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竜舞う国 地下酒場に白炎

 ゼノはせっかくだからと、自分のチームである白炎の仲間たちも、飲みに誘った。

 地下闘技場バジリスクがあるこの地下の街には、酒場が多くあり、女性が接待してくれる酒場もあり、街中は、いつも危ない雰囲気を漂わせながらも、四六時中賑わっていた。特に、緑の巨人が現れてから闘技場が一時立ち入り禁止というよりかは休業となっているため、人々が街の酒場に流れこんでいつもよりも賑わい、殺気だっていた。

 そんな中、ゼノは、マーガレットと苦労して空いている酒場を見つけると、みんなを連れてくるために、一度マーガレットをその酒場に残して、みんなが泊っている地下のホテルまで戻った。

 赤龍が管理しているそのホテルは、もちろんウルメアが用意してくれたホテルだった。

 そこで、暇そうにしていたメンバーである、【リップ・サリエル】【イルネッタ・マクナイト】【スマ・セラミー】【ゴベドラ・ズスケ】【ギリユ・セメン】みんなを連れ出すと、彼らはウキウキでついて来てくれた。


「ゼノさん、マーガレットさんってどんな人なんですか?」


 黒髪で知的そうな顔つきのギリユが酒場に向かう途中で尋ねてきた。


「ん?ああ、そうだな、普通のどこにでもいる姉ちゃんって感じだな、本当に普通の人だぞ」


 裏社会にいるからといって、みんながみんな、ゼノやウルメアのように欠陥を持っているわけではない。表の常識を持ち合わせている人もいるのだ。


「でも、マーガレットさんって言ったらオートヘルの総帥ですよね?」


 水色の髪をなびかせる小柄な体型のスマという女性が口を挟む。


「そうだ、だから、あれだ失礼が無いようにしてくれよ、一応、今でも俺は彼女に頭が上がらないんだからよ」


「はーい」


 全員がそれぞれ返事をして、マーガレットが待つ酒場まで向かった。


 全員が酒場に到着し、マーガレットが待つテーブル席まで行く。


 するとそこには。


「みなひゃん、ひっく、まってましぃたぁ!」


 ゼノ含め、連れてきた白炎のメンバー全員が、酒場ですでに潰れている女性を目撃した。彼女の手には竜酒が握られていた。


「マーガレットさん、それ、飲んだんですか?」


「ああ、にゃんか、このお酒めっちゃ強くてにゃ、半分ぐらいでこんなになっちゃって、ウフフフ」


 普通の人間ならショットグラス半分でも酔いつぶれてしまうほど強力なお酒であるのに、彼女はすでにボトルの半分をひとりで飲んでいた。ふにゃふにゃになった彼女が倒れそうになるのをゼノが素早く支えた。


「大丈夫ですか」


「ありがとう、だいじょぶ、少し、やすましぃて」


 彼女はそのままゼノの腕の中で眠ってしまった。


「ええと…まあ、お前ら普通に飲もうか、今日は俺が驕るから」


 全員は歓声を上げて、テーブル席に着いた。


 半円型のテーブル席の真ん中に、ゼノとその隣で寝るマーガレットが座る。

 そして、ゼノの左隣にはイルネッタがおり、負けじとべったりとゼノにくっつくが離れろと拒絶されていたが彼女は逆に喜んでいた。そのイルネッタの左隣には、ギリユがおり静かに頼んだ酒を飲んでいた。

 反対に、眠り込むマーガレットの隣には、ピンク色の二つ結びのリップがおり隣にいたスマと、マーガレットが男か?女か?どっちらなのかを真剣に話し合っていた。そして、最後にスマの隣では、巨体で竜人族のゴベドラが辺りに目を光らせながらどっしりとした巨体を構えて、ボトルに直接口をつけて飲んでいた。


