表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
281/781

届かない手遅れな恋の終わりと………

「ハル・シアード・レイ、あんたに話がある!!!」


 竜の背の上から見下ろす、そこにはエリザ騎士団のグゼン・セセイがいた。彼の目には強い意志が宿っており、強い決断をした上でそこに立っていることが感じ取れた。堂々と腕を組み威圧感をまき散らしながら彼はこちらを睥睨していた。


「おい、グゼン、何してんだ、邪魔になるから早くどけないか」


「シオルド、すまないが少し黙っていてくれないか?」


「………」


 シオルドがグゼンから感じる分厚い威圧感を感じ取ると一歩後ずさっていた。無理もない、どうやら彼は戦闘態勢に入っているようだ。下手をすれば腰に備わっている剣を抜きかねない勢いだ。


「すまないが、ハルさん、降りてきてくれないか?」


「分かりました、今、そっちに行きます」


 ハルが竜の背中から降りるため後ろから腰に手を回していたガルナの手をほどいた。


「私も行く、あいつ、せっかく、私たちが飛ぼうとしてたのに邪魔しやがって」


 ガルナも竜を降りようとしたところをハルは止めた。


「ガルナはここにいてくれないかな?」


「え、どうして?」


 きっと彼と衝突する理由が、ガルナ・ブルヘルというひとりの女性を巡ったものだからだ。実際に彼女がいれば話は早く終わるのだろうが、きっと彼の性格からして、愛の証明だけでは決着が着かないだろう。

 そもそも、そんなの火に油だ。


「お願い、ガルナ、ここにいて」


「わかった、だけど早く戻ってこいよ、私は早く空を飛びたいんだ!」


 楽しみを待ちわびる彼女の笑顔は素敵だった。そこには彼女の混じりっ気のない綺麗な心から生まれた純粋な気持ちがあった。

 戦闘狂で粗暴な半獣人の手を焼く彼女。だけど心はとっても優しく澄んでいて美しい。知れば知るほど彼女の無秩序にはまって抜け出せなくなる魅力があった。


「わかった、すぐに戻るよ」


 決して渡さない。傍に居られる間は絶対に誰にも、誰にも、誰にも。

 ハルは竜を降りてグゼンのもとに向かった。そこでウルメアが、ハルを呼び止めた男を指してガルナに質問をした。


「ガルナさん、あちらの方は一体誰なんですか?」


「あいつはグゼンって言うやつだ。まあ、簡単に言うと私の部下だ。何と言っても私はエリザ騎士団の副団長だからな!」


「え、そうだったんですか?」


「そうだ!」


 ウルメアは思った。副隊長は隊長に代わって前線の指揮を執ることが多く武闘派が多いが、その分頭も回る者も多い。ここに来てから手合わせしたガルナが強いことも知っていた。しかし、彼女に指揮が取れそうかと言われると、なんとも失礼だが、無理な気がした。


