出国と恋路の闇
キラメアとウルメアの人生初めての国外観光をしてから数日が経った。古城アイビーがある、パースの街では、何やら首切り悪魔のオートヘルや、おしゃれなバーが吹き飛んだり、焼死体が発見されたりと、物騒な噂が飛び交っていたが、ハルたちがレイド王国を出国する際にはだいぶ落ち着いていた。パースの街は交易の街。様々な人々が行き交い、新鮮な噂話に困ることは無い。それは別にレイド王国やパースの街に止まらない。お隣のアスラ帝国や、パースから北にまっすぐ進んだイゼキア王国の話題など、各地から最新の情報が入ってくるため、すぐに古い噂は廃れていった。ただ、今回は少し不自然に、けれど誰も気に留めずに…。街は日に日に移り変わり続ける。パースの街はそのサイクルがとても早い。それは霧の森が開かれたからでもあるのだが。
そんな目まぐるしく変わるレイド王国のパースの街から、今日ハルたちは、竜舞う国であるシフィアム王国に出立する予定だった。
レイド王国、シフィアム王国、その他関係各所に許可を得て、人生初めての出国。期待も高まるものだったが、ハルのその出国の目的は、二つあった。
まず、ひとつ目の目的は、シフィアム王国の王様に挨拶に行くことだった。決して、キラメアやウルメアたちを嫁にもらうために挨拶に行くためではない。こんなことを言えば、キラメアが不満をこぼしそうだが、この挨拶は、神獣黒龍の討伐の際に実際に騎士と竜を貸し出してくれる恩義からだった。
作戦当日はシフィアム王国の騎士たちは龍の山脈に直接は参戦しないが、龍の山脈周辺の偵察行ってくれるので、動かす騎士も竜もシフィアム王国が一番多かった。その山脈周辺で犠牲が出るかどうかはまさに龍の山脈の中で戦うハルたち次第だったが、それでも、国にいるより、危険なことに変わりはない場所に出てきてくれることは、ハルも何よりも心強かった。訓練も受けていない庶民たちからすると黒龍と遭遇すれば、なすすべがないからだ。そんな人たちのために少しでも動いてくれることは感謝しかなかった。それも他国イゼキア王国にまで出向いてくれるというのだから、今回のシフィアム王国に作戦の発案者であるハルも頭が上がらないばかりだった。
そんなシフィアム王国に行くハルがデイラスにもその趣旨の手紙を送ると、彼は非常に喜んでいた。レイド王国の使者としてハルが行ってくれるのが一番宣伝になるからだろう。ただ、ハルも自分が友好的であることを示せるチャンスであったので、この出国はまたとない機会だった。
そして、二つ目、こっちがハルの真の目的と言っても過言ではなかったのだが、それは、黒い手紙の場所に行って真実を目で確認すること。
『シフィアム王国 エンド・ドラーナ 四番街 灰竜の館 待ち人に会え 真実あり』
どんな類の真実なのか?黒龍に関することではないのか?そう考えるのがハルの中では妥当だと思った。なぜなら、不特定多数の冒険から集まった黒龍に関する資料の中に紛れていた手紙なのだ。差出人から何か強い意志を感じる手紙だった。ただ、これがいたずらだったとしても、特にハルの中で損はなかった。
シフィアム王国に行くと決めたきっかけは、この手紙の真相を追求するのが大半だったが、実際にハルはこれを機にライキルとガルナたちとの、少し早い新婚旅行という形になると考えていた。全く気の抜ける話しだが、しかし、ハルにとっては何よりも重要な彼女たちとの大切な時間だと考えていた。
もう、あれこれ縛られている場合でもない。後ろ指を指されてもハルは二人とこのシフィアム王国の旅行を楽しむことを決めていた。二人となるべく長く一緒にいるためなら、英雄の地位も名誉もいらなかった。その地位を失って二人が離れていってしまうなら、当然、その地位にも名誉にもしがみつくが、そもそも、自分には時間が無いから、そこら辺を考えることはもうやめていた。その時が来るまでハルは一生懸命ここにいる人たちを愛そうと思っていた。
