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竜舞う国 交差しすれ違う 後編

 シフィアム王国、王城ゼツラン、竜王の間、最上階。

 最上階はキラメアのために用意された彼女の自室だった。

 その部屋は、必要最低限の生活ができるようにシャワー室やトイレなどしかなく部屋が少なかったが、代わりにとても広々としたリビングがひとつありそこに彼女のこれまで生きてきた生活の後の全てが詰まっていた。

 そのリビングにはベットまであり寝室も兼ねていた。

 そんなリビングのベットの上で、キラメアはひとり疲れ切った様子で座っていた。


 彼女の部屋の壁は、全面ガラス張りであったが、カーテンが閉めきられていた。せっかく高い場所にあるこの彼女の部屋から見る景色は絶景であるはずなのに、それは隠されていた。


「なんで気が付かなかったの…?」


 ひとり誰もいない部屋でキラメアは呟く。

 眼前には、足の踏み場の無いほどめちゃくちゃに荒れた自分の部屋があった。今まで大切にしていた宝石やコレクションしていた貴重な武器に鎧。服は全て破き、部屋にあった家具と装飾品は粉々になっていた。シフィアム王国の王家だけが身につけることが許された指輪もティアラも全て破壊し、家族全員が描かれていた絵画も見る影もないほど、破かれぐしゃぐしゃになっていた。


 ただ、その自分の部屋と同じくらいウルメアの拳も血だらけでズタズタだった。手の甲の鱗がはがれ常に血がにじみ出ていた。


 そして、続けて誰もいない部屋で彼女は誰かに問いかける。


「全部嘘だったの…?」


 ベットの上から、破壊尽くされた自分の部屋を眺める。今まで何も知らずに積み重ねて来た自分の過去を表すかのように、何もかもがこの部屋では意味をなさず死んでいた。


「どうして…?ねえ、どうして……?」


 足りないこの程度の破壊と痛みではまるで届かない。こんなことしても何の意味もない。すべては終わってしまっている。救いは無い。


「うちはどうすればよかったの…?」


 なぜ、自分はこんなにも、何も知らないで笑って過ごしていられたのかが不思議だった。


「もう、耐えられない……」


 拳を握り、歯を食いしばって全身を震わせる。次第に流したくもない涙が頬を伝った。


『キラメア!』


 そこでふとキラメアは、最近好きになった彼の声を思い出す。初めて彼と会ったときから、あの吸い込まれるような深い青空のような美しい瞳の色に惹かれてしまった。

 みんなと一緒に過ごしたこのほんのわずかな日々を。レイドに訪れ、彼らに会ってから何もかもが始まるような気がしていた。大好きな人たちに囲まれた生活がこれからずっと続くような気がしていた。


「ねぇ、助けて…ハル……」


 すすり泣く声が広いリビングに静かに広がっては消えていった。


 閉め切られたカーテンの向こうにある窓の外の景色では、一雨来そうなぶ厚く暗い雲が急速に育ち、シフィアム王国の王都上空に迫っていた。



 *** *** ***



 雨が降って来たのはその日の正午を過ぎたあたりからだった。



 ハルたちは三番街を練り歩き買い物や観光スポット周りを楽しんだ後、馬車を使って四番街まで移動した。

 ハルがこの国に来た真の目的があるこのシフィアム王国の王都エンド・ドラーナにある四番街に。

 真実を教えてくれると最初の手紙には書いてあった。その真実とやらを知るためにハルはここにやって来た。四大神獣黒龍討伐までの間の時間を使って、真実を探りに来た。その真実がいったいどういった形をしているのかは不明ではあるが、それが少しでも誰かのためになるなら、なんだって知りたかった。

 真実とは揺るがないものであるため、残酷ではあるが、救いになるときもある。次に進むための重要な道しるべにだってなる。真実が突き付けられたとき、人は行動しなくてはならない。選択をしなくてはならない。

 だから、ハルはその時が来るまで、悔いのない選択を続ける…いや、違う、ハルはもうあるひとつの道を選択し覚悟したからこそ、今の自分を誇りに思え、そして、素直に周りの人たちを強要しない自然な愛でみんなを愛するという選択ができた。

