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現れる闇

 赤い看板を掲げる、酒場であるニューブラット。その店内の三つある個室の一〇三号室には、オートヘルという組織の人間たちが集まっていた。オートヘルは、表社会では噂話や都市伝説として通っていたが、実際は暗殺や殺戮などを生業とする裏組織の殺し屋の集団であった。ただ、国が敷くルールが通用しない裏社会でも、四大犯罪組織と呼ばれる禁忌の域にその名を連ねていたオートヘルは、底の見えない闇の組織であった。

 ちょっとやそっとじゃまず、その組織の存在を知ることはできない。知っている者でも、誰もが口を紡ぐほど、その組織の存在自体が禁忌とされていた。四大犯罪組織について知っていても語ってはいけない。報復は必ず来る。気づかぬうちに秘密をばらした者、ばらされた者に必ず悲劇が訪れる。

 裏社会でも彼らを知る者は誰もその四つの名前を大っぴらに口にしない。なぜなら、知った時点で、常に死神が後ろにつきまとっているからだ。死神にわざわざ、首を差し出す者などいない。

 四大犯罪組織、闇に息づく存在、そんな彼らを、光の中から見れば、あちらもこちらを見るのは容易いだろう。つまり、進んで、知ろうとしてはいけない。ただ、逆に考えれば、普通に表の世界で生きてさえいれば、全くと言っていいほど、彼らと関わることはない。なぜなら、今日も、こうして、ニューブラットの店内は普通のお客さんたちが訪れ、平和であるからだ。


 一〇三号室は緊張に包まれていた。

 キュリオ、リン、トト、ナウジー、アマンダ、全員がオートヘルのキュリオを部隊長とした第四部隊のメンバーだった。あとは、まだこの店の手伝いをしているバイパーという青年も、第四部隊の一員だった。彼らは、一人残らず残虐な殺し屋であった。しかし、そんな彼らも今だけは息を殺して一〇三号室の静けさを保たせるしかなかった。


「………」


 現在の状況を短くまとめると、組織の上からの命令で、キュリオたちの第四部隊には、レイドの英雄ハル・シアード・レイの暗殺命令が出されていた。今回、キュリオたちはその命令の作戦会議と宴を兼ね備えた集会をニューブラットで開いていたのだが、そこにまさかのご本人が来店し、一〇三号室には沈黙が響き渡っていた。バカ騒ぎはできない。というより、したくなかった。理由は簡単、ここで、目立ちたくなかったから。


 しばらく、沈黙が続いたときだった。みんなが、黙るからてっきり、アマンダも緊張しているかと思ったら、彼女は平常心を保っていた。


「ねえ、キュリオ、ハル・シアード・レイ、来てるんでしょ?ここで殺さないのぉ……ふぐぅ…」


 キュリオが慌てて、アマンダの口をふさいで、人差し指を立てて、静かにと促した。


「あっちに聞こえたらどうする?」


 アマンダがキュリオの手をどけて言う。


「私たちなら負けないよ、それにあっち、今、みんな酔ってるし、チャンスなんじゃないかな?」


 そこに眉をひそめたリンが口を挟む。


「あんた、バイパーの話し聞いてたの?」


 バイパーは、こちらの個室の集会に参加するのをやめて、ハル・シアード・レイがいるテーブル席の状況を逐一報告する役割を担っていた。そのたびに、無償の酒が個室に溜まっていったが、まるで中身が減っていないで、ボトルだけが増えていた。それを、アマンダだけが平気そうに酒を流し込んでいた。


「どういうわけか知らないけど、シフィアムの剣聖があの席にいるの。つまり、今、ここには、化け物が二人いるの、私たち全員が一斉に不意打ちで仕掛けても、返り討ちに合うのがおちなの」