「ビナちゃんも、暇だからおしゃべりでもしない?」


「いいですけど、何だか、ハル団長とエリザ騎士のえっとグゼンさんですか?もめてるみたいですよ」


「え?」


 ガルナが竜の上から、男二人が対峙している姿を確認した。


「お土産でもハルに頼んでるんじゃないか?」


「え、そうなんですか?」


 ウルメアは後ろの二人のやり取りをニコニコしながらも少し腹を立てながら聞いていた。そんなわけないでしょと思いながら。

 ハルと対峙している男から並々ならぬ強い気迫をウルメアは感じ取っていた。


『でも、本当に二人とも何でもめてるんだろう…』



 *** 



「それで、何の用でしょうか?」


「俺と決闘して欲しい」


 間を置かずにグゼンが告げる。


「グゼン、お前…」


 傍に居たシオルドが呆れた声でつぶやく。周りの見物客たちには三人が何を話しているか周囲の彼ら自身のざわめき声で聞き取れない者がほとんどだった。


「理由は何ですか?」


「俺たちの副団長をあんたがたぶらかした。それだけだ」


「分かりました、その決闘受けます」


 いつか彼と向き合わなければいけないような気がしていた。彼のガルナへ向けられている執着を断ち切るために決闘を受け入れる。

 ただ、そこでハルは、どこまでいっても大人になれない自分に嫌気がさした。もっと前から互いに寄り添って話し合えていれば、ここまで、膨れ上がる憎悪もなかっただろう。しかし、そんなの現実的に考えて無理な話だった。ハルはガルナを彼らから奪ったわけじゃない。彼らはガルナに会いに行こうとすればいつだって会いに行けるし、話しもできる。だからだろう、彼は本当の理由を隠してまでこうして決闘に持ち込んだのは、勝てもしない戦いに挑んだのは。


「ハルさん、これはグゼンの勝手で、エリザ騎士団の総意でもなんでもないんです。受ける必要なんてどこにもありません。グゼン、お前も今すぐ取り下げ…」


 シオルドが必死に止めようとするのをハルは静止させた。


「シオルドさん、すみません、みんなを城に戻して誰も第二運動場に入れないようにしてもらっていいですか?」


「本当にやるんですか?」


「はい、俺は受けます」


 ハルが、グゼンの瞳を見つめる。彼の本気の目。その意思の強さは彼女への想いからなのだろう。


「ハルさん、フル装備で来てもらってもいいですか?決闘なんで」


「もちろんです」


 二人で話を進めていくところに、我慢できなくなったのかガルナがやって来た。


「おい、土産の話しはもういいだろ、ハル、早く竜に乗って空を飛ぼう」


 ハルの腕を引いて竜の方に引っ張っていく。そこにビナとウルメアも遅れてやって来る。そして、ライキルやエウス、キラメアやカルラもわざわざ竜から降りて集まって来た。ちょうど集まって来たみんなにハルは、少しだけ時間が欲しいと告げた。


「ちょっと、グゼンさんやシオルドさんたちと話さなきゃならないことができたから、みんな城に戻って少し時間を潰してくれないかな?」


 みんながきょとんとしていたが、ハルが大事な話なんだというと、みんながそれならと不思議そうな顔をして、ハルの指示に従ってくれた。

 みんなが城に戻った後、カルラも竜たちを一旦厩舎の方に移動させようとしていたところにハルが声を掛けた。


「カルラさんちょっと荷物を取り出したいんですがいいですか?」


「いいですけど、何かあったんですか?」


「まあ、その、なんていうか、喧嘩みたいなものですかねぇ?」


「喧嘩ですか?物騒ですね。…あ、まあ、なんていうか私も人のこと言えないんですが、アハハハ…」


 恥ずかしそうに笑う彼の言葉に、ハルも苦笑いをしつつ竜のバックの中から、もう一本の大太刀を取り出した。


「え、ハルさん誰か殺すんですか?」


「誰も殺しませんよ!全く怖いこと言いますね、カルラさんは」


「いやあ、ハルさんがその二つの大太刀を取り出すとなんていうか、剣闘祭のこと思い出して肝が冷えるんですよ。正直、二度とその二つの刀持ったハルさんに相対したくないですね」


「カルラさんにそこまで言ってもらえると嬉しいですね」


「別に褒めてませんよ…」


「ハハッ、でしょうね」


 軽い雑談を終えるとカルラは竜たちを引き連れて、厩舎に向かって飛んでいった。

 ハルは先に第二運動場に移動したグゼンたちの後を追った。




 ***




 第二運動場に二人の男がいた。ひとりは、レイド王国を二度、神獣の襲撃から救った英雄。もう一人はそんな英雄に挑むひとりの精鋭騎士。

 グゼンが腰の剣を引き抜く。夏の日差しを反射し剣の刃が光輝く。鏡のような磨き上げられた美しい剣身が姿を見せた。

 そこで英雄も剣の鞘を斜め後方に地面に突き刺して、柄を逆手で握り、そのまま前進しながら二振りの規格外の刀を抜き取った。改めてその長さの刀を片手で振るのはあり得ないと思ったが、グゼンが対面しているハル・シアード・レイという化け物。何百年も前から息づいてきた四大神獣とまで呼ばれるようになった白虎の群れをたった二日で壊滅させたもはや人外の彼。そんな英雄とも化け物ともとれる彼の戦闘スタイルを目の当たりにした時、グゼンが勝てるイメージがまるでつかなかった。