「ゼノさん、マーガレットさんってどっちなんですか?」


 リップが眠っている彼女のサラサラの髪の毛を触りながら尋ねる。リップの隣に居たスマも興味津々で耳を傾けていた。


「彼女は女性だよ、見た目はその男っぽいけどな」


「へえ、だってよスマ、残念だったね」


「私、彼女なら女でも行けそうです…」


「まじぃ?」


 リップはそれを聞いて、飲んでいた酒を吹き出しそうになるのを何とかこらえながら、目を丸くしていた。

 確かに普段大人しく男女の関係にも興味なさそうなスマが、そこまで目をギラギラさせているのは珍しいことだった。

 しかし、そうやって、誰かが簡単に一目惚れをして恋に落ちていく様子を見ていると、ゼノはウルメアのことを思い出してしまい、癪にさわった。

 もちろん、表には出さないが、グラスに入った竜酒を一気に傾け、やけ酒で気を紛らわした。


「なるほどね、スマってそっちの気が合ったんだね、だから、男の話しになるといろいろ私と嚙み合わないわけだ」


 そう口にしたのは、ゼノの腕にへばりつきながら酒を楽しむイルネッタだった。

 露出の多い派手で華美な金色の服装は、薄暗い酒場の中でもよりいっそう目立ち、周りの客の注意を引いていた。それだけじゃない、彼女は白炎のメンバーであるため、普段からどんな相手でも殺せるように身体を鍛えていた。そのため、体型はかなりスリムで引き締まっており、だが、出るところはしっかり出ており、豊満な胸やお尻がさらに周りで酒を飲んでいた男たちを虜にしていた。

 しかし、イルネッタの瞳にはゼノしか映っておらず、彼女はゼノの腕に胸を押し当てるようにくっついて誘っていた。


「ねえ、ゼノさんはもしかしてだけどそっちの気はないですよね、たとえばそのジャバラさんとかと…」


「イルネッタ、ここで死にたいのか?」


「え!?あ、はい!ゼノさんが殺してくれるなら、私、ここで死ねます!!」


 ゼノが呆れてイルネッタの顔を見るが、彼女はなぜか目を輝かせていた。


「はぁ…そんなわけないだろ…」


「だって、ゼノさん、こんなに可愛くて健気で美しくていい身体持った女性がいるのに、全然誘いに乗ってくれないんですもん!そりゃ、疑いますよ!」


 イルネッタが上目遣いで覗いて来るが、そこでリップから罵声が飛んで来た。


「てめぇ、みたいな淫乱で異常な性癖持ってるいかれた女にゼノさんが惹かれるわけねぇだろ?」


「あ?リップ、てめぇ、なんてゼノさんの眼中にもねえだろ!私は、ゼノさんと相性抜群なんだよ、最高のパートナーなんだよ、狂うこともできないつまんねえ女は引っ込んでな」


 二人がいがみ合う中、スマがゼノに提案してきた。


「ゼノさん」


「なんだ、スマ」


「その、私がマーガレットさん見ておいてあげましょうか?」


「フフッ、スマ、マーガレットさんのことそんなに気にいったか?」


 彼女は恥ずかしそうに静かに首を縦に振っていた。


「わかった、リップ、彼女と場所を変わってやってくれ」


 そう、ゼノがリップ、とマーガレットの場所を入れ替えようと提案すると、リップは完全に勝ち誇った顔をした。


「みたか、イルネッタ、ゼノさんはこの私をご指名だぞ、思い知れこの負け犬がぁ!」


 ゼノが酒を飲もうとすると、席を変わったリップが腕に抱きついてきて阻止される形になった。判断を誤ったと思ったが、一応気の利く方であるリップはそのことに気が付き、ゼノのグラスを持って飲ませようとしてきた。


「ゼノさん、ごめんなさいね、はい、あーんしてください」


「リップ、自分で飲むから」


「そんなこと言わずに、口開けてくださいよぉ」


 甘ったるい猫撫で声で、リップが耳元で囁く。

 ただ、当然その二人のことを見過ごさない女がいた。


「おい、リップ、それは私の役目だぞ!」


 飲ませようとしていたグラスにイルネッタが掴みかかり、ゼノの目の前で二人の力が均衡する。


 両手に花と言いたかったが、ゼノからすれば両手に狂犬だった。


「二人とも、いい加減にしとけよ…」


 そして、二人はどちらも譲らず、グラスの耐久が限界を迎えて、ゼノの目の前で粉砕される。

 グラスが粉々に砕けちって、酒がゼノの服に盛大に飛び散る。


「ぎゃあああ!ごめんなさい、今すぐ拭きますから!!」


 何かと気の利く女性であるリップは、服の内側から小さなハンカチを取り出して、ゼノの服に着いた酒を拭き取り始めた。

 しかし、そんな気の利くものを持っていなかったイルネッタが暴走する。


「靴舐めるのでどうか許してください!」


 さっそくテーブルの下に潜り込もうとしたイルネッタをゼノは止める。


「いいから、少し落ち着け」


「だって、私、何も持ってないから…」


 それでどうして靴をなめる発想に至るのか理解できなかったが、狂っているのは別に彼女だけじゃなかった。気が付けばリップが舌なめずりをしながら、ハンカチの位置をどんどんゼノの下の方に移していた。


