闇からの手紙
朝食を取るための大きな丸いテーブル、その周りにみんなが座る八つの椅子があり、中庭の手入れされた芝でできた緑の地面に並べられていた。そして、そのテーブルの中央には夏の日差しを遮る大きな日傘が開いており、席に座る朝食を楽しんでいる全員に影を作り快適な環境を与えていた。
ハルが左隣を見るとガルナが豪快に素手で肉にかぶりついており、いつもの光景が広がっていた。
しかし、右隣には、きちんとした作法で朝食を食べるシフィアム王国の王女のキラメアの姿があった。普段の素行があまり良くないため、こうした食事の時の作法もめちゃくちゃかと思えば、やはり、そこは王族だから、なのか、しっかりとマナーが染みついてるようだった。
更にキラメア側にはウルメア、カルラと続き、ガルナ側にはライキル、ビナ、エウスと続き八人がテーブルを囲って食事をしていた。
食事の際、隣に居るキラメアがまだカルラのことを気にしていたようで、ハルに彼を本当に招待しても良かったのかと確認を取って来た。が、ハルが彼と一緒に早朝にお茶会を楽しんだことを話すと、ずるいと言って、キラメアが悔しそうな顔をしていた。カルラの件はキラメアの中でもようやく怒りが収まったのか、その後、彼女は、カルラともいつも通り、親し気に会話する姿が見て取れて、こちらも一安心した。
「そういえば、シフィアムのみなさんは結局ここに何しに来たんですか?」
エウスが疑問に思っていたことを口にした。
「そりゃあ、ハルに結婚を申し込み来たのよ!」
堂々とした態度のキラメアに、ウルメアが冷静に訂正をくわえた。
「私たち姉妹は、実は他の国に行ったことがなくて、シフィアムの王城にずっと閉じ込められていたんです」
「そいつは酷い話しっていうか、まあ、王女様なら当然か、王族ってのは国の宝だからな」
思い当たる人物がエウスの中にはいた。それはキャミルのことだろう。彼女も王都から出してもらえる機会はほんの少ししかなかった。だからすぐにウルメアたちの立場を理解していたのだろう。
「ええ、ですが、今回どうしても彼をこの目で直接見ておきたかったんです」
ウルメアの視線がハルに向くとその場にいたみんなも誰を差しているのか容易に分かった。
「どうして、このタイミングだったんですか?」
ライキルが尋ねると、彼女は少し言いずらそうに答えた。
「それはこのタイミングしかなかったからです…えっと、そうですね、非常に不謹慎な発言なんですが、彼が次の黒龍討伐の後では一生会えなくなる可能性があると思ったからです。だから、その前に彼に会いに行って、四大神獣を討伐した英雄の実力をこの目で確かめておきたかったんです。こう見えても私たち姉妹はそこにいるカルラを師匠に持つ騎士でもありますから、師匠が言う最強という存在をこの手で確かめてみたかったんです」
「ウルメアさんも剣を振るうんですか!?」
キラメアがここに来たときは武装しており騎士であることはなんとなく分かっていたが、武器も何も持っていなかったウルメアまでが、戦えることをハルたちは想定はしていなかった。
「私は剣ではなく槍なんですが、そこら辺の騎士よりは腕が立つと自負しています」
「ウルメア様の槍は一級品ですよ」
カルラがぼそっと呟くと、そこまでではないとウルメアは恥ずかしそうに否定していた。
「だったら、ハル、今日、見てやったらどうだ?どうせ今日は何もないだろ?」
エウスがガルナの口を拭いていたハルに向かって言った。
「ああ、ごめん、今日はちょっと整理しなきゃいけない資料があってそれ追われそうなんだ」
「ふーん、なんの資料だ?やっぱり、作戦に関する資料か?」
「そんなところ、だから、ウルメアごめん今日はダメなんだ、別の日でいいかな?」
ウルメアは少し動揺しながら構いませんと早口で答えていた。
「んじゃあ、私がウルメアちゃんと戦ってあげるよ?」
お腹いっぱい食べたガルナがお腹を撫でながら言った。
「それはいいかもね、彼女はここエリザの精鋭騎士なんだ。彼女と戦って損はないと思う」
ハルが背中を後押しすると、ウルメアの瞳がガルナに向いた。
「本当ですか、でしたらガルナさん、この後手合わせお願いします」
「任せろ!」
「だけど、ガルナ、やりすぎちゃダメだよ、彼女は他国の王女様なんだから」
