竜舞う国 傍にいたから
雷雨が去り、雨雲残る昼の空。
街には朝まで降っていた雨の後が残り、地面の水鏡が天高く昇った太陽の光を反射していた。
そして、三番街、竜の停留所のいたるところにある中のひとつの水鏡にハルたちの姿が映る。
雷雨で三番街に取り残されたハルたちは、ホテルで夜を明かし、昼食を食べ終えたあと、こうして、王城に戻るため、竜の停留所に訪れていた。
カルラが、預けていた竜を迎えに行き戻って来るまでの間、少し時間があった。
ハルたちは、停留所の竜が来るのを待つ人のための屋根付きの待機所にいた。待機所と言っても、小さな屋根と木でできた簡易的な背もたれの無い椅子があるだけだったが、何もないよりはましだった。
そこにみんなで行儀よく座っていると、目の前では多くの竜たちが、飛び去っていったり、この場に飛んできたりと、大忙しだった。
「ハル見ろ、あの竜大きいぞ、ここに飛んで来た竜の中で一番大きい」
「本当だね」
みんなが夏の暑さにやられ、うなだれている中、ガルナはひとりだけ目を輝かせながら停留所に飛んで来る竜たちに興奮していた。
ハルはそんな彼女の肩にもたれかかって、はしゃぐ彼女の話に嬉しそうな表情で耳を傾けていた。
「だが、あの程度なら私なら楽勝に倒せそうだ!」
と、得意げにこちらを見てきたので、ハルは頭を上げて「ガルナはすごいな」と彼女の頭をゆっくりと撫でた。
彼女は、猫のように気持ちよさそうに目を閉じ、その心地よさを堪能していた。そして、目を開けるとそこには燃えるような赤い瞳があり、ハルの顔を覗きこんでいた。
一瞬、ハルの呼吸が止まり、隙が生まれる。
そして、胸の高鳴りを沈めると、ハルはニッコリと微笑んだ。その笑顔にガルナもニッっと歯を見せて素敵な笑みを返してくれた。
夏の停留所での出来事であった。
幸せな気分を受け取ったハルは、彼女に何かお返しができないかと思ったが、それは簡単なことだった。
「そうだ、ガルナ、戻ったらさ、ちょっと稽古に付き合ってくれない?」
「え!?本当か、ハル、私と戦ってくれるのか!?」
「うん、最近、身体動かしてなかったから、あ、それで体術なんだけど、どうかな、一緒に付き合ってくれるかな?」
「もちろん、するする!私、ハルと殴り合うよ!!」
竜を見ていた時なんかとは比較にならないほど興奮した彼女がいてくれて嬉しかった。
「ありがとう、じゃあ、よろしくね」
するとそこにちょうど良いタイミングで、竜に乗ったカルラが、ハルたちの前に現れた。
「皆さんお待たせしました。さあ、王城に戻りましょう!」
ハルたちは、竜の背に乗り込み、三番街を後にした。
***
王城に到着し、荷物を鱗の間のホテルの自室に置いて身支度を整えると、さっそくみんなを連れてこの王城の道場といえる〈鍛錬の間〉に移動した。
鍛錬の間は、王城内の〈輪廻の間〉の南側にあった。
ハルたちの泊まる鱗の間から、左回りで輪廻の間を歩くのが一番近かった。
鍛錬の間は、本来、王城ゼツランにいる騎士たちだけが使用できる場所であったが、カルラが使っていいと許可を与えてくれた。
鍛錬の間は、土足禁止で靴を脱いで、中に入ると高い天井に広々とした空間が広がっていた。
室内には、二階もあったが、ここで催し物でもおこなうのだろう、そこはただの観客席で、一階全体を見渡せるようになっているだけだった。
ハルが連れてきたみんなの前に立つ。目の前にはガルナ、ライキル、エウス、ビナ、が整列していた。みんな連れてきたのは当然、血塗られた脅迫文の件があったからだ。誰もなるべく一人にしたくはなかった。ただ、もちろん、この王城内は比較的安全であることをハルは知っていたが、それでもだった。
