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竜舞う国 救いの閃光

 シフィアム王国の古風な街に、暴風が吹き荒れ、閃光が瞬く。一瞬の出来事で誰も反応できない速度で、街を破壊しながらその光は街中を進んで行く。その閃光が通り過ぎると近くにあった建物の窓ガラスは全て割れ、地上にいた人々は立っていられないほどの暴風に身をかかがめていた。

 破壊を伴うその閃光の傍にいる、空を支配していた凶暴な竜たちは力なく地に落ちていき、地上で暴れまわる暴漢たちも次々と気絶しては倒れていった。


 四番街の街に現れたその破壊と閃光の正体は、レイドの英雄ハル・シアード・レイだった。

 街中を駆け回り、竜と暴漢たちに襲われている人々をかたっぱしから助け回っていた。


 わずか十分で、四番街、五番街、六番街、七番街、八番街に、うじゃうじゃといた竜と暴漢たちの暴走を鎮圧していた。


 ありえない速さで人々を救っていくが、それでも、犠牲者は増え続けていく。


『間に合わない…みんなは救えない……』


 商業地区である九番街にハルが突入するとそこは完全に崩壊した街が眼前に広がっていた。

 ところどころで竜たちが人間を捕食し、力の合う暴漢たちが略奪と殺戮を楽しんでいるあまりにも凄惨な世界がそこには広がっていた。


 建物の屋根にハルが降り立つとその光景に絶望し足が止まってしまった。


 視界にも天性魔法の範囲にも救うべき人は見当たらなかった。ただ、そこには無残に殺された罪なき人々の死体が積み上がっていた。


「…ハァ……ハァ……」


 怒りがハルの心に灯ると同時に全力でその感情を抑え込む。


 暗い感情が心の奥底から湧き上がって来る。


 外に出してはいけない内なる殺気を押しとどめる。


『ダメだここでは絶対にダメだ…』


 すると向こうで逃げ惑う人々が、複数の竜たちに襲われる瞬間を目撃する。


 ハルの身体は反射的に動いていた。思いっきり踏み込んでその竜たちのめがけて飛んだため、その立っていた建物はハルが移動した勢いで粉々に崩壊した。

 当然、その建物の中に人など一人もいなかった。



 ***



 懸命に逃げる竜人の少女とその母親が一緒に火の海の中を必死に逃げる。


 空には二人を捕食しようと、竜たちが低空飛行で二人を追跡していた。


「お母さん!」


「走って!!」


 しかし、足をもつれさせた竜人の少女は母親の足について行けず転んでしまう。


 少女の母親はすぐに転んだ娘を立ち上がらせるが、竜たちは獲物の隙を逃さない。彼らは狩猟の天才なのだ、狂っていても容赦はない。


「ああ……」


 母親は娘を抱きしめて庇うが、それでは二人とも竜の牙に噛み砕かれるのを待つだけであった。


 しかし、その少女は抱きしめる母親の隙間から見た。


 神様の姿を。


 煌煌と輝く後光に破壊と恐れを伴って、脅威を打ち払う。


 襲いかかって来ていた竜の胴体は真っ二つに拳で切断され、その神から解き放たれた光が周りにいた竜たちの意識を奪っていく。


「…す、すごい……」


 少女はその神様に手を伸ばす。


 少女の手の先で、青い髪を揺らした青年のような神様が立っていた。


「眩しぃ…」


 そこでさらに神々しく眩しい光が少女の目に飛び込んでくると少女は一度だけ瞬きをした。


 そして、暴風が少女と母親に吹きつける。


 少女は母親に必死に押さえつけられ、吹き飛ぶことは無かった。


「お母さん…見て…」


 風が止むと少女はうずくまる母親の腕の中からするりと抜けだした。


「何してるの危ないから、こっちに…」


 慌てて少女を引き留めようとした母親だったが、辺りの光景を見て言葉を失った。


