表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/781

竜舞う国 再会と策謀について

 〈地下闘技場バジリスク〉、ルール無しの違法闘技場。

 刺激を求めた、人々は全員ここで戦士たちの死を見て、自分の生を実感する。自分では決して体験したくない、戦って死ぬという行為を、外から眺めて娯楽として消費する場所。


 地下はいつでも夜であるため、大きな炎が灯る、この明るい闘技場に、そのような蛾のような連中が群がることは必然だった。


 だから、自ら炎に近づきすぎてその身を焼かれても仕方がない。ここは地下の奥深く偶然来るなど絶対にありえない場所だ。


 そんな地下では、今が何時か?地上では日が昇っているのか?それともこの地下と同じ夜なのか?全然、分からなかった。

 しかし、地上で雨が降っていることだけは分かった。地下の壁のいたるところに開いている穴から、水が流れだすため、今も、大量の雨水が濾過され、この地下に流れ続けていた。地下の人々はその水を飲んで暮らしている。

 もちろん、刺激を求めてきた奴らにそんな生活の知恵は必要ない、なぜなら、奴らはみんな金を持っているからだ。喉が渇けば、闘技場の外で売っている酒を飲むのだ。


 ただ、もちろん、現在の闘技場にそんな金を持った人間たちはいない。どちらかというと、今は死人の方が多いのが現状の地下闘技場の姿だった。



 現在の闘技場に入って、最初に目に映るのは、おびただしい数の人間の死体と血の海。さらには熱がこもっているのか、腐敗が進行した屍たちからの死臭で辺りの匂いは最悪だ。


 そして、まだ綺麗な形を残している死体も多いことから、おそらくそう時間が経っておらず、昨晩といったところであろう。

 緑の巨人によって引き起こされた惨劇。それがあったこの闘技場の観客席では、今でも死体あさりで忙しそうにしている者たちが大勢いた。


 そんな観客席のある一席に、肩まで伸びた赤い外跳ねの髪で、赤目の男が、ひとりで座っていた。

 その男は生理的に危ない雰囲気を他者に与えるような顔つきをしていたが、人によっては魅力的に見える顔つきなのだろう。座っている間に、死体あさりをしている女のグループたちがその男に話しかけてきたが、その男は不機嫌な表情を作ってひとこと失せろと呟くと女たちは彼に暴言を吐いて去っていった。


 その男の名はゼノ・ノートリアス。ゼノはとある人物と待ち合わせの最中であった。


「くせぇ…」


 鼻が曲がりそうな悪臭の中、地下の人間には似合わない華美な服装で、ひときわ目立つ位置から辺りを見下ろしていた。


「臭い?それはこっちのセリフなんだが…」


 気が付くとゼノの後ろには誰かがいた。急いで振り向くと、そこには暗い赤い髪を後ろにまとめた、金色の瞳の、男か女か分かりずらい中性的な顔つきの人族が立っていた。彼か彼女か、その人はすらっとした背丈で、夏にも関わらず、長袖長ズボンで、赤いコートを羽織っていた。


「マーガレットさん、お久しぶりです」


「ああ、ゼノ、久しぶりだな」


【マーガレット】ととは、四大犯罪組織のひとつ〈オートヘル〉の総帥が名乗れる襲名された特別な名前だった。


「元気にしてたか?」


「おかげさまで、ずっとヴァレリーさんに引っ張られてましたけど」


「私たちのために動いてくれていたそうだな、礼を言うよ」


「いえ、俺は、ただ、自分の欲を満たしていただけです」


「それでもだ、白炎(びゃくえん)が動いてくれていたおかげで、この数年間ずっと例の組織に狙われることなく、安定して運営できた」


「そう言ってもらえると嬉しいんですが、効果があったかどうかは疑問が残りませんか?」


 ゼノは、ヴァレリーが取り仕切っていた白炎で可能な限りの悪逆非道を、闇に潜む悪い奴ら中心に行ってきたが、それがドミナスという組織の目を引けたかは実感がなかった。


「何を言うんだ。お前たちに助けられた我が子供たちが先週本部を尋ねて来たぞ」


「ああ、たしか彼ら、ヴァレリーさんのお弟子さんたちでしたっけ?」


 ゼノの頭の中に、レイド王国のパースの街で出会った、若い男女のグループを思い出す。


「そうだ、ヴァレリーが彼らの育ての親みたいなもんだ。全く、本当に立派な人だよ彼は。あとそれに、あの組織相手によく戦ったよ。一度は礼を言いたかったんだが、もう、会えないとはな…」


 寂しそうに俯く彼女に、ゼノは気をきかせた。


「ヴァレリーの旦那はあなたにも感謝していたみたいですよ」


「先代にじゃなくてか?」


「ええ、今のマーガレットは、オートヘルを正しく受け継いだって、あの子になら任せられるって」


「そうか、彼の死で落ち込んでいたが、嬉しい知らせを聞けた。ありがとう、ゼノ」


「いいんすよ、こんくらい」


 ゼノが椅子から立ち上がり、改めてマーガレットを見回した。

 マーガレットの美形の顔は女が寄ってたかってきそうなほど美しかった。つまりはその美は中性的だが、男性よりの見た目が強いということだった。

 ゼノは彼女に対して屈辱を味合わせたいという欲求は湧いてこなかった。それは、ゼノが古くから彼女を知っており、なおかつ彼女は、健気で真面目で決して驕らないからだ。いつだって親身になって組織の人間と関わる、慈愛そのものような人だった。

