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出かける前と怖い噂

 次の日の朝ハルは忙しかった。早朝に自室でレイド王国の関係者全員に自分がシフィアム王国に向かうことについて記した手紙を書き、そして、シフィアム王国の国王に向けて訪問の許可をもらうための手紙を書いた。

 その手紙を作戦本部の隣にある小屋に飼われている伝鳥に持たせて外に放った。

 伝鳥は訓練で覚えたルートを帰巣本能により、一直線上に素早く飛んでいく習性があった。そのため、伝鳥は連絡を取りたい国に自国の伝鳥を送り飼ってもらうのが一般的であった。これらを利用して、古くから人々は連絡を取り合っていた。さらに伝鳥は短い距離ならものの数週間で二点間を繋ぐ連絡手段に早変わりになる訓練のしやすさも人気の秘訣だった。さらに見た目が美しく人々から愛されているため、ペットとして飼っている者までいるほどだった。


「ちゃんと届けてくれよ」


 ハルは飛んでいった数羽の鳥を見えなくなるまで見送った。手紙の重要度で言ったらそこまで重要ではないので、こうして伝鳥を飛ばしたが、本来、もっと極秘の手紙などは人間が運ぶ決まりがあった。どちらも万が一の場合があるが、人間の場合は証拠隠滅をしてくれる分、鳥よりは秘密保持能力が高かったからだ。しかし、ハルのは単に挨拶と許可を求めるもので、送った伝鳥が飛んでいる間に何かトラブルがあって手紙を紛失したとしても、また書き直せばいいだけのことであった。


「さて、次だ、次!」


 ハルは急いで自室に戻るため、作戦本部の前を通って西館に入り、そのまま、中庭に抜けて、いつもなら少し遠回りになる中庭から東館に直接入れる扉を使って自室を目指した。城の東館の長い通路を進んで行き、ウルメア、キラメア、カルラの扉の前を通り過ぎ、エウス、ビナ、ライキル、と扉の前を通ってようやく自室に戻り、みんなが起きてくるまで、身支度を整えたり、昨日送られて来た資料にもう一度目を通して理解を深めていたりと、ここにいる間、やれることをなるべくやっておけるように、準備を進めた。


 しばらく真剣に資料と見つめ合っていると、部屋の扉がノックされ、ライキルが顔をだした。気が付けば外はすっかり日が昇っており、じわじわと気温が上がってくるのを感じていた。

 ハルは入って来たライキルと朝の抱擁を交わすと一緒に中庭に食事に出た。

 中庭にはすでにいつものみんなとシフィアムの三人が勢揃いしており、いつの間にか最後になっていたのはどうやらハルのようだった。

 そして、みんな約束していた今日の下町へのお出かけを楽しみにしているのか、予定を立てる話題で食事中は持ち切りだった。

 食事が終ると、集合場所は城の前の噴水広場となり、みんなは時間まで身支度や自由時間となった。

 ハルは、ガルナに身支度の手伝いを頼まれたため、彼女の部屋に行き出かける準備を手伝ってあげた。彼女の髪や尻尾をブラシでとかしながら二人だけで今日は何食べたい?など主に食べることばっかりだった。ただ、それでもハルは充実した時間を過ごせて大満足だった。ちなみにシフィアムに行く際の荷物の準備も彼女の代わりにハルが空いたその時間で済ませておいてあげた。

「また何かあったら呼んで」と言ってガルナの部屋を後にした後、またハルは自室に戻った。

 自室の扉の前に行くと、そこにはキラメアがおり、扉を半分開けて中を慎重に覗いているようだった。そう、ハルの扉は壊れっぱなしなのだ。


「キラメア、そんなところで何してるの?」


「あ!、ハ、ハル、な、なんだ、そんなところにいたのか…声かけろよぉ!」


 キラメアがハルのもとに走って来て肘で軽くつついてきた。


「すごく怪しかったけど、俺になにか用でもあった?」


「いや、別に用は特にないけどさ、暇だからハルにうちの相手でもしてもらおうと思ってさ、ねえ、ねえ、一緒に遊ぼうぜぃ!」


 キラメアの格好はガルナの格好に近かった。がっつりとへそ出しの白い半そでに短い竜人族用の短パンを履いて白い肌の生足がむき出しだった。なんとも破天荒な性格の女性はみんな丈の短い服装を着たがるのか?と思ったが、ライキルも私服だと綺麗なくびれのへそ出しファッションが多いので、もはやハルの周りだけで局所的に流行っている可能性が浮上して来ていた。


