竜舞う国 暗闇と噂と秘密の手紙
エウスは、〈鍛錬の間〉でハルとガルナの試合を眺めていた。相変わらずまったく参考にならない二人の戦闘は、エウスに何も得るものを与えてくれなかった。
隣にはライキルとビナもおり、二人の試合から何か学ぶものが無いか探っている様子だった。ビナは何かしら学ぶものがあるようだったが、ライキルはエウスと同じく、目で追うのが精一杯のようで、得るものは何もなさそうだった。
『やっぱ、速すぎて見えねぇ…てか、なんか、あいつらみんなの前でのろけてないか?』
エウスが、今度こそは、何かを得ようと次の試合に臨みをかけた時だった。
ガルナがハルにゆっくりと近づき、そして、抱きしめるのを見た。
「え?何してんのあいつら…っておいおい…まさか……」
ガルナがハルの唇を奪う。
その瞬間。
エウスの視界が暗転する。
「ハァ!?」
理解が追い付かず、エウスは叫んだ。
辺りを見渡しても視界が真っ暗で何も見えない。さらには聞こえてはならないような幻聴が聞こえ、全身に痺れが走る。
『なんだ、何が起きてる!?』
次第に身体の末端から感覚が消えていくのを感じる。身体が生きるのを拒絶し始める。それは視界から顕著に表れており、その結果が真っ暗闇の視界だった。
『まずい、天性魔法を切らなきゃ、し………』
事の重大さにエウスは気づく。自分は今、何か見てはいけない感情を読み取ろうとしていることに、この暗闇の奥に何かがいることに、人間じゃない何かがいる…。
「………」
エウスは声も失い、助けを求めることもできなかった。身体が動かないのだ。
暗闇の中、身体全身の感覚がなくなりかける瞬間エウスは心の中で呟いた。
『ハル…』
その瞬間、暗闇の視界に光の亀裂が走り、視界が戻って来る。そこには、さっきまでいた〈鍛錬の間〉にみんながいて、ありきたりな光景が広がっていた。
隣を見ると、ライキルとビナがこちらを危ない人を見るような目で見ていた。
「ひとりで何してるんですか?」
ライキルが、蔑むような目で尋ねてくる。
「エウスもおこちゃまですね…まったくキスくらいで…」
やけに達観しているビナが同じくやれやれといった感じで呆れていた。
「お前ら…」
さっきの視界の暗闇は、エウスが秘密にしている自身の天性魔法の影響であるため、エウス自身にしか理解できないことであるため、二人が先ほどの異常事態に気づいていないのも納得がいった。
「ライキル、お前、もしかして、ハルとガルナがキスして嫉妬してるのか?」
「はぁ?なんですかその質問、別にしてませんけど」
「なんでだ?だって、お前ハルのこと好きだろ?悔しくないのか?」
先ほど目撃した感情があまりにも強く、濃く、そして、深く、大きかった。複雑に絡み合った感情は重みを伴い、相手の感情を見ることのできるエウスは、その情報に圧迫され処理しきれず、身体が拒絶反応を起こし、死を選ぼうとしていた。
それほどまでの感情を生み出しそうなものは、隣にいるライキルを疑ってみたが、そもそも、ライキル程度では不可能だと悟る。
もし彼女が発していたとしても、こうも簡単にさっきまで視界を覆っていた真っ暗闇の感情を消すことは誰でもできることではなかった。かなり感情面で訓練された者が、感情を爆発させそれを抑え込んだと言った方が考える筋は通っていた。
つまり、こちらが変な質問をした程度で、本気で感情をコントロールできなくなっている、隣のライキルには到底できる技巧ではなかった。
それに…。
「だって、私、ハルにもっとあれより、重くて深いキスしてますし、されてますから、別にガルナだけが特別じゃないんですよ。グフフ……」
ライキルが自分を抱きしめて恥ずかしそうに身体を揺らしていた。
この通りライキルはアホだ。
あそこまで痺れる感情をこんな何でもない平常時に解き放てるわけがない。
エウスは完全に自分の世界に入った彼女をほっといて、先ほどの感情の元凶の特定するため思案する。
『そもそも、前にもこんなことあったよな…あの時は俺たちとカルラさんたちで移動してる最中で…そこで俺の魔法を使ったときに残留していたものを見たんだよな……ただ、怪しいとするなら、誰だ…?あの時いた人たちの中だったら、ここには俺たちしかいない…となると俺たちの中に……』
