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竜舞う国 両断

 正体不明の赤い鎧の騎士との交戦中、カルラは焦っていた。

 彼の周りに漂う透明な空気の塊のようなもの、きっと風魔法なのだろう、魔力の流れを見る目を持っていなければ、苦戦は必須で、周りの被害を最小限に抑えながらの戦闘は消耗した。

 しかし、カルラは別に自分のことなど気にしてはいなかった。いくら強敵でもカルラが倒せない相手ではなかった。ただ、相手の技量が恐ろしく高いため、戦闘は膠着状態に持っていかれていた。

 それが、困るのだ。


『頼むから死なないでくださいよ…』


 なんせ、エウスたちの傍に居られないこの状況が続くと、他にもいるかもしれない敵の襲撃から彼らを守れないからだ。

 今のカルラはハルから託されていた。自分がいない間、エウス、ライキル、ビナ、ガルナ、みんなを守ってくれと約束されていた。

 だから、こんなところで、足止めされている場合ではないのだ。


『私の部下がいるから問題はないと思いますが…』


 不安は募る。


『王たちは、大丈夫ですね…常に彼らがいる』


 剣聖なら王たちを守るのが最優先かもしれないが、シフィアム王国では王の護衛は他の者たちの役目であり、緊急時のカルラの担当は、この赤い鎧の騎士のような危険人物など問題の根本を最優先で排除するのが役目だった。

 それは剣聖という最強の地位の本来の役割でもあった。


 カルラたちは、いくつものホテルが立ち並び密集した〈鱗の間〉のど真ん中にいた。大抵のホテルの窓は割れ、壁には穴があり、傾いている建物もあった。


 どれもこれもカルラの目の前にいた、赤い鎧の騎士のしわざだった。


『随分と暴れてくれましたね、ですが…』


 最初の襲撃がハルたちが泊まっていた第一ホテルに仕掛けて来てくれたことが不幸中の幸いだった。ホテルにはカルラの部下たちの〈銀翼〉が独占していたため、この緊急事態にすぐに対応してくれた。


「そろそろ、人もいなくなりましたし、本気出させてもらいますよ?」


 つまり、そういうことだ。

 鱗の間の住人たちの非難はすでに完了していた。

 被害が広がるのを抑えながら戦う必要がなくなった。

 この鱗の間は戦場と化した。


 カルラが手に持っていた刀を収める。

 その愛刀の名は〈刹那〉ほんの一瞬という意味を持っていた。

 少し前かがみになり、手を剣の柄に添え構える。

 穏やかな空気に殺気が混じり、空気がひりつく。


 赤い鎧の騎士は、漂わせていた風の塊の数を増やしながら、腰の剣を引き抜いた。


 互いの距離は十分に離れていた。

 しかし、どうだろう、全くもって安心できない状況ではあった。まるで、互いに相手の首元ギリギリにナイフを突きつけているかのように、緊迫感があり、距離はもはや関係なかった。


