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竜舞う国 姉妹喧嘩

 ジャバラの訪問が終り、ウルメアは妹のキラメアがいる最上階まで螺旋階段を上っていた。


『上手くいったな、まあ、ゼノを出せば彼が下ることは分かってたんだけどね、人との絆は大事だからね』


 ウルメアは気が付いていなかった。もう、すっかり自分が壊れてしまっていることに、外から見た時彼女の内心が狂っていることに、彼女自身が気づくには遅すぎていた。誰の声も彼女には届かない。唯一鮮明に届く可能性があるとすればそれは…。


 ウルメアがキラメアの自室がある最上階のフロアまで来ると彼女の部屋の扉にノックした。


「キラちゃん、入っていいかな?」


 返事はない。そこでウルメアがドアノブをひねると鍵が掛かっていたので、合いカギを取り出してから、ゆっくりと開けた。


 彼女の部屋の中は荒れに荒れ、壁と床にはところどころ大きな穴が開いていた。リビングまで足を進めると、そこにはさらに悲惨な光景が広がっていた。足の踏み場が無いほど辺りには粉砕された家具や調度品の数々が転がっていた。そこは部屋というよりかは、高級なゴミ捨て場のようだった。

 ウルメアが彼女の広々とした部屋の惨状を見渡していると、壊れたベットの上でうなだれて座っている可愛い、可愛い妹がいた。


「キラちゃん…」


 彼女のもとまで歩み寄ろうとすると、キラメアは大声で怒鳴り拒絶した。


「こないでよ!!」


 ウルメアは少し寂しそうに笑いながらその場で足を止めた。


「何しに来たの…」


「えっと、キラちゃんの様子を見に…」


「どの口が言えるのよ!そんなセリフ!!」


 ベットの上で敵意をむき出しにしている妹に、ウルメアはなだめるような微笑しか、浮かべられなかった。つまり、この状況をどうすればいいか戸惑っていた。


「そうだね、ごめんね……ッ!?」


 しかし、そこでウルメアがキラメアの拳の傷に気が付くと、彼女の拒絶を無視しても駆けつけるしかなかった。


「キラちゃん、その拳!?」


「近寄らないで、この人殺し!!!」


「うん、確かに私は人殺しだ、それでも、あなたは絶対に殺さない、手見せて」


 ウルメアがキラメアのいるベットに乗り込む。


「来るな化け物、お前なんか、ウル姉じゃない消えろ!!!」


 暴れるキラメアを、ウルメアの背中から伸びてきた鱗の触手が優しく抑え込む。


「そうか、家具を壊した時ね、間に合うかしら…」


 ウルメアの触手がキラメアの四肢を固定すると彼女は動けなくなった。キラメアは必死にその触手をほどこうと抵抗するが、まるでびくともしなかった。


「放せ!!この化け物、私のウル姉を返せ、クソがああああああ!!!」


 ウルメアは構わず、ズタズタになっていたキラメアの手を触手で前に出させてその手を自分の手で優しく包み込んで、白魔法を掛けた。優しい白い光が強く発光する。


「やめろ、私に触るな!!!」


『ダメだ、損傷が激しいし、それに時間が経ちすぎて傷を追うのが難しくなってる…』


 ウルメアは祈る様にキラメアの手に光を集中させた。全身にありったけのマナを回し、発動している白魔法に意識を集中する。


『これじゃあ、キラちゃんの手が一生動かなくなっちゃう……』


 焦っていた。よくよくキラメアの表情を見て見れば、今にも倒れそうな辛い顔をしていた。ベットのシーツにも大量の彼女の血がしみ込んでいた。

 ウルメアの全身から異常な量の汗が一気に溢れる。それと同時に白い光が輝きを増し、さらには膨れ上がる。

 キラメアも目の前に光景に驚きを隠せないでいた。

「これ白魔法でしょ、なんで、ウル姉が使えるの…?」

 キラメアが疑問を口にするが、ウルメアは黙って傷の治療に集中していた。