 そのきっかけをくれたのはいつだって周りにいたみんなだった。特にハルの愛する三人は、いつも人生の重要な選択で、自分に気がつかせてくれた。大切なことは何かを。

 だから、どんな真実でもきっと、一度選んだ選択は変わらない。みんなを救うという選択を…。ただ、そこに少しでも自分までも救ってくれる可能性があるかもしれないから、ここまで来たというのもあった。

 ハルは少しだけ、ドキドキしていた。もしかしたら、自分の人生はここで大きくいい方向に舵を切れるのではないかという淡い希望があった。そのありえなくはない可能性というものを信じていた。


 だって、ハルは、ずっとライキルとガルナ、それにエウスやビナ、ここにはいないキャミルや道場のみんな、それにこれまでに出会った多くの人たちとまた出会って一緒にいつまでも居たかったから、最後まで諦めることは無かった。


 時間切れのその時が来るまでは絶対に…。


「もう少しでお菓子の町に着きますよ!」


 四番街には〈ビックスイーツ〉と呼ばれるお菓子専門の商店街があった。ライキルが一度は行きたいと思っていたところの様で、彼女の気分は最高潮に達していた。


「ハルは、何系のお菓子が食べたいですか?ケーキですか?クッキーですか?それともクレープですか?」


「俺は、アイスが食べたいかな…今日ちょっと異様に暑さがこもってるし、口に冷たいものを入れたいな」


「さすがはハルです!なんと夏限定のアイスエリアがあるのでそこから攻めましょう!!」


 ライキルがハルの手を引いてどんどん前に進む。人込みも多く、ハルたちは二手に分断しそうになっていた。


「ちょっと、待ってライキル歩くのが早いよ」


「だって、アイス溶けてなくなっちゃうかもしれないじゃないですか!?それに〈氷氷〉ってお店のアイスはすぐに売れきれちゃうみたいなんですよ!」


 ハルは空いてる手でガルナの腕も掴んで一緒に連れて行く。そこで最後にハルは後ろにいたカルラに目くばせをした。

 カルラは小さく頷いて返した。このアイコンタクトの意味をすかさず察してくれた。


「分かった、じゃあ、急ぐから、二人とも俺の前に来て」


「何するんだ?」


 ガルナが首をかしげる。


「え、もしかして、ここであれするんですか?」


 ライキルは何かを察したようで焦り出すが、そんな暇も与えないうちに、ハルは片手で軽々と二人を持ち上げた。


「お、ハル、あれをやるのか!!」


「うわわ…え、本当に飛ぶんですか…?」


 両腕にライキルとガルナを座らせて、二人はハルの身体に寄り添ってつかまっていた。


 次の瞬間地面を蹴り上げたハルと抱えられた二人は空に舞い上がった。


 さっきまで混雑していた人たちを俯瞰で見下ろす。


 その一瞬でハルは近くに怪しい人物がいないか周囲に目を光らせる。こんな大胆な行動をとれば、尾行していた者などは反応するはずだった。

 しかし、怪しい人物は見たところいなかった。近くにいた数人が驚いているだけで、後は混雑する街中を人々は、他人の尻尾を踏まないように、気を遣っている人たちばかりだった。


『尾行は無しか…』


 ハルは屋根に着地するとそのまま商店街の屋根を飛び回って移動した。その間も何者かに尾行されていないか空と地上の両方に気を配っていた。


『うん、大丈夫、完全に誰も俺たちを監視してる人も追って来てる人もいない』


 安全の確保ができると、ハルは商店街に下りて、二人を腕から降ろした。

 風を浴びた二人は楽しそうに笑い合っていた。その二人を見たハルもだいぶ安らぎ、緊張が解けていく。


「アァ!!」


「どうしたぁ、ライキル!?」


 突然叫び声を上げたライキルに覆いかぶさるように抱き寄せ周囲を見渡す。

 しかし、しばらくその状態で警戒していたが、特に何も起こらなかった。辺りに目をやると、目的のアイスのお店の窓に『本日完売につき終了』と看板がぶら下がっている以外は…。


