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竜舞う国 邪魔者たち

 手を伸ばしても届かない。いつも誰かが彼の傍に居る。なんでこんなにも出会うタイミングが悪いんだろう。いや、会いに来てくれるのが遅いのか。

 ウルメアの瞳には、自分の部屋の立派な本棚の前でみんなが戯れている姿があった。

 その中にはハルもいて楽しそうに金髪の女と獣人の女と自分が集めた本を眺めては楽しそうに話している。


「ライキルはジョンゼルドではどの本が好きなんだっけ?」


「私は【雨を待つ】ですね」


「ふーん、大人だね」


 雨を待つは、ジョンゼルドの作品の中では哀愁漂う悲壮感に溢れた戦時中の愛の物語で、七王国物語のようなわくわくとドキドキが待つ冒険譚ではなかった。いわゆる大人に向けて書かれた作品であった。


「ハルはいつまでも子供ですね」


「遠回しに俺の好きな七王国物語をバカにしてない?」


「そんなことないですよ、私もあの本好きです。特に、四章が」


 四章はシフィアム王国が舞台となっている架空の国が出てきて、主人公はそこでお姫様と竜騎士の二人の恋愛の手助けをするというお話であった。つまり身分差を超えた恋愛もののため特に女性からの人気は高かった。ウルメアのお気に入りだ。


「四章か、俺は七章かな」


「七章はレイドが舞台で、ただの騎士が剣聖を目指すお話ですからね。おこちゃまのハルにはお似合いですね」


「ライキル、嫌い」


 心地いい言葉が聞こえてくる。


「フフッ、冗談ですよ!………あれ、ハル、冗談ですからね!?そんなすねないでくださいよ!」


 金髪の女がハルの手を繋ぐ、汚らわしいその手で。


「ガルナも本なんてどう?」


 ボケーっとして本棚を見つめている彼女には理解できないもののようだ。


「私は読めないからいい」


「じゃあ、俺と一緒だったらどうかな?」


「それだったらいくらでも付き合おう」


「そっか、じゃあ、読み聞かせてあげる、きっとガルナも楽しめると思うよ」


「わかった」


 ハルが獣人に微笑みかける。その笑顔は自分だけの者なのに、なぜ彼女たちだけなのか。理解ができない。彼は私の者なのに、永遠を誓い合う仲なのに、どうしてそんな女たちと楽しそうに笑うのか?


「ウルメア、ここの本少し見てもいいかな?」


 ハルに声を掛けられる。すぐに返事をする。表面に丁寧と穏やかさを兼ね備えた完璧な笑顔で。


「いいですよ、皆さんも自由に本棚の本なら勝手に呼んでいいですからね」


 すると早速背の低い子供の様な赤い髪の女が本棚に手を伸ばして興味のある本のページをめくっては集中して文字を追っていた。


「ウルメアさんは、本が好きなんですね」


「はい、小さい頃からよく読んでいました」


 目障りな男が声を掛けてきた。


「そうでしたか、だから、ウルメアさんからは知的な印象を受けるんですね」


「そんなことないですよ」


「いやいや、立ち振る舞いから言葉遣いまで落ち着いていてこうしてちゃんと会話まで出来る。なんて素晴らしいんでしょうか、それに比べてまったくうちの女性たちときたら、知性や品格より筋肉と暴力ですからね」


「フフッ、私も暴力は好きですよ」


「そういえば、あの時の槍の扱いお上手でしたもんね、ただ、あなたの場合は暴力というよりは洗練された技術からくる美麗な舞のようでしたよ」


「そんなに褒めてもらっても、暴力に変わりはないので同じですよ」


「そうやって考えられる時点でウルメアさんは、あの女たちとはもう違いますよ」


 ウルメアが目の前の目障りな男を避けようと身体を逸らしハルの方に行こうとしたが、その男はしつこく会話を続けようとウルメアとハルの間に入る様に身体を入れて来た。


「あのウルメアさん」


「エウスさん、ちょっと、ハルと話してきていいですか?彼、目覚めたばかりで心配で何があったかいろいろ聞きたくて…」


「分かりました。だったら一緒に行きましょう。全くあいつウルメアさんをほっといてずっとイチャイチャしやがって、失礼な奴ですいませんね」


「あ、はい…」


 ハルと二人だけにはなれないのか?こいつも含め他の奴らはみんな邪魔だ。ただ、消すならこいつからがいいかもしれないと思うほど、さっきからまとわりついて来て虫唾が走っていた。

