外の世界にひとりで、いや、みんなで
ハルたちは、パース東部にあるエリー商会が経営している屋外のレストランで食事をした。そのレストランは、店舗の外の敷地に、大小さまざまな日傘を一面に咲かせていた。家族、友人、恋人、来店する人たちのニーズに合わせた大きさの日傘の下が提供されていた。
夏の暑い中、外で食事をするのは気が滅入るかもしれないが、来店した客の前には常にキンキンに冷えたドリンクを提供している店員がおり、ハルたちが席に着くとすぐに七人分の水やジュースや酒が、四角い箱状のワゴンを押している店員に提供された。
店員が飲みたいものをハルたちから聞くと、ワゴンの中から氷の入ったグラスと飲み物を取り出し注いで配ってくれた。そして、氷水が入った透き通ったガラスの容器を置くと、「注文が決まり次第近くの店員に声をかけて」と告げるとその店員は次の客の対応しに行った。
全員が夏の暑い中を移動していたこともあり、各自で頼んだグラスの中のドリンクは一気に空になり、中央に置かれた氷水の争奪戦が主にキラメアとエウスとガルナを中心に勃発していた。
その間に穏健派のハル、ライキル、カルラ、ウルメアたちは先ほどの店員から渡されたメニューを見て頼みたい料理を決めていた。
氷水の争奪戦も近くを通った店員に新しい氷水を頼むと静けさを取り戻し過激派の彼らも大人しくメニュー内の料理を決めて注文していた。
それから料理が来るまでエウスが、ここの店は昼と夜でメニューが違ったはずと豆知識を披露してくれた。昼が家族向けで、夜が騎士や冒険者などが酒を飲むための場所に変わると。その話に興味深く聞いていたのはハル、カルラ、ウルメアの三人だけだった。ただ、ウルメアが質問までしていたので、エウスは得意げにエリー商会の偉大さを彼女に伝えていた。彼女は熱心にエウスの話しを聞いていた。彼らの隣では、カルラも興味をそそられたのかその話に耳を傾けていた。
そして、各々が自由に話していると注文した料理が来て、そこで暑さで気づかないうちに減っていた空腹を満たすことになった。
昼食の間は相変わらず賑やかでみんなは時間を忘れて食事やおしゃべりを楽しんでいた。特にキラメアとガルナが隣になったことで、二人は以外にも気が合い仲良くなっていたので、ハルは彼女に新しい友人ができたと同時に少しだけ妬いた。けれどそれでも、キラメアのような権力を持った人とガルナの間に友情のような繋がりができたことは、ハルの計画としては大きな前進だった。
それに、本当に数秒で相手の心を開くキラメアの話術や距離感は達人の域だとハルは感心していた。気がついたらキラメアと話した人は、楽しそうに笑っていることが多かった。
『人を惹きつける素質みたいなのは生まれつきなのかな…?』
王族だからではなく、彼女自身がもともと持っている感性や雰囲気が、人々を惹きつけているようなそんな気がしていた。
『いいな、俺も、もっと仲良くなりたいな………ガルナと…』
そんなキラメアを頭の中で褒めても、ハルの中で湧き上がってくる感情の方向は常に一定方向だった。
昼食を終えたあと、ハルたちは北部の商店街を馬車で移動しながら見て回った。この北部の商店街には、六大国のイゼキア王国、ニア王国、シフィアム王国、スフィア王国へ繋がる大きな街道があり、人の出入りが一番激しい場所であり、様々な種族の人が街中を行きかっていた。
そのため、各国から集まった珍しい商品や特産品が、ずらりと露店に並んでおり、馬車の中から出店の商品を眺めるだけでも、退屈はしなかった。
馬車で移動中、キラメアは、ずっと窓の外の景色に夢中だった。流れゆく街の風景を名残惜しそうに見送っていた。
『ずっと、城の中で不自由な生活って言ってたもんな…』
キラメアとウルメアから聞いたことを思い出して、ハルは、レイド王国から出られない自分と彼女たちが少しだけ重なって見えていた。
「キラメア、外に出て店を見て回ろうか?」
そう聞いて一瞬彼女が嬉しそうに目を開く。
「いいのか?」
「いいよ、その代わりずっと俺の傍に居てもらうことになるけど」
「そ、そって、結婚ってことかな?」
「いや、違うけど」
「おい」
「キラメア、外に出てああいうお店で買い物とかしてみたくない?」
ハルがキラメアがさっきまで見ていた窓の外を指さすと、装飾品売り場や武器屋などが立ち並んでいた。それに冷たいデザートを売っている店もあった。そこでは、キラメアと同じくらいの女の子たちが楽しそうに買い物をしていた。
