一緒にいよう
静けさが夜の古城アイビーに広がる。ハルは食後、寝る前の身支度を終えた後の空いた時間を、屋上で星を見ながら夜風に当たって過ごしていた。昼間の暑さを忘れさせてくれる夜の風は心地よく、頭上に広がる満天の星空は小さな悩みを忘れさせてくれた。
屋上から見える城壁内の街の明かりが消えていく。ひとつまたひとつと。明日を迎えるために暮らしの明かりが消えていく。
「そろそろ、行こうかな…」
屋上からハルたちが泊まる部屋がある一階の通路まで階段を下った。
誰もいない廊下は暗く昼間とは違いどこか不気味な雰囲気を纏っていた。夜はいたるところが不鮮明で得体がしれない。人は得体の知らない理解できないものを嫌い恐怖する。恐怖という感情を必要以上に避けて生きたがる人々は、なおさらかもしれない。ただ、それはとても正しい反応で恐怖を感じたら逃げるか戦うかの二択を迫られる。
ハルは思う、それならば、自分はどうか?と、逃げるのか?戦うのか?
ハルは夜に溶けてしまいたかった。そうすれば、きっと、ここ最近、いや、それよりも前から抱いていた複雑な思いに悩まされなくて済んだかもしれない。けれど、自分にちゃんと感情があって良かったと思ってもいた。そうじゃなければ、今日の夕食にみんなと騒いだ時に、ひとりだけ笑えていなかっただろうから。
ハルがひとつの部屋のドアを六回ノックした。するとそのドアがゆっくりと開いたので部屋の中に入った。
その部屋に入ってハルが真っ先にしたことはその部屋で待ってくれていた金髪の愛しの彼女を抱きしめることだった。彼女は遅かったですねと少し怒っていたが、謝りもしないでただぎゅっと抱きしめるハルに、機嫌をよくする。
二人はベットに腰を下ろして、今日あった自分たちの出来事を話し合った。
ハルは知りたかった今日彼女が何を見て何をしたのか?疑いからではなく、ただの愛情からくる好奇心から、素直に彼女の見た世界を知りたかった。
ハルが今日何があったか尋ねると、彼女は楽しそうに自分の今日の出来事を語った。その間、ハルはあいづちや質問を重ねながら、彼女が過ごした今日のことに耳を傾けた。
彼女の話しの中心は、ガルナとした稽古と筋トレのことだった。そこで彼女は自分はまだまだ力が足りないと言った。「強くなりたい?」と聞くと、彼女は「当たり前です!」と言ってふくれっ面を見せたあと照れくさそうに笑った。「私だってもっと強くなってあなたを守ってあげたいんです!」彼女がそう言って手を握って来た。彼女の握って来る手はごつごつしてたくましかった。それは努力の跡が見て取れる素敵な手だった。
「嬉しい、期待してるから」と言うと「ほんとですか?」と、疑われてしまった。おかしいのだろう、ハル・シアード・レイを超えて強くなることを期待するということは。
「うん、期待してる、ライキルのここの強さ」
自分の胸に手を当てた。
力で守ることは任せて欲しかった。だから、ハルが求めるのは心の強さだった。
「え、もしかして胸の話しですか?それだったら私は結構自信が…」
「ライキル、心の話しだよ」
微笑みながら穏やかに間違って伝わっていることを訂正した。
「分かってます、ちょっとふざけただけですよ!」
そこで、ライキルが猫のようにすり寄って来て、ハルの膝の上に頭を乗せた。仰向けになった彼女と目が合う。軽く膝の上に乗っている頭を撫でると、彼女はまさに猫のように目を細めて気持ちよさそうな表情をしていた。
「でも、ハル、心を強くってどうすればいいんですか?」
膝の上の金髪の子猫が質問をしてくる。
「俺もよくわかんないな…」
「ええ、じゃあ、私、ハルの期待に応えられませんよ」
「困ったね」
「困りました、このままだと、私、ハルに嫌われちゃいます…」
本当に困った顔を見せるライキルに、ハルは少し笑って言った。
「君の愛する人は期待に応えられないくらいで、こんなに素敵な女性を捨てちゃう人なの?」
「まさか、私の愛する人は、困っている人がいたらたとえその人に嫌われてても命を張って助けちゃうような人ですよ?彼は私のことが大好きなんです。きっと死んでも私のことは離しませんよ!」
自信満々に彼女は言い切る。
「アハハハ、そうだね、君を愛してる人もそう言ってる。ずっと傍にいて欲しいって」
「ずっと傍にいます、絶対に離しませんし、離れません」
「嬉しいよ、ありがとう」
二人の目が合うと、互いに微笑みあった。
そこでライキルが起き上がって来ると、腕を後ろに回された。彼女のこういった動作は余念がなく素早い。互いの唇が触れ合って時間がゆっくり流れる。
二人はそのままベットに倒れ込んだ。
ずっと続けばいい、こんな何でもない日に、愛する人と愛し合う日々が、これから先もずっと。
「大好きだよ、ライキル」
「私も、ハルが大好きです」
一緒にいよう、愛しているから。一緒にいよう、傍に居ると安心するから。一緒にいよう、これから先も笑って楽しく暮らしていけそうだから。
それと。
喧嘩しても一緒にいよう、変わってしまっても一緒にいよう。終わりが来ると分かっていても一緒にいよう。
最後まで、一緒にいよう、その時が来るまで一緒に。
***
夜もすっかり更けた頃、愛する人が隣で眠りについた。
ハルは隣で眠るライキルの頬を優しく撫でた。
「愛してるよ、おやすみ…」
それからハルも目を閉じて朝を待った。