 そいつはウルメア・ナーガード・シフィアムの優しさにつけこんで来ている節があったり、親切にしているのだろうが、ウルメアからしたら迷惑でしかない。

 彼らがウルメアにできることは、この部屋からハルを残して、今すぐ目の前から消えることだけだ。


「ウルメアさん、どうしたんですか?行きましょう」


 ウルメアは笑顔で返事をしてそいつの後について行った。


 金髪の人族の女と獣人の女にまとわりつかれているハル。本を音読している彼の前にたどり着くと、彼は読むのをやめて顔を上げてくれた。


「おい、ハル、何ウルメアさんの部屋でイチャイチャしてんだよ、ここは宿じゃないんだぞ」


「ああ、ごめん、ちょっとガルナに本の面白さを教えてたんだ」


「そんなのいつだってできるだろ?」


「うん、そうだね、ごめん、ウルメアもごめん」


 困ったように笑う彼。


「いいんですよ、好きなだけ彼女に本を読んであげてください、私のことは後でいいので」


 ウルメアはとっても優しい笑顔で嘘をつく。こうやって恩を重ねておけば相手は申し訳なくなってすぐにこっちに意識を向けるに決まっていた。


「ありがとう、ウルメアでも、やっぱり…」


 来たと思い心の中でウルメアはにやりと悪い笑みを浮かべる。


「ハル、早く続きを読んでくれ」


「うん、だけど、やっぱり今度かな」


「うええ、どうしてだ?」


「ガルナ、ここにはウルメアに挨拶しに来たんだ。だから、本は今度二人の時に読んであげるから我慢して欲しいな」


 ハルが甘い声で一緒に座っていた獣人の女を優しくお願いしていた。その優しさを向けられるのは自分だけなのにと苛立ちを心の中にとどめる。


「分かった、二人っきりの時だな!」


 嬉しそうに笑う獣人に、殺意が沸き起こりそうになったが抑えておいた。完璧なウルメアに隙は無い。正体は明かさない。正体を明かすときは殺すときだけだ。


 青い瞳の彼は、金髪の女と獣人の女に挟まれて幸せそうに笑っていた。どうしてこうも邪魔なものが多いのだろうか。


『今ここで不意にあいつら殺したらあなたはどんな反応を示してくれるかな…きっと、私のこと好きになってはくれないよね…』


 でも、だったら、どうすればいい?なんでこんな状況になっている?自分だけの愛する人がこうも理不尽に奪われる。こっちはずっと想ってきてやっと見つけたのに、なんで、そんな簡単に二人は愛されている?

 彼らはどうしてそんなに彼と距離が近い?


『邪魔だ、どけよ』


 言えるはずもない。正体を明かせばきっともう止まれない。


『ああ、今日は久々にあそこに行くか、随分、行ってなかったけど…』


 ウルメアはその後もハルと二、三会話すれば、すぐに周りにいる彼らがやって来て、ウルメアと彼の時間を奪っていった。

 それが悔しくって虚しくってなんで自分だけがこんなにも疎外感を感じなければならないのか?

 なぜ、彼はお姫様ではなく、金髪の女と獣人の女を選び続けるのか?


『お二人はどれくらい前からハルと一緒なんですか?』


 以前そんな質問を、ウルメアは金髪の女と獣人の女に投げかけた。金髪の女は、もう十年近く一緒に居ると言い、獣人の女は忘れたと言ったが、ハルが四年前と教えてくれた。

 どうだろうか、腹立たしいではないか、獣人の女は四年も金髪の女なんて十年も彼を自分から奪っていたのだ。その間、自分がどれだけ苦しい思いをしてきたか。愛する人がいつまでも現れないのはこいつらのせいだったのだ。


 ウルメアは使用人を呼んでお茶を運ばせた。しばらくするとみんなで本のことを語りながらテーブルに座って、お茶を飲んでいた。


「そっか、ウルメアも、ジョン・ゼルドの作品が好きだったんだね、こうやって語り合える人が増えるのは嬉しいよ」


 ハルに自分が好きな作品を伝えられた。それで彼がとっても喜んでくれていて嬉しかった。ウルメアがずっと部屋に籠って読んでいた時間は無駄じゃなかった。こうして、愛する人と価値観を共有できるのだから。