ハルが忠告するとガルナは素直に分かったと言ってこちらに笑顔を向けていた。
そんな会話があった後、ウルメア、ガルナの手合わせに、自分も参加したいとキラメアが追加、二人を見守るためにカルラも当然参加、そして、面白そうだからとついて行くとエウスも加わり、彼らの今日一日の予定が決まっていった。
それから食後みんなで後かたずをしている際に、ハルはライキルのもとに行き声を掛けた。
「ライキル、ちょっといいかな?」
「はい、なんですか?」
食器をまとめていたライキルが手を止めてくれた。
「資料の整理を手伝って欲しいんだけどいいかな?結構、大量の資料が送られて来ててさ一人だと大変そうで…あ、でも、無理にとかじゃないから、他に予定があれば」
「はい、手伝います!」
「…そっか、ありがとう」
ハルはその次に分解できる大きな丸いテーブルの一部を運んでいたビナに声を掛けた。ライキルと同じように暇だったら資料の整理の手伝いをして欲しいと頼んだのだが、彼女は今日、用事があるようで断られてしまった。
「ハル団長、私、今日はその…図書館に行かなくちゃいけなくて…頼りなくてごめんなさい…」
あまりにもしおれた表情をビナが見せたので、ハルは慌ててフォローに入った。
「大丈夫、大丈夫だよ、ありがとう、また何かあったら声かけさせてもらうよ」
「はい、その時はハル団長の期待に応えて見せます…」
ビナはハルに頭を下げてテーブルをかたずけに城の本館に歩いていった。
『元気なさそうだったけど、大丈夫かな?』
心配しながらビナの後姿をボーっと眺めていると、テーブルを持ったエウスが通りかかった。
「どうした、ハル?暑さにでもやられたか?」
「いや、ちょっと、ビナに元気がなかったように見えたけど気のせいかな?」
「ふーん、まあ、それだったら俺が話し聞いといてやるから、ハルはもう資料整理とやらに取り掛かったらどうだ?ここは俺たちに任せてさ」
「いや、それは悪いよ」
「いいから、いいから、ハル、お前がいなきゃ、俺様は退屈なんだよ、だから、さっさと終わらせて、こっちにも顔出せよ」
「わかった、ありがとう、エウス」
それからハルは、ライキルに資料を整理する場所を伝えると、古城アイビー作戦本部に足を向けた。
***
古城アイビー西館の隣にある四大神獣討伐作戦本部となった三階建てのそれなりの大きさの館。以前、この館は作戦本部となる前は、古城アイビー内でも持て余され、物置の様に使われていたが、四大神獣討伐作戦が持ち上がるとそれなりの広さを持った本部が必要となったため、この使われていなかった城の西館の隣にひっそりと建っていた館が日の目が浴びることになった。
その館の一階の一室を借りてハルは集めていた資料の整理に取り掛かっていた。
「シアード様、現在、冒険者ギルドから送られてきた資料はこれで全部になります」
広々とした部屋に、本部の人たちが最後の大きな木箱を置くと広かった部屋の一角は木箱だらけになりハルの座っていた机は埋もれかけていた。
「ありがとう、助かった。後はこちらで処理するから君たちは下がってくれてかまないよ」
「はい、もし何かお手伝いすることがあれば我々を呼んでください」
本部のひとりがそう言うと彼らは速やかに部屋を出ていった。
木箱の山にひとり取り残されたハルは、とりあえず、読んでいた手紙を置いて、机から立ち上がり、近くにあった木箱のふたをかたっぱしに開けていった。どの箱の中身も大量の封筒でぎっしりと埋まっていた。その封筒の中は、ハルが少し前から冒険者ギルドに出していた情報収集の依頼の成果物が入っていた。
「短い期間でこんなに集まったのか…冒険者ってすごいんだな…」
ハルは感心しながらも次々と封筒を開封していき、資料をひとしきり読み漁っていった。
広い部屋の木箱に埋もれていないスペースには、大きな四角いテーブルを置き、その上には龍の山脈周辺に焦点が当てられた大きな地図が広げられていた。
ハルは素早く資料を読み漁っていくなかで、次々とその地図の上にペンで書き込み、メモを継ぎ足していった。
「すでに抜けが多いな…」
資料に目を通しては地図にメモを書き込む作業を数回ほど繰り返していく。その作業の途中だった。