「あぁ、こんなところも、早く拭かなくちゃ…」


 そこでゼノはリップからハンカチを取り上げ、席を立った。


「リップ、このハンカチ借りるぞ、あと二人ともどうでもいいから、静かに飲んでてくれ。俺はトイレに行ってくる」


「え、ああ、そんな…」


 がっかりしている二人を後にテーブル席を離れる時に、ゼノは、行儀よく飲んでいたギリユに新しい酒を頼んでおいてくれと告げておくと、彼は言った。


「分かりました。ですが、ゼノさん、気を付けてくださいね」


「あ、何がだ?」


「目をぎらつかせた者たちが、先ほどからこちらを羨ましそうに見ていましたのでね、それに彼らはあなたを知らない」


 ゼノはきょとんとした顔をした後、よく分からなかったが、とにかく行ってくると彼に告げて、酒場のトイレに向かった。


 ギリユが、バーテンダーに声をかけタオルをもらいトイレに向かうゼノを見ていると、その後ろから複数の男たちがゼノの後について行くのが見えた。


「いやぁ、勘違いは怖いですね。ゼノさんは貴族じゃないのに」


 ギリユは近くを通った酒場の店員に、新しいゼノの分の酒と自分の分の酒まで頼んだ。


 そして、さっきからこちらの席をちょくちょく見て来ていた。強面の男たちのグループが近づいて来るのがギリユの視界に入ると彼は笑った。


「美味しい酒が飲めそうですね」



 ***



 トイレの鏡の前で、ゼノが酒で濡れた服を脱ぎ、上半身裸で、一生懸命タオルで拭きとっていた。

 着やせするゼノの服の下の肉体は、立派なぶ厚い筋肉がついており、腕の筋肉もまるで鋼のように固く、さらには竜人族特有の鱗があり、その腕は鎧のように頑丈そうに見えた。

 さらにゼノの鱗は血を吸ったように赤く、そして艶があり輝いて美しかった。人をいたぶるために鍛えあげた肉体。その身体を作った目的は、邪悪でも外見だけ見ればそれは惚れ惚れするものであった。


「まあ、こんなところか、匂いは取れそうにねぇし、新しいのでも買うか?」


 服の匂いを嗅ぎ、酒臭さに顔を歪める。しかし、仕方なくその服に袖を通し、トイレから出ようとした。


 その時だった。


 扉を開けると、そこには強面でガタイのいい人族の男たちが待ち構えていた。


「すみません、そこ通りたいんですがぁ?」


「兄ちゃん、ちょっとツラ貸せや」


 低い声で彼らのリーダーのような男がそう言うと、いきなり、ゼノの顔面目掛けて殴りかかって来た。


 ゼノはひらりと身軽にトイレの方に後退した。


 すると次から次へと彼の後ろから乱暴そうな強面の男たちが入って来た。


「兄ちゃん、いい服着てんな、どこのお坊ちゃんだ?」


 ゼノはそこでなんとなく状況を把握した。こいつらはたかりだと。


「あんたらたかりか?」


「兄ちゃん少しはこの地下に詳しいみたいだな」


 この地下でのたかりといえば、貴族や商人などを狙った強盗のことであった。つまり何も知らないで、この地下街で金銭や女を連れているとこういう出来事に出くわす。


「あんたらは、ここのことあんまり知らないみたいだな?もしかして、ここらで商売するのは初めての方たちかなぁ?」


 ゼノがにやりと相手をおちょくるような笑みを浮かべる。この状況が愉快でたまらなかった。


「てめぇ、俺たちをなめてるのか?」


 その時、男の手からメラメラと燃え盛る高温の炎の球が出現した。人を簡単に焼き殺せるほどの勢いのその炎にゼノは目を細めた。


「おいおい、本当にあんたたちここらへんで商いするの初めてなのか?」


 今度は真面目に聞いてみた。そうだったら、今、目の前にいる人たちは可愛そうな人たちのなのだ。

 この地下は無法地帯である代わりに、暗黙のルールがひとつだけ存在した。それは、特権者以外の全ての人の地下での殺人行為の禁止であった。これは、単純に地下闘技場バジリスクを盛り上げるためと、貴族や商人たちの足を運びやすくするのが目的だったのだが、誰もが殺されたくないのは当たり前であった。そして、もし、特権者でもないものが殺人を犯せば、即座にその人物への特定が広まり、地下への出禁や最悪刺客が送られ報復を受けるのが落ちであった。


