああ、クソあの男がいないから、あの獣人で苦戦してるのか!」


 緑の怪物は、終始苛立ちを見せていた。何かがうまくいっていないのだろうか?


 そんな中、彼らの眼中にもないカルラは、その隙に己の身体に魔力を流し、特殊魔法の【破線】を使った。

 身体にまとわりついていた触手が、カルラの内側から捻出された魔法による鋭利な線状の斬撃によってばらばらに切り落された。


 触手が切り落とされたことで、怪物の鱗だけの顔がこちらに向いた。


「起きたんだ」


 声だけよく聴くとその鱗状の触手に包まれた緑色の人間が女性であることが分かった。


 そして、カルラはあることに気づいてしまった。


「あなたはもしかして…」


 カルラがそこで言い淀むと、鱗の彼女の動きが止まった。


 カルラは確信していた彼女の正体を、そうそれは、報告にあった地下に現れたと言われる緑の巨人と姿と特徴が一致していた。ただ、ひとつ巨人ではないことを除けば、カルラが地下に調査しにいった怪物の姿と酷似していたのだ。


「緑の巨人か?地下に現れ大量の犠牲者をだした怪物」


「………ああ、そうだ…」


 鱗の彼女は、平坦な声で答えた。


「あなたには聞きたいことがたくさんありますが…それよりも、まずはその椅子から外していただけませんか?」


 落ち着いたが敵意のこもった声で告げる。

 カルラが気に障ったのは鱗の彼女が王座に堂々と腰かけていることだった。王家に忠誠を誓っているカルラが見過ごせる光景ではなかった。


「なぜ?こんなのただの椅子よ?」


 剣聖を前にしているのに余裕な態度はそれだけ自分の実力に自身があることを示していた。それもそのはずだ。鱗の触手が王座の間一面に張り巡らされているこの状況、完全にこの場を支配しているのは彼女の方だった。

 さらにカルラは愛刀も手放してしまっており、状況は劣勢だった。

 ことは慎重に進める必要があった。戦闘になれば、相打ちか最悪敗北、それは死を意味していた。国を守る最後の砦としてそう簡単にカルラが命を投げ捨てることは許されない。彼がいなくなればそれはもうシフィアム王国が敗戦したことに繋がるからだ。

 だから慎重に相手の出かたと目的などできることを進める。

 あいにく、この目の前の化け物が、カルラの前にいるのが救いだった。他の場所で暴れていたらと考えると被害は今よりも広がっていただろう。


「そこは現在のシフィアム王国の王サラマン・ナーガード・シフィアム様だけが座ることを許された神聖な椅子です。王家の血を引いてもいないあなたが座れるような場所ではありません」


 全身緑の鱗の彼女の顔が、ジッとこちらを見据えていた。もちろん、顔も鱗状で表情などはうかがえないのだが、それでも、何かを思慮深く考えている様子がうかがえた。


「フフッ、そうだな、この椅子は確かに特別だった。ああ、そうだった…」


 鱗の彼女は椅子から立ち上がった。


「で?剣聖カルラ、あなたはどうしたいのかしら?」


「あなた達の目的は何ですか?」


「聞いてどうするの?」


「場合によっては止めさせてもらいます…」


「あなたにできるの?私を止めることが?」


 周囲を忙しなく這っていた触手たちの動きが止まりカルラの傍に近寄って来た。


「できれば争いたくはないのですが、そちらがその気なら私も身を守るために戦わせていただきます」


 カルラの手に高速回転する濃密なマナの塊が生み出される。その濃縮された高純度のマナは特殊魔法の〈破線〉となって、カルラの前に出現し整列した。


 戦闘になればこちらの分が悪いのは分かっていた。しかし、現在こちらに選択肢はなかった。彼らが戦闘をする選択を選べば、こちらがそれに合わせるしかなかった。劣勢なのはカルラの方なのだから。