「まあ、いいけど何するの?」


「そうだな、恋人ごっこなんてどうよ?」


「キラメアとやるのはなんか嫌だな…」


「うわ、マジでショック、もう立ち直れない。シフィアムに着いたらお父様に言い付けて、無理やり私と結婚させてやる!」


「そういえば、ウルメアは?」


「おい、話しをそらすな!」


 ハルがごめん、ごめんとかっるい謝罪をした後、キラメアが答えてくれた。


「ウル姉なら多分自分の部屋にいるよ?」


「いつも一緒じゃないんだね」


「まあ、常にうちがウル姉を外に連れ出してるって感じだからね、基本ウル姉は部屋にいることが多いよ」


「ふーん、そっか、じゃあ、ウル姉も誘ってみようか?」


「おい、ハル、勝手にウル姉って呼ぶなよ」


 冗談でハルがウルメアをそう呼ぶととっさにキラメアがツッコミを入れてきた。


「アハハハ、ごめん、嘘です、調子に乗りました」


 ハルが今度は少し申し訳なさそうに謝罪をした。


「ていうか、ハルってウル姉のこと呼び捨てするよね?いつの間にそんなに仲良くなったん?」


「え、そうだな、別にそんなに仲良くはなってないけど、様はやめて呼び捨てで呼べっていられたからそうしてるだけ、あ、ちなみに、二人のこと呼び捨てにするのはここにいるみんなの前だけだからね?」


 ハルの説明を聞いたウルメアは少し何か考えるような表情を浮かべた後、「ふーん、そうなんだ」と呟いていた。


「そうだ、恋人ごっこは無理だけど」


「なんでだよ」


「この古城アイビーの敷地内を少し案内してあげるよ」


「なんだ、デートじゃん」


 そういったキラメアに、ハルはニッコリ笑いかけた後、ウルメアの部屋の前に駆けだし扉をノックして彼女を呼んで来た。


「はい、それでは二人を案内します」


「え、待ってどこにですか?ていうか何事ですか?」


 引っ張り出されてきたウルメアの格好は、落ち着いた深い緑のワンピース姿だった。一見、スカートの部分の丈の長さや色のイメージから暑そうに見えるが、生地の薄い素材を使っているようで、本人は快適そうだった。


「いやね、キラメアがこの古城アイビーの敷地内を案内しろってうるさいからさ」


「おい、そんなこと一言も言ってないぞ!」


「え、そうだっけ?」


「そうだよ」


 二人のやり取りを見て、ウルメアは笑っていた。


「じゃあ、私もお二人に付き添わせていただきまーす!」


 ご機嫌の彼女はハルの隣について手を握った。


「む、ウルメア、それは積極的過ぎでは?」


「迷子になりたくないので」


「そうですか、まあ、なんです、俺が誘ったので今回だけは許します」


 数日後シフィアムに行くにあたって二人の好感度を下げておくのもどうかと思いここは許してあげた。彼女はこう見えてシフィアム王国王女様たちなのだ。そこら辺の少女とはわけが違う。どうしても政治が絡んで来てしまうのは仕方のないことだった。

 そして、ハルは、ウルメアだけだと、おかしいのでキラメアの手も握って散歩に出かけた。なんだか、ハルは道場にいた頃、下の子供たちと遊んであげた記憶が蘇って懐かしくなった。つまり、ハルにとって二人は生意気な妹のような親しみを覚えていた。


 西館を歩き回り、作戦本部の前に繋がる扉を出て、そのまま。左に曲がって真っすぐ進み、第一運動場の隣にある第一ホールの脇の道を通り過ぎ、第二運動場と第三運動場で騎士たちが訓練している様子を眺めて三人は本館のエントランスに返って来た。少し歩いただけだったが、二人は少し汗をかいていた。

 ウルメアは化粧を直すと言って部屋に戻っていき、キラメアも先ほど案内した西館のキッチンに行って冷たいものをもらってくると言って、ハルのもとからいなくなってしまった。


