竜舞う国 赤雷
いつも一緒にいた二人が瀕死の重傷でも悲しんでいる暇はガルナにはなかった。
『早く白魔導士のところに連れて行かなきゃ…』
ぐったりとした二人を軽々と担ぐ、いつも大剣を振り回していたガルナにとってどうということはなかった。
「待ってて二人とも…」
しかし、そこでまだ輪廻の間の奥で戦闘を継続している二人の姿を見つける。
とそこでガルナは二人を抱えたまま二人の争いの中に歩いていった。
「ビナちゃん…」
敵と殴り合っていたビナに声を掛ける。
それに気が付いたビナは息を切らしながらこちらに振り向いた。
同じくビナの傍に居た敵である水色の髪の女の子の方は、目をギョッとさせていた。
「ガルナさん、って、え…ライキルとエウス…その傷大丈夫なんですか…」
「白魔導士の人に見せないと…」
「だったら急ぎましょう、私が二人を持ちます、ガルナさんは援護をお願いします」
戦闘を切り上げたビナがガルナに駆け寄る。
水色の髪の少女である白炎のスマに関しては、体一つも動かせないでいた。
「じゃあ、よろしくね、ビナちゃん」
ガルナが眠っている二人をビナに受け渡す。そこでビナも自分より大きい二人の身体を軽々と担ぎ上げていた。
戦う相手が変わるだけで、戦況が一気に傾いた。水色の髪の女の子はずっと身構えたままガルナの動向をうかがっていた。
張りつめた空気の中、ガルナは気を張っている彼女に告げた。
「お前も仲間を助けたらどうだ?」
彼女を気絶するまで殴り倒すのもよかったのかもしれない。ライキルとエウスをさんざん傷つけられたのだから。しかし、それはガルナの方もお互い様だった。
立てなくなるまで水色の髪の女の子の仲間を徹底的に壊していた。当然、殺してはいないが、半殺しといったところで、戦闘不能で彼らの放置は好ましくなかった。だから、ガルナは最後に残った一人に仲間を助けるように諭したのだった。
もし、それでも拳をこちらに向けて来るなら、容赦はしないが、ビナと互角の戦闘しているところから、力量ではガルナが上であり、勝敗は決まっているようなものだった。
「いいのですか?私たちは再びあなたたちを襲うのかもしれないのですよ?」
その言葉にガルナの目が見開き、戦闘態勢に入った。
水色の髪の女の子が一瞬で戦意喪失するほどの怒りを露呈した。
後ろにいたビナも息を飲んでいた。
「お前らの仲間はあっちに二人、あの柱にひとりだ。さっさといけ」
「あの…もうひとりギリユっていう黒髪の人族がいたはず…」
「いいから、私たちの目の前から早く消えろ」
水色の髪の女の子は慌てて、指示された仲間のいる方向に走っていった。
それから、ガルナが自分の真っ赤な大剣を持ってくるとビナに声を掛けた。
「じゃあ、ビナちゃん行こうか…」
「はい…」
ライキルとエウスを担いだビナと、その護衛を務めるガルナが歩き出す。
「えっと、でも、どこに行けば白魔導士に会えるのかな…?」
凄みがあった姿は一変しガルナが困ったように辺りを見渡す。
「確か、王城の南に軍事施設があって、その横に医務室があったはずです」
「じゃあ、そこに行こう」
ガルナが〈円環の間〉を右回りで進もうとする。しかしそっちからでは南の医務室には遠回りだった。
「そっちは遠回りですよ、こっちです」
ビナにここからなら左回りの方が早いと教えられる。
「そっか、そっちか!…………」
そこでガルナが慌ててビナの方に振り返ろうとしたのだが…。
「どうかしましたか?こっちですよ?」
「………」
途中でガルナの動きは止まってしまった。
ビナがガルナの後姿を不思議そうに見つめていると、彼女が背中の赤い大剣を引き抜くのを見た。
「ビナちゃんは先に行ってて…」
「どうしたんですか…?急に…」
「来てる…」
ガルナが何か危機を察知したその時だった。
輪廻の間と鱗の間を繋ぐ通路から最後の避難客を誘導していた十人ほどの銀翼の騎士たちがどっと避難客と一緒に飛び出してきた。
「皆さん、南にある安全な軍事施設に案内するので慌てないで私たちについて来てください!」
戦闘が終り静まり返った輪廻の間に意図しない活気が満ち溢れた。
しかし、そんな騒がしさの中、静けさを身に纏い王座の間のある方角から誰かが歩いて来る。
避難客を誘導しない残りの銀翼の騎士たちが、ガルナとビナの元に駆け寄って来る。
「皆さん…お怪我はありませんか、申し訳ございません守り切れなくて…」
申し訳なさそうに謝って来る騎士にビナは言った。
「いいんです。みなさんのせいじゃありません、それより、まだ終わってません」
「ビナちゃん、急いでここから離れて!」
ガルナが大剣を前に突き刺し、盾代わりに構える。