 踏み込むにも間合があまりにもありすぎて、戦う前から決着は決まっているようなものだった。そう、剣だけなら。


「グゼンさん、戦う前に一ついいですか?」


「なんだ?」


「本当は私怨なんですよね?」


「…当然だろ、俺はあいつのことが好きだからな」


 グゼンは正直に答えた。目の前のハル・シアード・レイという男にはさっきから気を遣ってもらっていたことをグゼンもちゃんと理解していた。だから、もう彼にもバレているのだろう。それが何とも情けなかった。いや、そもそも、こうして、もうどうにもならない恋を引きずっていること自体が醜態そのものなのだが、彼はそんな自分ともしっかり向き合ってくれていた。

 それが、なんとも…。


『なんとも、まあ、嫌な奴だよ、ハル・シアード・レイって男は…』


 彼を見れば見るほど自分が取るに足らない小さい男に感じて嫌になった。


『だが、いい、俺は、俺だ。どんなに、みじめで醜態晒して今後周りにバカにされようと、俺は後悔はしないだろう…』


 そこでグゼンは、常に自分の先頭を走っていたガルナのことを思い出した。


『いや、もう、後悔はしてるのか…』


 伝えれば良かった。あんな見るからに隙のない完璧な男が現れる前にこの気持ちを彼女に。


 干渉に浸っているとハルが口を開いた。


「俺もガルナのことが大好きなんだ、あなたに負けないくらい深く思ってる」


「あんたにはライキルって女がいるだろ、なんでガルナにまで手を出した?」


 グゼンが腹が立つのはそこだった。英雄が選べる女性なんて星の数ほどいるだろう。引く手あまただ。その中には、彼自身をさらに高みに連れて行く女性だって大勢いるだろう。大貴族の娘や大国の王女様なんだっていい、ガルナみたいな戦闘しか頭にない粗暴な女じゃなくても他に素敵な女性がたくさんいたはずなのに、彼は、自分も好きになった女性を選んだ。その答えが知りたかった。


「………」


 沈黙の後にハルがその問いに答える。そこには苛立ちがこもっていた。しかし、その苛立ちはグゼンに向けてではなかった。その英雄の怒りはハル・シアード・レイという男に向かっていた。


「手出すよ、手出すに決まってるじゃないか、あんな傷だらけの身体引きずって生きてる明るい女の子がいたら、守ってあげたいって思うだろ…俺は一度それを裏切りそうになって、でも、また守れるってなったのに、今、こんな状況だ!」


 怒りでハルの腕に力が入り、逆手で持たれた二本の大太刀がまるで怪物の牙の様に逆立っていた。


 グゼンからしたら今のハル・シアード・レイは、ただの子供の様に見えた。物事が思うように運ばないことを嘆いている子供に。しかし、具体的に彼が何に怒っているのかグゼンには一切見えてこなかった。


「グゼンさん、なんで、こんな決闘申し込んだんですか?決着は目に見えてますよね?」


 庶民が思い描く理想を詰め込まれた完璧な英雄像の彼が、今はまるで別人だった。そこにいたのは十代の青年のように青かった。英雄とはこんなに未熟で幼いのかとグゼンは少し心の中で笑ってしまった。しかし、その笑いは決して嘲笑などではなく、彼も同じ人間だという一面が見れたことでの、安堵からの笑いだった。


「そうだな、こんな決闘俺も不毛だと思う。どうせ、ガルナはあんたにべた惚れで、ここで万が一あんたを殺したとしても、俺に待ってるのは後悔と虚しさだけだ」


「グゼンさんは絶対に勝てませんよ、俺に触れることもできませんよ」


「そんなのやってみなきゃ分からないだろ?」


 グゼンが肩をすくめて余裕を見せた、その瞬間だった。


 ハルがその場で刀を振るった。


 嵐のような暴風が吹き荒れる。


 グゼンがとっさの判断で剣を地面に突き刺すが、吹き荒れる暴風に耐えられずに、地面からすっぽ抜けた剣と共に数十メートル後方に吹き飛ばされた。何度も強く地面に叩きつけられたグゼンの身体中はすでにところどころから悲鳴が上がり、左腕の肩が外れていた。


