竜舞う国 竜のお世話
王都エンド・ドラーナ北部、その十二番街にあるシフィアム王国の軍事基地【エンド・ボロス】。十二番街の広大な土地のほとんどが、軍事施設と軍竜を飼うための竜舎が立ち並び要塞化されていた。
ここからシフィアム王国は、自国の領地全土の緊急事態に備えていた。
つまりシフィアム王国の国防の要といえる場所だった。
そんな軍事基地の一角に、古ぼけた小屋があり、竜舎の近くにあった
【竜舎】とは、竜たちの寝床であり、鎖でつながれ飼育されている場所であった。他にも檻状で竜たちの自由が許されたものもあったが、場所を取るため、一般的には竜舎が採用されていた。
ただ、どの竜たちも一日に必ず外にだして自由に空を飛ばせるため、問題はなかった。それよりも軍が使う竜である〈軍竜〉は、人と共に行動するため待機する時間が長く、常に自由にさせていると任務で待機時間に我慢できなくなった竜が暴れたり飛んでいってしまう竜もいた。そのため、竜舎という檻に比べたら比較的狭い場所、といっても、竜たちが歩き回れるぐらいには広い竜たちの家に繋ぎとめておく必要があった。
だからか、その古ぼけた家の近くにある竜舎の方が立派な施設であった。人間の住むところなどその程度でもいいという国の意向なのだろう。さすがは竜舞う国と言われるだけあった。
そんなボロボロの小屋から飛び出したのは、黒髪で深い緑色の女の子だった。彼女の名はジュキ、わけあってこのシフィアム王国の軍事基地の一角を借りて生活していた。
日が完全に昇り切る前に、自分の身体を鍛えるために走り込み、剣を振るって技を磨く。ひとしきり毎日行っている稽古を終えた後は、小屋に戻って、とても狭いシャワー室に入り水魔法を頭からかぶって汗を洗い流す。
そして、再び外に出て近くの竜舎にいる竜たちの世話をするため、少し離れた場所にある大きな竜専用の食糧庫に立ち寄り、餌である大量の生肉を荷車に積んで運ぶ。
毎日やっているおかげで腕の太さは、同い年の女の子と比べたら天と地の差がついているのだろう。たくましい腕がそこにはあった。しかし、ジュキは日に日に、少しずつ強くなっているような気がして悪い気はしなかった。
「待っててね、今、朝ご飯を持っていくからね」
ジュキがひとりで懸命に荷車を引いていると、頭上にいくつもの影が落ちた。
「おおい、朝から頑張ってるな小娘!」
一匹の竜とガタイのいい竜人のおじさんが颯爽と現れた。
「ヨルムか、なんの用だ、私は今忙しいんだ、どっかいけ」
「ハッハッハッ、なかなか威勢もよくなってきたな。それに…」
ヨルムが荷車を引いているジュキを見回した。
「ふむ、それに飯もよく食べてるからか肉付きもだいぶよくなったな、結構、結構、いいことだ、ガハハハハハハハハ」
「朝からうるさいわ!ていうか、何しにきたんだよ、本当に」
鬱陶しく突き放すが、ジュキの安全と身柄を守ってくれているのは、このめんどくさい性格のおっさんだった。
「そりゃあ、お前さんがちゃんと竜たちの世話をしてるかの確認とついでにお前さんが元気にやってるかの確認だな」
「私は次いでかよ!」
ヨルム・ゼファーは竜をこよなく愛するおっさんだった。
「ハッハッハッ、そうだったな、すまん、すまん、どれ、私も手伝ってあげるとしよう」
「いいよ、私がひとりでやるから」
「小娘よ、協力は何より大事だ。協力することでできなかったこともできるようになり、そして、協力したものの同士絆も生まれるってものよ!それにな、早くしないとお腹が減ってる竜たちが可哀想だろ、ほれ、いくぞ!」
ヨルムが力を貸すと荷車が随分と軽くなった。荷車を押している時にジュキは隣で楽しそうに荷車を押すおっさんに言った。
「さっき、ヨルム、協力は大事って言ってたけど、十歳の私を働かせるのはどうなのよ」
「ハッハッハッ、竜泥棒のお前さんに、ここは良い更生施設だろ?」
「むう…」
そのことを言われるとジュキは何も言い返せなかった。
およそ一か月ほど前のことだ解放祭という大きな祭りがあった。ひとりの英雄が歴史上はじめて四大神獣の一角である白虎を討伐したことで開かれたお祭りだった。
そのお祭りにジュキも参加していた。参加していた内容としては、大切な人達と新しい生活を始めるためだったのだが、結局は、自分ひとりだけが残ってしまった。