 ただ、そこで、鱗の彼女から意外な提案がだされた。


「…今はあなたと戦っている時間はないの、だからこういうのはどうかしら?王家のナーガード家のみんなが今どこに身を隠しているか居場所を教えるわ、だからあなたはそこで彼らの身を護るのこの混乱が治まるまで、どうかしら?私も余計なことは避けたいの」


「それは…」


 なかなかいい提案だった。だが、忘れてはいけないことがひとつあった。彼との約束が残っている限りカルラはこの提案を飲むことができなかった。


『ダメだ、ここでこの条件を飲んで王たちを守れたとしてもハルさんと交わした約束がある。この怪物を野放しにすれば、被害は広がり、その影響はエウスさんたちにまで及ぶかもしれない…そうです、エウスさんたちは無事でしょうか…私の部下がついているから大丈夫だと思いますが…』


 赤い鎧の騎士の乱入により、エウスたちとはぐれたカルラは彼らの心配をする。


「どうしたんですか?この条件あなたにとってもいいもののはずですが?」


「………」


「不満ですか?」


 カルラはそこで鱗の彼女を見ると、これまでの一連の流れを思い出していた。

 白炎の予告状、地下に現れた緑の巨人、そして、先ほどのシフィアムの軍部に関わりのある可能性が高い赤い鎧の騎士の出現。

 そこでカルラの頭の中に散らばっていた欠片が集まり出す。

 それら出来事が裏でつながっていたとすると、薄々とカルラの中で仮説が出来上がっていった。


『…なるほどそういうことですか、これは白炎と軍部と地下が手を組んだことによる国家転覆(クーデター)ということで間違いなさそうですね…』


「大それた計画を考えたものです…ただ発案者はさぞ世間のことをしらなさ知らなすぎるようですね…」


 カルラはここで自分も全力で戦うことを決めた。なぜならカルラ自身すらも救われる身になってしまうほどの救いがこの先にあると分かっていたからだ。


『ここで私が死んでもこの国には彼が来ている。だったら後のことを考えず全力が出せる』


 時間稼ぎなどといった甘い考えでは、目の前の化け物には敵わないことは長年の戦闘経験と直感が教えてくれていた。だったら、こちらも殺す気で行くしかなかった。


「何を言っているんですか?いいから早くどちらかを選んでください王たちを助けに行くか、ここで死ぬかを」


 負けるわけにはいかない。


「あなた方の目的は分かりました」


 屈するわけにはいかない。


 相手が誰だろうと、国の悪を滅ぼすために自分はいるんだと、それにあの英雄に比べたら目の前にいる彼らの存在など取るに足らない。


「あなたたちはそんなに人の上に立つための権力が欲しいのですか?平穏な暮らしをしていた人々の生活を犠牲にして、多くの死者を出して、そんな民のことを思わない賊どものが上に登り詰めたとしても民は誰もついては来ませんよ!!」


 怒りに打ち震えた声で告げる。

 カルラはこの国を愛してた。この国の頂点に立ちシフィアムを治める王家のナーガード家や、この国を共に守る同志たちである騎士団のみんな、そして、この国の民たちを全部全部、カルラは愛していた。

 だから、カルラはいつだって正しく正義のままでいられた。


「何を言っているの?」


「これ以上、あなた達のような悪には好きにはさせません、このカルラ・ヒュド・シフィーが全力であなた方の相手になります」


 カルラは限界まで周囲に漂うマナを吸収し身体の中に巡らせた。

 するとこげ茶色の羽が三倍に広がり、身体もぶかぶかの服がぴったりのサイズになる約二倍ほど膨れ上がった。尻尾まで空気が入ったかのように筋肉で膨れ上がり巨大化していく。