ハルが木箱から資料を取り出している時に、真っ黒の手紙が紛れていることに気づいた。
「なにこれ?」
手に取って中を確認した。手紙にはこう書いてあった。
『シフィアム王国 エンド・ドラーナ 四番街 灰竜の館 待ち人に会え 真実あり』
「…………」
ハルはしばらく手を止めてその手紙を何度も繰り返し頭の中で読み直していた。
するとそこで部屋にノックの音が鳴り響いた。
「はい、どうぞ!」
ハルは持っていた黒い手紙を慌てて服の内側にしまって作業を再開した。と同時に部屋の扉が開いた。
「ハル、手伝いに来ました!って何ですかこの木箱の量は!?」
「あ、ライキル、入って入って」
ハルは部屋に入ってきたライキルに声を掛けるが、資料を見ているふりをしていた、先ほどの手紙の動揺が抜けていなかった。
「こんなにたくさん何の資料ですか?」
ハルは資料を見るのを止めて、傍まで来たライキルに目を向けた。
「ライキル、ごめん、今日はちょっと犠牲になってくれないかな?」
「どういうことですか?」
「送られてきた資料が予想以上でね…俺が目を通し終わった資料を適当にそこらへんにまとめておいて欲しいんだ」
「確かにこの量を全部見るとなると一日かかりそうですね」
「そう一日かかりそうなんだ…」
ライキルが早速ハルが目を通した資料をまとめ始めた。
「本当にごめん」
「いいですよ、全然構いません、それに私手伝うって言いましたし」
「なるべく早く終わらせるように頑張るから」
「ハルの好きなようでいいですよ、あ、こっちにあるのが目を通した資料ですね?」
「うん、ありがとう、ライキル」
それから二人は黙々と作業を始めた。
ハルは大量に積まれた木箱の中身を全てチェックするつもりだった。しかし、今回、送られてきたこの成果物である龍の山脈周辺の調査結果は、中間報告であると手紙に書いてあるときは驚いた。中間報告ということはまだ調査は続いており、なおかつ冒険者ギルドで処理されていない資料もあるということだ。
『まあ、当然か、各地の冒険者ギルドにも調べてもらうように頼んだし、それに結構依頼料は弾んだからな、だけど、こんなに早く資料が届くなんてたくさん冒険者を雇ったんだろうな』
調査をしてくれた冒険者たちに感謝しながらハルはどんどん目を通していった。ある程度まで資料を見て地図に書き込む作業を進めていくと、地図がメモで埋まっていった。そして、資料も前に見たものと似通ったものが増えてくるとハルの読むスピードはどんどん上がっていった。
そこでちょうど時間的には昼になったのでライキルを昼食に行かせることにした。
「みんなと中庭で食事しに行きな、おなか減ったでしょ?」
「ハルはどうするんですか?」
隣で座っていたライキルが手を止めてこっちを向いて言っていた。
「俺はこのまま読み進めるからいいよ、お腹もまだ減ってないし」
「分かりました、ですが、私もまだお腹減ってないので、お手伝い続けさせてもらってもいいですか?」
「いいけど、本当に大丈夫?」
「ええ、身体もさほど動かしてないので疲れてませんし」
「でも、暑い日はよく食べなきゃ、気がついたら倒れてるってことよくあるよ?」
「だったら、ハルも一緒に食べに行きましょうよ?」
「俺は大丈夫だよ、ほら、元剣聖だし」
ハルが得意げに言うとライキルは笑った。
「フフッ、意味わかりませんけど」
ライキルは資料をまとめてはそのメモだらけの地図を眺めた。
「それにしても、これって全部村や町の名前ですか?」
「正解。避難区域だけど国が見落としてる村や町をこの木箱に入った大量の資料から読み解いて書き込んでるってわけ」
「それはハルがやることなんですか?こういうのって国がやるんじゃないんですか?」
「これに関しては各国には任せられないんだ。お国が動くといろいろとしがらみがあって大変でしょ?あと俺は、この作戦に置いてだけ結構な権限を持ってるから、俺が直接動けば誰にも文句は言ってこないから。多分だけど…うん、大丈夫だなはず…」