エウスが頭をフル回転させている時だった。
ビナが立ちあがった。
「ん、ビナ、どこ行くんだ?」
「どこって、ウルメア様が来てるから挨拶しなきゃ、失礼罪で処刑されますよ」
「なんだよ、失礼罪って、そんな軽くて重い罪があってたまるか……って、今、なんて……」
エウスが、試合会場の中央を見ると、ハルとガルナが、立派なドレスを着たウルメアと話していた。
「…………」
ビナが、彼女に会いに駆けて行く。
「エウス、何してるんですか?ウルメアさんが来てくれてますよ、行かなくていいんですか?」
我に返ったライキルもそう告げるとビナの後を追っていった。、
エウスだけがひとり、その場に佇んでいた。
「そうなのか…」
***
王女様に恥ずかしいところを見られた。
ガルナの策にまんまとはまり、戦闘中だったことを忘れ、気を許し、接近されたところを骨抜きのキスで崩された。
前のように、自分から男らしくならみんなの前でだって恥ずかしくなかった。しかし、今回は、すっかり甘い欲だけをそそるキスに身をゆだねてしまった結果だったので、いつまで経っても、ガルナの隣に居るだけで、赤面した顔が戻らなかった。
「見てましたよね…」
顔を手で隠しながら、訪れたウルメアに尋ねる。
「うん、見てた、英雄が負けるところ初めてみた」
「別に俺だって負けるときは負けるよ…」
情けない言い訳を吐いていると、ウルメアが覗き込んで、頬に触れて来た。
「ハルって、そんな顔もするんだ」
「ウルメア…」
彼女の目が見開いて血走っていた。本人は気づいていないようだったので、改めてハルは彼女の名前を呼んで、触れていた手を下ろした。
「ウルメア、どうしたの?」
「…あ、ごめん…つい……」
彼女は疲れているのか、全体的に顔色もよくなかった。心配したハルが彼女の顔を覗きこむ。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「ウフフッ、うん、ハルに会えたから元気が出たよ」
「そっか、なら良かったよ」
ハルが優しく笑いかけると、彼女もパッと花開いたような気持のいい笑顔を見せてくれた。
「ハル!ウルメア!」
ライキルとビナも駆け寄って来る。
みんなが彼女の来訪を喜んでいた。相変わらず、ライキル、ビナ、ガルナとウルメアたちの相性は良く、和気あいあいとした空気が広がってハルが入る隙も無くなってしまった。
『本当にあっという間に仲良くなるんだから…』
三人に囲まれてちやほやされているウルメアに目をやると彼女は幸せそうに笑っていた。
「あれ、エウスはどこに…」
「ハル、ウルメアさんが呼んでいますよ、なんでもお手合わせしたいって」
「え?」
ハルが後ろを振り向きみんながいる方を見ると、ウルメアが小さく手を振っていた。
***
ハルが〈鍛錬の間〉の中央で、対戦相手が来るのを待っていると、動きやすい服装に着替えたウルメアがやって来た。
「お待たせしました。それでは、お手合わせしてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ、じゃあ、始めようか!」
「はい、それじゃあ、よろしくお願いします」
ハルとウルメアの試合が始まった。
ウルメアの動きは軽やかだった。拳を打つ際のテンポやステップ、攻撃の組み方も上手で、基本に忠実な攻めと身体裁きが見事だった。
拳の威力もそこらの騎士たちと同じくらい強かった。
「よく、鍛えてるね」
「分かりますか?」
「分かるよ、身体の動かし方が上手だ。それに攻撃のタイミングとかもいい」
「ハルに褒めてもらえるのは嬉しいです」
拳を交えながら、二人は言葉を交わす。
「誰に習ったのこういう基本的なことは、やっぱり、カルラさん?」
「そうですね、基本的にはカルラに、後は他の騎士の方たちにも少しずつ…」
「いい師に巡り合えたね」
「はい、でも、こうして、ハルと打ち合っていると、自分がまだまだだってことが分かってなんだか、悔しい…」
そこで彼女は拳を下ろしたので、ハルも戦闘態勢を解いた。さすがに王女様相手にガルナのように厳しくはしない。
「大丈夫、これからだよ、きっとウルメアならこのままいけば、みんなを守れる強い騎士になれるよ」