 カルラがそのナイフを相手の首を切り落とすために振るうことを決める。


 膨れ上がる殺気を感じ取ったのか、赤い鎧の騎士は慌てた様子で、周囲に漂わせていた無数の風の塊をカルラめがけて飛ばしてきた。

 その風魔法も厄介なもので、触れれば肉がそぎ落とされ、身体の部位など容易に切断できる殺傷能力を持っていた。

 まるで壁となった風の塊が迫り、カルラに襲いかかる。


「抜刀…破線、初…」


 しかし、カルラが呟くと同時に状況は一変した。


 まず最初に衝撃波があった。

 その衝撃波は凄まじく、押し寄せていた風の塊の全てを、ほぼ同時に一瞬で消し去った。

 それはカルラを中心に前方に広がって行き、赤い鎧の騎士に一直線に届く。


 赤い鎧の騎士は衝撃に備えて特殊魔法の〈守護〉を張った。光の盾が出現し彼をその最初の衝撃から身を守った。


 そう、最初の衝撃から。


 最初の衝撃から遅れて、空気を切り裂いて進んでくる斬撃が目にもとまらぬ速さで迫っていた。

 その斬撃は光の盾を綺麗に横に真っ二つに切り裂いて、赤い鎧の騎士の目の前に現れる。


 この一線を初見で見切れたものは、あのハル・シアード・レイの他にはいない。


 つまり、彼と比べて我々常人たちには必中と言えた。


 勝ちを確信したカルラは、その場で事態の状況を静観していた。


 斬撃が赤い鎧の騎士を捉える。


 斬撃が遠くのホテルにまで達し、横に真っ二つに両断していた。

 造形美溢れる建物が崩れていくのは見ていて心が痛んだが、悪を殲滅するためなら仕方のないことだった。

 しばらく、その建物が崩れる様を見ていた。

 真っ二つになった人間の死体などにカルラに興味はなかった。


 しかし、背後から迫る風の塊に、カルラは気づくと、刀で叩き切った。


「最後の悪あがきですか…いえ、それよりも早くエウスさんたちのもとへ行かなくては…」


 だが、そこでカルラが上空を見た時だった。


 赤い鎧の騎士の周りに、五つの光のリングが漂っており、彼の身体を宙に浮かしていた。


「飛行魔法、ですか、面倒ですね…」


 風魔法を使うならその身を浮かせる術もあることは分かっていた。ただ、さっきの抜刀では大気まで揺るがすため、風魔法は乱され浮遊は困難であった。

 逃げ場のない横一直線に広がった斬撃の威力も特殊魔法である盾も切り裂くため、剣で受けるのはほぼ不可能であるため、その身で受けるぐらいしか取れる選択肢はなかったとおもったのだが…。

 飛行魔法、それも五速の速さで上空に飛ばれると、抜刀の斬撃から逃げ切れる可能性はあるにはあった。

 しかしだ、それでも、初見でこの攻撃を見切るのはカルラ自身でも困難だと思うぐらいなのだ。大抵は五速の速さで上空に逃げても、身体のどこか一部くらいは持っていけているはずなのだ。

 それは相手との距離にもよるが、まず、数百メートルも離れていない距離だと、確実に反応できずに直撃する。その際に、斬撃を受け流すか逸らすぐらいは武器を犠牲にすればできるかもしれないが、まず避けて無傷でいることがありえなかった。


