四大犯罪組織
多種多様な服がそろう店『シリウス』を堪能したハルたちが店から出てきた。みんなの手には、それぞれ、自分が着たい好みの服が入っている包み紙を持っていた。その中でもキラメアとウルメアが買った服の量はすごく、手に持っている包み紙以外に、後でシフィアム王国に直接届けることになった服が数十着はあった。
「いい店だった、まさか竜人族用の服まで揃ってるとはね」
「キラちゃんに似合う服たくさんあったね」
「ウル姉はもうちょっと派手な服選んでいいと思うけど?」
「私は、ちょっと恥ずかしいかな、肌出すの…」
「そんなことないって、ウル姉は私と同じで超可愛いんだから絶対どんな服でも似合うって!今度私の服も貸してあげるよ!」
「そんな、いいよ、私も自分の分ちゃんと買ったし」
「ええ、もったいないなぁ」
大満足の双子の姉妹が仲よさそうにしている傍では、この店の店主を知るハルたちは少しガッカリした顔をしていた。
「シロンさん、いなかったね」
「会えると思ったんですけどね…」
「店も明日からしばらく閉めるって店員さん言ってたな」
ハル、ライキル、エウスの三人が残念そうな顔をしていると、カルラが話しに入って来た。
「皆さん次はどこに向かいますか?」
いないのだからしょうがないと各々割り切ったハルはカルラに尋ねられたことに答えた。
「次はもっと東の商店街に向かうつもりかな、見て回るお店はたくさんあるし、年中お祭りみたいな場所で楽しいよ」
「そうですか、それは楽しみです」
「昼もその商店街のレストランで済ませましょう、エウスどこかいい店知ってる?」
エウスの方に振り向くと彼は、俺の店でならあると言った。さすがはエリー商会の会長である。
「じゃあ、お昼はそこで、夜は北部に移動しながら最後はバーにでも寄りましょう」
ハルがカルラたちと話していると、キラメアが話しに割り込んで来た。
「酒か、それはいいな!竜酒もあるのか?」
竜人族にとって普通のお酒は水のように薄く不味く感じ、どんなに飲んでも彼らには毒に対する抵抗があるためちっと酔えもせず、味も酔いも彼らは普通のお酒では、楽しむことはできない。しかし、そこで彼らが飲むのが竜酒と呼ばれる竜人族専用のお酒だった。この竜酒は他の種族がショットグラス半分でも飲むと、簡単に酔いつぶれてしまうほど強力なお酒であった。まれに人族でもいける人間もいるがかなり稀であった。
「あると思うよ、ここには竜人族の人もたくさんいるし、交易も盛んだからキラメアたちでも飲むお酒に困らないと思うよ」
「だってよ、ウル姉、この街は最高だな!」
キラメアがウルメアに嬉々として伝えていた。こうも楽しそうに喜ぶ姿は見ていて気持のいいものだった。
「よし、じゃあ、さっそく出発しようか」
ハルたちは買った荷物持って馬車に入り、パースの観光を続けた。
*** *** ***
クリーム色の髪に、そこらじゅうの女たちが振り向く甘いマスク、世の十九歳の男の中では少し低い身長。リンの隣を歩くキュリオの外見はそのように誰の目から見ても完成されていた。それだけではない。彼は身内にはとても優しく、敵には一切容赦しない姿勢が仲間からの信頼を獲得する一因となっていた。ただ、それだけではない。彼は組織の第四部隊の若きリーダーであるが、任務では自ら率先して危険な場所を担当し、常に仲間と同じ目線で死線を駆ける、頼りになる男でもあった。そんな彼を仲間のみんなは尊敬していたし、あのアマンダでさえ、彼の言うことは素直に聞くのだ。
そんなキュリオの隣に居る絶世の美女はリン。キュリオと彼女は同い年で、街を歩けば周りにいる男たちの視線は彼女に釘付けになる。それでキュリオと二人で街の悪漢に何度絡まれたか分からない(キュリオの軟弱そうな見た目も相まって)が、そのたびに二人の鍛え上げられた身体能力で逃走を図っていた。
二人にターゲットでもない民間人を殺す面倒ごとなど抱える気はさらさらない。そこに関しては自分たちのやっている殺しという仕事に誇りと情熱を持っていた。いわゆるプロという者たちだ。
「リン、そろそろ昼食でも取らない?」
「いいですね、取りましょう!あ、ちなみに今日は、私がおごります」
「そうか、じゃあ、明日は俺がおごろう」
「むむ、あそこにいい感じのレストランがあります入りましょう!」
キュリオとリンは食事をするとき互いに交互におごり合っていた。その代わりおごった人が行きたいレストランを指定するというルールつきでだ。
リンが選んだレストランは、若い子たちが立ち寄るおしゃれなレストランではなく、冒険者や騎士などがこぞって群がる、肉を中心としたレストランだった。窓からのぞく店内に若い女の子など一人もいなかった。