「おお、まさにうちが憧れてた感じだ」
「よし、じゃあ、決まり、降りて街に出かけよう!」
同じ馬車に乗っていたエウスとガルナも賛成してくれていた。しかし、キラメアが本人が止めに入った。
「待て待て、外は危険がいっぱいだから、うちみたいな王女様がいると狙われるって…」
「ああ、大丈夫だよ、ここにはハルがいるからな」
エウスがそう言いながら後ろの小窓を開けて御者に馬車を止めるように伝えた。
「だけどだ…」
「なんだよ、銀竜で俺たちのアイビーを襲撃したくせに」
「襲撃しとらんわ!ていうか、だって、あそこは軍事施設で安全な場所だって知ってたから…」
「いや、他国の軍事施設は安全じゃないだろ…」
「とにかく、こんなに人がたくさんいるところを出歩くのは危険だ。きっとカルラもダメだというぞ?」
ハルたちはここまで馬車で乗り降りできる場所にしか訪れておらず、外を出歩くよりは比較的安全といえた。
「怖いのか?」
「バカ、怖くないわ!けど、安全性が問題なんじゃ、もし、うちが殺されたらハルたちが責任を問われることになるんだぞ?」
「だそうです、ハルさん」
そこまで言われればハルもすんなり諦める。彼女の意思に背いてまで外に出す必要はないし、馬車で移動した方が安全だ。
「わかった、じゃあ、やめておこう」
しかし、そこでハルはがっしりと腕を掴まれた。
「どうしたの?」
「ハルはうちらを守り切れるのか?」
「守れるよ」
「うちらって言うのは、うちとキラメアだけじゃない、ガルナやエウス、ライキルも…あとカルラも…」
「問題ないよ」
「でも、みんなが同時に一気に襲われたらどうするんだ?ハルも間に合わないところで襲われたら」
「…もう、間に合わないなんてことはないから大丈夫だよ、絶対…」
一瞬だけハルの目から光が消える。
「………」
キラメアは息を呑んだ。
「大丈夫、安心して、パースはそんなに怖い街じゃない、さっきも子供たちだけで、遊びまわってたの見たでしょ?」
「まあ、そうだけど…」
キラメアは窓の外で流れる景色の中に自分より遥かに小さな子供たちが楽しそうに街の中を駆けて行くのをさっきから何度も見ていた。
「パースは、エリザ騎士団の施設がいろんなところにあるんだ。だから、各方面の中心街の治安は良い方だよ、それに、この北部や、さっきまでいた東部なんかは特エリザの軍事施設が多いから安全なんだよ」
そこでエウスが口を挟む。
「まあ、なんだ、不安なのは分かるが、正直、ハルの隣はたぶん世界中のどこよりも安全な場所だぞ。あれだ、俺だったら知らない普通の街に放り出されるよりも、ハルと白虎の巣のど真ん中に放り出される方がいいって思うほどだからな」
「なんかその例えおかしくない?」
「まあ、それほど、ハル様の傍は安全だってことよ。あ、馬車止めてもらっていいかい?」
エウスが小窓を覗いて御者に馬車を止めるように呼び掛ける。
「うちはまだ外に出るなんて言って…」
馬車が止る。流れては去っていた景色がキラメアの前で止まる。よく竜に乗って、城の敷地から出ない高い場所で、遠くのシフィアムの王都の街並みなんかを眺めていたが、今、キラメアの目の前にはその憧れた街が広がっていた。人々が縦横無尽に行きかう場所。キラメアからしたら無法地帯と思えるような場所。ずっと城の敷地内から出してもらえなかったから、こういった場所は緊張した。竜と共にいればまだ気が休まったが、その相棒もいない、生身一つで外の世界へ…。
緊張していたキラメアの手に優しく温かい感触があった。
「キラメアちゃん、わたしも傍にいてあげるよ」
キラメアの隣に座っていたガルナが、キラメアの手を握った。手を握られたことでキラメアは少し恥ずかしそうにしていたが、決心したのか、みんなの顔を見渡して言った。
「わかった、じゃあ、外に出ます。だから、警護をお願いします」
キラメアは、みんなに頭を下げた。友達と外に遊びに行きたい。そのずっと叶わなかった。願いのためにキラメアは勇気をだした。
「任せて」
ハルはニッコリ微笑んで自信満々に返事をした。
***
馬車の中で本当の外の世界を怖がっていたキラメアだったが、それも数秒も持たなかった。彼女はさっきのしおらしさが嘘みたいに、街中に出ると元気いっぱいに店を見て回っていた。時々、ひとりでどこかに行ってしまいそうになり、ハル常にはあたふたしていた。