今回の龍の山脈周辺の調査も、受付ですんなり通ったことには驚いた。国境をまたぐ調査であったから冒険者ギルド側と該当諸国側とでいろいろ手続きや許可が必要でごちゃごちゃ時間が掛かると思ったが、訪れた日に受付に相談したら、ものの数分で依頼書が作成され依頼の承認がされ、ハルは冒険者ギルドからあっけなく出ていくことになった。あの時、ハルは『冒険者ギルドってすげぇんだな…』と内心感心していた。そして、ものの数週間で、大量の詳細な情報が届けられたのだから、感謝しかしていなかった。
「それにこれは俺がやらなきゃ絶対ダメなんだよ。四大神獣討伐するって俺が始めたことでしょ?それで誰にもこの作戦で犠牲になって欲しくないんだ…」
ハルがそこで力なくライキルに笑いかけた。すると彼女がハルの手を優しく取った。
「立派です、ハル、ですが…」
ライキルは言葉を続けた。
「誰も犠牲にならないなんて多分無理ですよ」
「…そうだね」
真剣で鋭い目つきの彼女もハルには愛おしかった。
「だけど、私、ハルなら絶対にやってくれるって信じてますけどね!!」
彼女が天使の様に優しく微笑む。そして、さも当たり前の様に言ってくれるのがハルにも嬉しかった。それだけ自分が彼女から信頼されていると思うと、ハルの心は少しだけ軽くなった。ただ、それと同時に先のことを思うと苦しくなった。
「ライキル、その時まで傍にいてね」
「はい、もちろんです!いつでもハルの傍に居ますよ」
「ありがとう…」
二人はそれから日が暮れるまで作業を続けた。オレンジ色の西日が部屋の窓から差し込む頃には地図は書き込まれた村や町の名前のメモでいっぱいになっていた。木箱は全て空に、ライキルがまとめてくれた資料は山になっていた。
「疲れたー!!」
ハルとライキルの二人は、全く同じタイミングで、地図があるテーブルに疲れ切った頭を伏せた。
そこでハルが伏せたまま、隣にいるライキルを覗き見た。
「お疲れ、ライキル」
「ハルこそ、お疲れ様です」
ライキルも顔をテーブルに伏せたままこちらを見て、二人は見つめ合う体勢にあった。結局、最後まで食べないで通しで作業してしまったため、二人はぐったりしていた。
「お腹すいたね」
「そうですね」
他愛もない会話をするとライキルがハルのくすんだ青い髪を撫でた。
「なになに?」
「ハルは頑張り屋さんです」
「他に頑張ってる人はもっとたくさんいるよ…」
「それでもです。もしかして、まだまだ私たちの知らないところでひとりで頑張ってるんじゃないんですか?」
「そんなことないよ」
「私、ハルのことだったらなんでも優先しますよ?」
「ええ、本当?前に図書館に行く人って誘った時来てくれなかったけど?」
「あの時は、あれです。ちょっとガルナにいろいろ聞きたいことがあったし、久しぶりに剣の稽古がしたかったし、だから、あれも全部ハルのためなのであれは無しです!無し、無し!」
「アハハハハ、冗談だよ、別にいいよ、気にしてないよ、全く、可愛いな…」
笑顔を見せた後、ハルもお返しにライキルの透き通る金色の髪の頭を撫でてあげた。彼女は猫の様に目を閉じて撫でられる心地よさを味わっているようだった。
「そうだ、ライキル、言っておかなきゃいけないことがあった」
「なんですか?」
「近々、シフィア王国に行くことになるかもしれない」
「へ?」
ライキルは驚いた表情を浮かべていた。
*** *** ***
それは夜更けのことだった。レイド王国パースの街にある、冒険者ギルドの二階の執務室にこの冒険者ギルドの支部のギルド長であるディアゴル・オリバーは大量の資料に目を通していた。
彼はとっくに五十を超えていたが、テキパキとした作業動作は、全く衰えを感じさせず、熱心に資料に目を通しては、必要なものかそうでないかを素早く選別していた。
「これは必要になりそうだな…ふむ…これは……」
するとそこで執務室のドアがノックされるとディアゴルは手を止めた。
「はい、どうぞ」
現在、冒険者ギルドにはディアゴルひとりしかいないはずだった。しかし、彼は気にせずノックされたドアに向かって入って来るように許可を出していた。
「失礼するよ、ディアゴルさん」
くすんだ金髪の男がゆっくりと入って来てドアを閉めた。
「ギルさん、何のようだい?私は今かなり忙しいんだが?」
ディアゴルは入ってきた男に目もくれずに自分の作業に没頭していた。
「あのハルさんの報告書、ドロシーさんにあげておいたんですけど」