そして、全ては黒龍を綺麗に討伐するためのその日まで、ハルは突き進み続けるだけだった。
後のことなどどうにでもなった。
***
眩しい朝の光が古城アイビーのライキルの部屋に差し込む。
「おはよう、ライキル、もう、起きない?それともまだ寝てる?」
一緒のベットで眠っていたライキルの頭を優しく撫でながらそっと声を掛け二択と見せかけた一択を迫る。今日はシフィアムへ、出発の日、起きなければいけなかった。
「まだ寝ます…あ、そうだ、ハルぅ、一緒に寝ましょう、それで解決です……」
ライキルが腕を掴んで毛布の中に引きずり込んでくる。寝起きなのに結構な力だ。そこに相当な意志の強さがこもっていた。
その誘惑に負けたハルは、ライキルのいる毛布に、吸い込まれるように潜り込んで、一緒に添い寝をした。彼女は眠気に負けて目を閉じながら、離れないようにハルの背中に腕を回して密着していた。毛布の中は朝日の温かさと幸せの匂いに包まれていた。
ただ、ハルは少しだけ、今もひとりで寝ているもう一人の彼女のことを思うと、どうすればいいのか悩んだ。こうして、毎回、交互にライキルとガルナの部屋を行き来しているうちに、ハルの中でひとつどうしようもない欲望が浮かんでいた。
「ねえ、ライキル」
真剣な話をするためにハルが、上体を起こして毛布の外から出る。捕まっていた寝ぼけ眼のライキルがハルの膝の上にずり落ち、まどろみ続けるがちゃんと返事をしてくれる。
「なんですか?」
「たまにでいいからさ、その…」
とても言いだしずらいことだったが、ハルは勇気を持って言った。
「三人でこうやって朝を迎えたいなって思ってさ」
すると、ライキルがむくりと起き上がって、再びハルに抱きついて、耳元で囁いた。
「この欲張り、狼さんめ」
「別に三人でそういうことをしようってわけじゃなくてさ、なるべく二人とは一緒にいたいんだ…」
充実した日々が、幸せな思い出があるなら、この先もきっと、もしかしたら自分は、今目の前にいる彼女との約束を守れるかもしれない。
『いや、むしろ、思い出したら耐えられなくなって、消えたくなるかな…この世から…』
「…ハル、もしかして、何かありましたか?」
こういう時、ライキルはすぐにこちらの些細な表所の変化に気づいてくれる。あんまり真意は探られたくはないが、こうやって寄り添ってくれるところが大好きだった。
「別に何にも、ただ、大好きに君たちともっと一緒にいたいって思っただけ、ガルナといる時、ふと、ライキルのことが心配になる。そういうことかな…だから、たまにはそういう日があったらなって思ってさ」
「それなら別に構いませんよ、私、ガルナと一緒に寝たこともありますし、あ、もちろん、そっちの意味じゃないですよ?普通に二人で添い寝したって意味です」
「本当?」
「え、なんで疑うんですか?」
「だって、ライキルは女の子にも持てるからさ…」
ハルが手の甲でライキルの頬を撫でる。
「…ハル、今の良い嫉妬です。もっとください」
「え?」
「もっと、ドロドロしたハルの嫉妬深い愛を私にしてください」
ハルの膝の上に載っているライキルの目は、かっぴらいて、興奮していた。
「あ、愛してる…」
「それは普通の純粋な愛です。もっと沼の底のようなドロドロした愛をください」
「えっと…」
何も思いつかなかったハルは、ライキルをぎゅっと抱きしめて、耳元で重低音で脅すように囁いた「絶対に逃がさない…」と。すると、ライキルは不敵な笑みでひとこと言った。