まさか、王城内に乗り込んでくるほど脅迫文を送った者が愚かではないと思っていた。
「じゃあ、最初に、ガルナと打ち合うからみんなは見ててね」
「はーい、ハル先生!」
ライキルが元気よくそう言うので、ハルは少し照れくさくなってしまった。
「ライキル、そのいいかた…」
「あれ、ハル前に先生でいいよって言ってませんでしたっけ?」
「そうだっけ、まあ、じゃあいいよ」
「えへへ、やったー、ハル先生!」
そこで悪乗りが大好きなエウスもニッコリ笑いながら言った。
「ハル先生、俺たちはどれくらい離れてばいいですか?」
「エウス、ふざけてるでしょ…」
「いえ、どれくらい二人が激しく衝突するかで、安全な領域が変わってくると思うので、至極当然の質問だと思います、ハル先生!」
真面目な振りをしているエウス。
「よし、じゃあ、エウスはひとりで二階へどうぞ」
「すみませんでした、ハルさん、俺も近くで見せてもらいます」
「よろしい、エウスくん、許可しよう」
くだらないやり取りをエウスとしていると、ガルナが来て腕を引っ張って来た。
「ハル、早くやろう」
「わかったよ、それじゃあ、みんな少し離れてて」
みんなが小走りでその場を離れると、ハルとガルナは互いに距離をとって、お互いに構えた。
英雄と戦闘狂の試合が始まろうとしていた。
すると周りで見ていた騎士たちも注目し始める。それはなぜか?二人が構えると辺りの空気が一気に変わったのだ。ピリピリと二人の闘志がぶつかり合う。
「じゃあ、始めるよ、ガルナ」
「おう!!」
「始め!!」
二人が地面を蹴って駆け出した。
***
ガルナの初撃はまっすぐな拳だった。一気に駆け出した彼女だったが、ハルも駆け出してくるとは思わなかったのか、驚いた表情でとっさに突き出した拳といった感じだった。
これはいつもハルが試合を始めるとき、相手が来るのを待っているため、ビックリするのも仕方のないことだと思った。
しかし、ハルはその隙を絶対に見逃さない。
ガルナと戦うとき、彼女があまり見せない隙を見せたのならばすぐに対処すると、彼女と戦うときは決めていた。そうじゃなければ、決着が一瞬でつくか、ずっとハルが彼女の攻撃を防ぐという形で緊張感がなかったからだ。
だから、ハルは隙を見せた彼女を負かしにかかった。
突き出された拳をかわしてから手首を掴み、自分の方に引き寄せガルナの体勢を崩す。さらに足を引っかけ、念入りに彼女を地面へと誘導する。うつ伏せに彼女が倒れたところで、ハルはすぐさま彼女を強引に転がして仰向けにした。
そこからは、ガルナの片腕を掴んで、両足でその腕と彼女の身体を固定し、関節技を決めると、一回戦の決着があっさりとついた。
「やっちまった…」
ガルナも自分がハルの前で隙を見せたことを理解していたようで悔しそうな顔をしていた。
「ごめん、ビックリした?でも、俺からだって仕掛ける時あるよ?」
ハルがいたずらっぽく笑うと、彼女は少し頬を膨らませて、立ち上がった。
「二回戦だ、ハル、私はまだまだ戦える!」
「わかってるよ、じゃあ、すぐ始めようか」
「頼む!」
二人は再び、距離を取って、二回戦目を始める。
「始め」
今度はハルはいつも通り、彼女が仕掛けてくるのを待ってみた。
「オラァ!」
こちらに突っ込んでくるガルナが飛び蹴りを放つ。まず、この飛び蹴りだけで多くの精鋭騎士たちが避けられず、脱落するだろう。
ハルがその飛び蹴りをひらりとかわす。
彼女は飛び蹴りをかわされると、すぐにハルの方に振り向いて次の攻撃の体勢に入る。
「行くぞ、ハル!」
