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観光と蠢く悪意

 ハルたちを乗せた四人乗りの二台の馬車が、最初の目的地である、近くの商店街を目指して走っていた。その商店街はパースの東部側にある商店街だった。

 街としては規模が大きいパースは、古城アイビーを中心に東西南北の全方位に大きく広がっていた。特にアスラ帝国へ続く道がある西部、イゼキア王国やシフィアム王国へ繋がる道がある北部、そしてレイド王国へ続く道がある東部。この三つの地域はそれぞれ独自に発展していた。このパースという街はレイド王国でありながら、地域ごとに各地で異なった特色を持っており、その特色は各大国から色濃く影響を受けていた。パースはレイド王国の中でも少し特殊な街とも言えた。それはここパースが元はといえば現在の六大国と並ぶ王国だったのが原因なのだが…。現在はレイド王国の領土ということで、各大国は認めていた。


 そんな歴史ある街を二台の馬車は駆けて行く。


 前列を走るのはハル、エウス、ガルナ、キラメアが乗っていた。後列にはライキル、カルラ、ウルメアの三人を乗せた馬車が後をついて来ていた。

 ハルたちが乗る前列の馬車は、賑わいを見せていた。何と言ってもキラメアがおり、窓の外の景色を見てははしゃぎ、興奮していたからだ。


「マジで、いろんな人がいるな!あ、おいおい、エルフたちまでいるんだが!?」


「パースは交易が盛んな街だからね、各国からいろんな種族の人が来てるよ、キラメアと同じく竜人族の人もたくさんいると思うよ」


「あれはドワーフか?」


 キラメアが人族の普通の子供たちを見つめては目を輝かせていた。彼女の楽しそうな顔を見ると連れて来たかいはすでにあったといえた。


「ガルナと同じ、獣人族もいるよ!ほら」


「私はハーフだから、あいつらよりも強いぞ!」


 自信満々にガルナが威張るが、別にガルナが強いのはハーフだからではなく、彼女が日々戦闘に明け暮れた結果だとハルは隣で思っていた。

 種族によって特性は見て取れるが、最終的に強いかどうかは、もろもろの魔法の才能だったり、戦闘センスだったりと、自分の持っている素質や、環境に左右されるため、一概に流れている血だけで腕っぷしの強さは決まらない。もちろん、例外はあるのだが。


「パースは、やばいな、街並みも綺麗だ」


 キラメアの瞳に流れる景色は、石造りのお洒落な家や商店が次々と流れていた。


「外の世界はやっぱり広いな…」


 窓から離れないキラメアが呟く、その姿をハルも微笑みながら見守っていた。


『俺もキラメアと一緒なんだよな…外の世界なんて何も知らない…』


 気がつくとハルはキラメアと目が合っていた。


「どうした、ハル?そんな優しい顔をうちに向けて、まさか、好きになったか?」


「ううん、違うよ」


「即答かよ」


 窓の外を見るのをやめたキラメアがハルに向き直った。それと同時に彼女がどいて窓の景色が見えると今度はハルがそちらに顔を向けて景色を楽しんでいた。そんな自分には見向きもしないハルにキラメアは声を掛けた。


「なあ、ハル、ひとつ聞いていいか?」


「なに?」


 ハルはそれでも窓の外の景色をどこか寂しそうに眺めていた。


「ガルナとは結婚するんだよね?」


「…いきなりだな、そうだよ」


 窓の外の流れる景色では、夏の日差しが照りつけ、冷たい食べ物を売っている出店には人が集まっていた。


「ライキルは幼馴染って言ってたからなんとなく分かるけど、ガルナにはどこで出会ってなんで惚れたの?」


「ガルナと最初に出会った場所は、剣闘祭の会場だよ」


「もしかして、あの大国の剣聖が一斉に集まったでっかい祭?」


「そうそう、俺が剣聖のころに参加させられた祭り、そこで会ったんだよね?」


 ハルがガルナに振り向くと、そうだ、と言って彼女も最初の出会いを懐かしんでくれているようだった。


「その時の剣闘祭も夏だったから、もう四年前になるのかな?」


「ふーん、そっか、そっか、それで?」


「それでって?」


「だから、なんでガルナに惚れたの?」


 キラメアが前のめりになってハルに近づいて来た。斜め前の席ではこの光景を、ニヤニヤと人を腹立たせる天才的な顔で見ているエウスがいた。なんとも言語化しにくい状況だった。なにせ本人もいる。

