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竜舞う国 穴の底

 シフィアム王国には四つの大穴があった。一つは街と王城を隔ている〈円環〉あとの三つは、十二番街と六番街と三番街にあった。この三つの大穴は、穴の底同士でつながっており、蟻の巣の様に地下は迷宮になっていた。穴の底に下りるためには竜を使うか、飛行魔法を使うか、人々がつくった階段や通路を利用しなくてはならない。

 苦労はするがそれは先人たちの知恵でもあった。それは戦火の炎が大地を埋め尽くしても、人々が生き残れるようにと三つの大穴を繋げ逃げ道を用意していた。

 いくつもの戦争を超えるたびに穴の中に住む者たちが多くなり、街の三つの欠落は巨大な街に姿を変えていた。

 現在、戦争の足音も遠のき誰もが平和に上で暮らせるようになると、再び、人々は日の当たる地上へと帰って行った。

 人々を守っていた大穴は今では街の〈欠落〉と呼ばれ、下層に住んでいる者たちは〈落人〉となり蔑まれていた。いわゆる身分格差が存在していた。そのため、大穴の底は治安が悪かった。


「んで、底に残ったのが暴れたりない暴漢たちってところってか…」


 〈三番街欠落〉にひとりの竜人がいた。


 その男の尻の下にはいくつもの気絶した暴漢たちが山積みになっていた。


 彼の名はジャバラ。二十代後半の大人っぽさをもち、童顔で、さっぱりとした外はねした黒髪に、赤い瞳が優しく穴の底の闇で光っていた。黒を基調とした騎士服背には昇り龍の刺繡が編み込まれており、その服から覗く漆黒の鱗が、よりいっそう闇に溶け込むには特化していた。


「それにしても地下は本当に刺激しない方がいいと思うんだけどな…」


「ジャバラさん、ご無事ですか!って、うわぁ…」


 シフィアム王国の地下案内役の文官が、ジャバラの背中から声を掛ける。彼の左手には周囲を照らす赤い炎と右手には地下の地図が握られていた。


「ここらの調査を頼まれたが、一歩一歩歩くたびにこうも暴漢たちに襲われちゃね」


 ジャバラがポケットから煙草を取り出し火をつけた。一服する間に気絶から目覚めそうになっている暴漢を蹴りつけ再度強制的に心地の悪い眠りに招待していた。


「もう、無理ですよ、ここは一旦帰りましょう。私、いい店知ってるんです。そこで一緒にお茶でもしながら、誤魔化す方法を一緒に考えましょう」


 案内役の女性が来た道を戻るために地図で出口を探っていた。


「ああ、それ名案だな。俺もこんなクソだめみたいなところでむさ苦しい男を相手にするより、お姉さんとお茶でもしながら、サボる方がいい人生だ」


 煙草の灰を暴漢たちの山に落として、下で怯えている女性に目を落とす。

 辺りには発光する植物が生息して彼女の周囲を照らしていた。それでも明かりは弱く、穴の底は常に夜の様であった。それはこの底から穴の側面にいくつも建てられた建築物が原因でもあるだろう。戦時後見捨てられたこの欠落は違法建築が増え、光を遮り、竜の出入りする場所も狭くなっていた。