『治すのは得意じゃないから、私のマナで補う…あとは体力勝負、数分持たせるだけでいい』


 ウルメアが大量にマナを消費するため、周りのマナの流れが彼女めがけて加速する。


 ついにはウルメアの身体にひびが入り、貴重な王族の血が流れ始めた。


「ウル姉やめて、死んじゃうよ」


「あと少しで…キラちゃんの手が動くようになるよ……」


 ウルメアは最後の仕上げに入った。

 さらに身体の中のマナの回転を上げて、発動している白魔法の威力を底上げした。


『よし、見えた』


 膨らんでいた光がはじけ飛ぶ。部屋中が白い輝きに飲み込まれた。


 眩しさが止み、キラメアが目を開けると、目の前には全身血だらけのウルメアがいた。


「ウル姉!!」


 さっきまで全く動かなくなっていた手の指が自由に動いて、大好きな姉を抱きしめることができた。


「もう、大丈夫だよ、キラちゃん、指動くでしょ?」


「それより、ウル姉、血がたくさん…」


 ウルメアの全身からは血が滴っていた。全身に高濃度のマナを取り込み、それを高速で回転させたのだ。

 その痛みは、身体全身を内側からノコギリで刻まれ続けるような激痛であった。やろうと思ってもまず一回転するまもなく、痛みに耐えられなくて意識が飛ぶ。そもそも、高濃度のマナを取り込むこと自体が体内に刃を入れるようなものなのだ。常人には決してできることじゃない。痛みを遠ざける技術が必要だった。例えば思考を痛み以外の別のことに集中させるなど。ただ、だからといって、誰もが意識が飛びそうなほどの痛みに耐えられるわけではないのだが。


「ごめん、キラちゃん、でも、手の傷は治せなかったの…せっかくの綺麗な手だったのに」


 ウルメアは、悲しそうにキラメアの傷跡が残った手をさすっていた。


「ねえ、ウル姉、本当にやるの?」


「何を?」


「あの地下の闘技場で話してくれた、ハルたちのこと…」


「うん、まだ日程は決まってないけど、だいぶ協力者を集めたから、ハルたちが帰る前にはね」


 ウルメアがキラメアの水色の綺麗な髪を撫でる。


「もう、うちの言葉じゃ、ウル姉のことは止められないの…?」


 悲しい顔で訴えかけて来る妹にウルメアは優しくなだめる。


「この話キラちゃんにも悪くない話だと思うんだけどなぁ…だって、私とハルが結婚した後、キラちゃんもハルと結婚していいんだよ?私は許すよ、あとあれだ。ハルもキラちゃんのこと好きだと思うよ、ただ、彼を縛ってるものがあるからその縛りを私がほどいてあげようって話しなだけ」


「ウル姉、目を覚ましてよ、そんな方法じゃ、誰も幸せにならないよ…」


 キラメアがウルメアの胸の中で涙を流す。


「私は、多分、幸せになろうとしてるんじゃなくて……ハルが欲しいだけなんだと思う……そのためならなんだってできる…誰だって敵に回せる」


「じゃあ、なんでうちは殺さないの?一番の邪魔者でしょ!!」


「キラちゃん、それは間違ってるよ、確かにハルを狙うキラちゃんが鬱陶しいって思ったことはあったよ、だけどそんなの姉妹喧嘩みたいなものだよ。私たちは家族だから、どうしようもなく、最後には許せちゃうんだよね」


 ウルメアはどれだけ自分が深くて暗くて寂しい闇の底に落ちても、必ず、地上にいる頼もしい父親であるサラマンや、大好きな母親であるヒュラ、そして、自分と同じ顔を持つでも鏡のような存在の愛おしい妹のキラメアが、輝いていた。


「じゃあ、ライキルやガルナも許してあげてよ、それにエウスやビナも関係ないでしょ!」


「あの二人以外も関係あるよ、ハルの周りにひとりでも私たち以外の大切な人がいれば、ハルは私たちになんて見向きもしない、だから、全員殺してハルが私たちだけを見てくれるようにしなきゃいけないの、そのためだったら、私は、この大陸にいる人間を全て殺す怪物になったっていいんだ」