 ただ、見た目がもっと女性よりだったら何かしらゼノをくすぐるものが少しは騒いだかもしれないが、中性的で男性よりの見た目の彼女は、ゼノからしてもどう捉えていいか分からなかった。

 いや、ゼノだって誰も彼もを敵に回すような男ではないのだ。


「マーガレットさんって女性ですよね?」


 失礼な質問をしたがここ数年で性別を変えた可能性もあったと考えることもできたのだが…。


「当たり前のことを聞くな、それより、そろそろ本題に移れ、あの王女様は今度は何を始める気なんだ」


「はい、そのことなんですがね…」


 ゼノは、ウルメアの計画の全てを話した。彼女がハル・シアード・レイを恋心的な意味で狙っていること、そのために、彼の周りの人間を皆殺しにして、孤立させ独り占めすること。

 一見この作戦がとても意味が無く愚かな様に見えるが、ゼノの前にマーガレットがいることでこの作戦の成功の現実味が帯びて来ていた。


 彼女の天性魔法は、心が崩壊した人間を操作するというもので、端的に言うと【精神操作】とでも呼べばいいのだろうか。生物の心が限界を迎え壊れた時、その対象の人物を、廃人、奴隷、暴走、自殺、何でも好きな様に操ることができた。

 ただ、一点を除いて彼女にも操れない者たちが存在するのだが、今回のハル・シアード・レイについては問題なさそうであった。


 つまりそういうことであり、作戦の流れはこうだ。


 ゼノたちが、ハルの連れの仲間たちを殺害、その後、それを見て絶望したハルをマーガレットの天性魔法で奴隷にし、彼をウルメアに引き渡す。これにてみんな幸せハッピーエンドであった。


 もちろん、こんなことをすればレイド王国や他の大国が黙っていないが、敵対してきた国には精神操作で奴隷にしたハル・シアード・レイをぶつければいいだけだった。

 そのため、シフィアム王国が一気に他の追随を許さない軍事力も手にしてしまうといった感じで、ウルメア周りの人間たちの恩恵がとんでもなく大きかった。


 それだけじゃない、この作戦が上手くいけば、オートヘルも大きな恩恵があった。ハル・シアード・レイがオートヘルの傘下に入ると行っても過言ではないのだ。もちろん、ウルメアと話し合う必要はあるが、彼女はマーガレットと仲がよく、きっとその話はスムーズに進んでしまうだろう。


 まさに悪魔のような計画で、後はハルと仲間たちを引き離すことさえできれば、何も問題はないといった感じであった。


「ウルメアちゃん、なかなか面白いこと考えるね……」


 マーガレットは金色の瞳を輝かせて、にやりと笑った。


「うん、いいね、協力するよ、ていうか、生きる伝説を奴隷にできれば、これオートヘルがこの大陸を乗っ取れそうな勢いがつくな…」


「そうですね…」


 マーガレットが喜ぶ反面、ゼノは複雑な感情が渦巻いていた。使者から聞いたこの作戦の内容で、どうしようもなく、ハル・シアード・レイのことを殺せなくなってしまっていた。

 もし、殺せば、ウルメアだけじゃなく、マーガレットまで敵に回すことになり、そうなったら生き残ることは不可能に近かった。


「それで私は何をすればいいのかな?」


「マーガレットさんには作戦当日までに………」


 ゼノは当日の彼女の役割を告げた。

 すると彼女はつまらなそうにひとこと言った。


「そんなことだけでいいの?私の力は必要ないのかい?こう見えても、私、腕っぷしもウルメアちゃんに負けないくらい強いんだけど」


 自信満々にマーガレットが胸を張るが、ゼノは少し困った様子で答えた。


「マーガレットさん、ウルメア様の本気見たのいつですか?」


「ウルメアちゃんの本気?うーん、そういえば、五、六年前とかかな?」


「そうですか、なら言っておきますが、今の彼女、こういうのもなんですけど、怪物ですよ」


「そうなのか?まあ、確かにウルメアちゃんと会っても、私たちお茶してるだけだったからな」


 イメージが湧いていないマーガレットに、ゼノはいい場所に自分たちがいることに気が付く。


「そうですね、今、ここに大量の死体の山がありますけど」


「ああ、そうそう、それ気になってたんだ。なんで、ここ、こんなことになってんの?私、久しぶりに地下闘技場で試合が見るの楽しみにしてたんだけど…」


 残念そうに彼女は近くにあった死体を足でどける。


「この死体の山を作ったのウルメア様ですよ、それも、三分もかからずにです」


「へえ、そりゃ凄い………って、え、それ本当なの?冗談とかじゃなく?」


 無理もない、彼女が緑の巨人になって観客たちを蹂躙しましたと言ってもこの調子じゃ信じてもらえなさそうだった。


「今の彼女なら、イゼキアの剣聖もたぶん殺せますよ」


「ウルメアちゃん、そんなことになってたんだ…てっきり、精鋭騎士ぐらいの実力で止まってると思ってたのに、先越されちゃったなこりゃ」


「まあ、マーガレットさんはどちらかというと、情報収集の方が得意ですから、別に優劣をつける必要はないと思いますよ?」


 マーガレットはそこで女性らしい笑みを見せた。


「あの生意気だったゼノがまさか気遣ってくれるとは大人になったな」


「それはこっちのセリフなんですが…」


「アハハハハ、そうだな、それより、久しぶりにあったし、飲みに行こうよ、久しぶりにゼノのいろんな話が聞きたいな」


「俺の話し、血なまぐさいですよ?」


「私、オートヘルの総帥なんだけど?」


「確かにそりゃそうですね」


 ゼノとマーガレットは、おびただしい死が集った地下闘技場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