 穴の底では光が届きにくい。誰かが光を当てなければ、闇は滞留しその勢いを増す。


「そうですよね、もう、私、ここから生きて出られたら、なんでもしますから、早く出ましょう!」


「ハハッ、大げさだな、ここなんかまだ序の口だぜ、奥はもっとやばいところだよ」


 吸い終えた煙草を暴漢の額に押し付け消し、ジャバラは完全に闇に消えた。


「あれ!ジャバラさん、あれ、ジャバラさん、待ってくださいこんな暴漢たちの街に一人にしないでくださいよ、お願いです!」


 すると案内役の彼女の後ろから生ぬるい風が送られて来た。


「ひゃ!!」


 彼女が勢いよく後ろを向き、右手に持っていた炎を投げつけた。


「おっと、お姉さん以外にやるね」


「もう、脅かさないでくださいよ!!」


「ごめん、ごめん、上に戻ったら驕るからさ、ちゃんと約束は守ってくれよ?」


「約束、ああ、いいお店紹介するってことですね、いいですよ」


「ていうか、そのいいお店って、お姉さん何の店なんだ?もしかして、そう言う感じの店?それってホテルなんじゃ…」


 ニヤニヤしながら、ジャバラは彼女に近づいた。


「私、ジャバラさんのそう言うエッチなところがきらぃ……」


 ただ、その時だった。


 ジャバラが彼女の口をふさいで暴漢たちの気絶した山に倒れ込んだのは。


 もがく彼女の口を押さえつけ、暴れる手足を身体で止める。


「静かに…」


 ジャバラがひとこと呟くと、彼女は一瞬で声を潜め身動きを止めた。


「何か来る…」


 深い闇の奥底からジャバラでさえ背筋の凍る得体の知れない殺気を振りまく者が近づいてきていた。

 冷や汗が額から頬へそして地面に落ちる。ジャバラの腕の中にいる彼女は必死によくわからない恐怖を振り払うためにジャバラにしがみついていた。


 ゆっくりと歩いて来る何者か。


 息を殺す。


 自分と彼女の隠れている。暴漢たちの山の前までその何者かが近づく。


 ジャバラはそこでその得体の知れない恐怖の存在を目撃した。


 真っ黒い鎧の騎士が暴漢たちの山を通り過ぎていった。


「行ったか…」


 暴漢の男たちをどけて、彼女と一緒に立ち上がった。


「………」


 彼女は恐怖で声も出ないようで大切に持っていた地図も手放してジャバラに必死にしがみついていた。


「し、死ぬ…ここにもういたくない…い、嫌……」


「運が悪かったようだな…ありゃ、ご機嫌斜めだ…ほら、地図を拾って帰ろう、美味しいものでも食べて全部忘れよう」


「そ、そうしましゅ…」


 腰が抜けている彼女の肩を支えた。


「あ、でも、地図がどこかにいっちゃって…」


「そっか、まあ、しょうがないよね。ほら、暴漢くんたち、邪魔だ邪魔だ」


 ジャバラが片手で暴漢たちを投げ飛ばし山を切り崩していき地図を探していく。右手に炎を灯して周囲を照らすとくしゃくしゃになった帰りの地図があった。


「あった、あった、よし帰るよ、今日は地下の探索はしない方がいい、怪物が遊びに来てるからね」


「怪物?」


 彼女は何とか力を振り絞って声を出した。


「そう、とっても怖い怪物が、さっき通り過ぎたでしょ、あれには関わらない方がいい」


 彼女はジャバラにしがみつき混乱しながら質問した。


「ジャバラさんは知ってるんですか?」


「…まあ、噂だね、噂…うん、そう噂、地下にはたくさんの噂が流れてるから、怖いよ、中には聞いただけで生きて帰れない噂もあるからね」


 知っているも何も。さっきの怪物は…。


 するとそこにさっきの怪物とは違う圧と複数の足音が聞こえてきた。ただ、今度は隠れなくてもいい敵意の無いものだった。


「なんだ、喧嘩か、いいね。この底は相変わらず喧嘩と色が絶えない愉快なところだぁ」


 男の声だが艶っぽい、そして、おぞましさがある。しかし、ジャバラは何度もよく聞きなれた声だった。


「あんたは…」


「ふむ、なるほど、これあんたがひとりでやったのか?そこのお嬢さんを守るために?カッコイイね!」


