決心
夕食が始まる前にハルはカルラを城の屋上に呼び出していた。
待っている間にハルは目下に広がる城壁内の街を見下ろしていた。遠くに見える街の中心には巨大な時計塔があり、きっちりと時刻を刻んで短針が六を、長針が九の数字を指していた。古城アイビーの敷地内にも同じ時計塔があるが規模は街の中心にある時計塔よりは小さい。
「時間が止まってくれればな…」
叶わぬ願いを呟いていると、背後に翼が羽ばたく音がした。
「ハルさん、お待たせしました」
「カルラさん、すみませんわざわざ呼び出してしまって」
「いえ、それでお話とは何でしょうか?」
「まず、これ見てもらえますか?」
ハルは服の内側から取り出した真っ黒に塗りつぶされた手紙を取り出しカルラに手渡した。手紙の中には同じように真っ黒の便箋が入っており、白いインクで文字が書かれていた。
「灰竜の館ですか…」
「心当たりは?」
「ないですね、あいにく四番街は、商店街ですので、私たち剣聖などが立ち入るには少し目立ってしまう場所なので」
「そうでしたか…」
彼なら何か知っているかと思ったが、期待はずれてしまった。それに彼の言い方からするとキラメアやウルメアに尋ねても知らないというよりかは、このことはカルラ以外に教えたくはなかった。ハルは何かこの手紙から嫌なものを感じとっていたからだ。
「あの、この手紙の差出人は?」
「分かりません、大量に送られてきた資料の中に紛れ込んでたので」
「ふむ、それでしたら、間違って入ったのかもしれませんね」
「こんな目立つ手紙をですか?」
「はい、他の人に渡すはずだった手紙という可能性も十分にあると思います」
その線はハルも考えていた。しかし、むしろこの宛名の書かれていないという点が、逆に自分にも当てはまってしまうというジレンマに陥ってしまい。その判断をくだせなかった。むしろ、木箱の中に入っていたのはハルに宛てて送られてきた情報であり、そう考えるとこの黒い手紙も自分に向けられたものなのでは?そう考えるのが自然に思えてきていた。
さらにずるいのが『真実あり』と書かれているところだ。これでは気になってしょうがない。もしかしたら自分が求めていた答えがそこにある可能性があったからだ。
「うーん」
ハルは夜に灯る街の明かりに黒い手紙をかざした。黒い手紙の周りを淡い光が纏う。
「迷っていらっしゃるようですね」
カルラも最強の剣聖でも悩むのかと思い穏やかな微笑を浮かべていた。
「信じていいものかと思いましてね」
「飛び込んでみるのもいいと思いますよ、そこがたとえ危険な場所でもハルさんなら大丈夫でしょう、なんせ、あなたは剣聖五人に囲まれても返り討ちにするお方なのですからね」
「それ皮肉ですか?もしかして、剣闘祭のこと根に持ってます?」
「アハハハハ、まさか、褒めているんですよ。ハルさんほど絶対的な安心感を纏ってる人はいないですからね」
「そう言ってもらえるなら、ありがとうございます」
ハルは素直に褒められた言葉を受け止めた。
「それで、どうしますか?シフィアムに行くなら私たちが送りますよ、キラメア様はもう帰るのかとお怒りなると思いますが、そこはハルさんが優しくなだめて頂ければ、キラメア様も納得していただけると思います」
あくまでも主導権はカルラではなくキラメアたちにあるのは、この数日で理解していた。というより、剣聖とは王族に仕える者で、それも当然だった。
「カルラさんだったら、お願いしてもよろしいですか?」
「決めるのはハルさんあなたですよ」
「分かりました。でしたら、キラメア様も説得して、シフィアムに出向きます。ですが、その前に色んなところに手紙を出さなくては…あ、デイラス団長にも今日まとめたことを伝えなくちゃ…」
「なんだか、一気に忙しくなってしまいましたね」
「ほんとですよ」
ハルとカルラはそこで互いに小さく笑い合った。
「あ、そうだカルラさん、最後にひとついいですか?」
夕食を食べるために自慢の翼で屋上から飛び降りようとしているカルラにハルは声を掛けた。
「もしかして、さっき話したことはみんなには秘密ということですか?」
「話が早くて助かります」
「危険なことに皆さんを巻き込みたくはないのは私も同じです。このことはハルさんと私の間の秘密ということで」
「よろしくお願いします」
カルラはひとつ大きく頷くと翼を開いて、中庭に滑空していった。
屋上でひとりになったハルは、もう一度、遠くの時計塔に目をやった。時刻は七時を回っていた。