「やってないのか…私も甘い氷食べたかったなぁ」


 口に人差し指を突っ込みながら爪を噛むガルナが残念そうに呟く。


「また明日だね、でも、この時間にもう閉まってるってことは相当人気みたいだね、ここのお店」


「はい、聞いてはいましたが、この時間にはもう売ってないんですね…ごめんなさい、ハルのご希望に沿えなくて…」


「ハハッ、ライキルが謝ることないよ、ほら、元気だして、他にも美味しいお菓子はいっぱいあると思うから、それを一緒に探しにいこう?」


「ハルゥ…」


 情けない声をだしたライキルが、抱きついて来る。


「ライキル、みんな見てるよ」


 そうは言ってみたものの彼女は離してくれなかった。


「あれ、ライキルさんどうした?そんなにアイス食べたかった?だったら俺が朝並んで買って来てあげようか?俺ならジャンプであの大きな穴も超えられるからね!」


 と普通の人が言えば、冗談に聞こえることを行ってみるが、全く話してくれる気配がなかった。


「……何かあったの?」


 そこでハルは真剣に彼女に向き合うことを決めた。ガルナも心配そうにライキルの頭を撫でてどうしたの?と尋ねていた。


「なんだか、私、ハルに何もしてあげられて無いんじゃないかって思って…」


「ライキルは俺にたくさん与えてくれてるよ」


「そんなことないです…私は…私は……」


「ここだと人通りが多いからちょっと移動しようか」


 ハルは話しながら邪魔にならない路地に移動した。後ろからガルナがついて来るのもちゃんと確認する。

 アイスのお店のすぐ近くの路地に着くと、ライキルはその場にしゃがみ込んだ。

 その隣にハルもしゃがんだ。ガルナだけが少し離れた場所で、表の通りを歩く竜人たちを眺めていた。


「何か嫌なことでもあった?俺で良かったら最後まで話し聞くよ?ううん、聞かせて欲しいな、俺に何か悪いところがあったかもしれないし、そういところ、直していきたいんだ」


 例え時間が無くても、自分に直せるところがあったのならいくらでもハルは変わって、彼女の理想に染まりたかった。すべては愛する人に愛されるために。

 しかし、ハルとライキルは互いに相手のことを常に想い合っているため、彼女からは次の言葉出てきた。


「嫌なことなんてひとつもありませんし、ハルが何かを直すことなんて一切ありません。だって、私があなたの全てを受け入れる女だってこともう知ってるはずです。それに私はこうしてあなたと一緒にいられて幸せの真っ只中にいます。最高ってことです。なんだったら、私は、今、世界一幸せな女です。こうやって突然気が病んでも優しく寄り添ってくれる大好きなあなたが傍にいる」


「そっか、そこまで言ってくれるんだね、それだったら俺も今幸せだ。こうしてきみと一緒に居られて、話してるだけで、嬉しいのかもしれない…あ、ちょっと大げさだったかな?」


 微笑むと彼女も微笑を返してくれた。その笑顔が何よりもハルの欲しいものだったのかもしれない。


「そんなに私のこと好きなんですか?」


「うん、ライキルやガルナといる、この時間が大切でたまらない」


「じゃあ、なんで…」


 ライキルがハルの手を握る自分のところから離れてどこにもいかないように。


「なんで、最後なんですか?」


「………」


「ハル、何か隠してませんか…いいえ、何か抱えてませんか?」


 ハルは特に動揺もせずに優しく微笑んだ。


「フフッ、大丈夫俺は何も抱えてないよ、それより、ライキルの不安はそれだったの?」


「ハル、だって今日の朝…」


「え、あれ、聞いてたの……そっか、そっか…あぁ、ちょっと恥ずかしいなぁ…」


 体中が熱くなる。顔を赤らめ恥ずかしいという仕草をする。


「最後ってどういう意味だったんですか?」


 真剣なまなざしで見つめる黄色い瞳にハルは嘘をつくことになった。


 気を抜くと隙を見せてしまうのは自分の悪いところだった。特にライキルやガルナたちの前だと、すぐに自分の中に残っている不安を紛らわそうと、弱音を吐いてしまうことなどがあった。弱点を晒してしまうところがあった。弱い自分がいた。