「嘘だろ…ハハッ、やばすぎだろ」


 人間が剣を振るった時の一振りではなかった。


 グゼンが左肩をはめ直しながら、剣を持って立ち上がると、目の前にはハル・シアード・レイがいた。


「マジか…」


 グゼンの腹が蹴り上げられ、宙に浮く、そこにハルが右手に持っていた剣を素早く地面に突き刺すのが見えた。そして、彼の右手の拳が飛んできて、宙に浮いたグゼンは殴り飛ばされた。さらに数十メートル横にバウンドしながら吹き飛び、最後は地面に叩きつけられ倒れた。

 起き上がるのはもはや不可能で、蹴り上げられた腹からの激痛と、殴られた顔面がズキズキと痛んだ。


「グゼンさん、俺はあなたが嫌いです」


 ゆっくりと英雄様が近づいて来る。


「そ、そうか、俺は、結構お前のことが好きになったけどな、この短時間で…」


 グゼンは起き上がろうとするが身体が言うことを聞かない。意識が飛ぶギリギリのダメージが一瞬で身体に蓄積されたことによって、意識を保つのが精一杯だった。


『おいおい、こりゃ、ガルナが夢中になるわけだ、マジで人間じゃねぇよ、こいつは』


「ハハッ」


「何、笑ってるんですか?」


「いや、喧嘩にもならねんだなって思ってな…ハル、お前悲しくないか、誰も張り合ってくれなくて」


 ハルはそこでグゼンの隣に腰を下ろした。


「…張り合ってくれる人はたくさんいましたよ、俺の人生の中で、その中で俺はいろんな人に負けてきました」


「嘘つけ…」


「本当ですよ、でも、絶対に負けちゃダメな時、俺は必ず勝ってきました。ただ、それも神獣が相手だと敵わなかったんですけどね」


「はぁ、あんた、レイドを救っただろ」


「国を救った、それだけです。その中に俺が守れなかった人はたくさんいました」


「………」


 グゼンが見上げる空には夏の白い雲が浮かんでいた。英雄はグゼンから見れば、ただの人間だった。どこにでもいる悩める優しい青年。ただ、それだけのことだった。


「ハル、俺はやっぱり、今、お前にどうしても勝って、お前からガルナを取り戻したい。俺が勝たなきゃいけないところはここだって思った」


「そうですか、じゃあ、剣取って来るんで、その間にその身体で起きて見てくださいよ」


 ハルが立ち上がって吹き飛ばされたグゼンの剣を拾いに歩いていった。


 グゼンは全身に力を入れて、その場から立ち上がった。それをみたハルが目を丸くしており、少しだけ英雄の想像を超えられた気がしていい気分だった。


「俺は、まだできるぜ、ただのハルさん」


「…そうですか、でも、そんな身体じゃいつまで経っても俺には勝てませんよ」


「やってみなきゃわかんねぇだろ?可能性はまだあるだろ?」


「………」


 ハルの額に青筋が浮かんでいた。やっぱり、グゼンには彼の怒りの沸点が分からなかった。

 グゼンの足元に愛用している剣が飛んできて突き刺さる。それを震える手で引き抜く。そして、剣を構えるとハルの蹴りが飛んできていた。反応する間もなく、脇腹を粉砕されて、グゼンは再び無慈悲に砂がひかれた運動場に何度も叩きつけられた後、地面に倒れ込んだ。


「俺に、可能性なんかない、未来なんてない」


「あぐっ…」


 グゼンは辛そうに呼吸をする。視界が歪む。もう限界だ。目を閉じた方が良かったのだが、その時のグゼンは彼の言葉をもう少し聞かなければならない気がした。だから、またハルに身体のどこかを的確に破壊されようと、立ち上がることに痛みが伴おうと、グゼンはハルのために立ち上がった。彼の抱えている何かを理解するために。そんなこと、グゼンがしなくてもきっと誰かがやってくれると思うのだが、関係の浅い自分にしか聞けないことがあるとも思ったのだ。


