竜舞う国 交差しすれ違う 前編
早朝、目を開けると、だらしない姿で寝ているガルナと、ハルの腕に密着して寝ているライキルがいた。二人を起こさないようにベットから抜けたハルは、締め切っていたカーテンを開けて、朝の光を浴びた。
相変わらず、気持ちのいい青空が広がっており、遠くでは竜の姿を見ることができた。
天気を確認した後ハルはベットに戻り、スヤスヤと眠る二人のもとに戻った。
最初は寝相悪く眠っているガルナの傍に座って、彼女の軽く頭を撫でた。ハルが頻繁にヘアブラシをかけてあげているおかげで、最近の彼女の髪の毛はつやつやでさらさらだった。
愛する人たちの寝顔を見る。自分の前で無防備な姿をさらけ出してくれる二人。
しかし、こんなに幸せな空間でも思うことがあった。それはこれからのこと。二人が眠っていることをいいことにハルの口は緩くなる。
「ガルナ、もしかしたら、きみがみんなを守るときが来るかもしれないんだ…」
彼女の頭を撫でていると気持ちよさそうに寝たままその安らぎを満喫しているようだった。
「その時はよろしく頼んでもいいかな?」
彼女の頬に優しく触れると、猫のように首をくねらせていた。
「大好きなライキルのことも、きみが代わりに傍で守ってもらってもいいかな…?」
自分勝手なお願いをひとりで続ける。
「俺はずっと離れたところで見守ってるからさ…」
ハルがガルナに触れるのをやめると、彼女はさっきまで触れてくれていた優しい手を探し求めるように首を振ったり、手を動かしていた。
「ごめんね、二人のことは本当にもう、大好きなんだけどさ…やっぱり、他の大勢の人達のことも救いたいんだ……あれかな、ライキルは怒って悲しんでくれると思うけど、ガルナはどうかな?俺なんかのために君の感情を使ってくれそう?」
彼女から返事は無いただ幸せそうに静かな寝息を立てている。
「酷な話だけど俺はきみにも泣いて欲しいなぁ…」
最後に彼女を撫でてあげた後、ハルは次に反対側で寝ていたライキルのもとに行った。
ハルがライキルのもとにたどり着くと耳元で囁いた。
「ライキル、大好き、愛してる、本当に君のことが好きで好きでたまらない……だから、この短い間にたくさん愛してあげるから覚悟してて、最後だからさ……」
ハルが彼女の頬に軽くキスすると、立ち上がって、部屋から出て行った。
「………」
ライキルが目を開け、これ以上に無いほど顔を赤くする。身もだえし、幸せをかみしめる。なんだか、予想以上にハルが、ライキル・ストライクという女性に心酔しているみたいで大満足だった。こんなに幸せなことがあっていいのかと思うと怖いくらいだった。
のだが、彼の言葉の節々に何やら不穏な言葉が混ざっていたことが引っかかっていた。
「最後ってなに…?」
静まり返った部屋でガルナがもう食べられないと寝言を呟いていた。
*** *** ***
結局のところ、ハルたちが観光向きである王都東側の三番街周辺に出かける時、王女様の二人がついて来ることはなかった。
キラメアはまだ面会拒絶状態で、ウルメアに関しては何やら用事があるらしく今日は手が離せないとの言伝を門番から告げられた。
仕方なく、誘いに乗ってくれたカルラだけを連れて、最初の三番街に観光することになった。
移動はもちろん翼竜であった。
「それじゃあ、皆さん、竜に乗り込んでください!」
カルラの掛け声でハルたちは、十五人ほど乗れるぐらいの中型の翼竜の背に乗った。
その中型の翼竜の特徴として、紫色の輝く鱗で、朝の光をギラギラと反射し、他の翼竜たちより首が長かった。
王城ゼツラン、周辺にある〈竜籠〉と呼ばれる檻状の飼育施設から連れてきた竜だった。王都周辺で飼われている竜は見たこともない珍しい竜で溢れているようで、その紫の竜も個体数があまり多くない希少な龍であるらしかった。
ハルたちが竜に乗り込むと、その竜は大きな翼を開いて駆け出し始めた。
「しっかりつかまっていてくださいね、行きますよ」
カルラの掛け声の後、みんなを乗せた竜は加速する。そして、スピードが最高点に到達すると一気に翼を羽ばたかせ空高く飛翔した。
続いて後ろから一匹補助の竜がついて来る。これはマナの無い場所や飛行魔法を持たない人が竜の背に乗り飛んだ時に義務付けられていることだった。その竜の役目としては乗っている竜から万が一落下したときにキャッチする役割を担っていた。