 ガルナも期待した表情を浮かべていた。ここは素直に行くより大人びた雰囲気を纏った答えの方がからかわれずに済むような気がしたから本音は隠しておいた。


「気が合ったんだ。それにガルナとはそのお互いの足りない部分を補い合えるそんな関係になれるって思ったんだよ」


「ハルに足りない部分なんてないと思うが?」


 ガルナはそう言ってくれるが、ハルはそうは思っていなかった。


『自分には足りない部分が多すぎて、みんながいなきゃ…とてもじゃないけど生きていけないかな……』


 声には出さなかった。ハルはただガルナに、ありがとう、と言った。


「うええ、じゃあ、うちは?うちには何が足りない?」


「一緒に過ごした時間とか?」


「そんなのこれからよ、これから!うちもハルのハーレムに入れてくれたら愛ある生活を提供するぜ!」


「アハハハハハハハ」


「おいこら、ハル、流すなよ!そんな態度取ってるとこうだ」


 キラメアがハルの胸の中に飛び込んで来た。ハルはそんな彼女を片手で止める。そこにガルナもじゃあ私もと抱きついてくる。するとハルはガルナだけすんなり受け入れた。キラメアはそれを見て意地になって何が何でもハルの胸元に飛び込もうと躍起になっていた。


「おいおい、お三方、あんまり暴れるんじゃねぇよ?」


 エウスが声を掛けるが誰も聞きはしなかった。エウスは諦めて騒がしい馬車内でひとり窓の外の空を眺めた。どこまでも続く青い空はきっとレイド王国の王女様の元にまで繋がっていると思うと心が弾んだ。


「全く、今日もいい天気だぜ…」



 しばらくして馬車が最初の目的地に着くと、ハルたちは馬車の外に出た。続く後の馬車からもライキル、ウルメア、カルラが降りて来た。みんなが集まると目の前にあった店に目を向けた。


「ここは一体?」


 キラメアが顔を上げ、店の看板を見るとそこには、シリウスと書いた大きな看板があった。




 *** *** ***




 パース西部のとある鍛冶屋で荷物を受け取るクリーム色の髪の青年がいた。白と赤を基調とした騎士服のような服装をしており、左腕には金の軽装鎧がついていた。


「はい、兄ちゃん、頼まれていた剣とナイフ鍛え直しておいたよ」


「助かる」


 一週間前に出しておいた剣とナイフを青年は受け取った。


「また何かあったらいらしてください」


「そうさせてもらうよ、ありがとう」


 青年が鍛冶屋の店主に挨拶を終えて店を出た。夏の日差しを浴びて手を天にかざしているとその青年に声がかかった。


「キュリオ、もういいのですか?」


 鍛冶屋の入り口の傍には、とびきり美人な女性が日傘を差して立っていた。濡れ羽色の長い髪を腰まで垂らし、身体にぴったりと密着したワンピースのような服を着ており、スカート部分には切れ込みが入っており、彼女の片方の生足が覗いていた。


「ああ、頼んでいたものを取りに来ただけだ」


「じゃあ、デートの続きを再開しましょう?」


「そうだな」


 二人が並ぶとキュリオと呼ばれた青年と、その美女との身長にはかなりの差があった。彼女の方が頭一つ分ほど、彼より大きかった。


「リン、それでこれは噂で聞いた話なんだが…」


 キュリオは隣にいた女性のことをリンと呼んだ。


「やったのはアマンダです」


「そうか、またあれか?」


「ええ、私も忠告したんですけど、どうしても殺人衝動を止められなかったみたいで…」


「任務の前にあまり騒ぎを起こして欲しくはなかったのだが、まあ、彼女は腕が立つから、とがめはしないが」


「キュリオはアマンダに甘くないですか?」


「アマンダの中身はまだ幼い。子供の様なものだ。甘やかすくらいがちょうどいい」


「キュリオ、子供持ったことないじゃないですか?」


「組織が連れて来た子供たちとよく接していたから分かるよ」


「私、子供は嫌いです」


 リンが嫌そうに舌を出した。


「そうか?あんなに可愛いのにか?」


「だったら、もっと私を見てくださいよ」


「ハハッ、考えておくよ」


「もう、キュリオは、意地悪だ…」


 不貞腐れるリンに、キュリオは少し微笑んだが、次の言葉を言うときには表情をがらりと変えて真面目な顔をしていた。


「それより、リン、今日の夜、ニューブラットに集合だからな?」


「え、ということはみんな来るんですか?」


「第四部隊が全員集まる」


「ええ、じゃあ、今日の夜はキュリオと二人きりになれないんですね?」


「だろうな、私も彼らと朝まで飲むつもりだからな」


「そんな…」


「作戦前にお互いの絆を再確認しておくのは大事だ。これは譲れない」


「分かりました、だったら、私も朝までみんなに付き合います」


「ありがとう」


 キュリオとリンは、パースの北部に向けてゆっくりと歩き始めるのだった。


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