竜舞う国 対峙
轟音がエウスたちのいる三階に響き渡る。
その爆音を聞いて、ハルの部屋からライキルとガルナが慌てて通路に出て来ていた。
「お前ら、武器を持て急げ!」
エウスが叫ぶと、二人は慌てて部屋に戻っていった。
「よし、後はビナだ」
そこでエウスが振り返ると、破壊尽くされたラウンジを見て呆然としているビナがいた。彼女はしっかりと剣を抜いて駆けつけていた。
さすがはライラの精鋭騎士危機意識が高かった。
「エウス、これは…」
「襲撃だ、ハルの部屋にいるライキルとガルナに合流して待ってろ、俺は自分の部屋から剣を取って来る」
「わ、分かった」
ビナは動揺せず、すぐにエウスの言うことを聞いて、ハルの部屋に走って行った。
いつも喧嘩ばかりして反発し合っているが、本当にこういう緊急時だと彼女は、頼りになる騎士だった。
『それにしても、カルラさん、大丈夫か…』
三階のラウンジに二人の姿はなく、そして、さっきまであった竜の死体は愚か、ラウンジがあった場所には大穴が開いていた。
「…まずいな、もしかして……」
考えたくはないことが頭をよぎった。もしかして、相手は剣聖であるカルラと互角なのかと…。
「いや、今は自分のことを考えろ…」
もし、予想が当たっていたらと、最悪のことを考えると今できることは自分の身を守れるように剣を取りに行くことだけだった。
エウスが自室に戻って急いで自分の剣を手に取ると、すぐにハルたちの部屋に向かった。
「みんな準備はできたか?」
エウスがハルの部屋の扉を開けると不安そうな彼女たちがいると思った。だが、よく考えれば、ここにそんなか弱い女がひとりもいないということを忘れていた。
「エウス、状況を説明して…」
ライキルが、椅子に座り、剣を地面に突き刺すように両手を剣の柄に乗せていた。さらに彼女は、軽装の鎧を身に纏い準備は万全で、覚悟が決まっている目は恐ろしいほど据わっていた。
久しぶりに彼女のあんな怖い表情を見た気がした。
「ああ、よく聞け、俺たちは白炎っていうやばい組織から狙われてる」
「なぜ?」
「脅迫文が届いていたようで、手紙の内容から推測すると、ハルの周りにいる俺たちを殺して見せしめにするってところか?」
確信はあった。そもそも、自分たちが狙われる理由はない。特にライキルとビナとガルナ、この三人は特に人から命を狙われる理由は全くと言っていいほどなかった。
エウスはまだ、エリー商会の会長という立場から少なくとも命を狙われる理由はありそうだったが、白炎という聞いたこともない組織から命を狙われるようなことをした覚えは全くなかった。組織が大きいと意図しないところで恨まれる理由はあったが、それでも白炎とは初めて聞く名前だった。
というよりも、これはやはり自分たちではなく、自分たちを殺すことでハルを苦しめることを狙ったものである可能性が高かった。
『それにしても、なんで、ここまで名前が割れてるんだ…手紙の内容って、全員のフルネームだったよな……』
何かエウスの中に引っかかるものがあった。何かを見落としているそんな感じがした。
しかし、三度目の轟音と建物全体が揺れるほどの地響きを聞くと、すぐに行動に移すことにした。
「とにかく、今、襲って来てる奴らの狙いは絶対に俺たちだ。ここで死ねば、どうなるか分かるよな?」
三人の気迫はすさまじかった。特にライキルとガルナの剣幕は尋常じゃなかった。
「許せません、私たちを狙うなんて…」
ライキルが呟いた。
「ああ、そうだな、返り討ちにしてやるか?」
こんな時でもリラックスさせようと冗談交じりにエウスがそう言うが、聞く耳を持たないライキルが怒りでおかしくなっていた。
「私が誰のものだと思ってるんですか…」
「え?」
「私はハルのものなんですよ?それを傷つけようなんて万死に値します」
「ああ、そういうことですか…」
