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竜舞う国 二日後

 シフィアム王国、王都エンド・ドラーナ、六番街、図書館『ラド』禁書庫。

 薄暗い禁書庫の中、ハルは黒龍に関する本のページをめくっていた。


『どの本も情報が新しいな……見知った情報しか載ってない…』


 めくっても、めくっても、解放祭で得た情報以上のものは出てこなかった。

 人々が長年立ち入ってこなかった四つの禁足地のひとつである龍の山脈に巣くう蛇竜である黒龍。

 ひとたび黒龍が現れればその気性の荒さから村や町、小国までを瓦礫の山や、焦土と化した。そして、その脅威は、精鋭で固められた騎士団を複数部隊充てるか、大国並みの剣聖をひとり充てなければ、十分に討伐できないほど、黒龍一匹の戦力は大きかった。


 黒龍たちの攻撃は鋭い尻尾に寄る斬撃や、口から放たれる熱線があり、その中でも一番彼らを厄介にしているのは、機動力だった。

 空の王者とも呼ばれる翼竜たちまで、捕食対象としているため空での黒龍に敵はいなかった。


 そんな黒龍の現在確認されているそのサイズは、中型と大型のみで、準中型や小型の黒龍の確認は今に至るまで確認されていない。

 黒龍が、白虎と同じく謎が多い理由は龍の山脈を超えた中央にあるとされている、黒龍の巣に誰も到達した者がいないからであった。

 龍の山脈は尖った針のような山に囲まれた中心には広大な森が広がっていると予想されており、そこに黒龍がいると学者たちの意見が一致していた。

 理由は単純に、唯一ある龍の山脈に入れる入り口に森が広がっているからであった。その森を囲うように尖った山々が広がっており、さらにはその山には謎の突風が吹いているため上空からの侵入は不可能とされており、挑戦者は全員死んだとしっかり過去の文献にも書いてあった。


 ハルがそこまで読むと本を閉じた。


「みんな何か新しい情報が載った本は見つかったかい?」


 ハルがみんなに尋ねると全然と返事が返って来た。ライキルとビナは真面目になにか役に立ちそうな情報を見つけようと、必死に本を読んでくれていたし、エウスはもう全く別の黒龍に関係ない本を読み漁っていた。ガルナに関しては、本を読むというよりかは、たまに載っているスケッチなどの絵を眺めているようだった。


「なんか、もう、いい本もなさそうだし、帰ろうか」


 賛成とみんなが声を揃えていた。


 図書館を出ると、六番街はもうすでに夕日が辺りをオレンジ色に染めていた。ハルたちは商業地区である六番街のレストランに寄ってから、帰路に着いた。

 竜の背に乗って王城の停留所に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「ごめんなさい、何も役に立たてなくて…」


「ううん、今日は俺の用事に付き合ってくれてありがとう、明日は………」


 ハルはそこで明日は外せない約束の日であることに気づいた。


「そうだ、明日は大事な用事があるんだった…」



 ***



 図書館から帰宅し返って来ると、ひとりの使用人がハルだけを呼び止めた。みんなには先に行っているように言っておいた。


「シアード様、カルラ様がお呼びです。ついて来ていただけますか?」


 ハルは使用人に連れられ、以前カルラが殺気を飛ばしてきた輪廻の間のラウンジで、また同じ席に座っていた。二日ぶりであった。


「やあ、ハルさん、待ってたよ」


「お疲れ様です。地下の方はどうでしたか?何か分かったことはありましたか?」


「それがひとつも目新しい事実は見つかりませんでした。ただの事実確認みたいなもので…」


「それって…」


「ええ、やはり、行方不明になっていた貴族たちは全員地下闘技場バジリスクと呼ばれる場所で死んでいました」


 希望は抱いていなかった。地下は無法地帯だと聞かされていた。だから、危険な連中がいるのも理解できた。


「なぜ、彼らは地下にいたのですか?」


「地下は無法地帯であるがゆえに、違法な商売が盛んに行われております。その商売に噛んでいた者たちなんでしょう。リスクと引き換えに金を得ていたのです」


「その、俺なんかが口を挟むようなことじゃないかもしれないんですけど…」


 その脅威は一刻も早く取り除かなければならないのでは?と思ったが、彼らも理解しているようだった。


「この件に関して、国はもう動いております。しかし、地下は本当に厄介で、我々も手が出しずらい状況で今まで放置せざるを得ないといった感じでした…巣穴をつついて何が出て来るか分かったものじゃないですからね」


 そこでカルラは少し苦虫を潰したような顔で続けた。


「それにシフィアム王国がここ最近で潤ったのも違法な地下都市があるおかげでもあります…だから、そう簡単に判断できるものではなかったんです。ハルさんはこのことについてどう思いますか?」


 レイドにもそういった危険な地区はあった。しかし、レイドにはハルがいたため、そういった危険な組織のたちが軒並みレイドから撤退したとのうわさを耳にしたことはあった。ハルが知る裏社会の事情などその程度のことだった。専門ではないのでさっぱりということだった。しかし、そういった危険なものへの対処や考え方の知識はハルにも備わっていた。


「俺はあんまりそっちの方の話しに詳しくないのですが、神獣討伐と同じで危険と分かっているところにはむやみやたらに手を出さないのは正しいと思います…正体が分からないというのは一番怖いですからね……」


 ハルはまるで自分のことではないかと思いつつも話を続けた。


「ただ、一番大事なのは、その地下の危険な組織が地上で暴れないようにすることじゃないでしょうか…もし、その可能性があるなら、速やかに大きな作戦を敷いて地下を鎮圧して、国の管理下にしっかりと入れるべきだと思います」