 男は暴漢たちの山を足で蹴りつける。


 ジャバラは手のひらに炎を出して、その炎を大きくして周囲を照らした。


 その瞬間、その男の後ろにいた仲間であろう人達が、力強い殺気を放つ。が、しかし、先ほど浴びた凄まじいものに比べればそよ風のようなものだった。


「落ち着け、お前たち、そんな血気盛んになる必要はねぇ、なあ、あんた………って、その顔……」


 炎の前にその男の姿があらわになる。

 肩まで伸びた外はねの赤い髪に真っ赤な目、金色のキラキラした明るいピアスをぶら下げて、ギザギザした歯をのぞかせていた。

 懐かしい顔だ。忘れはしない。子供の頃から大人になるまでこの街を一緒に駆けまわった仲だ。


「よお、久しぶりだな、ゼノ」


 そう、やって来たのはゼノ・ノートリアスだった。


「ジャバ!何でこんなところに居んだよ!!」


「それはこっちのセリフなんだが、まあ、いい元気にしていたか?」


 ジャバラとゼノは互いに抱きしめ合う。


「元気だったよ、おいおい何年ぶりだよ!?」


「そうだな、最近、お前とは全然会ってなかったからな」


 暗闇の中で互いに笑い合う。互いの連れのことなど忘れるぐらい。二人の間には懐かしい空気が流れていた。


「よし、ジャバ、俺たちこれからあの場所に行くんだけど、一緒に来るか?」


「せっかくの誘いだけど、お断りさせてもらおう、なんせ、ほら」


 ジャバラの後にはもうぐったりして膝をついて座っている案内役の彼女がいた。


「ジャバの嫁さんか?」


「いやぁ、狙ってんだけど、ガードが固くてさ、あ、ゼノお前はモテるんだから彼女に近寄るんじゃねぇぞ、せっかく上手くいきそうなんだからな」


「アハハハハハハ!ジャバはそう言って、子供の時も女の子にビンタされてたよな」


「うるせぇな、昔の話しだろ、ところでお前さんの後ろにいる人たちはお仲間さんか?随分、美人を連れているようだが…」


 ジャバラの視線は、ゼノの後ろにいる三人の美女と、屈強そうな男と知的そうな男に向く。


「ああ、そうだ、こいつらは仕事仲間って感じだ。こっちから、リップ、イルネッタ、スマ、そんでこっちの男二人がゴベドラとギリユ」


「どうも、ジャバラって言います」


 ジャバラが片手を上げるが、美女三人には無視され、屈強な男のゴベドラには睨まれ、知的そうなギリユだけが手を振り返してくれた。


「まあ、なんだ、そのゼノと仲良くしてやってくれ、こいつ先走るときがあるからさ」


「ジャバ、いつの話しをしてるんだ。俺ももう大人だ。ジャバよりはガキだがよ」


「そうか、そうだったな…」


 ジャバラとゼノが話している時だった。二人同時に同じタイミングで同じ方向を向いた。


「あらあら、ジャバが暴れるから、元締めの方たちが来ちゃった」


 ジャバラたちの後ろからさらに複数人の男たちがやって来た。


「おいおい、あんたたち、よくも俺たちの可愛い可愛い部下をやってくれたな、このことは同落とし前つけてくれるんだぁ?」


 ゼノの後ろにいた三人の美女たちが前に出る。


「おい、お前たち地下で殺しはあの場所でだけだからな、分かってるよな?」


「ゼノさん、でも、こいつら生きるに値しなさそうですよ」


 リップと呼ばれた美女が刺突剣を腰から抜き答えた。


「ダメだ、厄介なんだよ、ここのルールは、分かるだろ。特権者か気狂いしかここで人は殺さない、リップ、お前は正常だよな?俺は正常な女が好きだぞ」


「分かりました、ゼノさんに従います」


 ジャバラは、美女の尻に敷かれていないゼノを羨ましく思いながらも、加勢しようとするとゼノに止められた。


「ジャバが出なくても彼女たちだけで十分だ」


「そうか、ならいいんだが…」


 その後三人の美女にコテンパにされた、元締めたちは部下の隣に山を築いた。

 仕事を終えた美女たちはゼノに寄って彼は適当に彼女たちの頭を撫でてよくやったと褒めていた。


『ハハッ、まったく見せつけてくれるぜ、まあ、そうかゼノも、本当に大人になったんだな、あんなに可愛い部下を持って羨ましいが…』