「みんなを守る騎士?」
「うん、ほら、ウルメアは王女様だけど、強くなろうって思ったとき、誰かを守るためにって思わなかった?」
「誰かを…」
「うん、例えば、ほら、キラメアとかさ、妹を守るためにとか」
「そうですね…確か始まりはそんな感じだった気がします。私が稽古しているのを見て、キラメアも剣を振り回すようになったんだと思います」
「そっか、じゃあ、二人はお互いのために強くなったって感じかぁ、なんかいいね、そういうの」
「ええ…」
ウルメアが俯き、呆然としていた。
「大丈夫?ちょっと疲れたかな?ここまでにする?」
そう気遣うと彼女が遮るように口を開いた。
「ハルは、どうしてそこまで強くなろうと思ったんですか?」
ウルメアの真剣な瞳がハルを捉えていた。
「………」
強くなろうと思った理由。ハルにとってその答えは単純明快だった。
「それはみんなと一緒にいたかったからかな」
「みんなと…」
「そう、俺の場合は強くならなきゃ、みんなの傍に居られなかったから…」
「それは…その皆さんが強さに対して厳しかったからということですか?」
少し誤解を与えてしまうような発言だったのでハルは話しの軌道を修正した。
「ああ、ううん、違うんだ。強くならなくても別にそのみんなっていうのは俺を受け入れてくれるような人たちだったんだ。ほら、エウスやライキルとかがそうなんだけど、ほら、いかにも優しい二人でしょ?」
ハルが近くで観戦していたエウスとライキルを一瞥する。ライキルが手を振っていた。
「だけどね、一時期、俺はみんなの傍に居るだけで傷つけちゃうような時期があったんだ…自分の力が上手くコントロールできないっていうのかな?とにかく、少し触っただけで道場の壁とか柱とか壊しちゃうような感じだったんだ」
「それは、大変でしたね…」
ウルメアが親身になって聞いてくれるので、話しているハルも嬉しかった。それに、白虎の巣を破壊した者がいうと説得力だけはあった。
「まあ、その時は大変だったよ、自分の中にたくさん力が溢れて来て、それを抑え込むのに必死だったんだ。だけど、みんなと一緒にまた笑って過ごしたかったからひとりですっごい頑張ったんだ。まあ、もう、本当に子供の頃の話だけどね」
「…子供の頃、ハルの周りにはたくさんの人がいたんですもんね…」
「うん、道場に居た頃の人たちは今でも大切に思ってる。ああ、もちろん、ここにいる人たちもみんな俺からしたら大切な人達だけどね」
そこでウルメアは首を傾げた。
「ここにいる人たち?」
「ここにいる周りの人達だよ、俺からしたらみんな守るべき大事な人たちだ。ほら、俺はその神獣退治が控えてるからさ、何様だって思うかもしれないけど、俺ができる範囲で多くの人たちを救ってあげたいんだ。迷惑って思う人もいるかもしれないけど、みんなには理不尽な死の無い日常を送って欲しいからね…」
「………」
そこでウルメアが黙ってしまったので、少し、恥ずかしいセリフを口にしてしまったかと思い、慌てて言葉を繋いだ。
「まあ、あれだね、ウルメアも素敵な騎士になれるといいね」
「私、その…」
「ん、どうかした?」
心配したハルが彼女の顔を覗きこむように見ようとした時だった。
そこでひとりの男が二人の間に割って入って来た。
「すみません、そのハル・シアード・レイ様ですよね?」
「そうだけど、君は?」
ハルは、全身フルプレートの鎧を装備した騎士に話しかけれた。尻尾が垂れていることから彼が竜人であること以外誰か分からなかった。
「…あ、ノゼリアスと申します。その俺と一戦…」
そこで後ろから来た、騎士に勢いよく組み付かれた。
「おい、こら、新人何やってんだ。申し訳ございません。こいつまだ新人でここの勝手が分からなくて」
「あ、ちょっと、ジャバ、やめろ、俺を止めるな」
「すみません、すぐ連れだしますから、申し訳ありませんでした!」
わめきながら抵抗するフルプレートの騎士を、その先輩の騎士がすごい力で引きずって鍛錬の間から出て行った。
「………」
鍛錬の間にしばしの間沈黙が流れた。
ハルとウルメアが啞然としていると、二人の目が合い、自然と笑みが零れた。
「アハハハハハハハハハハ!」
急な出来事に何だったのかと二人で、笑い合っていると、心配したみんなが駆け寄って来て、事情を尋ねていた。