 そこにはもう恐ろしい竜も、暴漢も、火の海も無く、破壊尽くされた街だけが残っていた。


「お母さん今のうちに逃げよう」


「え?ああ、そうね…」


 何が起きたか分からない母親と、神様の存在を認識した少女が、鎮火した街を駆け出す。


「そうだ、お父さんは無事かな?」


 母親の手を引く少女がそう疑問を口にした。


「ええ、きっと無事よ、それにお父さんは今頃、悪い竜たちを退治してくれてるわ」


「そっか、よかった、あ、そうだ私さっき神様を見たよ」


「そうね…」


 母親はなぜ助かったのか分からなかったが娘がいったように神がいたのかもしれなかった。だから、この奇跡に感謝した。


『ああ、神様、救って下さり、ありがとうございます。どうか私の夫ヨルムたちのこともお救いください…』


 その母親は必死に逃げながらも愛する夫の心配をした。きっと誰よりも真っ先に危険な場所に飛び込んで行くような男だから、無理をして欲しくなかった。


『どうか、どうか、お救いください…』


 必死に祈りながら、その母親と少女は九番街を後にした。



 ***



 天性魔法と殺気を放って、竜の、そして暴徒たちの意識を次から次へと刈り取っていく。

 狂った竜たちには天性魔法で、暴徒たちには気絶するほど重い恐怖と殺気で、それぞれ使い分けて、効率よく街を救っていく。

 さらに移動するごとに衝撃波と暴風をまき散らし燃え盛る街の炎をかき消して行く。


 救いは近い。

 シフィアム王国、王都エンド・ドラーナ、十二の区画からなる都は、救いを待つ街は残り、十番街、十一番街、十二番街、一番街、二番街を残すだけとなった。


 そして、待つ間もなく英雄による救済が始まる。



 何度も瞬く強力な閃光が、十番街の上空を覆う。


 そんな中、いかつい顔で髭を蓄えた四十前半の男が、崩壊した十番街の街中で、曲剣を振り回していた。

 男はこのシフィアム王国に今日訪れたばかりで現在のこの王都で何が起こっているのか少しも知らなかった。


 男は今回、この街に先に送り出していた部下たちに会いに来ていた。

 ここに男が来た理由は、彼の可愛い可愛い部下たちが、この街で恥をかかされ面子を潰されたとの報告を受けてのことだった。

 だから、ひとつ部下想いの彼が立ち上がったのであった。


「おいおい、どうなってんだ?竜と犯罪者まみれで、このエンド・ドラーナは、こんな愉快な街だったっけか?」


 男の周りには斬りつけられた竜や暴漢たちが、大量に地面に這いつくばっていた。その死体の山の上に男は座り、火の手が上がる崩壊した街並みを眺めていた。


「キャアアアアアアアアアアア!」


 悲鳴が上がる。そこには荒く息をする竜人族の女性がいた。

 非難するために必死に逃げて来たのだろう、女性が路地を抜けて、その男のいた大通りに出てきた。

 しかし、その男の周りには、暴れていた竜と暴徒たちの死体の山が築き上がっていた。

 その瞬間だけを見た女性からすれば、その男は倒れている彼らと同じ犯罪者なのだろう、女性はその男と反対方向に逃げていった。


「あ、おい、嬢ちゃん!そっちはまだ危ないぞ!」


「あれはラースさん、見て逃げましたね」


「はあ?こんな優しくて男前の俺の顔を見てか?」


「いや、この状況を見て逃げ出さない庶民はいませんって…」


 ラースと呼ばれた男の傍にいた一緒にこの街に訪れた部下のひとりが言った。その部下は竜と悪党の血で染まった大通りを癒そうな顔で見渡していた。


「たくしょうがねぇなぁ、ちょっと行ってくるから、お前はここにいろ」


 ラースがその傍にいたその部下にそう伝えると、先ほど危ない方に逃げた女性を助けるために走っていった。