「そんな…こと、ないだろ……」


 急速に育っていく友情の中でグゼンはハルと向き合う。彼の奥底を目指して、一歩一歩、彼のもとに歩み寄る。


「お前、なら、かならず…黒龍を…倒せる……」


 立ち上がった。グゼンがハルの肩を掴む。


「勝手をいうな!!」


 顔面に英雄の拳が炸裂する。グゼンは何とか耐えようと抵抗するがあっという間に、地面に叩きつけられてしまった。

 それでも、起き上がると鼻や口から赤い液体が溢れていることに気づく。しかし、グゼンからしたらそんなこともう関係ない。

 これはグゼンの勝手な戦い。彼の奥底に眠る何か打ち明けられない悩みを聞きだせば、自分も何か彼の力になれるかもしれない。もう、今のグゼンの中にはガルナのことで、ハルと対峙はしていなかった。

 人を見る目のあるグゼンは、彼が何かを抱えていることをはっきりと感じ取っていた。恋敵として曇っていたグゼンのハルを見る瞳が、晴れて本来の彼の姿を映し出す。

 英雄の皮を被った化け物ではなく、必死に英雄を演じるただの青年の姿を、グゼンは確認する。


『俺が救えないか?無理か?いや、できるだろ、俺はグゼン様だぞ、困ってる奴は騎士道精神に従って俺が救う。だから、どんなに壊されても絶対死んでやらん』


 グゼンは立ち上がる。


「ハル、お前……何に怯えてる?」


「………」


「こんなに…強いのに……何がそんなに怖い?お前はガルナやみんなを守れ……」


 窮地のグゼンの感覚が一気に研ぎ澄まされ、一瞬だけだが、彼の異常な速度の移動の残像を目で追えた。

 が、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。

 しかし、今度のグゼンはすぐに立ち上がり、ハルに向かって駆けだした。身体はもうどこも悲鳴を上げ限界を迎えていたがそれらすべてを無視して、グゼンは駆け出しては、吹き飛ばされ始めた。


「ハル、お前はなんで今そんなに悲しそうな顔してんだぁ!」


 蹴り飛ばされる。


「ガルナとこれからシフィアムに旅行に行くんだろ?」


 蹴り飛ばされる。近くにあった剣を握り駆け出す。血が滴る。


「いいよな、俺もあいつについて行きたかった。けどな、絶対に一緒に連れてってくれなかった」


 蹴り飛ばされる。剣は離さなかったが折れていた。


「なんでだか、今、わかったよ、お前がいたからだ、あいつお前に会いに行くために、ここから嬉しそうに飛び出してたんだよ」


 蹴り飛ばされる。意識が朦朧とし、視界が歪んで来た。


「俺は何度もそんなあいつの背中を見送ってたよ」


 殴り飛ばされる。少し立ち上がるのが遅れる。


「馬鹿みたいだよなぁ!!」


 蹴り飛ばされる。立ち上がれなくなる。這って彼のもとに進む。


「だけど、今日、お前とぶつかり合って、分かったんだわ、あいついい奴捕まえて来たってな。俺みたいなどこにでもいる騎士なんかじゃなくて、国を救った英雄であるのにも関わらず、いまだに守れなかった人たちのことを悔やんでる、心優しい青年見つけて来て。そんで、凶暴な獣みたいなガルナまで守ってあげたいって言うんだぜ、そいつはさ…」