 ここまで脅威的な初見の絶技であるため、このことから考えられることがひとつだけあった。


「あなたもしかして、ここの人間ですか?」


 赤い鎧の騎士は語らない。が、わずかな感情の動きが身体に伺えた。


『なるほど、これは身内の可能性が高いですね…』


 カルラの抜刀を初見で見切れるのはごくわずかの人間と言ってよかった。その中にはハルやイゼキア王国の剣聖など例外もいるが、そのほかに身近に見切れそうな者たちがいた。

 それは稽古で相手をしたりしているシフィアム王国の精鋭騎士たちだった。

 カルラは彼らに熱心に稽古を積ませていた。

 普段からカルラの傍で抜刀を見ていれば、特別じゃなくても腕の立つ者ならその抜刀に対応できる者は出て来るだろう。

 カルラの抜刀は初見に一番効果があった。だれもが最初の衝撃波だけだと思い込むからだ。その後に飛んで来る斬撃には気づきもしないし、気づいた時には遅いのだ。

 けれど、赤い鎧の騎士は上手に対応した。

 衝撃波で吹き飛ばされないように盾を張り、飛行魔法で飛ぶ時間を稼いだのだ。そもそも、最初の衝撃波で体勢が崩れたところを斬撃が襲う仕組みの初撃なのだ。


「あなた、シフィアム王国の騎士ですよね?なんでこんなことしてるんですか?狙いは何ですか?」


「………」


 赤い鎧の騎士に問いかけるが、彼は一向に語らなかった。それが、ますます、彼がこの国の騎士であることを裏付けていく。


「誰の命令ですか?」


「………」


 赤い鎧の騎士は黙ったまま、無数の風の塊を再度展開した。


「そうですか、じゃあ、裏切り者には死んでもらいます」


 語らぬ騎士との会話は争いだけであった。

 しかし、カルラには彼に少しだけ引っかかるところがあった。


『こんなに強い騎士はシフィアム王国にはいなかった…今まで実力を隠していたのか…』


 もしそうなら、彼は惜しい存在であった。共にこの国に尽くす剣聖になれたかもしれないのに、その機会を捨ててしまったのだから。


 裏切り者には罰を。


 カルラは内側に仕込んでおいた小さなナイフを鞘から取り出して、服の背中に切れ込みをいれた。背にしまっていたこげ茶色の上品な翼が顕現させる。


 両翼を広げ、カルラは風魔法で空に舞い上がる。


 風魔法の飛行は、空に舞い上がったり進行方向を変えたりはできるが、特殊魔法の飛行魔法に比べると、圧倒的に自由度が低い完全に下位互換だった。


 そのため、すでに上空にいた赤い鎧の騎士は自分と同じところまで登って来るカルラを風の塊で狙いうちする。


 赤い鎧の騎士が手をこちらにかざすと、空中で待機していた無数の風の塊が襲いかかって来た。


 カルラは身体にマナを流し、特殊魔法がかかった目でその風の塊を確認する。


「それではあまりにもぬるいですよ…」


 しかし、襲いかかって来る風の塊を目にもとまらぬ抜刀術で切り裂くとカルラは彼よりもさらに高い場所まで上昇した。


 そして、そこでカルラがこの竜舞う国の剣聖たるゆえんを見せつけることになった。



 二人の位置関係が逆転し一転して見下ろす形となったカルラが再び刀を鞘にしまうと、先ほどと同じ様に抜刀の構えを見せる。


 そして…。


「破線、十」


 カルラが剣を抜くと、先ほどの初撃の斬撃の一線が十線重なる様に、赤い鎧の騎士に降り注いだ。


 これにはたまらず、赤い鎧の騎士は五速の飛行魔法のリングの出力を最大限にまで上げて逃げ出す。


 赤い鎧の騎士の真下にあったホテル群に凄まじい斬撃痕が刻まれ、粉々になる。


「破線、十五…」


 再びカルラが剣を鞘に納めると、呟く数字の数が増え、追撃が繰り出される。追加の十五の一直線の斬撃が地上に浴びせられる。


 上空から無数の斬撃が浴びせられ、地上にはホテルの崩壊の爆音と空気を切り裂く轟音が周囲に響き渡る。


 赤い鎧の騎士が懸命に羽虫のように逃げ惑う。


 カルラはそこに無慈悲に斬撃を叩きこんでいく。


「破線、十八」


 十八の線の斬撃痕が地上を切り刻む。


 赤い鎧の騎士も避けるのに必死だった。

 剣聖はひとりの方が力を発揮する。そのため、一対一で挑むにはある程度の覚悟が必要だった。だが、敵に回った彼はあまりにも絶望的な強さだった。

 想定をはるかに超えていた。


 そこでさらに赤い鎧の騎士の背筋が凍った。


「破線、三十」


 カルラが抜刀した直後、周囲に衝撃波が広がり、三十本の線状の斬撃が展開されると真っすぐ赤い鎧の騎士に飛んで来た。

 赤い鎧の騎士は逃走から防御の構えに入る。

 次の量の斬撃からは逃げきれないと判断し、その場で受けきる気でいた。

 飛行魔法のリングをバランスの良い位置に再配置し、攻撃に備える。


 一番目の斬撃に剣を向けると、赤い鎧の騎士はその線状の斬撃に剣を合わせた。

 そこでつばぜり合いにまで持っていくことができたが、力負けしてのけぞった。