「あれは最後になるかもしれないってことだよ。次の四大神獣黒龍討伐で命を落とすかもしれないでしょ?だから、その間に俺の大好きなライキルをたくさん愛してあげようと思って言った言葉だったんだ」


「………」


「次の作戦が始まる前の、このみんなと一緒に居られる時間。ライキルたちにはずっと笑って楽しんでいて欲しいんだ。だって、また、神獣討伐が始まったら、こうやって当たり前の楽しいことや嬉しいことっていうのは、心の底から感じることができなくなると思うからさ…」


 そこまでいうと彼女が口を開いた。そして、ハルには厳しく重い言葉を彼女は放った。


「じゃあ、約束してください、ハルは必ず私たちのもとに無事で戻って来るって、絶対死なないって」


 彼女のすがるような目を見る。そこから、どれだけ、彼女がハルという人間のことを想ってくれているかが、よくわかった。


『あぁ…ライキルだけなら壊してずっと俺の傍に居させればよかったかも……なんてね…』


 心の中で冗談を飛ばす。

 こんなに想ってくれているからこそ、彼女の生きる周りの環境を安全に平穏なものにしておきたいのだ。そのためには、人間の脅威となっている獣たちの狩は必要だった。


 愛おしく彼女のことを見つめていると、彼女は言葉を続けた。


「勝手なのは分かってます。龍の山脈にいる黒龍がどれだけ危険かも分かってないのに、こうやって約束するのがずるいことも、でも、白虎の時のことを想うとハルがまた何かを抱えて私たちから離れようとしているなら…」


 ライキルを抱きしめた。優しく包み込むように。いつまでも離したくない温かさが伝わってきた。


『だって、無理だ。みんなを救うために、黒龍を全滅させる。どんなやり方を取ったって、あれをしなければ犠牲者が出るのは確実なんだ…』


 現状は変わってない。こうやって離れたくなくなる気持ちが強くなると何かに頼ってしまいたくなる。例えば、まだ見ぬ真実なんてものとかに…。


「どこにもいかないよ、ほら、俺、ここにいるでしょ?」


「本当ですか?」


「本当だよ、それより、俺はライキルの方が勝手にどこかに行かないか心配なんだけど?きみは甘いものが好きだから、すぐいい匂いにつられて、走って行っちゃうんだもん」


「えへへ、ごめんなさい」


「いいよ、さあ、立って続きのお店巡りを楽しもう。それと、ガルナにも元気な顔見せてあげてね」


「はい、もちろんです」


 ハルがそこでライキルから離れて立ち上がり、待ってくれていたガルナの方に向かおうとすると。


「ハル!」


 ライキルに呼び止められた。そこでハルが振り向くと彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとう!!」


 愛おしい、そして、彼女たちとの時間が永遠に続かないと思うと悲しい。


『ずっと傍に居たかった…』


 ハルがライキルに手を差し出した。その時、一滴の雫が落ちてきた。


 王都に激しい雨が降る。



 *** *** ***



 土砂降りの雨が王都に降り注ぐと、お菓子専門の商店街である〈ビックスイーツ〉に出ていたお店の多くは店じまいを始めていた。

 まだ日が昇る午後なのにも関わらず店を閉めるのは、客足が遠のくためだからだろう。遠くでは雷鳴も聞こえ始めていた。

 ビックスイーツ通りの人々は、水魔法でドーム状の水の膜を張っていた。〈雨避け〉とも呼ばれるその水魔法は、他の雨避けと重なり合うと合体して、ひとつのドームとなる。そのため、人が多いとその雨避けのドームがいくつも合体して、自分が魔法を使わずとも濡れないで人込みを移動できた。

 雨避けを作れない人たちは、たまにそういったことで、濡れになるのを回避するのだが、自分勝手に他人の雨避けの間を縫うように移動していると、ドームとドームの隙間に溜まった浮かんでいる水たまりに、ぶつかるなんてこともあるので、魔法が使えない人々は誰かの雨避けに入れてもらうのが一般的だった。