「ビナもジョン・ゼルドの作品が好きだから仲良くしてあげて」


「そうだったんですね、じゃあ、ビナさんとも語り合いたいですね」


 ウルメアが偽物の笑顔で興味の無い赤い髪の女の方を向くと、彼女はオロオロしながら、俯いていた。


「ほら、ビナ、彼女は怖い人じゃないよ」


「でも、ハル団長、う、ウルメアさんは王女様なんですよ、無礼なことしたら私、捕まっちゃいます…」


「アハハハ、大丈夫だよ、ウルメアは優しいから、ほら好きに話してみな」


「それじゃあ、ウルメアさんは、なんて本が一番好きなんですか?」


 赤い髪の女が恥ずかしそうに尋ねてきた。面倒くさかったが、そうですねと呟いて考えたふりをした後、ジョン・ゼルドの中の適当な作品をあげた。すると赤い髪の女の子は嬉しそうに語り始めたので、ウルメアも返すしかなかった。

 こうして、ウルメアはせっかく来た時間を彼女とのどうでもいい本の会話に消費してしまい、ハル達とのティータイムは終わりを告げた。あっという間の出来事だった。

 日が暮れる前にみんなはウルメアに別れを告げて出て行った。

「ウルメア、ありがとうね、楽しかった、また来るね」

 ハルが最後に言ってくれた言葉だけが、身体の芯を痺れさせるほど嬉しかったが、それでも、今日自分とハルの時間を邪魔した奴らを許すことができなかった。


 一人になったウルメアは、本棚から一冊本を取り出して、ページをめくった。その中には小さな銀色の鍵が入っており、ウルメアはそれを服の内側にそっとしまった。


 それからウルメアは、部屋の外に出て近くにいた使用人に伝言を伝えると再び部屋に戻って扉に鍵をかけた。


 それから大好きな七王国物語の本を取り出して、四章の最初からずっと辺りが暮れるまで読み続けていた。



 そして、真夜中になった頃、ウルメアの部屋にノックの音が響いた。

 ウルメアが鍵を開けると、そこには、ひとりの女の竜人の使用人がいた。


「ウルメア様、お待たせしました」


「ええ、さあ、入って」


「失礼します」


 その使用人が部屋の中に入って来るとウルメアはドアを閉め鍵をかけた。


「私、今日は久しぶりにあそこに行ってくるから、留守番よろしく」


「承知いたしました。ウルメア様、それでは準備を手伝わせていただきます」


 ウルメアが部屋の中にあるひとつの鍵付きのドアを開けると、そこにはたくさんのドレスや鎧が立ち並ぶ更衣室が広がっていた。

 そこでウルメアは何の変哲もない黒の鎧を使用人と共にその身体に着せていった。最後に銀の兜をすっぽりと頭にかぶると、闇を身に纏ったような黒いフルプレートの騎士の出来上がりだった。


「ウルメア様、剣にしますかそれとも槍にいたしますか?」


「今日は剣でいいや」


「かしこまりました」


 使用人が鎧が立ち並ぶ側の壁沿いにある大きなタンスを開けるとそこには武器が山の様に収納されていた。その中のシンプルで使い勝手のいい片手剣を一本をその使用人が取り出すと、ウルメアの腰に装着させてた。


「準備整いました」


「それじゃあ、行ってくる」


「はい、お気を付けて」


「あ、それと当然だけど誰もここに入れないようにみんなにも言っておいて」


「かしこまりました。我々、赤龍がウルメア様の留守の間、このフロアを閉鎖させていただきます」


「分かってると思うけど、お母さまや宰相が来たときは、あれをやってね」


 使用人が喉を少しさすって声をだした。


「これでよろしいでしょうか?」


 すると使用人の声がウルメアと全く同じ声質になり、見分けがつかないほど、喋り方の癖から声量まで何から何まで完璧にウルメアの声そのものだった。


「相変わらず、あなたの声は完璧ね」


「ありがとうございます。天性魔法でございます。親しき者、愛しき者の声を再現できます」


「じゃあ、あなたは私のこと親しい者だと思ってるんだ」


「とんでもございません。ウルメア様と親しいだなんて、私からの一方的な愛でこの声は成立しております!!」


 誰から見ても愛らしいと思うその使用人の顔は信仰心で歪んでいた。


「あっそう、じゃあ、行ってくるわ」


「はい、楽しんで来てください」


「ただの憂さ晴らしよ」


 ウルメアが更衣室を出て、リビングからベランダに出た。


 使用人も見送るために慌てて後を追うが、ウルメアはわき目も振らず、すぐに飛行魔法の光のリングを六つ展開すると飛び去ってしまった。その速さは翼竜の飛ぶスピードを遥かに上回っていた。


「いってらしゃいませ、ウルメア様」


 使用人は彼女が見えなくなるまでベランダから彼女の姿を見守っていた。


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