「だからなんだ、こんなこと誰もがそこらへんでやっていることだ。悪いが兄ちゃんはここで灰になって、金とあの女たちはもらっていくぞ」


「そうかい、たく、ここは喧嘩両成敗だからめんどくさい」


 吹っ掛けられた方も相手を殺せば同じ運命が待っていた。ただ、もちろん、吹っ掛けた方よりはるかに処罰は軽い、せいぜい数か月出禁などで済んでしまう。しかし、殺さないに越したことはない。


『あいつら、俺が言ったこと守ってるよな…』


 感情に流されやすい、イルネッタとリップの顔が浮かぶ。もしこの暴漢たちの他の仲間が、彼女二人に手を出しているとしたら、誰かしら死んでいたもおかしくなかった。


「死ねや!」


 男が手のひらにあった炎の球を握りつぶし、炎を纏った拳をつくると殴りかかってきた。


 ゼノは片手でその拳を受け止めた。


「やるな兄ちゃん、だが、熱くはないか?」


 受け止めた男の拳は燃え続けていた。


「熱くねぇよ、こんなのヴァレリーの炎に比べたら生ぬるいってもんじゃねぇ」


 ヴァレリーの天性魔法で悪戯されたときの記憶が蘇る。そんなくだらない日々の炎より、今拳を焼いていた炎の火力は弱いのだ。


「お前、覚悟しろよ?」


 受け止めた男の拳を自分の方に引く。あまりに素早く力ずよく引かれたので、強制的に前につまずき、男の身体はバランスを崩してゼノの方に引き寄せられた。

 すると目にもとまらぬ速さで、男の腹部に数発の拳がねじ込まれた。続けてゼノは男の拳を離さないまま彼の顔面を数発空いている片手で殴りつけた。


 男も抵抗しようともう片方の手で拳を作るが、気が付けばその片方の腕からは大量の血が流れ、激痛で腕が上がらなかった。

 男がゼノを見ると、彼の空いている手の平からは、赤い火花のようなものが飛び散っていた。


 そして、ゼノは男の血だらけになった腕を掴み、彼を盾にするように拘束した。


「がああああああああああああああああ!!!」


 男は血だらけでズタズタになった腕をゼノに掴まれ悲鳴を上げる。


 男の仲間がとっさに助けに入ろうとするが、ゼノが拘束しているリーダーの男の腕の傷に爪を食い込ませると、彼は再び絶叫した。


「お前ら、それ以上近づくな、近づけばこいつの腕を切断して、白魔法で治癒してやるぞ?」


「うああああ、やめてくれ…」


 さっきまでの勢いがなくなって泣き叫ぶリーダーの男に、ゼノは耳元で囁いた。


「大丈夫、大丈夫だ、ここでは人を殺せないから、お前が死ぬことはない」


「ほ、本当か?」


「ああ、お前らは何も知らないでここに来た、だから、チャンスをやる。ここで仲間たちと引いてくれたら、許してやるよ」


 リーダーの男は何度も首を縦に振った後、仲間たちに告げた。


「お前ら、外に出ろ、下がれ、下がれ」


「そう、いい子だ」


 困惑した男たちはリーダーの指示を受けてトイレの外に出て行った。



 ***



 ゼノがリーダーの男を拘束したまま、酒場のホールに戻る。周りで酒を楽しんでいた他の客たちの視線は一気にゼノの方に集中する。


 そして、ゼノが自分のテーブル席まで戻ろうとすると、そこにはすでに複数人の強面の男たちが立っており、ギリユと何かを話し合っていた。

 ギリユは話している相手から首に剣を向けられていた。しかし、彼は落ち着き切った表情で会話の途中に酒を飲む余裕まで持ち合わせていた。


「あなたたち、ここのこと何も知りませんね?」


「いいから、あんたはそこをどいてくれないか?女の前だからって格好つけると痛い目みるぜ?」


「これは何も知らない愚かなあなたたちに忠告なんですが、この地下に女性を連れている者たちがどういう人間か知っていますか?」


「いいからどけよ」


 男がギリユの首に剣をさらに近づける。


「ここをよく知る者なら、そんな人たちに、まず絶対喧嘩を売りませんし、そもそも近づきもしませんよ、正直、私だったら目も合わせませんし、視界にもいれません、なぜなら…」


「おい、ギリユ、ちょっと待て」


 そこでゼノが声を掛けた。


「あ、ゼノさん、ご無事なようで」


 にこやかに笑うギリユ、何から何まで彼はこうなることを分かっていたようだった。


「あぁ、なんだてめえ、ってボス!?なんでその男と、あ、お前、よくも!!」


「待て!やめろ、お前たち、ここは下がれ…」


「ですが…」


 剣で飛びかかろうとした男が、拘束されていたリーダーの男に止められる。彼はこの集団のボスであるようで、ゼノはこの集団のあまりのつまらなさにあくびが出た。こんな連中いたぶるまでもなかった。