「全く、自由なことで」


 ハルが部屋に戻る途中、図書館に向かうであろうビナと出会った。


「ビナ、これから行くの?」


「はい、そうです!ハル団長たちも、もうそろそろですよね?」


「うん、もう、ちょっとだね。あ、そうだ、フルミーナさんにあったらシフィアム王国の図書館にも行くことになりましたって伝えておいてくれる?」


「はい!きっちり伝えておきます!」


 ハルはビナが元気に駆けて行く後姿を見送った。


『良かった、もう、元気になってる、エウスのおかげかな…?』


 それから、ハルは部屋に戻り、集合の時間になると噴水広場に軽い荷物を持って向かった。



 ***



 噴水広場にはすでに二台の馬車が止っていた。エリー商会の馬車で相変わらずエウスが御者と楽しそうに世間話をしていた。その前列に止っていた馬車の担当の御者がエウスに熱心に語り掛けていた。


「聞きましたか?最近、パースで殺人事件があったらしいんですよ」


「まあ、パースも治安の悪い地域はあるから珍しい話じゃないんだろ?」


「ええ、ですがね。殺された被害者の死体の首が、見つからないらしいんですって」


「ほう、そいつはなかなかおっかない話だな」


「噂ではオートヘルのしわざだって」


「え、あの都市伝説のか?」


 オートヘルの都市伝説はハルも聞いたことがあった。オートヘルは闇に潜む化け物。姿形は人間か獣か定かではない。真夜中に夜道を歩いていると路地裏に連れ込まれ、そして、首を斬り落とされ、頭だけ地獄に落とされ、その首から上の頭だけが永遠に地獄で苦しみを味わうという……子供が危険な夜に外を出歩かないようにするためのあまりにも怖い作り話ということ。

 ハルが傍で耳を傾けていると、御者が気づいて挨拶をしてくれた。


「シアード様!おはようございます」


「おはよう、それでさっきの話って本当なの?殺人事件があったって?」


「ああ、聞いていらっしゃいましたか、そうですね、このパースで猟奇的な殺人事件が、昨晩ありましてね、騎士たちが大騒ぎしておりましたよ、死体の首が見つからないって」


「それでオートヘルなんですね?」


「アハハハ、そこまで聞かれてしまいましたか、恥ずかしながらオートヘルは単なる冗談で、ただ、首をかられてるって点や状況が似ていたので、街中でちょっとした噂話になってるだけですよ」


 御者が照れくさそうに語った。


「………」


「何か気になることでもあるのか?」


 エウスが沈黙したハルに尋ねた。


「あ、いや、別にそんな危ないところに王女様たちを連れて行くのはどうかなと…」


 そこで御者が不安そうなハルに言った。


「それなら、今回は西側は避けるべきですね。殺人事件があったのはアスラ方面に出る西側の路地裏で起こったみたいなので」


「そうかだったら、西の観光地区はやめて、北や東の観光地区にだけにするけどいい?」


「それでいいぜ」


 ハルがエウスに提案すると彼も首を縦に振って異論はないとのことだった。


「あと念のため、武器もみんなに持たせよう」


「ハルもなんか持っていくのか?」


「いや、俺は持ってかない、むしろ武器があると邪魔になるかもしれないから」


「まあ、それもそうか」


「みんなに伝えて来るよ、エウスの剣も取って来るよ?」


「お、サンキュー、じゃあ、この俺の部屋の鍵使ってくれ」


「わかった」


 ハルは鍵をキャッチすると城の中に戻って行った。


「私、余計なことを言ってしまいました。みなさんに手間をかけさせてしまいました…」


「いや、むしろ感謝してるよ、そんな大事な情報俺たちの耳に届けてくれてさ」


 エウスは暑かったため、馬車の扉を開け中に入ろうとしたとき、御者に呼び止められた。


「あ、エウスさん、もう一つ信憑性はない噂なんですが、一応伝えておきたくて…」


「なんだ?」


「オートヘルは世間では作り話で通ってますが、実際は実在するとの声もあります。どうかくれぐれもパースの街の夜には気を付けてください」


「犯人もまだ掴まってないんだもんな」


「まさにその通りです!噂より、まず気を付けなきゃいけないのはその事実でしたね!」


 エウスはもう一度御者に感謝を述べて馬車に乗り込んだ。馬車の中で一人になった。エウスはそこで少し頭を使って一つの答えを導き出した。


『帰ったら、エリー商会の出してる馬車、全部止めるように言っておくか…申し訳ないがしばらく一斉休暇だな…俺もシフィアムに飛ぶし状況が読めないしな……』


 しばらく、そのことで、深く考え込んでいたエウスの馬車の扉が開いて、ハル、ガルナ、キラメアが乗り込んで来た。


 後の馬車にはライキル、カルラ、ウルメアが乗ったとエウスには伝えられた。


 二台の馬車はパースの街に繰り出していった。


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