 穏やかに微笑みながら昔の彼を思う。今よりももっと苛烈で先走って暴れん坊で、終わりが見えない生活。

 生きるのに必死だったあの頃の鋭さは、誰かのための優しさに変わっていた。


「丸くなったってことか…それにしても、羨ましいぜたくよ」


「ジャバラさん、もう、私地下なんてこりごりですよぉ」


 気が付けば、案内役の彼女が、ジャバラの足元に腰を抜かしてしがみついていた。


「ごめんなさい、ああ、大丈夫ですか?立てますか?」


「手かりてもいいですか…腰が抜けちゃって…」


 普通の生活を送っていた彼女に穴の底は刺激が強すぎたようだった。


「あの人はお友達ですか?」


「そう、俺の親友ていうか兄弟っていうか、そんな感じだ」


「へえ、なんか危険な匂いがしますけど、カッコイイ人ですね」


「え?そうかな、危なさだったら俺も相当だよ」


「フフッ、どこで張り合ってるんですか」


 彼女が隣で楽しそうに笑う。


「たしかに」


 なんだか、昔を思い出してしまった。『君も、ゼノが好きなんだろ?』と口にした次の瞬間には頬に痛みが走っていたことに。


『俺はやっぱりバカだったんだな、ゼノみたいに真っすぐ生きていればよかったんだ…』


「ほんとどこで間違ったんだか…」


 ジャバラは彼女をしっかりと支えて、ゼノに声を掛けた。


「ゼノ、俺たちは上に戻る。また何かあったら、王城に来い、飯ぐらいおごってやるし、愚痴も聞いてやるよ!」


「バカ、ジャバ、落人が王城に入れるかよ!」


 ゼノは仲間たちに囲まれながら、手を振った。


「俺はちゃんと入れたぞ、だから大丈夫だ」


「ハハッ、やっぱり、ジャバはすげえよ!」


「また会おう、兄弟よ」


「ああ、また会おうな、ジャバ!」


 ジャバラとゼノは互いに背を向け合って歩き出した。子供の頃別れてから何回か会っているが、そのたびにお互いの周りの環境が変わっていくのをどうしようもなく感じていた。時は自分たちを過去に戻してはくれない。だから、これでいいのだと、ゼノに会うたびに思っていた。

 彼には彼の自分には自分の道があると。


『また会おう』



 ジャバラは案内役の彼女を連れて入り口がある大穴の真下まで来ると彼女を持ち上げた。


「きゃあ!」


「帰りは俺が送りますから」


 行きは竜で来たが帰りは最初からこうやって自分が彼女を抱えて飛ぶつもりだった。それまでには仲良くなっておく作戦だったのだが、今やそんなのどうでも良かった。

 真っすぐ素直に生きる。

 ただそれだけで良かった。


「今日は怖い思いさせてすみませんでした。もう、しませんから、今度は地図だけ…」


「いえ、今度も私がついて行きます。ジャバラさんなんだか危なかっしいので!」


 抱きかかえられている彼女が楽しそうに笑う。


「そうですか、じゃあ、しっかり、つかまっててください…」


 ジャバラの足元から二つの光のリングが灯る。


 二人は星が瞬く夜空に向かって飛び去って行った。



 ***



「ゼノさん、あの方が本当にジャバラさんなんですか?随分、聞いていた話と印象が違うんですけど…」


 オレンジ色の髪を後ろにまとめた赤い瞳のイルネッタが話しかけてきた。


「あぁ、切れてやばかったときは、もっと若かったころだ。今は、王都の騎士団で騎士として働いている」


「騎士ですか?」


「そう、前に会ったとき聞いた。生き方を変えたって言ってたけど、あれは嘘、何かに心をへし折られたって感じだ。会うたびに鋭さのかけらもなくなっていってる」


 ジャバラが何かを抱えているとゼノは確信していたが、どうにもそのことを彼は話したがらなかった。

 ただ、ゼノもオートヘルにいることは彼には隠しているため、お互い様というところはあった。

 誰にだって話したくないことのひとつや二つはある。そういう時は、ただ、相手が話したくなった時を待てばいいだけで、気まずくなる必要もない。会ったときは笑って抱擁し兄弟と言えば、昔の頃に戻れた。


