竜舞う国 謁見
「娘はやらん」
「娘さんは頂きません」
シフィアム王国の王城にある王座の間。そこには、天井を支える巨大な支柱が壁際に等間隔で並び、その間には巨大なガラス張りの壁が、城の防御面の構造的には似つかわしく、おしゃれに立ち並んでいた。
王座の間の奥には、当然、黄金の王座がひとつ、少し高い場所に設置されていた。そして、その王座には一人の竜人が座っていた。彼の名は、サラマン・ナーガード・シフィアム、この国の王様だ。
ハルたちはそんな彼の前で跪き、首を垂れていた。
「ええい、何度言えば分かる!例えお前さんが、四大神獣の白虎を討伐した英雄だからといってだな、我が愛娘を嫁にもらう権利など無いはずだ。お前さんが【シン】の位を持っているのは知っている。しかしだ、それは作戦内のことであって、お前さんが実際に偉くなったわけじゃないんだぞ!この作戦が終ればお前さんは、ただの元剣聖でレイドの騎士でしかないんだ、分かったか!?」
怒りの形相のサラマンが王座から立って怒鳴り散らす。
「はい、だから、キラメア様のことをお嫁にもらうことはできません。私には、もう、心に決めた人たちがいるので…」
「心に決めた人たちだと?貴様、多重婚か?そこにキラメアを交えようということだな!!尚更、許せん!」
「ですので、キラメア様との結婚はお断りさせていただきます」
跪き、決して顔を表に挙げない、ハルは淡々と事実を述べる。
「ということで、お父様、お母様、私、ハルのお嫁さんになります!」
王座の前で怒り狂うサラマンと、その隣に用意された椅子に座る王妃であろう竜人の女性に、キラメアは嬉しそうに二人の間で報告し事態を混乱させている。
「キラメア、絶対にダメだ。見ろ、あの男、人族ではないか、竜人族ですらないんだぞ?そんな奴、我がナーガード家の家系図に加えるわけにはいかないんだ」
「そんな古い考え方、今の時代に合ってないですよ、お父様、今の時代は柔軟な変化と多様性です!」
「絶対に許さん、おい、ハル・シアード・レイ、貴様、よくもこんな短い期間で私の愛娘をたぶらかしやがって!」
「あの…私の話しを聞いて頂けないでしょうか…」
「貴様の話しなど誰が聞くかぁ!!」
ハルは首をかしげながら、左右の斜め後ろを見た。そこにはハルたちについて来たみんなも跪いていた。ただ、頭を下げているのはサラマンと対話をしているハルだけだった。
左にはエウスがいて笑いを堪えていた。右には心配そうな顔のライキルが見えた。
『なんでこうなった…』
遡ること数十分前。
*** *** ***
夕暮れに到着したハルたちは、荷物を竜から降ろすとすぐさま、王のサラマンに挨拶をするため、更衣室で正装に着替えて、王座の間に入場した。
王座の間に入場するまで、キラメアとウルメアの二人はハルたちと共に行動していた。カルラに関しては先に王座の間に入場していき、ハルたちが到着したことを伝えに行ってくれていた。
準備が整ったハルたちが王座の間に入場すると、部屋の奥の王座でサラマンが座っており、その隣に王妃も豪華な椅子に座っていた。そして、カルラと宰相らしき人族と思われる女性が二人の傍に佇んで待っていた。
そんな奥の王座に向かって、ハルたちと一緒に王座の間に入ったキラメアが、走って彼らのもとに駆け出していった。
全てはそこからであった。
ハルたちも、壁一面ガラス張りの王座の間を前に進み、サラマンの前に来ると跪いた。そして、挨拶を述べようとした時だった。
「お父様、彼がハル・シアード・レイ」
キラメアが、先頭のハルを示して言う。
「おお、そうか、そうか、キラメア。だが、彼にも名乗らせてあげないと、せっかく挨拶に来てくれたんだから」
「私、彼と結婚するから」
ハルは許しもないまま勢いよく顔をあげた。王の前で礼を欠いていたが、それどころではない驚きがハルを襲っていた。
ただ、それは自分だけじゃなかった。
キラメアのその発言が、王座の間にいた人々を、動揺の荒波に一人残らず投げ込んだ。
王座の傍にいたシフィアム王国の皆さんは呆気に取られて言葉を失っていた。カルラも頭を抱えていた。
「貴様、私のキラメアに手を出したのか…」
「いえ、出してません」
「許せん!!」
そこからハルは、サラマンの愛娘を守る怒りの嵐を、その身に受けるのであった。
ハルからしたら、正直に真実を告げて、誤解を解くだけでことが収まると思っていたが、怒りに身を任せるサラマンの耳には全く届かなかった。
そのため、お互いの意見はピッタリ一致しているのに話は一向に進まないでいた。
*** *** ***
時は戻るが、話は変わらない。
「娘は絶対にやらん!!」
「だから、あなたの娘さんはもらわないって俺、さっきから言ってませんか?」
「貴様、このシフィアムで、この俺様にたてつくつもりか?」
「たてつくどころかあなたの意見に賛成なんですよ、俺はキラメア様はもらえない、もらえないんです!」
「何を言っているんだ、貴様は?」
「いや、どっちがだよ!」
そこまで思慮分別がつかなくなるかと思うと、ハルもさすがに困惑して無礼極まりない発言を繰り返してしまった。