「ラースさんはお人好しだな…」


 部下はため息をひとつつくと、目立つ大通りから目立たない路地に身を潜めるのだった。




 ほどなくしてラースが逃げ惑う女性に追いつくと気さくに声を掛けた。


「おーい、嬢ちゃん、そっちにはまだ竜や悪い人たちがいて危ないぞ!」


「ギャアアアア!追いかけて来た!」


「え?」


 ラースは一瞬誰が?と思うが、すぐに自分のことだと気付く。返り血が男を周りで暴れている悪党たちのように見せていた。


「殺される!!」


 その竜人の女性は完全に錯乱状態で怯え切っていた。ラースに掴まるまいと必死に手と足を振って全力疾走でいまだ危険な場所に直行していた。


「おい、ちげえって、そっちにはまだ竜が…」


「追って来るな!!!」


 女性が崩壊した大通りを走って行く。

 ラースは必死に後を追うがなかなかに竜人の彼女は足が速かった。


「クソ、なんであんな足速いんだよ!竜人族はみんなああなのかよ!?」


 生きるために必死の彼女の走りは見事なものだった。


「あ、ていうか、ここらへんはやばいな…」


 ラースは燃え盛る街中を駆けている途中で気づいた。背の高い建物が並ぶ街並みが広がり始める。


『ここは避けようと考えていたのだがな…』


 商店街が広がる大通りから、居住区となった狭い枝分かれした道に入ると、いたるところに死角が増えた。

 周辺に背の高い建物が密集したこの場所をラースが避けていたのには理由があった。


 それは竜が関係していた。


『あいつら狩猟の天才だからな…』


 そんなことを頭の中で考えている最中、ラースの嫌な予感は的中する。


 背の高い建物が密集した地域を縫うように逃げ惑う竜人族の女性がある路地の横を通り過ぎようとしたときだった。

 横目で女性が路地を一瞥すると、大きな口を開けて待機していた竜が一体待ち伏せしていた。


「あっ…」


 女性は悲鳴を上げる間もなく死を悟り、その恐怖で足を止めてしまった。

 女性が止ったことを合図に、大きな口を開けて待っていた竜が勢いをつけて狭い路地から、獲物である女性を狩るために疾走してきた。


 固い牙がギラリと光、女性はその牙でこれから自分が噛み砕かれるのを想像するとその場で気を失ってしまった。


 死を受け入れてしまった倒れ込む彼女を、追いついたラースが支える。


「だから言っただろ、こっちは危ないってよ」


 獲物が二匹に増えたことで食欲を抑えきれなくなった竜がさらに加速してくる。


「だが、良かったな嬢ちゃん!俺がいてよ」


 曲剣を捨て、気絶した女性を足元に寝かせると、ラースは己の拳に炎を宿した。

 そのまま真っ赤な炎に包まれた固い拳は、襲いかかって来た竜に向かって突き出された。

 するとその突き出された拳からは、拳の形をした巨大な炎が発射された。

 その炎の拳は凄まじい風圧を伴って、襲いかかって来た竜の身を焼くと共に勢いを削ぎ後方にのけぞらせていた。


「竜ごときが、このラース様に牙を向けるんじゃねえよ」


 ラースはそう吐き捨てると続けて、その炎の拳を竜に向かって連続で浴びせ続けた。

 竜の身体は、ラースの炎の拳に押しつぶされつつ焼かれ絶命していった。


 ラースは竜を撃退するとすぐに気絶した竜人族の女性を抱きかかえると、部下のところに戻ることにした。


 ラースは小走りで元居た場所に戻る途中にふつふつと疑問が浮かんできていた。


『それにしてもこの大騒ぎ、俺たち【バースト】のしわざじゃないと考えると、裏に誰かいるな…それもかなりやばい奴だ、大国に対してここまでやるはイビルハートかオートヘルぐらいか?まさかイルシーとかじゃないだろうな…』