「おまえ、やっぱり、こいつらのボスなのか?こんな弱さでよくこんなに人をまとめられたな」


「ふん、言ってろ、お前、さんざん、私にこのようなことをしてるが後で後悔するなよ、私の上にはバ…」


 そこでゼノは掴んでいた男のもう片方の正常な腕を一瞬で血だらけにした。


「がああああああああああああああああ」


「おい、叫ぶんじゃなくて、この不快な奴らにさっさと帰る様に命令しろ、興ざめだ」


 ゼノの腕の周りには赤い火花が散っていた。


「わかった、わかったから、もうやめてくれ……」


 ボスが部下たちに撤退するように命じると彼らは素直に外に出て行った。本当にこの男がボスで心底がっかりした。こういった格下で、それでいて部下の前で率先して手を汚すような人間性の奴をいたぶっても全然面白くなかった。


 暴漢たちが全員店から出て行くと、最後にゼノは拘束していたボスを背中から蹴り飛ばして、外に放り出した。


「二度とこの街に来るな、次この街で顔見たら両腕切り落とすからな」


 殺さなければよい、この街は残酷であった。


 男たちが急いで逃げ帰って行くのを最後まで見送るとゼノはみんながいるテーブル席に戻った。


 テーブル席に戻ると、イルネッタがあざとらしく怖かったと抱きついて来た。

 そんな彼女に邪魔されながらもゼノがグラスを手に持つと、リップが新しい酒を注いでくれた。

 彼女に礼を言って、一気にグラスを傾けると、喉を潤した。


「それにしても、ゴべはよく手をださなかったな、ああいう連中嫌いだろ?」


 ゴベドラに声を掛けると彼は静かにゼノの方を見た。


「大事な作戦の前に、あのような奴らで、俺の斧を汚したくなかった」


「そうか、いい心がけだな」


「ただ、ゼノさんの手を煩わせるぐらいなら、俺があいつらを拳で半殺しにすればよかったと思いました」


 ゴベドラは大きな手で竜酒のボトルを傾け自分のグラスに注いでいた。


「いいんだよ、あれぐらい、当日はお前らにも頑張ってもらうからな…」


「感謝します」


 ゴベドラは深く頭を下げていた。


「私も作戦当日は頑張りますから、今のうちに褒めてもらってもいいですか?なんだったら、気合を入れるために私に一発ビンタしてもらってもいいですか?」


「あきれた、あんた、本当に異常な性癖もってんな」


 リップが軽蔑していると、ゼノがイルネッタの頬に優しく触れた。そして、彼女を赤い双眸で見つめた。


「イル、当日は頼んだぞ、ちゃんとターゲットを殺すんだぞ?」


「え、あ、あ、はい……」


「いい子だ」


 優しく微笑む。イルネッタはすっかりとろけた顔でゼノに夢中になっていた。

 リップが激昂するが、同じようにゼノは彼女にも恋の魔法を掛けていた。


「リップお前にも期待してる」と優しく頬を撫でていた。


 すっかり、メロメロになっている三人の横で、マーガレットが目を覚ました。


「あれ、ここはどこだ…私は何を?」


 寝ぼけまなこでマーガレットが辺りを見渡していると、傍には水色の髪を肩まで伸ばした少女が目を輝かせていた。


「お嬢さん、可愛いね、ちょっと聞いてもいいかい、ここはどこだい?」


「あ、あの私、スマ・セラミーって言います」


「そうか、スマちゃんか、私はマーガレットだ。よろしくな」


「よ、よろしくお願いします」


 微笑ましい会話をしているところでゼノは、目覚めた彼女に声を掛けた。


「マーガレットさん」


「あ、ゼノ、ってすごいモテモテだな、どうしたんだお前」


「それより、紹介しますよ、こいつらが俺の仲間の白炎のメンバーです」


 ゼノは、そこでようやくマーガレットに彼らを紹介することができるのだった。



 *** *** ***



 シフィアム王国に役者は集った。後は、みんなが作戦決行日までに各々準備を進めて、その日が来るのを待つだけだった。


 彼らは、その間も絆を深め合い、協力し、目的達成にむかって一丸となるのだろう。


 望んだ未来を手にするために、強大な闇たちの魔の手が忍び寄る。


 しかし、忘れてはいけない。


 闇とは深まり続けるだけではなく、照らされる存在でもあるということを…。

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