 ハルにはいまいちこの国の現状が情報が飲み込めていなかったが、考えられる線でいくなら、危険な地下を法治するのが、好ましいと考えていた。無法地帯があるなど治安の悪化を招くだけなのだ。


「ええ、そうですね、その通りです。地下はいずれ国の管理下に取り戻さないといけません…」


 愛国心が強いカルラは深刻そうな顔をしていた。


「そうだ、神獣討伐……が………」


 そこでハルがカルラに声を掛けようとしたがやめた。


『そうだった、何言ってんだよ、俺、次なんかないんだぞ…』


 ハルは本題に入ることにした。


「カルラさん、明日のことなんですが」


「ああ、行くんですか?四番街に?」


「はい、だから…」


「任せてください、ただ、私ひとりだと皆さんになんと説明すればいいのかあれなので…そうですね、協力者として、このことエウスさんには打ち明けていいですか?」


「分かりました。エウスは商人でもあるのでああ見えても口は相当固いですから、相談するなら彼に」


「ありがとうございます」


 そこでカルラはハルの顔をじっと見つめた。


「どうかしましたか?」


「いえ、そのただ、ハルさん自身もおっしゃっていましたが、灰竜の館という得体の知れない場所に行くのですからそちらも用心してくださいね?」


「ご心配ありがとうございます。ですが、カルラさんもよくわかっていますよね」


「そうでした、本当に要らない心配でした」


 それからハルとカルラは、輪廻の間のラウンジを出た。


「それじゃあ、おやすみなさい、今日は明日に備えてゆっくりお休みください」


「はい、カルラさんも、明日のみんなのこと頼みます…」


「まかせてください」


 ハルはカルラと別れると、自分の泊まるホテルに戻った。



 *** *** ***



 何が正しいのかなんてとっくの昔に忘れてしまった。だけど、自分の愛する人たちを守れさえすれば、それだけで良かった気がした。いつからだろう、外の世界が怖いと思い始めたのは。

 力があれば何でもできると思った。なんでも思い通りになると思ってた。外の世界だってこれで怖くなくなると思っていた。実際に、力を身につけてからは、外のどこにいても何も怖くなくなった。

 だけど、力を振るえば振るうほど、自分自身が誰だか分からなくなっていった。本当に自分は自分なのか?血だまりに映る自分は全くの別人のように見えた。

 だけど、やっぱり、どうしようもなくそれは自分自身で、他の人なんかじゃなかった。

 緑の髪に、自信のない顔、だけど内側は凶暴で外側は嘘ばっかりで、そして、自分だって青い瞳の私。


 これは私だった。


 紛れもなく私。


 だから、不幸になるならきっと自分だけで良かった。

 幸せは本の中や、想像の中だけで、別に現実で叶わなくたって良かった。

 背負った罪が重すぎて今更自分が幸せになろうなんて思ってもいなかった。


 君が現れてしまうまでは…。


 ウルメアの部屋の扉にノックの音がした。どうぞと来客を招き入れると、そこには黒髪で赤い瞳で童顔で、青年のような男が立っていた。


「ウルメア様、報告に参りました」


「なにかしら…」


 報告に来ていたのはジャバラだった。彼はこの国に仕える騎士でありながら、大きな他の外部組織とかかわりがある、諜報員であった。そんな彼を傍に置いているのも、彼らの組織が今回の作戦の肝になるハルの隔離を担ってくれるためであった。

 彼は、ウルメアに戦い方の基礎を教えた師でもあるため、追い払うこともしたくなかった。それに、彼はもう立派な赤龍の一員だった。


「明日です、ハル・シアード・レイが四番街の灰竜の館に向かうのは」


「その情報は確かなの?」


「赤龍の者が二人の会話をラウンジで聞いたそうです」


 ハルとカルラの動きは常に赤龍の者たちが監視していた。その赤龍の人たちは使用人や騎士たち格好をしているため、彼らに悟られることもない。生活の中に紛れた耳や目から逃れることは難しい。


「そう、だったら、あなたは、今夜中に白炎たちをこの城に呼んでおいて、マーガレットも彼らといると思うから彼女連れてきて」


 ウルメアが冷めた目で指示を飛ばす。


「かしこまりました。明日、作戦決行ということですね?」


「ええ、そうよ、チャンスはきっとその一回しかないから」


 この国にいる間、ハルを忌まわしき者たちから引き離す機会はこれを逃すともう無かった。

 彼が傍にいたのでは、この計画は、決してうまくいかないだろう。


「報告ありがとう、今日はもうひとりにしてもらっていい?」


「はい、それではおやすみなさい、ウルメア様」


「あなたもゆっくり休んで」


「ありがとうございます」


 ジャバラが部屋から出て行くと、ウルメアは独り再び本を広げて空想の世界に身をゆだねていた。


「ハル、私、あなたなしじゃ、もう生きてる意味なんてないよ…」


 テーブルに突っ伏しながらウルメアは孤独に呟く。


「生きてても辛いだけだよ……あなたなしじゃ…」


 手に入らないのなら、手に入るまで、力を示す。それが今までのウルメアのやり方だった。

 もっと違う方法はあったのだろう。しかし、それももう手遅れの話しだった。


 欲しいものを手に入れるため、ウルメアは代償を払ったのだ。


 消えることのない業を。


 もう誰にも彼女は救えやしないのだ。


 なぜなら。


 シフィアム王国を揺るがす大事件が幕明ける。


 誰もが戦わなくてはならなかった。あらゆる辛い現実と。


 嘆いている時間はない。


 決断しなくては前には進めないのだから。


「ハル、待っててね…」


 彼女もまた決断した者のひとりだった。




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