「ふむ、何か問題でもあったかい?」
「彼女が直々に話したいって」
「え?」
気が付けばディアゴルの後ろに紫のつば付きの帽子をかぶった少女が立っていた。
「のわああ!!ど、ドロシー様!?」
「これ何に関しての資料を集めてるの?」
ドロシーがディアゴルが仕分けしていた木箱の中身から一枚手にとってつまらなそうに呼んでいた。
「ああ、こちらは、龍の山脈周辺の資料でございます!」
「そうか、確か、ハルさんが集めてる情報だよね?」
「はい、そうでございます」
「いったい何に使うんだろうね?」
「受付の者が彼から聞き出したところでは、国が出してる避難区域には漏れがあるとのことで、潜在的に隠れている村や町にも作戦当日までに避難してもらうようにするために、情報を集めているとのことでした」
「そうか、それが本当だったらマジの善人だな…」
「ええ…」
ディアゴルもハルのこの行動には一目置いていた。しかし、彼女の言い方から何か引っかかるところがあるのか小さな疑問が生まれた。ただ、そんなことよりも、なぜ彼女がここに来たのかディアゴルはそっちの方が気になっていた。
「ところでドロシー様、今日はどういったご用件で?」
「ん?ああ、そうそう、はい、これ、こいつを渡しに来た」
彼女の服のポケットから取り出された、真っ黒な手紙をディアゴルは渡された。
「これは?」
「ハルさんにそこの資料届けるんでしょ?だったらその手紙もついでに届けて欲しいんだ」
「いつまでにでしょうか?」
「なるべく早くがいいな」
「分かりました、でしたら、明日にでも届けさせていただきます」
「頼んだ」
そう言うとドロシーはギルのもとに歩いて行き、「いい酒場を見つけたんだ、付き合ってくれ」と声を掛けていた。
「ディアゴルさん、それではこれで私たちは失礼させてもらいます、お邪魔しました」
「バイバイ」
ギルは軽く頭を下げて、ドロシーは手を振っていた。
「はい、お二人とも夜も遅いのでお気を付けて…」
ディアゴルがそう言うと二人は部屋を出ていった。
誰もいなくなったのを確認したディアゴルの額には緊張で汗がびっしょりだった。
『びっくりした、まさか、ドロシー様が直接ここに来るとは…』
未だに心臓の鼓動が鳴りやまないディアゴルは落ち着いて机に隠していた酒をいっぱいグラスに入れて一気に飲み干した。その後すぐに作業にディアゴルは戻っていた。
「全部は間に合わないか…ならば、中間報告という形で送るか…」
ディアゴルはその日徹夜をして資料を木箱に詰めていった。
***
夜のパースの街を歩く、ギルとドロシーはお目当ての酒屋を目指していた。ギルが炎魔法で前を照らしながら二人は歩いてく。
その途中ギルが彼女に質問した。
「ドロシーさん、あの手紙結局何だったんですか?」
「あれはヒントだよ、黒龍討伐に関わるヒント」
「ドロシーさん何か知ってるんですか?」
ドロシーは首を振った。
「ううん、僕は何も知らないよ、でも、知ってる奴を知ってる。ていうか、龍のことならやっぱりシフィアに行かないとだからね。手紙にはそいつの居場所を書いておいた」
「ドロシーさんもハルさんのこと応援してるんですね」
「いやいや、そんなんじゃないよ、僕はただ彼の力を見極めるためにここに戻って来てるんだけだ」
「だったら、直接戦うとかはダメなんですか?」
「それも考えてるけど、今の僕たちにはやることがあるだろ?」
ドロシーは周囲に目を配らせた。炎が照らす外は夜の闇が支配していた。
「そうでした、この街に入って来た邪魔なゴミを掃除をしなくては…」
「この街には今物騒な奴らが集まって来てる、そこでハルさんが衝突してもらっても困る。だから、ヒントを出して彼にはシフィアに行ってもらうんだ」
「ああ、だから、あの手紙を?」
「そう、掃除が終わるまで彼らにはシフィアに避難してもらう。そっちの方が僕たちもここで動きやすいからね」
「なるほど、それは名案でしたね」
「でしょ、でしょ?」
ドロシーが誇らしげに胸を張って笑った。
「と、まあ、そんなことは置いといてギル、早く酒場に行って美味しい酒をたらふく飲もう!」
ドロシーはギルの腕を掴んで夜の街を走り出した。
パースの夜。炎の明かりが届かない深い深い闇の中では、血の匂いが漂っていた。