 そして、カルラの身体には新たな鱗が浮き上がり全身を覆っていき、顔以外堅牢な鱗の鎧に包まれ、その姿はまさに竜と人が合体した姿があった。

 骨格が変わり四足歩行に近い姿となったカルラは、竜人より、竜に近づいた姿になっていた。

 これが一部の竜人だけがたどり着ける竜化の姿だった。


 カルラがその場から一瞬で飛び去ると、身体に溜まったマナを炎の球に変換し放出した。


 赫奕(かくやく)たる炎が、王座の間に広がっていた鱗の触手を焼き払う。


 その攻撃に反応した緑の触手たちが元凶であるカルラを排除するために動き出した。


 カルラはその一声に襲いかかって来た触手たちを、膨れ上がった剛腕と鋭い爪と鋭利な尻尾を振り回し回転させ襲って来た触手を全て切り落した。

 全身凶器となったカルラに隙は無かった。


 カルラが王座の間に張り巡らされた触手をかいくぐりながら、緑の鱗の人間と赤い仮面の人間めがけて距離を詰める。


 ただ、二人は近づいて来る、覚醒した剣聖に対しても全く焦る素振りを見せないどころか、余裕の表情をしていた。

 カルラが炎の球を二人めがけて吐き出すが、王座の間全体に無数に広がっている触手たちが二人を守り届く気がしなかった。


『普通の炎じゃダメだ…』


 そこでカルラは一度地面に下りて、触手たちを払いながら柱の裏に隠れた。そこで自分の周囲に炎を吐いて触手が自分の傍に寄ってこないように炎をつけ炎上させた。


 そして、柱の先に、鱗の彼女と赤い髪の仮面の人がいるような位置取りをして、体内で練った高純度のマナから生成された炎を放出した。


 柱を貫いた威力のある加速した炎は白く輝き、二人がいた場所を焼き払った。


「あなたみたいな人間が一番邪魔なの…」


 気が付けば、鱗の彼女がカルラの真横にいた。


「はぁ…?」


 理解が追い付かなかった。あまりにも気配の無い接近は実力の差がありすぎることを証明していた。


 そして、簡単に蹴り飛ばされる。


 蹴り飛ばされた先には無数の針のような鋭い鱗の触手が待っていた。


 カルラの身体に無数の鋭利な触手が刺さり一瞬で串刺しになった。


「がはぁ…」


 大量の血が流れる。視界がぼやけ始める。時間稼ぎは愚か最初から相手にすらされていない。


 触手が絡まりそのまま十字架のように貼り付けにされる。


 死がこんなにも早く自分の目の前に現れるとは思わなかった。


「だから、私のために戦って、カルラ…」


 鱗の奥に隠れていた彼女の素顔が現れる。


「あ……ハ………え?…………あれ…………?」


 鱗の怪物の素顔が、カルラのよく知っているウルメア姫によく似ていた。

 しかし、見れば見るほどカルラの瞳には、彼女が本物のウルメア・ナーガード・シフィアムとしか認識せざる負えない情報を垂れ流しにし、頭の中をかき乱していた。


「う、嘘だ…だってそんな……」


 絶望が包み込む。


「私の願いを叶えて欲しいの、そして、知って欲しいのこの世に正義なんてないことを…」


「偽物だ、あなたはウルメア様じゃない…」


「じゃあ、竜籠の上で二人でした約束も忘れてしまったの?」


「なんでそのことを…」


 ギラギラと輝く彼女の青い瞳に見せられる。


「一生私たちを守ってくれるって誓ってくれたよね?それとも忘れちゃったのかな?」


「あれは…だって、私は、あなたたちを……」


 受け入れられない現実が目の前に広がっていた。どこから自分自身が間違いを犯していたか確認するため、過去の記憶をあさる。そこにはウルメアやキラメア、サラマンやヒュラたちとの楽しい日常しか思い出せなかった。


 しかし、その記憶に割り込んで入って来る者がいた。


 仮面を外したもう一人の人物が、金色に光る眼でカルラを覗き込む。

 その瞳の輝きに答えるようにカルラも目を合わせてしまう。

 すると抗えない衝動がカルラの中に流れ込んで来た。

 身体の全ての主導権が、何者かの手に移る感覚に襲われた。


「これでカルラは私たちのものだ、好きに使えるよ」


「ありがとう、マーガレット、でも、その前に彼の傷を治してあげなくちゃ…」


 ウルメアが触手を引き抜きながら白魔法をよどみなく彼の身体に流し込む。あまり得意ではなく傷の修復にてこずっていると、そこにマーガレットも加わって一緒に白魔法を掛けてくれた。