「もしかして、ウルメア様じゃないかしら、王城にいるならウルメア様とも関わる機会があるし」


「まあ、なくはないかもな、ウルメア様は気分屋だからな…」


 ゼノは最初に出会った時のことを想い返す。初めて死という存在を意識させられた相手。


『俺の死の女神…』


 ゼノの頭の中で、彼女が素敵に笑う姿と、死神の様に暴れ狂う姿が同時に浮かび上がる。そのあまりのかけ離れた姿に、ほれぼれとする。そして、おまけに面もよく、外見だけでいったら弱々しい雰囲気で頭お花畑で苦痛を知らない王女様という彼女が、ゼノの嗜虐心をくすぐる最高の相手だったが、絶対に手は出せなかった。

 手を出した瞬間、言葉通り手、いや、腕が無くなっているのは確実であった。

 彼女をなぶりたいのに絶対になぶられるしか選択肢がない圧倒的な存在。

 そんな自分の情緒をめちゃくちゃにしているウルメアという王女様にゼノは酔心していた。


『彼女だけが俺の絶対だ…』


 ゼノがしばらく黙っていると、不機嫌そうに頬を膨らませたイルネッタが言った。


「ゼノさん、もしかして、また、ウルメア様のこと考えてます?」


「いや、別に…」


 ゼノはイルネッタに詰め寄られても全然気にしない様子で、本来の目的地までウルメアのことを思いながら歩き始めた。


「嘘だ、嘘、絶対、考えてますよね?彼女のこと」


「イル、少し黙ってろ、口縫い合わすぞ」


「ぜひ、お願いします!」


 イルネッタが深々とお辞儀をする。


 他の仲間たちが彼女の奇行に呆れる。


 それも無視してゼノは目的の場所まで歩みを進めた。



 ゼノたちがエンド・ドラーナの大穴〈欠落〉の底を続いている道沿いに歩いて行くと、突然、居住区などの建物が現れた。

 多くの人々が、その街を行きかい、街の入り口は大いに混雑していた。そして、その街の奥には巨大な円形状の建物があり、人々はそこに吸い込まれるように流れていた。


「お前たち、今夜、出場してもいいが、大事な作戦の前だ、こんなところで死ぬなよ?」


【地下闘技場バジリスク】それがシフィアム王国の地下奥深くに眠る、違法な闘技場の名前だった。


 刺激を求める者たちが集う、竜舞う国の底に沈殿する竜人たちの屍の山。


 地下独自のルールが敷かれている穴の底に、上での法律は通用しない。まさに裏社会そのもの。


「ここに来るのも久しぶりだ。何にも変わってない、死の匂いがプンプンしやがる、最高の場所だよ」


 この大陸は四大神獣白虎の死で湧き上がっているが、シフィアム王国の地下では最後の戦争が終ってからずっと人々を、この人間たちの死の魅力に引きずり込んできた。一度この闘技場にはまれば病みつきになり、離れられなくなる。それは直接的に参加しても、間接的に参加してもどちらも同じだった。

 人は結局のところ死という自分が一生に一度しか体験できないものを疑似体験して、満足させたいようで、この地下各闘技場〈バジリスク〉には、数多のシフィアム王国の人間が集っていた。