ライキルが、ウルメアを優しく撫でながら怖かったねと慰めていた。そこにガルナやビナも加わり、ハルが気遣う隙も無くなってしまった。
仕方なく、ハルは近くにいたエウスに話しかけた。
「エウス、この後、俺と一緒に殴り合う?」
「…ハル、あのさ……」
エウスが何かを言いかけたと同時に、ビナがハルを呼んだ。
「ハル団長、ウルメア様がお茶をしないかってお誘いがぁ!」
「え、ああ、うん、わかった。えっと、エウス、何か言おうとしてた?」
「あ、いや、別に…それより、俺も殴られるよりはお茶にしたい」
「じゃあ、決まりだね、行こう」
ハルたちはウルメアを連れて、鍛錬の間を後にした。
〈輪廻の間〉を歩いている途中で、ハルはふと思ったことを口にした。
「そう言えば、キラメアはどうしてるのかな?良ければ彼女も誘いたいんだけど…」
「分かりました。では、私から誘ってみますね?」
ウルメアが穏やかな表情を浮かべ答えた。
それから結局、キラメアが午後のお茶会に訪れることは無かった。仕方がないので、ハルたちはウルメアの部屋で茶菓子を楽しんだ。どうやら外せない用事があると、ウルメアが言っていた。
そして、そのウルメアとのお茶会も楽しいおしゃべりと共に終わり、その後はみんなで彼女の部屋で本を読みながらダラダラしていると、夕飯の時間が迫っていたので竜王の間から、食堂へ向かうため移動を始めた。
〈輪廻の間〉をみんなで歩いている途中だった。
ハルが鋭い殺気に気づいたのは。
その殺気を感じ取った方を向くと、そこには輪廻の間にあるちょっとしたラウンジにカルラがおりひとりで座っていた。目が合うと彼は小さく頭を下げていた。
内密な話があるのだろう。その殺気に気づいたのはハルひとりだけだった。
ハルがみんなに先に食堂に行くように伝えた後、カルラの方に歩みを進めた。
カルラのいるテーブル席の向かい側に座った。
「ハルさん、何か飲みますか?」
「いえ、大丈夫です。これから食事なので、あ、カルラさんも一緒にどうですか?」
「ありがとうございます。ですが、私はこれから王座の間で会議があるので」
「そうでしたか、残念です」
彼も来てくれればエウスやビナが喜んだはずなのになぁと思いながらも、彼の表情が真剣な表情に切り替わった。
「ハルさん、お話したかったことは灰竜の館のことについてです」
灰竜の館、シフィアム王国の四番街のどこかにある館。その館からなぜか招待状が届いたハルは真実とやらを求めてこの国にまで来ていた。
真実とは、揺るがない不変の事実。それが何なのか知るときが来たのだ。
「やはり、そのことでしたか」
「はい、ハルさんはいつ、四番街に向かうおつもりですか?その日にちを決めておきたくて、あなたはそう長くここに滞在できるわけでもないでしょうし」
「そうですね、できれば明日にでも行きたいのですが…」
カルラはそこで難しい顔をしていた。
「すみません、実はここ二日ほど私はこの城を空けなくてはいけないことになってしまいました…」
「何かあったんですか?」
「ええ、それがここ数日で、王都に住んでいた有力な多くの貴族たちが行方不明になっていまして、その原因の調査に、私も駆り出されることになってしまってですね…」
「え、大変じゃないですか…何かあったんですか?」
「それがこの王都にある地下の方で何か異変があったようで、噂では怪物が出たとか…」
『地下…怪物……』
ハルもどこかで聞いたことがあるような言葉が並ぶと、そこから連想されて緑色の怪物という言葉が頭に浮かんで来た。
「それって緑の怪物ってやつですか」
「ハルさん、知っているんですか!?」
「いえ、俺も噂で聞いただけで詳しいことは…」
「そうですか、実はこれから王たちと話す会議の話題もその地下に現れた緑の怪物のことについてなんです」
「その緑の怪物が貴族たちをさらったってことですか?」
貴族は時としていい身代金になり、命を狙われることは多かった。大抵、恨みなどがなければ、計画的犯行で誘拐が多いのだが…。
「いえ、それがどうやら、全員殺されている可能性が高いとの情報が入っていまして」
「………」
耳障りな言葉がハルの耳を打つ。
