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竜舞う国 留守?

 ハルが一週間という眠りから目覚めたその日の夜。キラメアとウルメアの二人を夕食に誘おうと竜王の間に立ち寄った。

 竜王の間は、王城ゼツランの主要な建築物と言える円形状の建物通称〈輪廻の間〉に広い庭を挟んだ場所の中心に建つ塔型の建物だった。

 ハルたちの泊まる〈鱗の間〉からは、その王城の主要な通路としての役割を持つ〈輪廻の間〉を横切り、小さな街がすっぽりと入りそうな広い庭を抜けた先にあり、王城の中央にそびえ立つ竜王の間への道のりは比較的どこからでも行くことができた。

 しかし、さすがに王族が住むところでもあり、来客や許可の無い使用人や騎士が、〈竜王の間〉を取り囲む庭に、足を踏み入れられる場所はごく一部だった。

 竜王の間に入るには〈輪廻の間〉と庭の間にある大きな門にいる門番に用件を伝えなければならなかった。

 これがなかなか、強面の人が多く、威圧感があった。


「あの、竜王の間のキラメア様とウルメア様にお会いしたいのですが…」


 だが、強面と言ってもそれは外から見た印象だけで決めつけたことで、この王城の門番の誰もが、冷静で礼儀正しかった。


「申し訳ございません。現在、キラメア様とウルメア様に関しましては、ご本人様たち自ら面会をお断りしております。お泊りになっているホテルの番号とお名前をお伝えしてさえ頂ければ、お二方の許可が下りた際、すぐに面会できるように伝言を残しておくことができますが、いかがしましょうか?」


「分かりました。それでしたら私たちは西側の食堂を利用した後、鱗の間の第一ホテルにいると思いますので、そこの人に伝えてもらえれば助かります。名前はハル・シアード・レイです」


 まるでその門番はお名前はご存知ですよといった感じで微笑んだ。


「ありがとうございます。それでしたら、キラメア様とウルメア様のお二方に何か伝えておきたいことはありますか?わたくしたちを通じて伝えさせていただきますが?」


「それでしたら、二人に一緒に食堂で夕食でもどうかと伝えておいてもらえれば助かります。八時ごろには西の食堂でみんなと食べていると」


「承知いたしました。それでは、伝えさせていただきますね、西の食堂で八時に夕食を取ると」


「お願いします」


 ハルは門番との挨拶を終えると、みんなの泊まっている鱗の間の第一ホテルまで戻ることにした。

 今日、目を覚ましたハルの身体はなんだか重く気分もすぐれなかった。久々に眠ったからだろうか、身体の調子が戻るのは先になりそうだった。


「それにしても、大きな廊下だよな…」


 ハルが今歩いている場所は〈輪廻の間〉と呼ばれる円形状の通路だった。横幅も天井もとにかく広く造られ、この空間の中に家を建てても気にならないくらい広かった。さらに通路には大きな円柱が等間隔に並べられており、天井からは豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっており、迫力のある圧巻の光景だった。

 さらに壁沿いには大きな絵画や装飾品、巨大な竜の剝製なんかが飾られており、歩いていて退屈もしない。むしろ、この輪廻の間には歩き疲れた際に休める、ラウンジまであり、そこでは酒やちょっとした食事も提供していたので驚きだった。

 みんなのいるホテルまで歩いているとこの城の使用人や騎士たちとすれ違った。誰もがこの通路を通って、この城内を移動しているから当然ではある。たあ、もちろん、ここにいる多くが竜人で、人族のハルはここでは少し目立っていたのだが、それでも王城に人族の来客は珍しくはないのだろうか?誰も珍しそうにこちらを注視してくる人もいない、どちらかというと、ハルが珍しそうに周りの彼らを見つめてしまうほどであった。


「でも、ここ掃除が大変そうだ…」


 なんとも豪奢な空間に庶民的な見解しか見いだせないこの時のハルに英雄感などかけ離れていた。というよりも目を輝かせて城内を冒険するハルはそこらの庶民の子供とたいして変わらない状態だった。


「マリンダさん!!」


 ハルの横を通り過ぎた竜人の男性が、近くを歩いていた竜人の女性に話しかけていた。


「ジャバラさんじゃないですか、どうしたんですか?」


「ああ、えっと、それが、俺これからちょっと外に用事があって一緒に付き合ってもらえないかなって……ダメかな?」


「今からですか!?」


 彼女が驚きの声をあげる。確かにこれから外出となると時間も時間であった。


「そう今からです。夜遅くなると思うんですけど、その三番街に行ってやらなければならないことがあって…」


「まあ、その、別に構わないんですけど、私なんかでお役に立てることですか?」


「いいんですか、え、本当ですか!?」


「はい、今夜はもうやることもないですし、明日も休みなので…」


「わっかりました!それじゃあ、さっそく準備しましょう!さあ、ついて来てください、丈夫な靴と服が必要です」


「え、丈夫な?って、うわあ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 男の方が女性の手を取って嬉しそうに歩いて行く。なんだか騒がしい二人が通り過ぎて行ったなぁと思いながらもハルは、彼らの会話の中から三番街が商店街が集中する地区であることを思い出す。