「相変わらず、リンの好みはこういう肉が大量に出て来るむさ苦しい店だよね…」
「キュリオが選ぶ店はいつも内装が綺麗で料理も美味しいですけど、量が足りないんですもん」
「私は小食だからな、それに食は量よりは味で選んでる」
「でも、ここのお肉も美味しそうですよ」
「それもそうだ」
二人が店内に入店しようと店の扉に向かった時だった。
扉からひとりの灰色の服を着た獣人族の男が出てきた。
「え!」
リンがびっくりしながら、その獣人族の男を見つめる。キュリオも一瞬驚きはしたがすぐにその表情は穏やかなものに変わった。
「トト、こんなところで何してるんだ?」
キュリオがその獣人に話しかけた。
「ああ、キュリオに、リンか」
トトと呼ばれた黒髪に黒い毛並みの獣人族の男は、しんなりと悲しみを浮かべた顔で二人の名を呼んだ。そして、彼は続けた。
「実は店に入って財布が無いことに気づいたんだ…」
「え?アハハハハハハハハハハ、トトはバカですね、お金が無きゃお店で料理は出てきませんよ?」
そこでリンが人目も気にせず大笑いをしていた。トトは別にリンが大笑いをしていることに全く気にしてない様子だったが、腹を満たせないことにはショックを受けているようだった。
「トト、一緒に食べよう、金は私が出すから」
「ええ、私はキュリオと二人っきりが良かったのですが?」
「キュリオ、感謝する後で必ず返す」
「いいよ、さあ、トト、戻ろう」
「ちょっと、私の話し聞いてますか?」
キュリオ、リンは新たにトトを迎え入れて、レストランに入り昼食をとるのだった。
*** *** ***
パース東部の商店街。その一角にある屋外のレストランに、ドロシーとギル・オーソンはいた。二人は、外に用意されている大量のテーブル席の中からひとつを選んでそこで食事をしていた。そして、食事をしながらも二人は、あるひとつのテーブル席の客たちをばれないように注意深く見張っていた。
「ドロシーさん、いいんですか?こんな昼間からお酒飲んで、それに俺たち尾行中ですよ?」
「大丈夫だって、心配するな、ギルギル、僕は酔っても強いんだから問題ないさ、それにもし悪い奴が現れてもギルギルがやっつけてくれるだろ?」
顔を酔いで赤くして、お酒の瓶を抱きしめながら、ドロシーは幸せそうににやけていた。
最も深い闇組織として恐れられているドミナス。その三大貴族またの名を三大魔女のひとりであるこの深淵の魔女ドロシーが、昼間っから酒に惚れている姿は見るに絶えなかった。
「組織の中にはあなたを崇拝している人もいるんですよ?それが昼間っからこんな姿じゃ信者たちが泣きますよ」
「じゃあ、僕は酒に溺れる神だったことにしといてくれ、これだったら威厳も保たれる」
「いや、それじゃあ、もう、威厳何もあったもんじゃ…」
「いいんだよ、僕はただあの人に仕えるのみだから。誰かからの祈られるなんて望んでないよ」
「あっそうですか」
「そうだよ、僕はこうしてあの人のために働いて、ギルギルと酒が飲めればそれでいいよ」
「まあ、俺ならいつでも付き合いますけど」
ギルは、ドロシーの行動に口出しできるほど実際は偉くなどない。彼女とは友人だと思っているが、それも全部彼女次第なところがある。彼女の気分次第でこの関係も何もかも消えることだってあり得る。それほど本来の彼女は強大な力を保有しているのだ。ただ、ギルが思うに彼女は自分のような飲み友達が少ないため、当分は大丈夫だろうとも考えていた。そもそも、彼女の気が変わる前に自分の寿命が来るのが何だか早いような気がした。ドロシーはエルフであり、ギルよりも遥かに歳上で流れている時間の感覚が違うのだ。だから、ギルが生きているうちに、ドロシーの気が変わることは無いと確信さえしていた。自分などは彼女にとって、長い時間の中のちょっとした脇役程度なのだから。
「それにしても、まさか、ハルさんたちが外に出て来るとは驚きでしたよ」
「ね、早くここから離れて欲しいのに、呑気に観光なんてしてるんだもん、シフィアムの王女様二人を連れてさ」
「え、あそこにいる竜人族の女の子たちって王族なんですか?」
「そうだよ、ほら、だってシフィアムの剣聖だっているじゃん、彼は二人を護衛するためについてきたんだね」
「言われてみればあの翼には見覚えが…いや、でも、なんでこんなところに…」
「知らない、観光じゃない?」
ギルの見つめる視線の先には、ハルたちがシフィアムの王女様二人や剣聖と賑やかに昼食を取っている光景が広がっていた。
「そうだ、ドロシーさん、例の組織の件はどうなってますか?」
「ああ、オートヘルのことね。もう、だいたい情報が集まって来たよ」