 斬撃も万能ではなく、弾けるという弱点はあった。もちろん、技量あってのことだが、そのようにこの窮地を逃れられるかもしれない希望はあった。

 赤い鎧の騎士は、飛んで来る斬撃の中で受けなくてもかわせるものは最低限の動きでかわし、軌道を逸らせるものは力ずくでそらし、三十線の斬撃をしのぎ切った。


 そこで赤い鎧の騎士の鎧の大半は砕け、竜人族特有の鱗の尻尾や腕なども見えてしまっていた。幸い顔の兜だけは壊れておらず、安心はしていた。


『カルラさん、やっぱり、化け物だな…』


 しのぎ切ったことで隙が生じてしまった赤い鎧の騎士ことジャバラの前に、刀を抜いて襲いかかって来るシフィアムの剣聖の姿があった。


「マズッ…!?」


 思わず声が漏れたジャバラは、瞬間的に特殊魔法の〈守護〉を張っていた。

 カルラの一太刀がその守護の光の盾にひびを入れる。


 そして、そのまま、ジャバラは不利な体勢のまま、飛行魔法を駆使して逃げ出した。


 しかし、カルラが刀を鞘に納めると同時に、即座に抜き放った。


 衝撃波がジャバラの身体に直撃する。


 後からくる斬撃は、運よく衝撃波で地上に向かって吹き飛ばされたため当たらなかった。


 だが、その衝撃波の威力はジャバラのあらゆる骨を粉々に砕いていた。


 吹き飛ばされている最中に、カルラの方を見ると、彼はすぐさま追撃を試みるためにジャバラの後を追って来ていた。


『俺の負けだな…』


 ジャバラが窓ガラスを突き破り、どこかの建物の中に転がり込んだ。


 後から追って来る彼を迎え撃つために剣を構える。


 カルラがすぐに翼を広げてジャバラの前に降り立った。


「あなたは誰なんですか?」


「………」


「その兜、取らせてもらいますよ?」


 なすすべはなかった。後は死を待つだけだった。

 抵抗しようにも利き腕が上がらず剣を振るえなかった。辛うじて立っていられるのがやっとの状態だった。


『ああ、ここまでか、これならもう一回マリンダと会いたかった…』


 カルラが、ジャバラの鎧に触れた時だった。


 ジャバラの目の前に立っていたはずのカルラが消えていた。


「え…?」


 代わりに緑色の鱗の触手が伸びきっていた。


 ジャバラが慌ててその触手を目で辿っていくと、王座に座る緑の鱗状の人間がそこにはいた。

 常に流動するように蠢く緑の鱗。

 そんな不気味で不吉な存在がシフィアム王国の王座に座していたのだ。

 そんな化け物から透き通たいい声色がした。


「あなたはもう休んでもいいですよ、ここからは私が代わりますから」


 彼女は確かにウルメアだったのだが、声がまるで別人だった。しかし、この声はよく彼女が魔法で声を変える時に使っていた声音だった。


「それとも次の任務に行きますか?」


 ゆっくりと彼女の触手が近づいてくると、ジャバラの身体は白い輝きに包み込まれた。


「それだったら、急いだほうがいいですね、相当、深手ですから」


 白魔法は即座に傷がふさがり動けるようになるが、その分副作用などの反動が大きかった。それでも、戦闘時、深手を負った時の唯一の緊急回復手段だった。


「すみません、ありがとうございます」


 ジャバラは静かに頭を下げた。


 数分ほどカルラは彼女の白魔法による治療を受けていた。

 その間、吹き飛ばされたカルラが襲ってこないか不安だったが、彼は触手に掴まれたまま気絶していた。

 壁には勢いよく叩き付けられた跡があった。


 体調が全快するとジャバラは、割れた窓の傍に立ってウルメアのいる王座に振り返った。


「その…」


「大丈夫です。行っていいですよ、あなたは十分貢献してくれました。今度はあっちの組織に貢献してあげてください」


「ありがとうございます。あなた様もどうかご無事で…」


「そちらも」


 表情は見えなかったが相変わらず優しい笑顔を浮かべているのだろうとジャバラは思った。


 それから、ジャバラが飛行魔法を展開すると、身体に重い負荷がかかった。白魔法による副作用が身体の身体機能を鈍らせていた。


『まだ、動ける…』


 王座の間を飛び出す。彼女のことが気になったがあの状態なら問題はないだろうと思った。


 それに。


『あの状態じゃなかったら、もっと、大丈夫なんだから…』


 彼女がカルラにやられることは絶対に無いと確信することは容易だった。彼は絶対にウルメアという存在を裁けないのだ。


『それにしても、気が重いな……』


 ジャバラの次の任務はドミナスからの依頼で、ジュキと言われる十歳の子供を仕留めるのが任務だった。


 光りのリングが白色の光を吐き出すと、ジャバラは十二番街の軍事基地〈ボロス〉を目指した。


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