『たしか三、四、六、九番街が商業地区だったよな』


 王都エンド・ドラーナには十二番までの街があり、各街にはそれぞれ居住区、商業地区、工業地区に分かれていた。

 居住区には人々の生活が根付いたものに関する施設などが多く観光には向いていない。

 商業地区は飲み屋などが立ち並び、夜やってる店も多く存在する。先ほどの彼らが夜遅くからでも、向かうのも納得がいった。

 工業地区は、主に鍛冶場が多く、武器の新調にはいい店が集まっていると聞いていた。


 三番街から東には、エルフの森とスフィア王国があり、商業地区として三番街と四番街が発展するのは当然の成り行きだった。逆に、九番街から西にまっすぐ進むと龍の山脈に突き当り、そこから左右の街道を北に進めばイゼキア王国が、南に進めばレイド王国パースの街に繋がるため、商業地区として栄えていた。

 六番街に関しては、三番街と九番街の物資が行き来するための中継地点といった場所であり、この六番街がシフィアム王国の国民の憩いの場ともなっていた。外からやってくる人が少ないためだ。


 残りの一番街と二番街は現在、貴族たちの住む高級住宅街となっており、五、七、八、十一、十二番街が庶民たちが暮らす居住区となっていた。

 そして、最後の十番街が工業地区だった。


 そのようにハルはその場しのぎで教えてもらった浅い知識からこの王都の街のあり方をあらかた思い出していた。


「あれ、そういえば、穴が開いてる場所って何番街だっけ?」


 街に大穴が開いていると聞いたときはビックリしたが、そもそも、王城の敷地の周りを取り囲む円形の大きな穴が開いていることを考えれば、そりゃあ、街にもいくつかそういった穴が開いていてもおかしくはないとも思える。


「みんなとその街の大穴も探検してみたいな…」


 楽しみが増えていくことは喜ばしいことだった。みんなと一緒に楽しめるうちに楽しんでおく、一生分彼らと楽しんでおく。

 こうした楽しみはこの世界にまだまだたくさん溢れているはずで、それをみんなとこれから先、一緒に楽しめないと思うとただただ悲しかった。


「………」


 ハルは壁沿いの大きな窓ガラスに立ち寄り、そこから見える夜空に輝く星を見つめた。人は生まれた時から死ぬまでずっと夜空で輝く星を永遠の象徴として崇めてきた。そんな変わらない輝きを羨ましいと思いながら、届かぬものだとちゃんとあきらめたハルは、急ぎ足で再び歩きだした。


 その後、鱗の間のハルたちが泊まる第一ホテルの三階に着くと、みんなが三階に開かれた待合室であるラウンジで退屈そうに雑談をしていた。

 みんなに王女様二人を呼んでこれなかったと伝えると、全員それぞれがっかりしていた。ハルだってがっかりはしていた。

 求婚を迫られては断るということを繰り返している不思議な仲になってしまったキラメア。そして、新たにジョン・ゼルドのファンだったことが発覚したウルメア。

 ハルが一週間眠っていた間も、みんなは彼女たちや、剣聖のカルラとも仲良くなったと話しているのを聞いていたので安心していた。


「それじゃあ、そろそろ、食堂に行って夕食にしようか」


 エウス、ライキル、ビナ、ガルナが気を取り直して各々返事をする。


 ハルたちは城内のホテルを後にして、食堂に向かった。



 ***



 それから、結局ハルたちが食堂で夕食を取っている間も、夕食を取り終えた後も、彼女たちが姿を現すことは無った。

 食後に、ホテルに戻ったハルが受付の人に何か伝言が入ってないか聞いてみたが、王女たちからの新しい連絡は何もなかった。

 みんなで三階のラウンジでゆったりした時間を過ごすことになり、これからの予定を話し合う。


「明日はちょっと三番街と四番街の方に出かけようと思うんだけどいいかな?」


「いいですよ、お買い物ですか?」


「うん、ちょっとお目当てのお店探しってところかな」


 みんなに灰竜の館の件については秘密だったが、偵察というていで一度場所を確認しようと思っていた。


『でも、騎士たちが探し回ってくれたのに無かったって言ってたからな…』


 そう、見つかるかは分からないのだ。

 実際に訪問するつもりでいる当日は、みんなをカルラに預けてから、ひとりで行くと決めていた。これはハルたち宛ての殺害予告が血で染めた手紙で届いていたため用心としてだった。もし、黒い手紙と血の手紙を出した人物が同一人物なら、みんなを危険場所に連れて行くことになってしまう。それだけは避けたかった。