 血まみれのウルメアが、キラメアにはもうその怪物に見えた。


「それで空っぽになったこの大陸で、ハルと私たちでやり直すの一からね。そう、ハルが最初の男性で私たちが最初の女性たち。二人の方が増えるのには都合がいいでしょ?」


「待って…何を言ってるの?」


「私、その初めてだけどハルなら上手くリードしてくれると思うんだよね…」


「ねえ、ウル姉はそんな話する人じゃなかった…やめてよ」


「早くハルの子が欲しいなぁ…」


 狂気じみた笑みがウルメアの顔を覆いつくし、隠れていた本性がむき出しになり始める。


「ハルに手を出した女たちは竜の餌にでもするか…あ、でも、一回人間食わせると後が面倒なんだよなぁ」


「ねえ、ウル姉」


「ん?どうしたのキラちゃん」


 そこでキラメアがウルメアから身体を離し、睨みつけながら彼女に告げた。


「ウル姉はさっきから理想を語ってるけどさ」


「うん」


「一度でもハルに告白したことはあるの?」


「………」


「ハルに正面から好きですって、愛してるって、自分が好きになった人に気持ちを伝えたことがあるの?」


「………」


「ウル姉がハルに対して抱いている、気持ちは本当に愛なの?」


「………」


 ウルメアはずっと目をそらしながら、どこを見ればいいか、どう返せばいいか分からなくなっていた。


「本当はハルに振られるのが怖いだけなんじゃないの!」


 ウルメアは放心状態で、ベットから立ち上がって、呪文のように呟き始めた。


「ハルが好き、私の運命の人…人生の孤独を埋めてくれた人…ハルは竜騎士と同じ青い瞳、私の憧れの人たちと同じ色。お姫様は竜騎士からの永遠の愛を受け入れ、二人は幸せなキスをした。だから、ハルが私を嫌いなはずがない、私たちは相思相愛、通じ合ってる。必ず私たちは結ばれる…」


 そのまま、ウルメアは逃げるようにキラメアの部屋から逃げ出していく。

 このとき、彼女のぎりぎりで保っていた正常な思考を崩してしまったのは、紛れもなくこの時のキラメアだった。


「ウル姉は、何も始めてない、ただの卑怯者だ、逃げるな!!!」


「ハル、好き、好き、どこにいるの?いますぐ会いたいよぉ…うえええええええん」


 泣きながらウルメアは駆け出し、キラメアの部屋から出て行ってしまった。


 ***


 部屋にひとり残ったキラメアも泣き叫ぶ姉の後を追いかけようと、部屋の外に出ようとした時だった。扉の前にはひとりの女性の使用人がおり、呼び止められた。


「キラメア様!ウルメア様のことはわたくしたちにお任せください。キラメア様はどうかお部屋にお戻りください。もし、部屋を変えたければすぐにご用意いたしますので」


「あんた誰に向かって口聞いてんの?」


「申し訳ございません。ですが、ウルメア様から、キラメア様を部屋から出すなと言われているので…」


「部屋から出さない、それ本気で言ってるの?」


「はい、ウルメア様からそう命令されています」


「そう…」


 キラメアが素直に部屋に戻ろうとしたときだった。突然振り返ったキラメアがそのメイドめがけて後ろ回し蹴りを放った。


 しかし、その使用人は片手でキラメアの足を止めて掴むと、そっと地面に降ろした。


「キラメア様、手荒な真似はしたくありません、どうかここはお部屋にお戻りください」


「このやろう…」


 キラメアの目に闘志が宿る。


「やるんですか…」


 使用人は後ろめたい表情をして構えた。


「邪魔だぁ!!!」


 キラメアが殴りかかろうとした時、その使用人の殺気を受けとったキラメアの身体が硬直する。そして、顎に強烈ば拳を振るわれると意識が飛びかけたが、その後すぐに白魔法で治療されたことで、負ったダメージの回復に無理やり体力を消耗させられ、飛びかかっていた意識が飛び気絶させられた。


 使用人が倒れるウルメアの身体を支える。


「申し訳ございません、キラメア様、ですが、ウルメア様は必ずあなた様を幸せにしてくれますから、信じていてください」


 使用人はそのままキラメアを、彼女の荒れ果てた部屋のベットにそっと寝かせた。


「王女様をこんなところに寝かせるのも失礼ですね」


 そう言って、使用人はキラメアが眠っている間に荒れ果てた部屋の片づけを始めた。


「ウルメア様もいろいろなことを抱えていらっしゃって大変でしょうね…はあ、私も何か力になれたら…」


 赤龍の一員であるその使用人は片付けをしながらそう呟いた。


 破かれたカーテンから見える窓の外では、変わらず雨が降りしきり、雷鳴が街中に響いていた。


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