 大国の元剣聖と、現役の剣聖の二人相手に自分たちが、束なっても敵わないのことぐらい知っていた。知らないのは狂っているアマンダぐらいであった。


「リン、怖いの?」


 一瞬でリンの怒髪天を衝く。彼女が服に仕込んでいた暗器の短剣を投げ飛ばそうとしたのを、キュリオに止められた。


「リン、落ち着いて、ここで喧嘩も殺しもダメだ。俺たちはここで顔を見られるわけにはいかない。アマンダもここで彼らは、殺さない分かったね?」


 アマンダがにこやかに頷く。リンも暗器を服にしまった。


「それと、ナウジー、さっき言いそびれてしまった話だけど…」


 キュリオが数時間前に彼に言いそびれたことを告げる。


「今回のこの件からナウジーは降りてもらいたい」


「……それは、もう、僕は不要ということでしょうか?」


 裏切り者や、組織に逆らう者の末路は、悲惨なものだった。当然だ、闇の中で生きているのだ。逃げるなら、殺される覚悟が必要だった。

 ただ、キュリオは仲間をやすやすと殺す男ではない。むしろ仲間のためにどこまでも尽くして身を削るタイプの人間だった。


「違う、今回の任務は少しきな臭いんだ。だから、ナウジーには第四部隊の留守番役として当日はこのニューブラットに残ってもらいたいんだ」


「キュリオがそう言うなら、俺はここに残らせてもらいます。ごめんさい」


「いいんだ、それより、私がこうしてきな臭いと思う理由を見てもらいたいんだ。本当は、バイパーやチェイスさんたちが来てから、みんなに見てもらうと思ったんだけど、これ」


 そこでキュリオが服の内側から、一枚の手紙を取り出して、テーブルに置いた。


「なんですか、手紙?誰からですか?」


 テーブルに置かれた何の変哲もない宛名の無い手紙をリンが手にとって中を開けて便箋を取り出した。


「分からない、二週間くらいに私の自宅のテーブルの上に置いてあったのを見つけたんだ」


「ええ、なんですか、それめちゃくちゃ怖いじゃないですか!?」


 リンが手紙を見るとそこには短い文が書いてあった。


『英雄暗殺の件から手を引け 危険迫る』


 リンの持っていた手紙にナウジーとトトも覗き込む。


「どういうことだ?なんで、この手紙を送ってきた奴は、俺たちの任務の内容を知ってるんだ?」


 トトが疑問を口にする。

 第四部隊が、ハル・シアード・レイの暗殺の任務を最初に聞かされたのは、約一か月前だった。ちょうど、解放祭という大きなイベントが終わった頃だった。イルシーという新たな暗殺組織が、暗殺に挑戦して、失敗した時期だ。


「それが私にもさっぱり分からないのだ。しかし、この手紙を送ってきた者はなんとなくだが、味方なな気がするんだ…」


「どうして、そんなことが分かるんだ?」


「トト、その便箋から少しいい匂いがしないか?その匂いがどこか懐かしいんだ」


「ええ、どれどれ」


 トトが便箋の匂いを嗅いだ時、一〇三号室の扉は再び開かれた。


「お前たち、英雄がお帰りになったぞ!」


 満面の笑みのバイパーが扉を思いっきり開けて入って来た。よほど緊張していたのだろう、くたくたの彼はすぐにエプロンをしたまま、トトの隣の席に座って、空いてないボトルの酒を開けて、グラスも使わずに直接飲み始めた。


「本当か?」


「ああ、本当だ。だから、俺もこの通り上がってきたわけよ」


 バイパーの後の開かれた扉から、先ほどまでいたハルたちがいなくなっていた。どうやら彼の言ったことは本当のことらしい。


「ていうか、チェイスさんとヘッグさんはすげえよ、全然、動揺しねぇんだもん」


「まあ、バイパーは小心者だからね」


 リンも一難去ってホッとしたのかいつもの調子が戻っていた。


「ハッハッハッ、リン、俺と遊びたいのか?だったら、心行くまで遊んでやるぜ?」


「絶対嫌よ、バイパーみたいな女癖の悪い男なんか、近寄って欲しくもない。穢れるわ」


「うわあ、冗談でもめっちゃ傷つくんですけど…」


「冗談じゃないんだけど」


 二人のやり取りが口火を切って、一〇三号室に和気あいあいとした空気が戻る。とっくに真夜中を過ぎていた。当日の作戦の内容などを酒を酌み交わしながら語る。大方の内容はもうすでに事前に語りつくしたので、ここで話すことは軽い任務の話しばかりだった。誰がとどめを刺すか?誰が誰を人質に取るか?そんな決めなくても決めてもいいことを適当に話し合う。一応は作戦会議ではあるが、宴の要素の方が強かった。

 ハルたちがいなくなってからさらにだいぶ時間が経った。時刻は午前三時と言ったところだろうか?個室の外の店内の客たちはいつの間にかいなくなっていた。


 キュリオたちの中にもだいぶ酒が回ってきた者がいた。リンなどはもうキュリオにべったりで、それに比べ、アマンダはまだ余裕そうに酒をおいしそうに豪快に飲んでいた。ナウジー、トト、バイパーの三人は相変わらず、仲よさそうにさっきのアクシデント(ハル・シアード・レイの来店)の話しをずっと続けていた。