「何のお店探してるんですか?」


「フフッ、ライキルには秘密」


「ええ、教えてください、教えてくれないと、今夜寝かせませんよ?」


「いいよ、俺はたくさん寝たから、だけどライキルは明日起きれるかな?寝坊してたら置いて行っちゃおうかな」


 もちろん、置いてくことは絶対に無い。王城内が安全とはいえないからだ。


「そういうこと言うんですね…」


 そんな冗談をいうと怒ったライキルが胸の中に飛びこんで抱きついて来た。


「もう、私、ハルのこと嫌いになっちゃいそうです…」


「別にいいけど俺はライキルに嫌われても、ずっと好きだよ」


「ええ、じゃあ、やっぱり私もハルが好きです」


 ハルとライキルは幸せそうに微笑み合い抱きしめ合う。気が付けば他のみんなの視線が二人に集中していた。エウスはニヤニヤしながら、ビナは顔を赤らめながら恥ずかしそうに、ガルナに関してはたまらないといった感じですり寄ってきて腕にしがみついて来た。


「よし、分かったよ、ハルさん、明日は三番街周辺で観光ってことだな、それだったら早く寝ようぜ」


 エウスが立ち上がり解散を促す。気を遣ってくれたのだと思うと申し訳なかった。


「そ、そうですね、私も寝坊しないように早く寝ます!皆さん、おやすみなさい!」


 そそくさと逃げるようにビナも自分の部屋に帰って行く。


 エウスとビナの二人が部屋に戻って行くと、ラウンジにはハル、ライキル、ガルナの三人になった。


 抱きつくのをやめたライキルが顔を上げて再び訪ねてきた。


「それで本当は何のお店を探してるんですか?」


「お菓子の店なんだけど、名前を忘れちゃってね」


 嘘というよりかはお菓子が好きなライキルやみんなと美味しいお菓子の店を訪れたいという気持ちはあった。明日行く三番街と四番街にはあくまで偵察の目的で訪れるため、本格的に探す必要はない。むしろ、どんな場所か地形の把握などが主な目的といっていい。その間に灰竜の館らしきものが見つかればラッキーといった感じだった。


「そう言うことなら、私に任せてください、シフィアムで有名なお菓子の店に連れていってあげます!」


 前から調べていたのだろう、彼女からは自信しか溢れていなかった。


「私もお菓子食べたい…」


 腕にしがみつくガルナが眠そうな顔を近づけてきて、甘い声でつぶやく。


「うん、みんなで行こう。キラメアやウルメア、カルラさんも誘ってみよう」


 王女様二人に関しては許可が出るかどうか分からない。レイドの王女様のように許可なく自由に外出はできるほど、ハルたちはここでは信用されていない。

 カルラに関しても王の護衛などの任務があるため、来れないかもしれない。

 そうなると、結局、いつもの五人で出発することになりそうだった。


 ハルたちもラウンジから出る。


 するとそこでひとつの問題にぶつかった。


「ところでハルは今日どっちと一緒に寝るんですか?」


「ああ、そうだね、じゃあ、二人と一緒に寝ようかな」


 ハルが二人の手を握る。

 ライキルはニッコリと笑って強欲な狼めと楽しそうに罵る。ガルナは重たい瞼を何とか上げた状態で、フフッと笑っていた。


 目が覚めてからのハルの一日が終わる。


 そして、始まる。


 シフィアム王国の地下の底で静かに眠っていた怪物、光に紛れている闇たち、かつて地の底から空の光を眺めていた青年、底なしの闇の組織たち。


 蠢く闇たちが自らの目的のために動き出す。


 四大神黒龍獣討伐前に、竜舞う国で国を揺るがす大事件が起こる。


 その渦中にハルたちもいた。


 夜が明ける。



 *** *** ***



 早朝、ジュキは自室のベットの上で目覚めた。カーテンの隙間から薄暗い朝の細い光が差し込む。ベットから出て、カーテンをどけて窓を開けると広がる光と舞い込んでくる新鮮な草木の匂い。窓の外を見回すと黎明の空には竜が飛びかい、昇太陽が見えた。

 朝になって窓を開けられる当たり前の日常が目の前に広がる。


「良い朝です…こうやって私が生きてるのも、あなたたちのおかげです。今日も一日、二人の分まで懸命に生きるのでどうか見守っていてください」


 ジュキは手を胸の前に重ねて祈る。


 そして、服を着替えて身支度を整えたジュキは剣を持ち、朝の稽古に出かけた。


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