 カルラの傷がみるみる塞がって行き数秒で深く突き刺さっていた傷が完治していた。


「これでよし、後はカルラとあとマーガレットも邪魔なハルの連れを殺しに向かってくれないかな?私はこの王座の間で少しやることがあるから」


「分かった、だが、ウルメア、ひとついいかな?」


「なにかしら?」


 ウルメアの目は完全に狂気に染まり死んでいた。こうして会話しているのも不思議なくらい狂っているのだ。彼女の傍に居れば気分次第で簡単に殺されることもありえそうなくらい今の彼女は不安定だった。


「…いや、何でもない、私とカルラがいればひとりくらいは確実に殺せるだろう、期待していてくれ」


「うん、マーガレットは私のこと裏切らないもんね…」


 王座の間に緊張が走った。ウルメアがとてつもない殺気をマーガレットに向けていた。その場にいるだけで息苦しくなるほどの重い圧で身体が硬直する。

 だが、その圧と同じだけの気力で返し、彼女は笑顔を作った。


「もちろん」


 マーガレットと精神支配されたカルラが部屋を出ていったあと、ウルメアは再び王座に座った。

 そして、その王座の椅子のひじ掛けをさすりながらウルメアは呟いた。


「シフィアム王国、最後の切り札、終焉を呼び込むラグナロク…」


 ウルメアが自分の触手で手首を切り大量の血をその王座にしみこませた。


「どうか私の願いを叶えて欲しい、薄汚れたこの手に最愛の彼に触れさせるだけの力をください…」


 するとその王座に座っていたウルメアの身体に異変が起こった。


「なに…これ……」


 気が付けばウルメアの足元には巨大な無限の青い光が輝いていた。

 王座の間にいたはずのウルメアだったが、今、辺りを見渡してもその地中の奥底から全てを透過して輝き続ける青い光だけしか目に映らなかった。


「…凄い、綺麗…」


 そうやって煌煌と輝く青い光に見惚れていると、ウルメアめがけてその青い奔流が流れこんで来た。


「何これ凄い痛いけど…うん、ハルに振られた時に比べたらどうってことないな……」


 信じられないほどの激痛がウルメアの身体全身を襲う。それは全身のあらゆる痛みを感じる箇所をズタズタに切り刻まれている間隔で常人ならば数秒この感覚にさらされれば一瞬でショック死してしまうほどには強力な痛みがウルメアを襲っていた。


「あ、でも、すごい力がみなぎるなこれ…でも絶対身体に悪いなこれ…私、長生きしなきゃいけないのに…愛を手に入れるって命懸けだな…フフッ」


 ウルメアにとって身体の痛みなど遠い昔に感じないようになっていた。そのため、ラグナロクから無限に魔力の供給を受けていた。


「戦争時代に使ってたって書いてあったけど、こんなの自殺装置みたいなものでしょ」


 過去にもこの装置を使った者たちがいたと思うと、ウルメアは自分のような異常者がいたと嬉しくなった。自分だけがおかしいわけじゃないと少しだけ救われた気分になった。


「でも、これは試練に耐えた者の願いを叶えるための装置でもある…」


 痛みに耐えれば耐えただけ身体に力が供給される。


 圧倒的な力は、何事も凌駕する万能なこの世のルールそのもので、力を供給するこの装置はまさに人々の願いを叶える魔導具であった。


「早く私を救いに来て、この地獄から目覚めさせて欲しい…」


 ウルメアは願いを口にする。一方的で、決して叶わぬ願いを。


「もう、嫌だな、裏切られるのは…」


 ふと、マーガレットの顔を思い出した。


「嫌だな、独りは…」


 ウルメアは目を閉じて静かに激痛に身をゆだね続けた。

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