次は、拳による隙のない連続攻撃。そのどれもが、人間の急所の部分を的確に狙って来ていた。
喉、目、顎、耳、こめかみ、みぞおち、そして、間に挟んでくる腹部への強烈な一撃。一切容赦のない攻撃が浴びせられる。が、ハルはどの振るわれた拳も的確に処理し、防ぎ切っていた。
「クッ…」
彼女も負けじと振るう拳を加速させていくが、一動作一動作丁寧に処理されていくことに、焦りを感じているようだった。それは彼女がこの二人だけの戦闘を心の底から楽しんでいるからだろう。少しでも隙をみせれば、ハルが試合を終わらせる決定打を必ず決めてくる。だから、ガルナは少しでも長くこの楽しい時間が続くように、楽しみながらも必死になってハルを打ち負かそうとしていた。
しかし、今日のハルはなかなかに厳しかった。
ハルに余裕が無い証拠だった。
ガルナの強さは十分強い。他の精鋭騎士と比べればトップクラスで、剣聖にだってなれるポテンシャルを持っていた。
だが、どうだろう?あらゆる脅威からハルのように彼女がライキルたちを守れるかと言われると難しいだろう。
『君には重荷を背負わせるかもしれない…だけど強さなら一番信頼してる…』
目の前で奮起奮闘している彼女を少し寂しい表情で、だけど微笑を持って見つめる。
いい汗をかき楽しそうに身体全身を武器にして振り回してくる彼女も笑っていた。
『可愛い…』
彼女の攻撃をいなしながら、ハルはそう思った。
ただ、容赦はしない、もっと強くなって欲しいから、彼女だけでみんなを守れるように…。
ガルナがいくつもの体術を組み合わせた多種多様な攻め方をするも、ハルはそれを必要最低限の身体の動きと防御だけで打ち払う。
そのため、次第に疲れてきた彼女の動きが鈍っていた。
もちろん、それは一瞬だってガルナが攻撃の手を休めないからであり、二回戦が始まってから彼女は激しく動きっぱなしであった。
そして、ついにガルナの体力にも限界がきて、一瞬、攻撃の手を緩めてしまった。
常人からしたら、彼女のその一瞬の緩みは、緩みでもなんでもないのだろうが、ハルを相手にしている以上その緩みは隙と捉えられてしまったようで、ガルナの攻めから一転して、反撃の余地のないハルの猛攻撃に主導権を握らた。
防御に回り、手も足も出なくなったガルナは、ハルの拳が顔面で寸止めされたところで、両手を上げて、二回戦が終わりを告げた。
「今日のハルなんだか意地悪な気がする」
「そんなことないよ?」
「本当?」
「本当だよ、ほら、今日は何度だって相手してあげるから、怒らないで欲しいな」
「わかった」
彼女が不意をついて飛び掛かって来る。三回戦目が始まった。が、しかし、ハルはすぐさまそれを避けて、逆に彼女を地面に組み伏せ無力化した。三回戦目が終る。
「はい、三回戦目、終わり」
「ムゥ…」
彼女が頬を膨らませる。ハルは笑っていた。
「次だ、次!!」
ハルとガルナの試合は続く。
***
王城ゼツランの主要な通路である、巨大な円形状の〈輪廻の間〉では、ジャバラがひとりの騎士を連れて城内を案内していた。
「あそこが鱗の間と呼ばれる場所だ。来客たちのホテルがある。お前にはゆくゆくあそこの警護をなどをしてもらうつもりだ」
ジャバラが、鱗の間に繋がる、通路を指さしながら、その騎士に説明する。
「あそこですね、わかりました。覚えておきまーす」
全身フルプレートに身を包んだ騎士が、ジャバラに適当に返事をする。フルプレートの後ろからは尻尾が垂れているため、彼が竜人族であることが分かる。
「新人くん、あまりふざけないように」
「すみません、もう、自分が担当する場所は分かったんで、休憩してもいいですか?」
「わかった、そうしよう、ただし、その鎧脱ぐんじゃないぞ?」