「最高」
その後ハルとライキルは、ベットから下りて、二人で身支度を始めた。旅行の荷物はすでに前日にまとめてあるため、朝食に出るため二人は身だしなみを整えるだけだった。
ハルが、ライキルの金色の長い髪を丁寧にヘアブラシで梳かしていく。その間、ハルはライキルとシフィアム王国の観光地について話した。ライキルが、こんな大事な時期にいいんですか?と心配するが、ハルはいいよと呟いた。すると彼女もそうですね、こんな時だからこそですね、と少し寂しそうに言った。黒龍討伐に対して不安があるのだろうが、ハルにはその不安をどうすることもできなかった。ハルが話題を変えた。
「それにしても、ライキルが、さっきのこと許可してくれるとはね」
「だって、正直、私、出来ればひとりで夜を過ごしたくないです」
「………うん…あ、でもさ、ガルナがいれば俺がいなくても安心だね」
そこでライキルが振り返った。光が消えた本気の双眸がこちらをジッと見つめていた。
「何言ってるんですか?私、ハルがいなきゃ不安ですよ?」
「………」
ハルの身体が手が小刻みに震えそうになる。それを誤魔化すように彼女を後ろから抱きしめた。
「はいはい、じゃあ、ずっと守ってあげますから、ライキルは一生安心しててね」
「えへへ、はい、一生安心してます!でも、ハルがピンチの時はどんな時だって私が助けに行きますからね」
「頼りにしてる」
二人はその後も幸せな朝に楽しく身支度を整えると、朝食を取りに部屋の外に出た。
*** *** ***
いつものハルたちのメンバーに、シフィアム王国の三人を加えて朝食を取り終えると、一時解散して、みんな各自出発のための荷物を取りに自室に戻った。
ハルが着替えや日用品を入れた荷物と愛刀である【弐枚刃】という大太刀を部屋から持ち運ぶ。二メートルを超える長さのため、度々鞘をそこらじゅうの壁にぶつかったりしながら苦労して運んでいると、部屋から出てきたキラメアとウルメアに「噂は本当だったんだ」と驚かれていた。
「それで白虎討伐したんでしょ?」
「そうだね…」
「持ってあげよっか?」
「いや、それはこっちのセリフっていうか、キラメア、その荷物の量は大丈夫なの?」
キラメアの両手はパースで買ったお土産で埋まり、背中には大きなリュックを背負っていた。
「余裕よ、それより持って見ちゃダメ?」
「なら、キラメアの荷物全部俺が持つから、はいこれ、持ってみな」
キラメアとハルが刀二本とお土産を交換する。
「うわ、おも、え、ちょっと待ってこれ片手で振るの?」
「そうだよ、凄いっしょ?」
「まじか、そりゃ、カルラも負けるはずだ…」
そこにウルメアも片方キラメアから受け取ってその重みを実感していた。
「こんな刀どこで手に入れてきたんですか?」
ウルメアが素朴な質問をしてきた。
「これ、俺が育った道場にずっと飾ってあったやつなんだよね、それを道場出る時譲ってもらったって感じだから、どこで手に入れたか、分からないんだよね」
「でも、これ刀ですから、西の島国で作られた剣ですよね?」
「多分、そうだと思うんだけど、譲ってくれた師範も忘れたって言ってたから、真相は定かじゃないんだよね」
ハルたちがおしゃべりしながら、第一運動場に向かう。城の東館から中庭に抜けて、階段を下りると、運動場には六匹の翼竜がおり、その近くにカルラと、そして、エリザ騎士団のシオルドが雑談をして待っていた。
ハルがシオルドに軽い挨拶をする。どうやら、見送りのために来てくれたようだった。
「シオルドさん、休みなのにわざわざすみません」
「いいんですよ、それに竜というものをまた一目見たくて」
続いてエウス、ライキル、ビナ、ガルナが中庭から階段を下って第一運動場に現れると、荷物を竜の背中についている大きなリュックに詰める作業が始まった。