「みんな離れろ!」
ガルナが叫ぶと同時に彼女の真っ赤な大剣に、ギラギラと輝く真っ赤な電撃が流れた。
その電撃はガルナの腕と胴を一瞬で血だらけにした。大剣を伝って流れた赤い閃光がガルナの皮膚を切り裂いていた。
「グッ…」
派手に出血し、全身が紅に染まる。
「ガルナさん!」
「いいからみんなは早くここから逃げろ!!」
「でも…」
「早く!じゃないと、二人が死んじゃう、私は大丈夫だから」
真っ赤に染まったガルナの燃えるような赤い瞳が優しくビナを映す。
「我々も加勢します。どうか、守り切れなかった失態をここで拭わせてください」
傍にいた銀翼の騎士が進言する。
「ビナちゃんを守ってくれ、私はひとりの方がいい、お前たちは邪魔になるから」
血だらけではあるが、ガルナは平然と剣を引き抜き構え直していた。
どうやら傷の程度は見た目だけで傷口は浅いようだった。
彼女は奥から近寄って来る敵意に真っ向から対峙していた。
「行って!」
ガルナに後押しされたビナは、彼女の後姿を最後に振り向いて駆け出した。
「ガルナさん、死なないでくださいよ!!」
「大丈夫、後で必ず会おうね!」
二人を抱えるビナは、銀翼の騎士たちを連れて、南にある医務室を目指した。
振り向きはしなかったが、直後、凄まじい破壊音が輪廻の間中に響き渡っていた。
『どうかご無事で…』
*** *** ***
通路の奥にいる男が遠距離から、赤い電撃を通路いっぱいに這わせていた。
足元や天井、ありと新夕る空間に大量の赤い電撃が生き物のように這いまわり漂っていた。
その赤い雷は元凶である男から離れれば離れるほど、勢いが衰えては消えていった。しかし、男が近づいてくれば来るほど、その周辺の赤雷は凶暴な龍のように暴れまわってはありとあらゆるものを傷つけていた。
「ほう、ギリユを倒したのか、あんた?」
だだっ広い通路中に、赤い雷を放ちながら、悪人面の男であるゼノ・ノートリアスが姿を現した。
彼はガルナの前に立ちふさがり、倒れている仲間を見据えていた。
「誰だ、そいつは知らん」
赤い大剣を握り構えを崩さないガルナが返答する。
「そこに倒れてる男だよ、彼はなかなか強者なんだが、やられたとなるとこっちも本気で行かなきゃなと思ってな」
男が通路全体に迸らせている赤い雷は、床に倒れている仲間のギリユという男の身を脅かすことは一切なかった。
「お前たちは何者だ?なぜ私たちを狙う?」
ガルナがゼノを見据えて尋ねると、彼は楽しそうに笑いながら言った。
「ハハッ、ガルナ・ブルヘル。ハル・シアード・レイの婚約者…」
その言葉でガルナが一瞬動揺した。
「お前、なんでそのこと知ってるんだ…?」
得意げに笑う彼にガルナは少し不気味さを覚えた。
「これから死にゆくガルナには教えてあげてもいいが…やめておこう誰が盗み聞きしているか分からないからな…」
ゼノは辺りを見回し、そこでイルネッタが倒れていることにも気が付く。
「イル…死んではないのか?気を失ってるだけか?ていうか、これはこっぴどくやられたな…こっちはあんたがやったのか?」
「ああ、そうだ、お前、そいつらを治療してやったらどうだ?」
「…そうだな、じゃあ、お言葉に甘えて」
ゼノがイルネッタに手をかざすと、白い光が彼女を包みこんだ。
白魔法に集中したため、彼の周辺にあった赤い雷は一瞬で辺りから消えてしまった。
しばらく、ゼノが集中して白魔法を掛けているとものの数十秒で彼女を完治させた。
「よし、これだけ傷を塞げば死ぬことは無いし、傷跡も残らないだろう…………なぁ、そう思うだろガルナさんよ?」
赤い大剣と赤い剣が激しく衝突する。
ゼノの背後まで距離を詰めて来ていたガルナが不意打ちで彼に奇襲を仕掛けていた。
「あんたなかなか卑怯というよりかは賢いな…うん、戦闘のセンスがいいってやつだ」
ガルナの大剣を、ゼノが腰から抜き取った赤剣で受け止めながら軽々喋るが、実際に力で押されており余裕はなかった。
つまり力ではガルナの方が上をとっていた…しかし。
「まあ、決着は早い方がいいよな…あんたにとっては…」
そこで白魔法を掛け終えたゼノの身体から再び赤雷が発現し始めた。
すると、ガルナが一気に距離を取り、彼から離れる。とれる選択肢としてはそれ以外ありえなかった。なぜなら、この魔法の危険さをガルナが少しずつ理解し始めていたからだ。
赤雷をかわした俊敏な動きを見ていたゼノは、すこし意外そうな顔でガルナを目で追った。
「やっぱりそこら辺の奴らとあんたは別物らしいな…もしかして、ゴべやスマやリップもいないのも、あんたがみんな倒しちまったからか?」