闇の底から自分を救い出してくれたクレマン、最後はこんな自分と家族になってくれたティセア、二人とも世間からすれば悪い人なのだろうが、ジュキにとってはどこまでも優しい二人だった。
クレマンとティセアは解放祭で待ち構えていた闇の組織の者に殺されてしまった。だが、二人は最後まで自分を生かしてくれた。
だから、ジュキは何としてでも二人の分まで幸せに生きると決めていた。人生の最後に笑って二人のおかげで幸せだったと言えるように。
そして、現在に至るのだが、ではなぜジュキがこのシフィアム王国の十二番街で竜の世話の手伝いをさせられているのかというと、解放祭から逃げる時に、魔法で隠されていた竜舎にいた竜を勝手に盗み、飛び去ったからだ。
そこでジュキは、罪に問われたが、そうこの目の前にいるおっさんが代わりに弁解してくれたのだ。それで、ほどなくして彼の騎士団に入団し、お手伝いをするという償いの形で決着がついていた。
ただ、ジュキは盗んだ竜はしっかりと国に返したのに不当だと喚きちらしたい気持ちがあったが、クレマンとティセアのこともあり、ここに来たときは気持ちが沈んでどうでもよくなり、数日の間ずっと原因不明の高熱で苦しんでいた。しかし、それも治まるり、少しづつ彼の騎士団のみんなと接することで人間らしさを取り戻し、こうして前を向いて生活することができていた。
「さあ、ついた、さっそく竜たちに飯をやろう!」
だから、この元気なおっさんには一応ジュキも感謝はしていた。ただ、それでも十歳に異常なほどきつい力仕事は酷だと思った。もし、自分がドミナスの出身じゃなければ途中でねを上げていただろう。
ジュキとヨルムは手分けして、荷車から生肉を竜たちの餌箱に放り込んでいった。
「ほう、なかなか、綺麗に掃除してあるじゃないか、竜たちの糞が一つも地面に落ちてないとは感心感心だぁ!」
餌を与えている間もヨルムは、ジュキが何をやっていたのかを隅々までチェックしていた。
「当たり前だろ、こいつら寝床に糞が溜まるとすぐ気性が荒くなる。前なんか一回尻尾であっちの竜に吹き飛ばされたんだからな!!」
「ああ、レッドテイルか、あいつはもともと気性が荒い竜なんだ気を付けたまえ」
「先に言え!!」
彼に竜のことで教わったことといえば、朝昼夜、餌をやって糞を掃除しろだけだった。
「ええ、でも、自分でこう竜たちのことを理解していくのって楽しくないか?なんかこう絆が深まっていく感じしないかい?」
首をかしげながら腹立つ顔で話しかけて来るおっさんに、ジュキはキレる。
「しないわ!危うく、首がへし折れるところだったわ!!」
レッドテイルの尻尾の一撃を食らったとき、たまたま手に持っていた糞を回収するための鉄の塵取りを盾のようにしてやり過ごしたが、間に何か挟まなかったら完全に骨を砕かれていた。
「まあ、確かに、そろそろ、本格的に竜のこといろいろ教えるべき時期かもな、竜たちもお前の働きっぷりには感心しているようだし」
ヨルムが竜たちを見ながらそうは言うが、ジュキにはさっぱり竜たちの表情が読めなかった。
「そうなのか?」
「そうだとも」
目の前にいた竜がジュキが運んできた生肉を食べては嬉しそうに目を細めていた。その時、ジュキはその竜にありがとうと感謝された気がして、額に流れた汗を拭き取って微笑んだ。
「ところで今日、竜を使った街の巡回があるんだが、お前さんもついて来るかい?」
「え、だって私、ここから出ちゃだめって」
「許可はとってある。それにお前さんはもう立派なうちの団員だ。そんな団員をいつまでも閉じ込めて糞ばかり拾わせるのも可哀想だと思ってな」
たまには気の利いたことをしてくれる彼に礼を言った。
「そう、ありがとう、ヨルム」
「ガハハハハハハハ、いいってことよ、それより巡回の前に竜たちの世話を終わらせるぞ!協力ってやつだ。さっそく取り掛かろうか!」
おっさんと少女は、せっせと竜たちの朝の餌を竜専用の食糧庫から運んでは餌箱に入れ、竜舎の掃除をし、竜たちの牙をブラシでこすり、鱗の身体を磨いてやった。
竜たちの朝の一通りのお世話が終った。
「はい、朝の準備はこれでおしまい、ジュキ、お前さんも朝飯食ったら要塞の前で待っててくれ、昼前には飛ぶと思うから」
分かったとジュキが返事をすると、ヨルムは乗って来た竜にまたがって空高く舞い上がっていった。
「よし、準備しなくっちゃ!」
ジュキは竜舎の扉を閉めて、ボロボロの小屋に走って戻っていった。