後ろからついて来るのは訓練された軍竜だった。
ハルたちが昇る太陽の光と向かい風を身体いっぱいに受ける。さっきまでいた場所がもう見えなくなってしまうぐらいに遠のいていた。
竜の背にいるみんなからは空を飛んでいる快感からか、気分が上がり歓喜の声が上がっている。無理はない、空を飛ぶという行為は思った以上に気持ちよく、楽しいのだ。
高いところというのは、人の恐怖を誘う、だから人を興奮させその恐怖を忘れさせるのかもしれない。
気が付けばハルたちを乗せた竜は、王都と街を分断する〈円環〉と呼ばれる大穴の上を飛んでいた。日が昇っているのにも関わらず、〈円環〉の奥底は真っ暗で何も見えなかった。
落ちたらどうなるのだろうと考えると恐怖心が心を覆うが、その状態がずっと続くと、やがてその恐怖にも慣れ、人々には日常になっていくのかもしれないなどと想像する。
『どれくらいの時間が必要なのかな……ハハッ…』
ハルは心の中で苦笑いした。
「さあ、もう三番街に入りますよ」
カルラの声でハルが前を向くと、そこには大きな街があった。その街の上では竜たちが人々と一体となって空を舞っていた。街の中央には三の数字が描かれた塔がありここが三番街であることを示していた。
そうすると他の番街にも同じ塔があると推測できた。
「あの塔ってなんの塔なんですか?」
「あれは街のシンボルみたいなものです。十二の街すべてにありますから、自分がどこにいるか分からなくなった時はあの塔を目指すといいですね。あ、そうですね、もしはぐれて迷子になったらあの塔に集合ということにしておきませんか」
「いいですね、そうしましょう」
ハルがみんなにもカルラと話した情報を共有していると、あっという間に三番街の竜の乗り降りが許された専用の着陸場に到着した。
みんなが竜から降りると、カルラが竜を預けるためにその着陸場にいた従業員に声を掛けていた。
ハルたちはその間に紫の竜に積んでいた荷物を取り出し、街に向かう準備が完了した。
「お待たせしました、それでは行きましょう!」
カルラが戻って来ると、ハルたちは街へと繰り出した。
三番街は商業地区なだけあって、朝から街は賑わい活気にあふれていた。人も竜人が多いかと思ったらそんなこともなく、街で通り過ぎる人たちは人族もエルフも獣人もドワーフらしき人たちもいた。みんな観光や商売目的で着ているらしく、ハルたちも三番街ではあまり目立つことはなかった。
しかし、カルラだけは完全に黒いベールを下ろして顔を隠していた。彼曰く剣聖と騒がれるとせっかくのみんなの観光が台無しになる可能性があるからだそうで、その気遣いにハルたちは感謝していた。
さすがに自国のそれも王都の街中に剣聖がいれば注目が集まるのは当然のことだ。
「みんな、最初は朝食でもいいかな?」
ハルがみんなに聞くとエウスが返す。
「おお、当然よ、こっちは腹の音が鳴りやまねえんだ」
朝食は街で外食することを決めており、みんな朝から何も食べていなかった。
「カルラさん、どこかいいお店ありますか?」
「そうですね、ここら辺で朝食ですと、〈竜のしっぽ亭〉なんてどうですか?さっぱりした肉料理がそろってますから朝の胃にも優しいですし、今日活動する体力もつくと思いますよ。あとここからそう遠くないです」
「え、凄い、いいですねそこ」
いい案が出たところでハルはみんなにそこでいいか聞き、了承を得ると、そのお店に向かうことにした。
街の中を歩いていると、頭上には竜、辺りには商売と観光でごった返す光景が広がっていた。
ハルの隣ではずっと空を飛ぶ竜を見つめながら歩いているガルナがいた。そこでハルは特に何の考えもなく彼女の手を握ってみた。
「ん、どうした、ハル?」
「…ああ、いや、迷子になると思って」
とっさに名案が思い付いたので口にする。
「そうか、ありがとな!」
にへらと笑う彼女にドキッとしながらも、本当はただ手を繋ぎたくなっただけというのは隠しておいた。再び彼女は空を見上げ、飛んでいる竜に興味津々だった。
するとそこでハルの肩が軽く叩かれた。そこにはライキルがいた。
「ハル、私、もしかしたらこれから迷子になるかもしれません…」
深刻な顔で彼女が言うのでハルは吹き出してしまう。
「アハハハハ、はい、じゃあ、ライキルも手つなごうか」
「はい、お願いします!!」