ドロシーはそう言うとどこから取り出したか分からない何枚かの紙の資料をギルに渡した。
「この街にいるのは全部で八人、その中の三人の居場所はもう分かってるよ」
ドロシーは抱きしめていた酒の瓶を開けて、飲みかけだったグラスに注ぎたしていた。ちなみ注いだ酒はもとあった酒と同じではなかった。
「居場所が分かっている三人ってのは、この【ヘッグ】【バイパー】【チェイス】の三人ですか?」
ギルが資料に乗っている三人の似顔絵が書かれた紙をドロシーに見せながら指さした。
「そう、ニューブラットってところで、その三人がおしゃれな飲み屋営業してるんだって」
「また、なんでそんな、彼らの本業は殺しじゃないんですか?」
ギルは知っていた。【オートヘル】が子供をしつけるためのただの作り話や噂が生んだ空想の産物などでもないことを。
「単純に殺しだけじゃやってけないって上が気づいたんじゃないの?時代は、今、あそこにいる英雄さんを中心に平和に向かってるからね」
ドロシーが遠くにいるハルを指差しながら言った。
「はあ、そんなもんなんですかね?」
ギルは資料に再び目を落とす。その資料には八人の詳細な情報が載っていた。その中でギルは先ほどの三人の情報に軽く目を通す。
ヘッグは、竜人族の三十二歳の男性。酒場であるニューブラットの店長。
『俺と歳が近いな、それになんか頭良さそうな顔つきだし、俺は苦手だな』
ギルが心の中で完全に独断と偏見で三人への感想を述べていく。
バイパーは、人族の二十三歳の男性。ニューブラットの従業員。
『なかなかいい面してんな、女をだまして金とか取ってそう、俺はこういうやつが嫌いだ』
チェイスは、人族の三十歳の男性。ニューブラットの副店長。
『へえ、この人がカクテル作って提供してんのか。なんか、いい人っぽいな、悩みとか相談にちゃんと乗ってくれそう、まあ、人殺しなんだけど…』
ギルが資料を見ていると、ドロシーが顔を赤くしながら尋ねて来た。まだ意識はあるようだ。
「ねえ、せっかくだから、今日、そこのニューブラットって酒場に行ってみない?」
やっぱり、酒で思考がダメになっていた。
「え、こんな物騒な連中がやってる酒場にですか?」
「大丈夫だよ、実際にニューブラットは、表のお客さんも入ってる普通のバーだから、働いてる奴らがオートヘルなだけだよ」
「いや、まあ、ドロシーさんは大丈夫かもしれないですけど、オートヘルって結構やばいところですよ?」
【オートヘル】それは、この大陸に存在する大きな四つの犯罪組織の一角だった。
大陸最大の犯罪組織【バースト】。
違法な儀式などを行うための手助けなどを行う【イビルハート】。
純血のエルフたちが立ち上げたとされ、その過激派純血主義者のエルフが集う【フルブラット】。
要人暗殺や、大量殺戮を生業としている【オートヘル】。
この四つの組織は裏社会では、四大犯罪組織とまで言われ、恐れられたり、崇められたりしていた。
ただ、どの組織も表の世界には全くと言っていいほど顔を出さず、ずっと正体を隠していた。もちろん、隠すのにも限界はあり、オートヘルの様に名前だけが変に広がってしまってるケースもあるが、それでも、表の人々はその言葉の本質を誰も理解していないし知りもしない。それは裏で生きる組織としては優秀な証拠であり、【イルシー】のような裏で生きながら表の住人たちに知れ渡っている暗殺組織とは雲泥の差であった。
「大丈夫、大丈夫、僕がいるから、何かあったらギルギルを守ってあげるよ!」
「いや、まあ、さすがに何かあったら、俺が盾になりますよ、絶対……」
ギルはあの解放祭の時、気を失っていたとはいえ、ドロシーが気絶するほどの傷を負ったことを気に病んでいた。死闘を繰り広げたあと、組織のベットで目覚めた時、隣にドロシーが包帯だらけで林檎をかじっていた時は、言葉を失ってしまったほどだった。
それだけじゃない、あの祭りでジェレドを失ったことだって、その後からじわじわ心の穴が広がっていた。
『どんな悪人だって…所詮は人だ……』
ギルは目の前のちっこいエルフを優しい目で見つめた。ドミナスという四大犯罪組織よりもさらに底の底の深淵にあるような組織の奥底に君臨する闇の魔女であるドロシー。
ギルというちっぽけで虚しい人間の唯一の飲み友達。
「お、ギルギルは優しいねぇ、さすがは僕の友人だ……あ、店員さん、これと同じお酒ちょうだい!」
ドロシーは顔を赤くしながら、幸せそうに追加で新しい酒を注文していた。
「かしこまりました、すぐにご用意しますね」
「たのんますねー」
笑顔が素敵な店員が、注文を受け行ってしまおうとした時にギルは声を掛けた。
「すみません、俺にも彼女と同じ酒をもうひとつ」
気が付けばギルも酒を注文していた。