 そんなハルは、今度は二人を抱えて跳び回らずに、来た道を三人で歩きながら戻って、エウス、ビナ、カルラたちと合流した。

 合流した時、その三人は腕にポップコーンなるトウモロコシを炒めたお菓子の箱を持ってその中から一粒一粒摘まんでは口に放り込んでいた。


「おう、ハル、お目当てのアイスは食べれたか?」


「もう、完売して食べれなかった。来るならもっと早い時間帯に来ないとダメみたい」


「そりゃあ、残念だったな、ほら、この菓子でもどうだ?うまいぜ」


 エウスがポップコーンが詰まったお菓子の箱を差し出して来る。


「ありがとう、頂くよ」


 適当に数個摘まんで口の中に放り込む。ふわふわの触感と塩味がよく利いていて美味しかった。


「美味しい」


「だろ?たくさんあるから適当に摘まんでいいぞ、ひとりで食べきるには少し多くてなそれに喉も渇く」


「たくさん買ったね」


 彼が抱えて持つぐらいにはそのポップコーンの箱は大きかった。


「これが通常サイズなんだとよ」


 中身を減らそうと次々とエウスはポップコーンを頬張っていたが、全然減っていなかった。


「あ、ハル団長、私のからもとっていいですからね!」


 気を遣ってくれたのかビナもエウスと同じポップコーンの入った箱を差し出してきたが、彼女の方はもう残り僅かでもらうのがなんだか申し訳なかった。


「ありがとう、ビナ、それじゃあ、いただきます」


「あの、私のからも、よろしければ皆さんで食べてもらってもいいですか?」


 剣聖のカルラからしても、エウス同様少し量が多かったらしく、みんなにポップコーンを配っていた。



 しばらく、雨が〈ビックスイーツ〉の通りに降りしきる。ハルたちは適当な閉まっている店の前の屋根の下に移動して、みんなでポップコーンを頬張っていた。

 すると近くの雨雲が光、空が唸るような轟音が聞こえてきた。


「それにしても、急に降って来たな、帰りはどうするんです?雷まで鳴ってるときたら竜で飛ぶのは厳しいですよね?」


 エウスが、カルラに質問すると、彼も困った顔をしていた。


「そうですね、雨が止むまでどこかで時間を潰さなくてはいけませんね」


 カルラが足止めをくらっていることに対して呑気に答える。


「カルラさん、その、大丈夫なんですか?王城の方に、剣聖がいなくても?」


 だいぶカルラとも打ち解けていたビナが彼に質問していた。


「ええ、もちろん、大丈夫ですよ、今日は、皆さんに付き添うことは、言って出てきましたし」


「でも、万が一のことがあると…」


 ビナも立派な騎士だ。王たちの護衛などは大丈夫なのだろうかと心配していたのだろう。

 レイド王国では、剣聖が不在の間でも王族直属の護衛たちがおり、いついかなる時でも王族たちを危機から逃す術が用意されているのだが、シフィアム王国の仕組みが分からないビナにはそこら辺がよく分かっていないようだった。ただ、ハルもそこらへんはどのようにこの国ではカバーしているのかが気になった。

 レイドのように王族直属の護衛がいるのか?という点が。


「心配して頂きありがとうございます。ですが、本当に大丈夫なんです。私がいなくても王城内は安全ですし、それに、今は皆さんの安全を守る方が重要だと考えています」


「え、なんでですか?」


 ビナの頭の中には、騎士は王様が一番大事という考えがあるのだろう。普通の考え方だ。騎士は守るべき者を守るためにいる。


「皆様はレイド王国からの大切なお客様です。もし、皆様に何かあればこれはシフィアム王国の失態に繋がり、国の評判も落ちてしまいます。これは今我が国が一番避けたい問題でもあるからです」