 這って彼の足元までたどり着く。そこで、彼にしがみつきながら、立ち上がる。


「そんな奴、幸せになってもいいはずだよな?」


 グゼンがハルの目線まで立ち上がると、思いの丈を命一杯叫んだ。


「じゃあ、なんで、ハル!お前が、今、そんな顔して泣いてるんだよ!!」


 耐えられない想いを抱えた表情で彼の目からは大量の涙が零れていた。とめどなく、苦しんでる青年がいた。


「何がそんなに悲しいんだ、何がそんなにお前を苦しめてるんだ?」


 グゼンの視界がゆっくりと狭まっていく。


『おい、ちょっと待ってくれ、こんなところで、嘘だろ?俺はもうちょっと強いはずだぜ?だってよ』


 グゼンの脳裏には、ピンク色の髪を揺らす半獣人のガルナの姿が浮かんだ。


『ずっと、あいつの背中を追いかけてきたんだぜ?』


 結局、最後までグゼンは、彼女に追い付けなかった。いつか彼女に戦いで勝って愛を伝えようと思っていた。グゼンの想いは彼女の最愛の人の登場によって潰えた。


 狭まる視界の最後の景色には、こちらに手をかざしているハルの姿があった。


「ありがとう」


 グゼンは彼の心地いい感謝の言葉を受け取るとゆっくりと目を閉じた。


『わりぃな、ハル、結局、迷惑かけただけだった…でもよ、俺、お前とダチにはなりたくなった。心の底からそう思うよ』


 グゼンはハルの腕の中で崩れ落ち、眠りについた。



 *** 



 ハルが、刀をそこらへんにおいて、眠っているグゼンを、抱きかかえ、医務室に運ぼうとすると、一人の赤い髪の女性が走って来た。

 ハルはその女性が来ると彼を引き渡して、第一運動場に向けて歩き出した。


「あ、あの…」


 グゼンを抱きかかえる赤い髪の女性は、マイラ・ダースリンだった。


「死んでない、眠らせただけ、でも、早く医務室に連れてってあげて」


「なんで、こんな、こんなことしたんですか?」


「決闘を申しこまれたからね、それとも殺した方が良かった?」


「なんてこと言うんですか!」


「ハハッ、冗談だよ…」



 ハルは刀を回収すると、二人をおいて、みんなの待つ古城アイビーに向けて、歩き始めた。



『ああ、俺は何してんだ…』


 ハルの後では、白魔導士を連れたシオルドたちが駆けつけ、グゼンの治療をしていた。白魔法の光が輝き彼は命を繋ぎとめているようだった。もともと、殺す気なら、拳や蹴りなど使わない。最後に天性魔法で眠らせたのもそのためだ。


『なんで八つ当たりなんかしてんだよ…そんな時間ないだろ…ガルナやライキルたちの方が優先だろうが…』


 今すぐ、二人のことを抱きしめたくなった。自分の気が済むまで二人を抱きしめて、迷惑を掛けたくなった。けれど二人ならきっといつまで自分のわがままを許してくれるだろうと思うと想像の中でも申し訳なくなった………。


『悪いけど、グゼンさんに、絶対にガルナは渡さない…いや、誰にもライキルとガルナは渡さない』


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 グゼン・セセイはいい人だった。それが余計にハルの心に余裕をなくした。


「あ、そうだ!決めた…決めた…やっぱり、そうしよう…ライキルとガルナには呪いをかけよう。俺がいなくなっても、ずっと忘れられないように、永遠に愛を薄れさせないように、縛りつけよう…」


 その時、ハルの頭の中のもやもやはスッキリしたように晴れ渡っていった。


「そうすれば、もしかしたら、死ぬまでずっと二人の傍で生きていけるかもしれない、そうだ、そうしよう、なんだ簡単なことだったじゃん!」


 城に向かう途中ひとりで乾いた笑い声をあげるハル。その目はどこか狂気をはらんでいた。


「アハハハハハハ、うわ、ちょっと待って、何だかそう考えたら、早く二人に会いたくなってきた」


 愛する人たちと離れる恐怖に耐えられなくなったハルの心はついに崩壊し始める。


「はぁ、待っててね、二人とも必ず幸せにするから…」


 ひとりで呟いたハルの姿が、一瞬で第二運動場から消えた。



 ***



 それからハルの指示で第一運動場に、再びみんなが集められて、各自決められた翼竜に乗って、大空に飛び上がった。



 四大神獣黒龍討伐まで一か月を切ったハルたちが向かう先は竜舞う国シフィアム王国だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