降り立つ竜姫
銀色の竜が第一運動場で旋回する。夏の日差しを弾く銀色の鱗が眩く輝く。するとそこからひとりの女の子が飛行魔法を発動してゆっくりと空から下りてきた。
その空から降りてきた女の子の両足の裏と背中の左右にそれぞれ二個ずつ、計四つの光のリングが浮いていた。その光のリングからは細い炎のような光が常に排出され彼女の身体のバランスを保って身体を浮遊させていた。
その女の子には鱗の尻尾があり、ひと目で竜人族であることがわかった。
さらにその飛び降りてきた女の子は軽装鎧に身を包み、背中に二本、両腰に二本、剣を携えており、さらに軽装鎧のいたるところにポケットがあり、何本も短剣が仕込まれていた。そんな、全身凶器に身を包まれた女の子がハルの目の前に降り立った。
「どうも、ねえ、あなたたち、少しここら辺を案内してくんない?」
水色の髪をいじりながらその謎の女の子が言った。その彼女の白銀色の瞳はハルたちの方を少しも見ていなかった。
「えっと、どちら様ですか?」
「はぁ、まあ、そうか、知らないよな…うち全然大きなイベントには連れていってもらえなかったからな」
ため息をつき独り言をつぶやきながら落ちこむその女の子。が、しかし、前髪を整えることは止めずに着地でボサボサになった髪を整えることに集中していた。
「あの…」
「ああ、ごめん、ごめん、空飛んでると気持ちいいんだけど、セットした前髪が崩れんだよね、もうちょっと待ってて」
彼女が腰にあった剣をおもむろに抜取り、ピカピカに磨かれた剣の剣身を鏡として利用していた。前髪を整える間、彼女は退屈になった口を動かし始めた。
「あ、そうだ、ねえ、聞いて、聞いて。この街にあのダーダーちゃんと一緒に入ったとたんさ、一斉に辺りから鐘が鳴り始めてさ、もう、超最高だった。パースの街がこんなに素敵な街だとは思わなかったよね。ほんと来て良かったって思った!」
ハルは、今も周囲から鳴っている鐘がこの子のしわざだとわかったことで少し安堵した。なぜなら、原因の者がここにいるからだ。
「あの銀の竜は君の竜なの?」
ハルが上空で旋回している銀の鱗の翼竜を見上げる。
「ん?そうそう、正確には国で飼ってる竜なんだけど私とあいつは親友だからいつでも背中に乗せてくれんだ」
やはりまだ前髪の位置が気にならないのか、彼女は剣に映る自分を凝視していた。
「君の国ってもしかして、シフィアムかな?」
「お兄さん、正解、よくわかったね」
竜人族の住む国で、竜が有名なところは、シフィアム王国しかない。他にアスラ帝国が竜を扱っているが、種類も少なく、小型や中型の赤い翼竜が主流であり、バリエーション豊かな銀の竜がいるなどシフィアム王国以外ではありえなかった。
「すると君はシフィアム王国から来たのかな?」
「そう、私だけ先行してあのダーダーちゃんと来ちゃったんだけど…よし、前髪完璧!」
女の子が前髪を整え終わると剣をしまってやっとこっちを向いてくれた。
「で、後から二人も遅れて来るんだ…けど…さ……」
しかし、そこで彼女がハルを初めて視界に入れると、急に今まで無視していたのに一歩踏み込んで身体を寄せてきた。
「お兄さん…いい瞳の色してんね。もうちょっとお兄さんの顔よく見してくんない?」
「え?」
ハルは胸ぐらをつかまれて、彼女の方に引き寄せられ、ジッと顔を覗きこまれた。その間彼女はハルの青い瞳を、ハルは彼女の白銀色の瞳を互いに数秒見つめ合った。
思考が追い付かないハルだったが慌てて彼女を振りほどき顔を離した。
「ちょっと、急に何するんですか!?」
「いいわ、お兄さん、面もいいし気に入った。名前なんていうの?教えてよ」
ハルは、半袖の騎士服の掴まれてよれた部分を直しながら、しぶしぶ名乗った。
「ハル・シアード・レイです、はい、これで俺も名乗ったんだからあなたも…」
「マジか!!?」
彼女が喜びと驚きの混ざった声をあげ、再びすり寄って来た。
「じゃあ、あなたが、あの白虎の討伐者なの?」
「そうですけど?それより、あなたはいったい…」
ハルが彼女の正体を知りたいがために何回も尋ねようとするが、その前にことごとく彼女は言葉を遮っていき、そして、次の彼女の口からはとんでもない言葉が飛び出していた。
「決めた。私、ハルを婿にもらうわ」
「はぁ?」
ハルの思考は完全にそこで止まった。
「ハァ!!?」
後ろの日傘で呆然と二人のやり取りを眺めていた四人も一斉に声をあげた。特にライキルの顔にはしわが寄って、さらに殺気立っていた。
「いやあ、最初はどれくらい強いか自分の目で確かめるためだけだったんだけど、ハルは、面もいいし、それに何より、綺麗な瞳してる。こりゃ完全に一目惚れってやつだ、我ながら参ったってやつだ…」
ハルが冗談で言っているのかと彼女を見るが、彼女の目は真剣そのもので、本気で言っていることが十分に伝わった。
「どお?私と結婚してシフィアムの王族にでもならない?」
『え、今、王族って言った?』
ハルの頭に疑問が浮かび上がる。
「王族!?」
そこで我慢できず日傘から出てきた暑さも気にならなくなった殺気だった鬼も、王族という言葉を聞くとピタリと足を止めていた。
「うちの名は、キラメア・ナーガード・シフィアム。竜舞う、シフィアム王国で王女やってます!みんなよろしくね!!」
完璧な前髪を持つ女の子が自分の正体を明かす。
ハル含め、その場にいた誰もが大声で驚きの声をあげていた。
その時、周囲から鳴り響いていた鐘の音はいつの間にか鳴り止んでいた。