「王様より、国の評判の方が大事ってことですか?」


「まあ、それは言い過ぎですが、今、ここではというお話ですよ」


「そっか、でも、私たちもそこそこできる騎士たちなんで大丈夫ですよ、それに私たちにはいつもハル団長がいますし」


「確かに、彼はとっても心強いですね。あれです、私の代わりにシフィアム王国の剣聖になってこの国を守ってもらいたいくらいですよ」


 カルラが本気でビナにそのようなことを言っていることから、彼が全く権力や地位に興味が無く、執着していないことがひしひしと伝わってくる。


「ダメです、ハル団長はレイド王国の人間なので上げません!」


「じゃあ、たまに貸していただくという形で手を打ちましょう」


「目的が観光で、私たちもセットでついて行っていいなら許可します」


「決まりですね」


 カルラとビナは、互いに冗談を飛ばし合い楽しそうにおしゃべりをしていた。


「いいのか、両国の知らない場所でハルさんの貸し借りが決まっておりますが」


 ハルの肩にエウスが寄りかかって来る。ハルとエウスは遠目からビナとカルラの二人が話すのをポップコーンを食べながら眺めていた。


「ビナもだいぶカルラさんと仲良くなったよね」


「おう、あいつは最初に酷く人見知りするだけでおしゃべりな奴だからな、慣れちまえば誰とでも仲良しよ」


「そっか、エウスも彼と仲良くなれた?」


「おう、俺はもう当然彼とマブダチよ、なんだったら、最近お嫁さん二人とばかり絡んでるハルさんって俺の親友より仲良くなっちまったかもな」


「本当?そうか、悲しいけど、しょうがないかもな…俺、今、自分でも自覚があるくらいには二人に溺れてるからな…」


 ハルが少し離れたところにいるガルナとライキルを見た。そこでは、ガルナが乾いた喉を潤すために空に向かって口を開けて雨水を取り込んでいた。それをライキルが風を引くからと止めにかかっていた。


「アハハハハハハ、だろうな、見てれば分かるよ」


「ごめんよ、エウス、その…」


「バカ、何謝ってんだよ、俺がハルに構ってもらえないからって拗ねたとでも思ったのか?」


「え、うん…」


 真顔で返しておちょくってみたが、エウスにはその真意がばれる。


「ハハッ、バカハルめ、嘘つくんじゃねぇよ」


「バレましたか?」


「何年お前の顔を見てきたと思ってるんだよ」


「さすがだ」


 二人はそこでしばらく笑い合った。


「なあ、ハル」


「何?」


「二人のこと幸せにしてやれよ?ずっと傍でお前が守ってやれよ?」


 エウスが、仲良くじゃれ合っているライキルとガルナの方を見て言う。


「………」


「あれ、なんで黙り込むんだよ、そこは当たり前だろとか返しておけやい!」


 エウスがハルの肩を元気よくバシバシと叩く。


「じゃあ、エウスも諦めるなよ?」


 そこでカウンターを入れるようにハルは言った。


「何がだ?」


「キャミルのこと」


「………」


 今度はエウスが黙り込んだ。


「エウスがキャミルを幸せにするんだからな?」


「ああ、そうだな、俺も俺なりに頑張ってみるよ、あいつのことはさ…」


 遠い目で彼は雨雲を眺めていた。

 エウスの場合は相手が相手であるため困難を極めるが、ハルの方だって困難を極める問題だった。


「あ、これで最後だ」


 ハルと一緒に食べていた、エウスのポップコーンの箱の中身はいつの間にか空になっていた。


「よかったじゃん、食べきれて」


「おう、ありがとな、ハル」


 それから、ハルたちは四番街の〈ビックスイーツ〉から移動を開始した。目指す場所は三番街の竜舎の近くの国が管理しているホテルであった。理由は一時的な雨宿りのためロビーを貸してもらうためだった。