 ゼノたちが円形闘技場の中に入って行くとそこでは本物の殺し合いが行われていた。

 互いに武器を持ってフル装備でルールなど相手を殺したら勝ち、死んだら負けというシンプルなものだった。

 闘技場の熱気は冷めることを知らない。

 血が噴き出るたびに、観客たちも大盛り上がりだった。この場では誰もがイカレていた。


「じゃあ、お前ら自由行動だ。好きに散らばってくれ、俺はここにいるから」


 ゼノが入り口の近くの席で、殺し合いを見物し始めると、両隣がすぐに二人の美女で埋まった。


「終わったら、いつもの待ち合わせの場所に集合ってことでよろしくな」


 ゴベドラ、ギリユ、スマの三人が了解ですと返事をすると、一旦ゼノたちとは別々の行動ということになった。


「さて、さて、強い奴はいるか?今は誰が戦ってんだ、ふむ、この試合は見る価値はないな」


 ゼノにとってはあくびが出る試合が展開されていたが、他の観客たちにとっては大歓声を上げるほど面白い試合の様で、周りは大いに盛り上がっていた。


「ここの戦士の質も落ちたと思わないか?」


 その問いかけに、リップが答えた。


「そんなことないと思う、まだ始まったばっかりだから」


「まあ、それもそうか…」


 この闘技場、誰でもリングの上に立てるが、立ったら最後、対戦相手を殺すか、自分が殺されるかの二択しかない。が、ルールがそもそもないため、途中で逃げるのも可能だった。ただ、そういった臆病者は、周りで見ている観客たちから追いかけられて、殺されるのが落ちだった。

 しかし、もちろん、例外もある。こんな無法地帯でめちゃくちゃな闘技場にどんな奴がいるか分からない。何が起こっても不思議じゃない。

 ここでは全て自分で自分の身を守らなければいけない場所なのだ。


「俺も参加しようかな…」


 しばらく、ゼノが試合を眺めていたがあまりにも退屈であったため今出場している戦士たちを殺して乱入しようかと企んでいるところだったのだが…。


 リングには一対一で、ようやく片方の選手が相手の首に剣でとどめを刺して、勝利のポーズをとった。


 しかし、その時だった。


 会場に異様な圧がかかる。


 そして、苦戦しながらもようやく勝って勝利ポーズを取り観客を沸かせていた男の心臓部分が飛んで来た一本の剣によって吹き飛ばされていた。


 胸に大きな穴があいた男は、勝利のポーズを取りながら死んでいった。


「この感覚…」


 ゼノが慌てて、その飛んで来た剣の方を見た。するとリングの入場門である大きな太い木の門に大きな穴が開いて、破壊されていた。


 そして、黒い鎧の騎士が姿を現す。


 会場に、動揺が広がる。ルールなど無いがあまりの卑劣な勝利に観客たちの思考が追い付いていないからだ。ここの観客たちには、この闘技場に来たことがあるという拍をつけるためだけに来ている貴族たちなんかもいた。

 その者たちからすれば、今のその黒騎士の行為は反則だと捉えているのだろう。

 そのため、ゼノの席の近くで、いかにも貴族の生まれですという竜人の男がルール違反だと喚き散らしていた。


「ゼノさん、なかなか、いい雰囲気の選手が出てきましたよ」


 イルネッタが興奮気味に話しかけて来た。


「そうだな、場合によっては俺も乱入させてもらおうかな」


 ゼノは強者を痛めつけるのが大好物だった。その対象が権力や力、守るべきものを持っていれば、持っているほど、壊しがいがあった。


「英雄の前の準備運動には良さそうだ…」


 と呑気なことを考えていたが、次に黒騎士が動いたとき、そのフルプレートの中にいる人物が誰だか分かってしまった。


 黒騎士がリングの中央まで行き、死体から剣を引き抜くと、反対側にあった木の門に向かって持っていた剣を投擲した。

 凄まじい破壊力が木の門どころか、上にあった観客席にまで被害が及んで大惨事になっていた。

 次の黒騎士の対戦者になるはずだった戦士はバラバラになって見る影もなかった。


「待て待て、あそこにいるの…」


 ゼノが立ち上がって歓喜の声をあげる。


「今日来てたのかここに!!」


 その人物の名前を直接口にすることはできない。


 なぜなら、その黒騎士は正体を隠してきているのだから。


『逢いたかったぜ、ウルメア』


 ゼノが見つめる遠くのリングの中央では、黒騎士が前の試合で負けた二人の死体から剣を拾っていた。彼女の憂さ晴らしが始まる。そして、多くの死体の山が築き上がる準備が整ってしまう。

 彼女はこの地下闘技場の実質的な支配者だ。


 そう、ここでは力ある者が絶対者なのだ。


 生まれながらの化け物による蹂躙が始まった。


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