「キラメアさんは元気ですね」
人込みの多い中、ライキルが隣にいたウルメアに声を掛けた。ライキルとウルメアの二人は、この短い期間の間で、よく気が合い、この観光中の馬車の中でも仲良くおしゃべりをしていた。
「キラちゃんは、いつもああなんです。どんな場所にもすぐに適応できちゃうっていうか、いろんなことの、のみ込みが早いんです。私の自慢の妹です」
「姉妹って素敵ですよね。私も小さい頃は孤児が集まる道場で育ったんで、血は繋がってないんですけどたくさんの姉や妹がいました」
「そうだったんですね、でもなんだか姉妹がたくさんいると賑やかで良さそうですね」
「ええ、まあ、楽しかったです。だけど、やっぱり、それもハルがいなきゃ、今の私はいなかったと思います…」
ライキルが先頭を行くキラメア、ガルナ、ハル、エウスの四人から離れないように足を早めた。
「それってどういうことですか?」
ウルメアもライキルに合わせて足を早める。最後尾にはカルラがおり、二人の後を追従していた。
「ハルは私を変えてくれたんです」
ライキルは先頭で二人の女の子たちに振り回されている優しい青年の横顔を見つめた。
「彼がいなきゃ、私は、きっとこうしてキラメアさんとも楽しく話したり、笑い合ったりしていられなかったと思います」
とびきりの笑顔を隣にいたウルメアに披露した。その笑顔は愛する人に運命を変えてもらった人がするような心の底からの笑顔だった。
「ライキルは、ハルに変えてもらったんですね…」
「はい、彼に会っていなかったらと思うと、正直、今でも怖くなちゃうくらいですよ」
「………ぅ…ぃ……」
「…え、何か言いましたか?」
ライキルが彼女の声が聞き取れななかったので、立ち止まった。するとそこでウルメアも立ち止まってこちらの顔を見つめた。
二人が人込みの中で向かい合っていると、後ろにいたカルラが声を掛けた。
「お二方、どうされましたか?立ち止まって、置いて行かれてしまいますよ?」
ウルメアの青色の瞳がライキルを放さなかった。
「ウルメアさん?」
しかし、ライキルが首をかしげながら声を掛けると、ウルメアは夢から現実に戻って来たかのように気を取り直して、そして、小さく笑った。
「ごめんなさい、なんでもないんです。うわ、みんなあんなに遠くに、急ぎましょう!」
「はい、急ぎましょう!」
ウルメアが小走りで駆け出すと、ライキルもすぐに彼女を後を追った。
「………」
数秒遅れて、カルラも急いで二人の後を追った。
***
結局のところ、日が暮れるまでずっとハルたちはキラメアに振り回されて街中を駆けまわっていた。かなりの過密スケジュールになってしまい、夏の日照りもあったことで、夕食を取るころにはみんなの顔には疲れの色が浮かんでいた。
しかし、それも酒が入るとみんなの元気はすぐに復活していた。もちろん、竜酒もその店には置いていたため、キラメアとウルメアも少しばかし酔っていた。カルラに関しては警護に徹底するために一滴も酒を飲んでいなかった。
そして、再び、エリー商会系列のお店で食事を取ったため、特等席を用意してもらいそこで大いに夕食の時間を楽しんだ。
キラメアは今日外の露店で買った装飾品をガルナにプレゼントしていたり、エウスとライキルはいつも通り仲よさそうに喧嘩してウルメアを笑わせていた。
ハルとカルラは互いに酒は飲まない者同士、今日のことについて語り合っていた。そこでカルラが言った。
「こんなに笑っている二人は久々に見ましたよ」と、それを聞いたハルは「まだまだ、これからですよ」と期待を膨らませてあげた。
なぜなら、楽しい夜は、まだ更け切ってはいないのだから。
それから、竜酒を飲んで勢いに乗ったキラメアが食後にある提案をしてきた。
「ねえ、みんな聞いて、今日歩いた街ですっごいおしゃれなバーを見つけたの、これからそこに行ってみない?そこ、夜に営業してるぽいの」
「へえ、場所とか名前とか覚えてるのか?」
少し酒が入ったエウスが少し悔しそうに尋ねる。
「分かるわ、その店の看板もおしゃれだったし、ここからあんまり遠くないから」
「それでなんてお店?」
ハルが質問するとキラメアは顔を赤くしながら答えた。
「ニューブラット」
しかし、夜はゆっくりとその闇の濃さを深めていく。血の匂いを伴って。