 そのホテルに向かうため、ハルたちはビックスイーツから四番街の近くにある三番街の馬車乗り場まで徒歩で移動した。


 四番街の街並みを見て回る計画も立てていたハルだったが、こうも雨に降られてしまっては、みんなにも不審がられるため断念した。


『結局、お菓子食べただけになっちゃったか…』


 偵察というより本当にただの観光になっていた。


『何か手がかりが欲しかったんだけどな…』


 ハルがみんなの一番後ろを歩いて、怪しい人物がいないか辺りに気を配っている時で、ちょうど四番街を出ようとしているところだった。


 遠くのひとごみの中に、一人だけ異常に背の高いすらっとした女性がいることに気づいた。

 その女性は〈雨避け〉も張らないで、ずぶ濡れになりながら、こちらに向かって歩いて来ていた。

『なんだろう、あの人…』

 しかし、ハルはそこで小さな異変に気付く。その女性の周りにいる誰もが彼女の存在に気がつかないかのように素通りしていた。

 彼女がハルたちに近づいてくるとさらにその女性が変わっていることに気が付く。

 彼女の耳は尖っていてエルフであることは分かった。それはさして問題ではない、四番街は商業地区で多種族も顔を見せる。

 しかし、彼女は純白の髪や白いドレスを雨に濡らし、両眼は黒いレースの布で隠していた。

 そして、肌が異様に白く着ているドレスと同じくらい真っ白で人間離れしていた。


 彼女は、この雨の中、あまりにも目立っており、人々が少しは関心を示してもいいんじゃないかと思うくらいには、異質だった。それなのに誰も彼女を見ようともしない。


 そんな彼女が、ハルたちとすれ違う。


 ハルは警戒をするものの、彼女から敵意は一切ない。


 それでも、やはり、彼女は普通ではなかった。


 ハル以外のみんなが、そのエルフの女性を認識していないかのように平然と歩いていた。

 異常で不気味な存在がすぐ傍を歩いているのに、誰も何も反応しない。


「み…」


 みんなと呼びかけようとしたとき、ハルはその女性にそっと口を指で塞がれた。


「ハル・シアード・レイ様、灰竜の館に来るときはお一人でお願いします。あの方に、招待されたのはあなただけなので」


「………」


「それでは私はこれで失礼させていただきます。いつまでもお待ちしております」


 ハルが固まっていると、彼女は悠々とすれ違って行った。


 そして、振り向くとその女性はどこにもいなかった。


 ハルがいつまでも後ろを振り向いて固まったままでいると、みんなが先に行ってしまい、大量の雨にさらされた。


「なんだったんだ…」


「ハル、どうした!?なんで止まってるんだ!?」


 気が付いたガルナが戻って来て、雨避けに入れてくれた。


「ううん、なんでもない、気になった店があったからちょっと見てただけ」


「それなら私に行ってくれよ、一緒に着いてくから。ハルが濡れて風を引くのは嫌だ」


「ありがとう、ガルナ、ごめんね」


「分かってくれたならいいぞ」


「よし、じゃあ、みんなに追いつこう!」


 ハルはガルナの手を取ってみんなの後を追いかけた。少しでも早く、この四番街からみんなを遠ざけたくなった。



 *** *** ***



「いやあ、マジでいた。レイドの英雄がこの四番街に、マジでいたんだけど」


 豪華な装飾が施された部屋の中で、椅子に座ったエルフの女性がひとり興奮気味に目の前にあった机をバンバンと叩いていた。

 その女性は真っ白な髪に、白い肌で、白いドレスを纏っていた。そして、両眼は黒いレースで隠されていた。当然、身体も服もどこも濡れていなかった。


「早く生身で会ってみたいぜ、全くよぉ!」


 ひとりで盛り上がっているところ、彼女の部屋の扉にノックの音がした。


「はいよ、入っていいよ、何かなぁ?」


「クラシャ様、お客様が来ております」


 部屋に入って来たメイドが静かに告げた。


「誰かな?」


「ジャバラ様です」


「え、マジィ?」


「マジです」


「時間稼いでくんね?」


「無理です、ジャバラ様をお待たせすることはできません」


「そこを何とか」


「無理です」


「鬼畜メイドめ!」


 クラシャは急いで机の上のほったらかしにしていた資料の整理に取り掛かった。


「お呼びしますね?」


「勝手にしろぉ!!」


 クラシャと呼ばれた女性は必死に手を動かしていた。



 *** *** ***


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