四度目の轟音が響き渡る。その轟音は今までの一度きりの音ではなく連続で何かがへし折れていく音だた。
次の瞬間、建物全体が揺れたかと思うと、床が傾き始めた。
「まずい、とにかく急いでここから出るぞ、みんないいな!」
エウスが扉を開けると、ビナが一番先に飛び出し、その次にライキル、ガルナと続いて最後にエウスがハルの部屋を後にした。
みんなで、急いで三階のフロアから階段を使って二階に移動すると、四階と五階に宿泊していた人たちも階段を駆け下りている最中だった。
しかし、そこで、驚いたのが降りて来ている人たちはみんなシフィアム王国の騎士の姿をしていた。
そして、その中のひとりの男が声を掛けてきた。
「あなた方は、シアード様のお連れのエウス様たちですね?」
「そうですが、あなたたちは?」
一応エウスたちは身構えた。狙って来ている者たちの正体が分からない場合、誰も信用できないのだ。
「私たちはカルラさんから命令を受けて、ここ数日ずっとあなた達の身辺を警護していた者です」
「本当か?お前らが白炎じゃないのか?」
エウスは天性魔法で階段を降りてきた人たちの感情を読み取った。みんなこの状況に不安を感じているようだった。
それに白炎の名を聞いても誰ひとりとして動揺する者もいなかった。
「違います、我々はカルラさん直属の部下です。あなた達の泊まるこのホテルは厳重警戒されていました。みなさんが泊る三階を除いた、一階から六階の全てのフロアが我々〈銀翼〉の騎士で埋めて管理していました」
エウスの目が、説明している彼の感情を読み取る。
『噓はついてなさそうだな…』
遠くから再び轟音が鳴り響き、カルラと相手の戦場が、移ったことを意味していたが、とにかくもうこの鱗の間は危険地帯に変わりはなかった。
「わかった、とにかく、ここからみんなで脱出、それが最優先だ」
エウスたちが階段を駆け下り、一階のロビーに出ると、四方の壁と地面のいたるところに大穴が開いてい外が見えていた。その穴の開き方も様々で、斬撃の後のようなものもあれば、打撃痕のようなものもあり様々だった。激しい戦闘の後が散見されたが、血は一滴も流れていなかった。
「やっぱり、互角なのか…」
「エウス、急いでください!」
ビナの呼びかけでエウスは、急いでみんなの後を追った。
エウスたちが、第一ホテルから渡り廊下に出ると、隣にあった第二、第三ホテルから、逃げて来る来客たちが走って来ていた。
「エウス様たちは、王座の間まで避難してください。精鋭騎士を二人つけます。私たちはお客様たちの避難誘導がありますのでこれで」
「わかりました。あなたたちもお気をつけて」
エウスたちは避難する客たちに紛れて渡り廊下から〈輪廻の間〉に向かった。
あと少しで、細い渡り廊下から広い通路である輪廻の間に出られるといったときだった。
ガルナに肩を掴まれた。
「エウス止まれ」
「どうしたガルナ?」
「いるぞ」
「何が?」
「敵だ、ほら目の前…」
エウスが、円環の間に入った先にある目の前の柱に目をやった。
そこには、五人の男女が柱にもたれかかって立っていた。
人族の女性が三人と、同じく人族の男がひとり、そして、巨体の竜人族の男の五人パーティだった。
エウスは天性魔法を使って、彼らの感情を読み取った。
赤い雷光、敵意や殺気の表れだった。
「なんでわかった?」
ガルナにそう聞くと彼女は静かに言った。
「あいつらから、血の匂いがした、それだけだ」
「そうか、よし、お前ら構えろ」
エウスが腰から剣を引き抜くと、ライキル、ビナも腰から剣を引き抜いた。
ガルナが背負っていた赤い禍々しい大剣を引きずるように構えた。
すると、それに反応した柱の近くにいたその五人がゆっくりと、一歩前に進み武器を構え始めた。
エウス、ライキル、ビナ、ガルナが、白炎のメンバーと対峙した。
彼らの戦闘が始まる。