「分かってますよ、ジャバラ隊長殿」
ジャバラとその新人騎士は、ぶらぶらと〈輪廻の間〉をぐるりと歩いて回ることにした。新人騎士はその間、くまなく、城内の様子を観察していた。
しばらく二人が歩いていると、向こうから使用人と騎士たちに囲まれたひとりの女性が歩いて来ていた。
それはこの国の王女様である、ウルメア・ナーガード・シフィアムだった。
ウルメアが通り過ぎる間、二人は立ち止まって頭を下げていた。
そして、彼女が一瞥すると、何も言わずその場を通りすぎていった。
二人も黙ったまま、その場で頭を下げていた。王族が通路を歩いているときは頭を下げるのが、この城内でのルールのようなものになっていた。
二人が彼女が通り過ぎるのを待っていた時だった。
「今、あのハル・シアード・レイが鍛錬の間で戦っているらしいぞ」
「本当か!?それは見たかったな…」
「残念、俺たちは今から見回りだ」
「くそ、後で他のやつらからどうだったか聞くしかないかぁ、あ、ウルメア様だ、お前頭下げろ」
ジャバラの隣でその二人の騎士たちは頭を下げた。気が付けば、通りすぎていたはずのウルメアが戻って来ていた。そして、彼女はドレスなのに小走りで来た道を引き返していた。どうやら、目指している場所は、鍛錬の間の様で、後ろについていた騎士たちや使用人たちも慌てて彼女の後を追っていた。
「ジャバラ隊長」
そこで新人騎士が、駆けて行った王女様の方を見ながら、ジャバラに声を掛けていた。
「なんだ?」
「鍛錬の間という場所に俺も連れていってもらえませんか?」
「よろしい、私も、英雄の戦いっぷりをこの目で見たかったところだ」
ジャバラと新人騎士は、王女様の後を追う形で鍛錬の間に向かった。
***
鍛錬の間に向かう途中、二人も王女様の後を追う形で小走りで駆けていた。
「そのフルプレート重くないか?」
「これくらい、余裕だ」
当然、ジャバラと行動を共にしていたフルプレートの新人騎士は、ゼノ・ノートリアスだった。
作戦決行日前の下見といった感じで、ジャバラを通して、城内に潜入していた。
彼の紹介もあってすんなりと、正式にゼノは王城内に足を踏み入れることができていた。
「それにしても、ジャバとこうして騎士として城内を歩けるとは思わなかったぜ」
「おい、ジャバラ隊長だろ?」
「いいじゃねえか、誰も聞いてねえよ」
「まあ、それもそうか…」
ジャバラが辺りを見渡しても、近くには誰もいなかった。〈輪廻の間〉の道幅はとても広いためだ、近くを誰かがすれ違うこともあまりない。
「子供の頃から二人の夢だっただろ?ひとつ叶ったじゃねえか」
「フフッ、確かに、子供の頃、二人でお城の騎士になるって言ってたな」
二人が地下暮らしをしていた頃、光が溢れるお城をよく見に地上に上がったものだった。二人にとって子供の頃、騎士は憧れであった。
「ただ、叶ったはいいが、今日限りってところだけどな……」
ゼノが少し下を向いて呟き続ける。
「…なあ、ジャバ、本当にいいのか?」
「何がだ?」
「今度の作戦に参加することだよ、国を裏切ることになるんだぜ?」
ゼノがウルメアにジャバラも参加することが決まったことを告げられた時は衝撃的だった。彼が赤龍に入隊していることも、今日初めて知らされ、言葉が出なかった。
「いいんだ。俺にもいろいろあるしそれに、ウルメア様に忠誠を誓ったからな、気にする必要はないぞ」
「いや、だけどさ…」
いくらお姫様の庇護下にあったとしても今回ゼノたちがやるのはクーデターのようなもので、真っ当な生活を送っていたジャバラのような人間を巻き込むのは気が引けた。