彼が言っているのは先ほどガルナが潰した敵のことたちなのだろう。その質問に答えてやった。
「でかい竜人と女は倒したが、子供の奴は見逃してやった」
「なるほど、じゃあ、その子供以外の奴らは殺したのか?」
その質問にガルナは答える。
「私は人殺しはしない、戦うのは好きだが」
「そうか、だが、その考えはちょっと甘いと思うぜ?俺みたいなやつ相手だと殺す気でこなきゃ、まず、お前が真っ先に死ぬぜ?そして、その次はお前が逃がしたあの三人を追って殺しちまうぞ?」
「だから、私がお前を止めるんだ…」
ガルナがちょうどベラベラ喋り出し気が逸れたゼノに向かって踏み込んだ。
決着を急ぎたかった。
理由としては自分の身体の異変に気づいたことだった。
気が付けば浅い傷口から溢れる血が止まらないのだ。
***
赤雷広がる通路を駆ける。
飛んで来る赤雷を勘と身体能力だけでかわして行く。生き物のように襲ってくるがガルナの身体にはかすりもしなかった。
ガルナがさらにゼノに接近する。間合に入ると手に握られた大剣が彼目掛け振り下ろされる。
「センスのいいお前なら俺の魔法の特徴に気が付いたんだろ?普通は突っ込んでこないぜ?」
周囲に散らばっていた赤雷を一瞬でゼノが手のひらに集結させた。
「はい、お終い」
ゼノが自分の心臓にその集結させた赤雷の塊を押し付けた。
赤雷がゼノの全身を包み込む。
そこにガルナの大剣が衝突する。手ごたえを感じたガルナだったが、その瞬間視界全体が真っ赤に染まる。
「俺に接近戦は無謀だぜ?」
決着は一瞬で着いた。呆気の無いものだった。
ゼノの前には赤雷を全身に浴びた、大量出血しているガルナが立っていた。
「あんた魔法は得意じゃないんだな?白も持ってないなら俺には勝てねえよ?こいつは触れたら終わりだからな」
ゼノ指先から小さな赤雷が迸る。彼はその光を愛おしそうに眺めていた。そして、すでに瀕死になったガルナを見つめ良いおもちゃが手に入ったことに喜ぶ。
ゼノの近くで赤雷を全身に浴びればもはや動くことはおろか死んでいてもおかしくない。
「って、ガルナ、あんた生きてるか?もしかして死んだか?それだったら俺はちょいとがっかりなんだが…」
ゼノの前でうつむき立っているガルナの全身からは止めどなく血が流れ続けていた。
「俺の気分転換に付き合ってもらいたかったんだが…まあ、いいかそれは他の奴らでするか…」
退屈そうな表情を浮かべ立ったまま動かなくなったガルナを眺める。
「なんで真正面から突っ込んで来たんだ?よくわからねえな…」
そうしてガルナに近づこうとした時だった。
「ゼノさん」
「お、スマか生きてたのか」
「はい、みんなの傷の手当てをしていたんですが…あ……」
水色の髪の女の子が、ゼノの前で血だらけになって立っているガルナに気が付く。
「ああ、こいつは、もう、終わったよ」
「殺しちゃったんですか?」
「まあな、真正面から突っ込んで来て俺の赤雷を全身で浴びたからな…」
「そうですか…」
スマが少し悲しそうな顔をした。
「どうした?」
「その彼女に見逃してもらったので…なんていうか…」
「そういうことか、だったら、スマ、それは甘さってやつだ。そんなこといちいち考えてたら自分を守れなくなるし、行動に迷いが出る。それだったら、どっちかに振り切った方がいい、ここで彼女にとどめをさすか、裏から足を洗うか」
選択を示すとスマはためらいもなく拳のガントレットに力を込めた。
「そうですね、ゼノさんの言う通りです。私、甘かったです…」
スマが一歩一歩、ガルナににじり寄る。見逃してもらった身ではあるがこの世界が容赦のない残酷なことを彼女は知っていた。だから、ここで無抵抗のガルナに拳を振るう決意を固めることができていた。
「まあ、別にスマだけが甘いだけじゃない、他の倒れているみんなだって裏の人間相手だったら今頃死んでるからな…ってあれ、みんな生きてるよな?リップとか、ゴべとか」
「はい、生きてます、彼女にやられましたが、とどめは刺さなかったようです」
「そうか、彼女は、殺し合いを知らなかったんだろうな」
「ええ、そうですね、綺麗な表の人間です…」
スマがガルナの前に立つ。下から覗き込むと彼女の目を閉じており気絶していた。
赤い雫だけがひたすら彼女から流れ落ちていた。
「悪いですけど、私も裏の住人ですので、ここであなたを殺して前に進みます」
スマがしゃがみ力を溜める。これまでに何人もの人の血を吸って来たガントレットがギシギシと彼女の怪力で軋み出す。
「さっきは見逃してくれてありがとう」
力を解き放ち彼女を殴りつけようとした時だった。
ガルナの目が開く。
*** *** ***