「まあ、どこがやったかなんかより、ここまででかい被害になれば必ず例の組織が関わってるはずだ」


 ラースは、この大陸で一番危険な組織を思い浮かべた。それは自分が所属しているバーストではなかった。

 もっと、深い闇の底で蠢いている組織があった。

 裏社会を支配していると思っていた自分たちが、まだ浅瀬であることを思い知らされるぐらいには、深海の底のような深淵の組織があった。

 その組織は、名前を口にするだけで不幸が襲いかかると噂されているほど危険で正体不明の組織だった。

 裏社会でも一部の人間しか知らないその組織の名は…。


「ドミナスが…」


 ラースがそう呟いた時だった。


 何か得体の知れないおぞましい気配が近づいて来るのを察知した。


「なんだ、なにか…」


 気づいた時には、ラースの身体に暴風が吹きつけていた。さらに何度か視界全体が真っ白に染まるほどの光に包み込まれた。


「ぐぉおおお!なんだ!?なんだ!?」


 ラースは抱えていた女性を庇うようにその場に伏せて、全身でその荒れ狂う暴風から身を守った。


 その凄まじい勢いで駆け抜けて行った何かが、一瞬で通り過ぎると、ところどころ建物が崩壊していたが、ラースたちがいた周辺の建物を燃やしていた炎の勢いが弱まって下火になっていた。


「なんだよ、本当に何が起こってんだよ、この街で…」


 何もかもが一瞬の出来事でラースは、しばらくその場に突っ立っていたが、すぐに助け出した女性のことを思い出すと、彼女を抱え直して走りだした。



 四大犯罪組織のひとつであるバーストその幹部のひとりであるラースという男。


 彼はハル・シアード・レイという男と言葉を交わすこともその姿を実際に見ることもなかった。


 この時すれ違った閃光がラースという男とハルの唯一の接点であった。



 ハルが姿を現そうとしなければ、その閃光(すがた)は目にすら映らない。


 まさにそれは神の所業だった。




 *** *** ***




 十番街を救い終わったハルが十一番街に入り、どの街でもやってきたように目にも留まらない速度で悪と善を見極め、裁きと救いを施しているときだった。


「………」


 ハルの動きが止まった。


 救うべき人々はまだ十一番街にはたくさんいた。だが、ここでふと何かハルは嫌な予感を王城から感じ取った。

 何かが王城にいる。

 圧倒的な殺気をハルの天性魔法が感じ取る。

 未来が閉ざされるそんな感じがした。


 ハルの身体が判断に迷って止まる。

 ここでまだ救える人々を見捨てて、得体のしれない殺気を放った者を優先するために王城に向かうか?このまま十一番街を救ってから向かうか?その時間の差はわずか二分といったところだろう。二分あれば、ハルが街ひとつ救うのは容易い。

 しかし、ハルの奥底でライキルたちがいることを考えると、どうしてもそっちを優先して助け出したい気持ちに駆られた。


「………」


 ハルはすぐに動き出した。


 向かう先は王城、救える民たちを見殺しにして、ハルは救う人を人を選んで自分のことを優先した。


 敵を倒すだけならとっくに、この王都エンド・ドラーナから消し去ることはできていた。

 しかし、被害を最小限にとどめつつ善と悪を見極めながら、さらには街に広がる炎を消して回るとなると、繊細な立ち回りを要求されていた。

 大きな力を操るには、それなりの犠牲が必要になってしまう。無尽蔵に振るわれる強大な力は人々を知らぬうちに傷つけてしまう。

 ハルはその人々を救う大きな力のもとで起こる犠牲を極限にまで無くしながら、街にいる人々を救っていた。

 それはハルの天性魔法と圧倒的な圧のこもった気で、人々を無力化していったことが大きかった。


 ハルはまだ十一番街で逃げ惑い救いを求める人々を救うことができた。


 けれど、ハルが目指すのは王城ただひとつだけだった。


「みんなの英雄は今ここで死んだ…」


 ハルはひとり呟き自分を恨んだ。


 この選択が正しいのか?正しくないのか?このときのハルにはまだ分からなかった。



 王城ゼツランに、ハル・シアード・レイが到着する。


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