***
それからハルは、みんなにシフィアム王国の王都エンド・ドラーナに向かうことを夕食時に伝えた。目的はシフィアム王国の国王への挨拶と真実の部分は隠して伝えた。
「そうか、ハル、ついにうちと結婚することを決めたか、嬉しいぞ、ていうか、めっちゃ嬉しい」
「シフィアム王国には討伐作戦当日、多くの竜騎士たちに出てもらう予定なんだ。主に龍の山脈周辺の避難指示や情報伝達、黒龍の発見などの偵察が主な任務で直接交戦はしないんだけど、それでも、シフィアム王国が一番多く、騎士を出してくれることになってる。その感謝を込めて、俺が直接王様や団長たちに頭を下げたいと思ってる」
「めっちゃ真面目な話するじゃん…」
キラメアがしょんぼりとした顔をする。
「ハル、俺たちもついて行っていいのか?」
エウスが酒の入ったグラスを手にしながら質問した。
「できればみんなにもついて来て欲しい…」
安全かどうかで言ったら、この古城アイビーに残る方がみんなは安全かもしれなかった。しかし、ハルがそこで思うのは自分のわがままから来る感情論だった。
「おう、もちろん、俺はどこまでもハル様についていくぜ!」
エウスは少し酔っていたが、まだ自分の意識が残っている状況だった。
「あ、私も絶対についてきますからね!?」
ライキルがハルの隣で慌てて言うと、彼女の隣にいたガルナも私も私もと手をあげていた。
そこで最後に残ったビナに目を向けた。
「ビナはどうする?」
「いつ出発するんですか?」
「そうだね、これからいろんなところに手紙を送って、俺が動いてもいいか許可を取らなくちゃいけないから、二、三日後くらいかな?」
レイド王国への許可とシフィアム王国への許可少なくともハルがシフィアム王国に行くにはこの二か国からの返答は必須だった。
「分かりました、私もついて行きます!」
「ありがとう」
全員の確認が取れたところでハルは一安心した。少しでも一緒にいられる時間が増えたのだから。
「ハル、うち、もうちょっとこっちに居たかったんだけどなぁ」
隣に座っていたキラメアが甘えた声ですり寄ってきた。
「だったら、キラメアはこっちに残ったらどうですか?」
「む、ライキルは辛辣だな…私、全然、他の国に出たことが無いんだよ?だから、すぐにシフィアム王国に戻るのは嫌なんだよぉ」
キラメアがハルの腕に組み付いて顔を寄せる。
「ねえ、ハル、明日遊びに連れてってよ、お願い、お願い」
「ハルさん、この通りです。どうか、キラメア様とウルメア様を連れて下町にでも遊びに連れてってくれませんか?」
そこにカルラが彼女の援護に入った。あくまでも彼はキラメアやウルメアの味方らしい。
「分かりました。その代わりみんなで行きましょう、それでいいですよね、キラメア様?」
「ハル、うちの呼び方はキラちゃんか、呼び捨てで」
「かしこまりました、キラメア」
「あと敬語無し」
「わかったよ、キラメア」
「よし、完璧!」
ひと段落ついた時。ハルと反対側の席にいたビナがみんなに語り掛けた。
「その、あの!私、明日も図書館に行く予定があって、えっと、だから…」
「わかった、でも、ビナ、シフィアムには一緒に来てくれるのかな?」
「それは、もちろんついて行きます。私も竜舞う国には行ってみたいので…」
「だよね、その、あれだよね…楽しみではあるもんね!」
【竜舞う国】という言葉。ジョン・ゼルドの七王国物語にも出て来る言葉であったため、同じ彼のファンのハルからすると一度は行ってみたくなる気持ちはよくわかっていた。
それに、ハルとビナは以前、その小説の話題になったとき、一度は物語の舞台となっている国すべてに訪れてみたいと語り合っていた。
旅行しようにもシフィアム王国のエンド・ドラーナには入場規制あったり、物語の中に出て来る王城内は一般人の入場は許可されていなかったりと、このハルたちに付いていく機会を逃すと、叶えたかった夢がひとつ叶わなくなる可能性がでてくるのもまた事実だった。
「はい、ちょっと、楽しみにしてる自分がいることは否めません」
「良かった、観光も含めて見て回らせてもらおうね!」
ハルが少年の様な笑顔で笑った。ハルもレイドの国外に出るのがこれが初めてで、キラメアやウルメアと対して変わらなかった。少しの不安はあったがそれよりもみんなと旅行に行けることが楽しみだった。
『最後になるかもしれないから、悔いのないように…』
夕食が終るとハルたちは後かたずけをして、各自、明日に備えて寝る準備をするのだった。