だいたい真実が分かって来た王妃と宰相らしき女性は二人で、サラマンの隣で笑いを堪えていた。もしよかったら助け舟を出してもらいたかった。もはや、ハルの声はサラマンに届きはしなかった。
「ハル・シアード・レイ、貴様には即刻この国から出て行ってもらう、そして、二度とこの国の敷居はまたがせん、永久追放だぁ!!!」
ハルもさすがにこれにはへこんだ。初めての国外訪問の出だしがこれだと、後々行くことになるアスラ帝国での自分の振る舞いに自信がなくなる。
というよりも、なぜこんなことになったのか。それはどう考えても、おてんば王女様のせいで間違えはなかった。しかし、これも自分が彼女をやんわりと拒絶し続けた報復なのかと思うと納得…。
『納得いかねぇ…』
「ハルを追放したら、私、一生お父様の前に顔出さないけどそれでいいの?」
キラメアが平べったい階段を下りて、跪くハルの前に立って、サラマンにたてついた。一応味方してくれるようだった。
「いや、いいよ、キラメア様。私は帰りますから、その前にカルラ剣聖と少し話を…」
ここはもう帰った方が場が収まるとハルは思った。
国王の怒りを買ってまでシフィアム王国にいるつもりはなかった。ただし、黒い手紙のことを話したカルラにだけは調査に赴いてもらうように頼んでここを後にしたかった。
「ハル、帰っちゃダメ。お父様、全然ハルの話し聞いてない。ハルは私のこともらわないって言ってるのに、ハルとお父様の言ってること一緒なのに、それなのに追放はおかしい」
そう、その通りなのだが…。
「キラメア様…」
ハルは彼女の名を力なく呟く。この状況を作ったのは彼女なのだが、味方してくれるのは心強かった。この状況を作ったのは彼女なのだが。
「ごめんね、お父様、私たちのことになると、周りが見えなくなっちゃうの」
「うん、そうみたいだ…」
サラマンは、自分のもとから離れハルのもとにいった、キラメアに戻って来なさい、近づいてはいけないと、わめき散らしていた。
ハルはそんな彼を見て少しだけ、キラメアのことが羨ましく思った。もし、自分にも父親と言われる人物がいたら、こうやって、必死に自分を守り、愛してくれただろうか?と…。
「深く愛されてるんだね」
「うん、深すぎるけどね…」
「いや、それでいいと思うよ。自分を深く愛してくれる家族がいるだけで、素敵なことだと思うよ」
キラメアが振り向き、跪いているハルを見下ろすと、そこには彼の力強くけれどとっても優しい青い瞳があった。
「ハル…?」
「キラメア、こっちに来なさい、カルラ、早くその男を連れ出しなさい!」
サラマンが、カルラに指示を出すと、しぶしぶ彼がハルのもとに歩み寄って来た。
その時だった。
「カルラ、戻ってきて頂戴」
サラマンの隣にいる王妃が声をあげた。
よく手入れされた艶のある緑の髪に、きりりとした眉に鋭い目つきで、彼女の瞳はハルと同じで綺麗な真っ青で、上品で落ち着きのある深緑のドレスに身を包んでいた。彼女の声は落ち着いており、隣で喚き散らしていたサラマンの声よりもよく通った声をしていた。
「あなた、突然のことで取り乱すのもいいけれど、ちゃんとシアード様の話を聞いていたんですか?」
そこでサラマンが大人しくなって、王妃の方を向いた。
「ヒュラ、あいつは俺たちの最愛の娘たちを奪おうとしているんだぞ?」
「あら、本当にそんなこと言ってましたか?」
「ああ…」
「では、シアード様にお聞きします。キラメアと結婚する気はあるんですか?」
ハルは答える前に、キラメアの顔をうかがった。彼女は少し困ったように笑っていた。
『なるほど、ずるい顔するね…でも…ごめんね…』
「キラメア様と結婚する気はありません」
しっかりと告げた。今度はサラマンの耳にも届いたはずだ。
「そう…」
ヒュラと呼ばれたシフィアム王国の王妃のハルを見る目は少し冷たかった。
しかし、ハルはそんなことどうでも良かった。
『俺といると必ずこの先不幸になる…その不幸に付き合ってもらうのはライキルとガルナだけだ…他の人に邪魔はさせない…絶対に……』
自分の中の歪みが酷くなっていくのを感じる。このような、誰かから受け取る好意はもうハルの中では邪魔なものでしかなかった。
万人を愛していた英雄に、芽生えた闇の正体は、特別な愛が原因だった。その愛を独り占めするためにただの青年は歪み続ける。例え取り返しがつかなくなっても、彼女たちが自分の傍に居てくれるように、青年の心は闇に染まっていく。
「何、お前さん、キラメアと結婚しないのか…?」
「ええ、しません」
「本当か?」
「本当です」
サラマンが王座にぐったりと座り込む。
「よし、ならば、宴の用意だ。来客を歓迎せよ!」
この部屋の端で待機していた使用人たちが、サラマンの指示を受け、一斉に行動を開始した。
「なんだ、そうならそうとはっきり言ってくれれば良かったのだ、娘が迷惑をかけたな、ハッハッハッハッハッ!」
さっきとはうって変わって、爽やかな笑顔で笑うサラマン。
一件落着と言ったところで、ハルが安堵のため息をつくと、前に立っていたキラメアがぼっと呟いた。
「ハルのバカ…」
「ありがとう、キラメア」
ハルは図々しく礼を言った。
シフィアム王国の王様サラマンとの謁見は、こうして無事に終わった。