子供の頃は一緒に悪さをしたが、今はもう、二人とも子供ではないのだ。
「ほら、もう、鍛錬の間に着いたぞ」
「え、ああ…」
二人が鍛錬の間に着くと、下駄箱に靴を入れて、試合がやっている建物の中に足を進めた。
しかし、二人が鍛錬の間に入った時、そこには全く理解不能なおかしな光景が広がっていた。
「え!?あれって……」
ジャバラが目を丸くする。
「はあ?」
ゼノも状況の理解が追い付かずに声を漏らした。が、ゼノはそれよりも、目の前にいたウルメアに目がいった。
彼女の拳は震えていた。怒りかはたまた悲しみか、溢れ出しそうな感情を必死に抑えている様に見えた。
彼女は、ハル・シアード・レイという男を略奪するためだけに、クーデターを起こそうとしている狂った王女様だ。
美人の部下たちにもまったくなびかないゼノが虜になるほどの狂気をはらん魅力的な人物だった。ゼノから言わせてみれば、彼女に好意を寄せられているなど贅沢の極みだった。
彼女から愛を一身に受けることのできるハル・シアード・レイという男にゼノは心の底から嫉妬していた。
だから、今のこの状況がゼノには全くもって許せなかった。
「あの野郎…必ず思い知らせてやる……」
鍛錬の間に多くの観客たちが集まる中、その中心で注目を浴びていたハル・シアード・レイだったのだが、彼は、対戦相手の獣人の女性に抱かれ、唇を奪われていた。
会場は一瞬、啞然としていたが、その後大きな歓声に変わっていた。
***
何戦目か交わした後だった。ガルナが得意げな顔で、とっておきを見せてやるからなと笑っていたのは。
その時から彼女の動きには妙な違和感が生じ始めていた。彼女の攻撃は相変わらず激しいのだが、こちらが切り返して反撃の拳を出すと、彼女はかなりぎりぎりで避けるのだ。もちろん、突き出した拳は本気ではない、牽制のようなものなのだが、それでも本当にぎりぎりで避けるため、ハルは何か彼女が新しい技を身につけたんだなと思いわくわくした。
『いいね、ここまでぎりぎりで避けると反撃にも転じやすくなるからね』
かわせるということは相手の動きを把握していることになる。彼女はハルの攻撃の呼吸を読み取りつつあった。
そして、その違和感が顕著に現れたタイミングが訪れた。
『じゃあ、これはどうかな?』
ハルが彼女に拳だけじゃなく、蹴りも加えたコンビネーション技で、さらに複雑に揺さぶりも加えて、攻めてみた。
ところが、彼女はその振るわれた拳も、身体を少し逸らすだけでまたぎりぎりでかわし、蹴りも身体をのけぞらせぎりぎりでかわす。揺さぶりにだって一度だって引っかからなかった。
そして、最後に拳を前に突き出した時だった。彼女は後ろに一歩だけ下がると、ハルの拳は彼女の鼻先ぎりぎりで止まった。ハルが自分の意思で止めたのではない、彼女が位置を調整して届かないぎりぎりのところに移動したのだ。
『あれ、思ったより、ガルナ、凄いことしてるな…』
まるでこちらの攻撃があらかじめ読まれているような感覚があった。
ハルはこの得体の知れない正体を知るために、一度彼女から距離を取った。
「ガルナ、すごいじゃん」
「フフッ、まあな!」
「どうやってそこまで相手の間合いの取り方を極めたの?もしよかったら俺にも教えてくれない、そのみんなに教えたいからさ」
「いいぞ、ただ、みんなじゃ、できない」
ハルはそれがどういうことか考えたが答えは出なかった。
「どうして?」
「これは私がハルと何回も寝たからで来たことだ!!」
とんでもない発現が飛び出した。ガルナは恥ずかしげもなく堂々とみんなの前で語り始めた。