二人と手をつなぎながら街を歩く、目の前ではエウスとビナが相変わらず仲良くケンカしながら歩いていた。そこにカルラが仲裁に入るが止められるか怪しそうだった。
ハルはこんな当たり前の空間が大好きだった。みんなで街を散歩し、美味しいものを食べに行く。なんでもない日々を愛していた。
『ずっと続けばいいな…いや、俺が守ればいいだけか…』
ライキルの顔を横目で一瞥する。
『ひとりで…』
活気あふれる街中をハルは愛する人たちと共に進んでいった。
***
赤く塗られた木造建物の前に着いた。そこの看板には〈竜のしっぽ亭〉と書かれており、さっそくハルたちは中に入った。
席についてそれぞれ好きなメニューを注文し朝食が来るのを待った。
店内は朝から、積み荷の護衛をしていた冒険者や、休憩中の騎士、取引を終え一息ついている商人やハルたちと同じく朝食を取りに来た観光客でにぎわっていた。
「いい店ですね、よくカルラさんも来るんですか?」
「まあ、私というよりは、陛下がここの料理が好きでよくお忍びで訪れています」
「え、王様がですか?」
ここは王族や貴族がくるようなレストランでは決してなかった。どちらかというと庶民向けに開かれているごく普通の店だった。
「ええ、なんでも陛下とヒュラ様が子供の頃から通っていた場所だそうで、ヒュラ様と一緒に食べた懐かしい味を思い出したくて今も訪れているみたいなんです」
「へえ、じゃあ、陛下は王妃のことも大切にしてるんだな」
エウスが意外そうに呟く、確かにサラマンの印象は娘たちを溺愛している姿しか見ていない。
「ええ、なんと言いますか、陛下はウルメア様とキラメア様が生まれてくる前は、ヒュラ様に溺愛だったそうで、ああ、もちろん、今でも二人はとっても仲がいいですよ、ただ、王の威厳が崩れるという理由で公では我慢しているようですが…」
そのカルラの話しを聞きながら娘たちの前で感情を駄々洩れにする王にもはや威厳もクソもないと思ったがハルは口を閉じ心の中にとどめておいた。
それからみんなで夢中になって話していると、待ちに待った料理が運ばれてきた。
「あ、料理が来ましたよ!」
興奮気味にビナが言う。よほどお腹が減っていたのだろう。
卓上に並んだ料理はどれも夏にはぴったりの涼しい料理ばかりだった。そこにはしっかりと日が通された肉もあったが、さすがに竜の肉は入っていない。竜のしっぽ亭などと書かれているが、まず人には竜の肉は食べれないため、そのような料理が店に出ることは絶対になかった。
料理を食べ終わった頃には、もう、朝食か昼食か微妙な時間帯になっていた。店内も人の入れ替わりが激しくなり、昼食を目的に食べにきた人たちが訪れ始めていた。
ハルたちも、食後の紅茶を飲み終えてもうそろそろ店を出ようとしている時だった。ふと、隣の席の人たちが興味深い話をしていたので耳をそばだててしまった。
「小娘、知っているか、こんな噂が昨日から出回っていることを…」
語り手の男が声を作って少女に語り掛けていた。
「なに、どうせろくでもない話しなんでしょ?」
「それが地下闘技場に突如現れた化け物の話しだ」
「何その胡散臭い噂…」
「お前さんはここに来て日が浅いから分からないかもしれないが、この三番街にある穴の底から行ける地下には闘技場があると言われている。私もまだその真相をこの目で確かめたわけではないからあれだが、その闘技場が存在していることは確実のようなんだ」
ハルはそこでこの三番街にも穴があるのかとちょっと立ち寄ってみたくなっていた。そして、そんな地下にある闘技場とはどんなところなのか興味も沸いた。
「そこに突如、緑の怪物が現れて会場にいた者たちを皆殺しにしたって噂だ」
「なんですか、その子供も信じないようなでたらめな話は…私だってもうちょっとマシな嘘つけますよ?」
「実際に見たってやつがいるんだ、黒い騎士が死んだ後、突然緑の怪物が現れたって…」
「え?黒騎士が死んで緑の怪物が?」
ハルが聞いていもかなりでたらめな話だと思えた。
「もう、いいですよ、そんな陳腐な噂はそれより、早くメニューを決めてくださいよ、ヨルム!」
「ん!?」
そこでハルは少女が口にした人の名前でとっさに立ち上がって後ろを振り向いた。
そこには白虎討伐の際に出会い、解放祭でも言葉を交わしたことのある。バハム竜騎士団団長であるヨルム・ゼファーの姿があった。
「ヨルムさん!?」
***