天性魔法
その日の夜、ハルの部屋のドアにノックの音が鳴った。
「どうぞ」
返事の後入ってきたのは寝巻姿のライキルだった。
「どうした?こんな時間に」
ライキルの表情からは、いつもの彼女の静かだが内側に溌剌さを秘めた様子はなくどこかしゅんとしていた。
彼女の拳は軽く握られており、その場でしばらく固まっていた。
「ライキル?」
彼女は部屋を歩いて行き、ベットで寝っ転がって本を読んでいたハルのベットの横まで来た。
ハルは本を置き、ライキルの方に体を向けて彼女を見上げた。
「聞きましたよ、明日、フォルテ剣聖と剣を交えると」
「そうだよ」
「どうして、相手しようと思ったのですか?」
「いや、作戦当日に死んでほしくないから少し相手しようと…」
「…そうですか」
ライキルはハルの瞳の中に映り込んで動かない。
そしてハルの両手をとってぎゅっと握りしめた。
「明日、頑張ってくださいね、見に行きます」
「う、うん、ありがとう」
ハルも突然のことに動揺してしまった。
それだけ言ったライキルは部屋から出てってしまった。
「…………」
ハルの握られた手にほんの少し彼女のあたたかさが残っていた。
次の日の昼過ぎ城の裏にハルとフォルテの姿があった。
その場にライキル、ビナ、エウス、アストル、ウィリアム、デイラス、ガルナがいた。
そして、帝国からルルクとベルドナの姿があった。
他にも帝国のエルガー騎士団とエリザ騎士団の両方の精鋭騎士が何人か見に来ていたが、危険も考慮して、基本観客は入れなかった。
そして真ん中にはフル装備したフォルテの姿があった。
鎧は装飾の無い利便性に特化した地味な色の鎧をその身にまとっており、ヘルメットもしっかりかぶり、彼の綺麗な白金の髪の毛は隠れてしまっていた。
彼の手にはいつも持ち歩いているフランベルジュを持っていた。
たいしてハルはその身に木の剣一つ持っているだけで、鎧も何も普通の普段着だった。
「ハル、すまないが、序盤から本気はやめてくれ」
「わかったよ」
そう二人が距離をとっていよいよ試合が始まろうとしていた。
「二人の戦闘がまじかでみられるなんて楽しみです」
アストルが言った。
「あんまり期待しない方がいいぞ、特に剣聖フォルテの戦闘はな…」
エウスがつまらなそうに言った。
「どうしてですか?」
「それは、剣聖フォルテの天性魔法にあるかな…あれは耳がな…」
エウスはあまり嬉しくなさそうに言った。
「天性魔法って生まれつきその人が持ってる特別な魔法のことですよね」
アストルはエウスの最後のつぶやきも気になったが、それよりも天性魔法という言葉に興味があった。
「そう、学校でも習ったと思うが、体にマナを流して、炎や水に変える一般魔法とは全く違う仕組みの魔法だな」
エウスが続けて言った。
「だからか、天性魔法はマナ無いとこでもなぜか使えるしな…」
「まだ、その仕組みってわかってないんですよね」
「まあ、本当に一握りしかいないから、研究が進んでないのが現状らしいな、それに持っていても一生発現しなかったりすることもあるらしいからな」
「老人になってから発現したっていう人の例、たしかに教わった記憶がありますね」
アストルがそんな天性魔法を持ったフォルテの姿を見た。
「エウス隊長、フォルテ剣聖はどんな天性魔法を使うのですか?」
近くにいたウィリアムがエウスに質問した。
「彼が使うのは音といった感じかな、ただ、正直、天性魔法は本人の体質のような性質もあるから、一概に魔法というには…難しいところだな」
「音ですか…」
ウィリアムがその言葉を聞いてどんな能力があるのか考えていた。
「まあ、始まればわかるよ」
エウス達が話している間に広場の真ん中にいるハルとフォルテはルールを決めていた。
「俺は天性魔法は使わない、それと木の剣を使う、そしてフォルテ、お前はなんでもありだ、それでいいな」
「ああ、それで構わない」
フォルテがフランベルジュを縦に構える。
ハルはそのまま構えず突っ立っていた。
「よし、はじめ」
ハルがそう言って、戦闘の火ぶたが切られた。