カルラが運搬係の翼竜の体勢を変えさせる。その翼竜の姿勢が低くなる。そこにハルたちがシフィア王国に持っていく荷物を積めていった。
「ハル、刀はひとつくらい荷物から出して持ってた方がいいんじゃないか?」
荷物を積めている時にエウスがそう助言してくれた。
「確かに、飛んでるとき黒龍とか出てきたら嫌だもんね」
「よし、ハル、頼むから刀を一本は絶対に持ってくれ」
「分かったよ」
荷づくりが終るころには、古城アイビーの第一運動場の周りには人が集まっていた。それはもちろんレイドでは珍しい竜がいるのだから無理はなかった。
荷づくりが終ると、ハルは一匹の竜のところに近寄った。銀色の翼を持つ竜が近づいてきたハルに嫌悪感を示し、ハルに対して、正面を向いて後退した。嫌われているというよりは危険人物扱いされている方が正しかった。観光が終わった後、ハルは一度、キラメアとウルメアと竜たちが泊まっている厩舎を訪れたが、そこでも銀竜にだけは避けられていた。
「あぁ、やっぱり、そうだよな、最初に脅かしちゃったもんな…」
ハルが銀竜とコミュニケーションを取ろうとしているところにキラメアとウルメアがやって来た。
「ハルは、ダーダーと相性悪いよね」
「うん、俺が最初に彼女をビックリさせちゃったからね」
銀竜のダーダーは、ハルがキラメアとウルメアの隣にいることを不快に思っているようだった。
「ハルをうちの後ろに乗せたかったんだけどな」
キラメアが銀竜に近づいて頭を撫でると、リラックスして、身体を休めていた。
「俺はカルラさんの後ろに乗せてもら…」
「だったら私のベヒに乗りませんか?」
ウルメアが食い気味に提案してきた。
「そう、だったら遠慮なく、乗せてもらおうかな」
「えっとベヒは二人乗りなんですけどいいですか?」
「え、あの見た目で?」
「そうです」
ベヒと呼ばれた赤と黒の筋骨隆々の巨体の竜はどう見ても二人乗りの竜とは感じさせない圧倒的な見た目をしていた。
「ウル姉、ベヒは十人以上乗れるでしょ?ハルを独り占めしようとするのはこのキラメア様が許さないぜ?」
「ハル、キラメアは嘘をついてます、ベヒは二人乗りです」
「ええ、あれ、どうした、ウル姉?」
あまりの強情さにキラメアが困惑してしまい、心配していた。それに気が付いたウルメアが小さく笑った。
「…って言うのは冗談で、ベヒは力持ちなんで実は彼だけでみんな運べちゃうぐらいなんで安心してくださいね!」
「だよね、一番身体も大きいし、それに強そうだ」
ベヒはハルが近寄って撫でても全く動じずにマイペースだった。
そして、ハルがひとしきりベヒを撫でると、エウスがそろそろ出発しようとみんなに声を掛けていた。
これからハルはまだこの目で見たことの無い新しい街や景色に出会えると思うと胸がわくわくした。
『竜舞う国シフィアム、楽しみだ』
みんなの準備が整い、それぞれが、翼竜に乗り込んだ。キラメアの銀竜のダーダーにはライキルが乗り、カルラの茶色い竜にはエウスが乗り、残った見た目が凶暴そうな赤と黒のベヒには、ウルメア、ハル、ガルナ、ビナが乗っていた。
「よし、じゃあ、出発しますから、皆さん離れてください、危ないですからね!」
カルラがそうみんなに告げ竜を空に飛ばそうとした時だった。
「ちょっと待った!!!」
見物客たちの中からとある人物が大きく声を荒げた。見物客たちがその声をあげた者の側から離れると、その人物が姿を現した。
第一運動場でハルたちが行くの止めたのは、エリザ騎士団精鋭騎士であるグゼン・セセイだった。
「ハル・シアード・レイ、あんたに話がある!!!」
その男の目は本気だった。