「みんな、楽しんでるかい?」


 そこにエプロン姿のチェイスが、ドアを開けて入って来た。片手には、銀のトレイの上に三つのカクテルを載せていた。


「はい、これ、俺がミックスした新しい酒ね、誰か味見して見てくれ、好評だったらメニューに載せるから」


 透き通る黄色い液体に、大きな氷が二つと、輪切りにされたレモンが沈んでいた。テーブルに置かれると真っ先にバイパーが味見をして、トト、ナウジーと続いた。そして、リンが拒絶して、キュリオ、アマンダとその黄色いカクテルを味わった。飲んだ全員が文句なしに美味いと結論づける。


「良かった、じゃあ、そのお酒もうちの商品の仲間入りかな」


「なあ、チェイスさん、そっちの二つの酒も新しいやつなのか?」


 酔いが回ったトトが、舌なめずりをしながら質問するとチェイスは慌てて否定した。


「違う、違う、これは隣のお客さんのだから、ダメだよ」


 ちぇっとトトが舌打ちをすると、テーブルにあった適当な酒を選んでいた。


「まだ、お客さん残ってたんですね」


 キュリオが意外そうに言う。


「うん、でも、これで最後って言ってたから、もうすぐで私たちの貸切になりそうだよ」


「待ってますよ、チェイスさん」


 キュリオがそう言うと、チェイスは手慣れたウィンクをすると酒を持って隣の個室に向かって行った。



 ***



 チェイスが一〇三号室のすぐ隣の一〇二号室の扉をノックしてから、その扉を開けた。


「お待たせしました、ご注文のカクテルをお持ちしました」


 二人の男女がそこにはいた。


「ありがとう、さっきのお酒美味しくてさ、また頼んじゃったんだ、でも、そろそろ終わりにしないとあれだからって思ってさ、夜明けも迫って来てるし」


「ありがとうございます。こちらレッド・マーガレットになります」


「そうそう、これこれ、この赤い奴、レッド・マーガレットっていうのか」


 女性が受け取ったカクテルのグラスを顔の前でゆらゆらと弧を描きながら零れないように揺らして見つめていた。


「はい、当店の主力商品となっています。それと、こちらはラック・ジェーンになります」


 チェイスは男の方に真っ白なカクテルを渡した。男はありがとうございます、と丁寧に礼を言って酒を受け取った。


「それではごゆっくりどうぞ」


「あ、待って店員さん」


「はい、なんでしょうか?」


「マーガレットって誰?」


「………どういうことでしょうか?」


「だから、マーガレットって誰の事?」


 女の方がしつこくカクテルについた名前を尋ねて来る。


「マーガレットは、カクテルの名前でございますが…」


「マーガレットって人いたよね?」


「………お客様何をおっしゃって…」


 チェイスの言葉を遮る様に、背の低い彼女が続ける。


「僕、歴代のマーガレットと一回戦ったことがあったんだけど、いやあ、彼女は強かったね、でも、何年前だっけ、いや、何十年?いや、何百年?詳しいことは覚えてないや」


「………私はこれで失礼させてもらいます。それではごゆっくりと」


 チェイスが外に出て一〇二号室の扉を閉めようとした時だった。


「おい、チェイス、逃げるなよ、渡したいものがあるんだ」


 チェイスが後ろを振り向いたときだった。闇の刃がチェイスに迫っていた。


「!?」


 一瞬の出来事で身動きが取れないチェイスの顔面に漆黒の剣がまっすぐ飛んで来る。


 その時、チェイスは一瞬で死を悟る。


「バイバイ、チェイスくん」


 紫色の髪のエルフがニコニコしながら穏やかに笑う。その彼女の隣では、くすんだ金髪の男がため息をついている。

 死の直前にどうでもいい彼らの情報が入って来て、チェイスが思い出しておきたい、人達のことを思い出せずに、死ぬ。


 ところだった。


 漆黒の剣がチェイスの顔を貫く前に、真っ赤な炎がその漆黒の剣を蹴散らした。


 命拾いしたチェイスがその炎が飛んで来た方向を見ると、一〇一号室からひとりの老人が姿を現していた。


 チェイスにはその老人に見覚えがあった。


「ヴァレリーさん!!!?」


 闇の魔女と老兵の死闘が始まる。


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