「相手の身体に触れて、手や足の長さを覚える。それだけじゃない、相手の身体の隅々まで調べ尽くすんだ。そうやって何度も相手の身体を見ていると、間合いがだんだんと分かってくるんだ!どうだ凄いだろ?」
最後まで彼女の説明を聞くと、ハルの顔は真っ赤になっていた。
「あ、えっと、その、ガルナ…その方法、他の人には試さないで欲しいなぁ……」
「当たり前だ、これは私がハルを攻略するために考えていたことだ。他の奴などにやってたまるか!」
そこで彼女は少し頬を膨らませた。
「そっか…よかった…」
ハルは胸をなでおろすが、彼女が続ける。
「あと、ハルを絶対に倒す方法も私は思いついているんだ!!」
「え、何、そんなのもあるの!?」
「ああ、私がハルを倒すためだけにずっと考えていた戦法だ。これでハルは必ず倒せる!!」
やけに自信満々の彼女に、ハルはさっきよりもわくわくしていた。そこまで彼女が自信満々に言うのだから相当手の込んだ戦術なのだろう。
「よし、じゃあ、ガルナ、かかって来ていいよ!」
「わかった!」
ガルナがゆっくりと歩き始めた。その歩みは自信に満ち溢れていた。彼女が一歩一歩近づいてくるたびにハルは警戒したが、様子がおかしかった。
彼女はただ歩いて来るだけで、何も特別なことはしていなかった。ただ、楽しそうに笑顔で近づいて来るだけだった。
「あれ、ガルナ…?」
ハルも身構えるをやめて、首をかしげる。どうにも笑顔で相手の気を逸らして、不意をついてくる様子もなく、本当にただ、こっちに向かってゆっくりと歩いてくるだけだった。
そして、傍まで来ると彼女は前に手を広げて来た。まるで、抱きしめてとでもいうように。
「はい、私は、もう、ハルの間合に入ったぞ」
ガルナがハルの身体を抱きしめた。
「あの、ガルナさん、これじゃあ、ただ、ゆっくり歩いて抱きしめただけですよ?」
「そうだが、ハル、これはもう私の間合だぞ?」
抱きしめてくる彼女は可愛らしかったのだが、みんなも見ているし、こういうイチャイチャしたものは後でゆっくりとしたいハルだった。
「えっと、その、こういうのは後でやってあげるから新しい戦術というのを見せて…ほしぃ……!?」
腕を首の後ろに回され、逃げられないように、唇を奪われる。
「………」
しばらく状況が飲み込めないでいたが、我に返り、彼女から離れようと一旦、口を離した。
「待って、ガルナ、ちょっと、待っ………」
が、またしても、問答無用で唇を奪われる。
抵抗したいようなしたくないような、そんな葛藤がハルの中では生まれていた。みんなも見ているため、やめなければいけないが、こうして愛する人ともキスをしていたいという欲に負けつつある自分がおり、その両思いがハルの中で拮抗していた。
『待って、やっぱりだめだ、こんなところで長く続けるのは!?』
しかし、気が付けばハルは完全に快楽に浸り腰を抜かしており、彼女の腕の中に抱かれていた。それでも何とか口が離れたときにハルは彼女に言った。
「待って、ガルナ、降参俺の負けだから…その…今はもう、お願いします…」
ハルが彼女から顔を逸らしながら情けなく負けを認めた。
「やったー!!初めてハルに勝ったぞ!!いやあ、ハルは私のこと相当好きだから、この戦術はいけると思ったんだ」
彼女が嬉しそうにこちらの顔を覗き込んでくるが、ハルは彼女の顔を直視することができなかった。
「わかったから、その、そろそろ、離してくれないかな?」
「さっきから私から離れないのはハルの方だが?」
ガルナの手はもう離れていた。
「あ、そのごめん」
「本当はもっとしたかったんだろ?」
「なんか、今日のガルナ意地悪な気がする…」
そう言うと彼女は笑って言った。「そんなことないよ?」と。