「地下での大量虐殺の可能性が高いのですが、その虐殺をした理由もはっきりしておらず…というより、怪物なんて言われてるくらいですから、理由も何もないのかもしれませんが」
そこでカルラが喋りすぎて時間を気にして、柱の時計を見た。会議の時間が迫っているのだろう。
「とにかく私は地下に潜って調査をしなければならないので、ハルさんには四番街に行くのを二日ほど待ってもらってもいいでしょうか?」
「はい、それで問題ないです。というより、俺がお願いしている立場なので、待ちますよ」
「わかりました。それでは私はこれで失礼させてもらいます。会議が始まってしまうので、ああ、そうそう、調査が終ったらまた話しましょう、それでは」
カルラが、ラウンジから出て行く。
ハルも彼がいなくなった後、急いで食堂に向かった。
***
夕食を終えた後、ハルたちはウルメアと食堂の前で別れた。
「ハル、ちょっといいですか?」
「なにかな?」
そこでウルメアが別れ際にハルに声を掛けていた。
「えっと、これ戻ってひとりで見てもらってもいいですか…?」
手紙を渡された。
「これは?」
「みんなには秘密でお願いします…」
「そっか、わかった。ありがとう、それじゃあ、おやすみ」
「あ、ひとりで今日中に見てください…」
「うん、わかったよ、ひとりのときに見るよ、ありがとね」
「おやすみ、ハル…」
「おやすみ、ウルメア…」
ハルが振り向くと彼女はその場でいつまでもこちらを見送っていた。だから、ハルは一度振り向いて手を振った。すると彼女も手を振り返してくれていた。
それから、みんなで鱗の間のホテルに帰り、寝る前の身支度を進めた。そして、寝る時間になるまでみんなで、共用の休憩所に集まり時間を潰した後、それぞれ、自分の部屋に戻っていった。
ハルの部屋にはもうすっかりライキルとガルナの二人が移り泊っており、ひとりになる時間はなかった。
ただ、そんな二人をハルが寝かしつけた後、ひとりになる時間が訪れた。
ライキルとガルナの間から抜けて、べっとから降りる。
その時のハルはウルメアからもらった手紙のことより、カルラが言っていた大量虐殺のことを思い返していた。
「俺が何をしようがしまいが人は死ぬ…」
神獣の被害ではないところで、おびただしい数の死をハルは思う。そんなことを真夜中に思ってしまうと、自分の無力さを呪いたくなるがその呪いをあの人がそっとはらってくれる。
そう思いたい。
だけど、いつかその死神の鎌が自分の身近な誰かに来るんじゃないかと思うと。
「夜は怖いな…」
全く眠れない身体を引きずってハルはカーテンを開けて月光を浴びた。
そこでハルはしばらく、窓の外のを眺めた後、寝巻の内ポケットからウルメアがひとりだけで見てと言っていた手紙を取り出し、中に目を通した。
『王城内のダンスホールで、今宵の深夜あなたを待つ』
ハルは行くか迷った。それは少しでもみんなから離れたくなかったからだ。それは安全面もそうだったが、夜に二人以外の女性に秘密に会いに行きたくなかった。
しかし、ここは彼女たちのお城。この場の主に呼び出されたのなら行くしかない。
だから、ハルは少し頼らなければならなかった。
「ガルナ、ごめん、起きて…」
優しく声を掛けると、すぐに彼女の耳がハルの声する方に動いた。
「ハル、どうした、なんでベットにいないんだ、一緒に寝ようよ…」
「うん、俺も寝たいんだけど、ちょっと呼び出しがあったから、行かなきゃいけない」
「そっか…」
寝ぼけ眼をこすったガルナが上体を起こした。ものすごく眠そうだった。
ハルはそんな彼女の頬に手を当てた。
「ごめん、ガルナ、俺がいない間、ライキルのこと見ててくれるかな?」
「うん、いいよ」
「そっか、こんなことガルナにしか頼めないんだ…」
「ハルの力になれて私、嬉しい、だって、私いっつもハルとライキルちゃんに迷惑かけてるから、えへへ、嬉しい」
「ありがとう、ガルナ、それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「気を付けてね、いってらっしゃい」
「いってきます、愛してるよ」
「うん、私もだよ、ハル、愛してる!」
ハルがガルナの頬に軽くキスをすると、部屋を出て行き、王城内のダンスホールを目指すのだった。