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秘密の来客

 夕暮れ時、ハルとユーリは図書館から古城アイビーに戻った。ハルが正門から敷地に入り、城の本館を見ると、ぽつぽつと城に明かりが灯りだしており、その温かい光が窓から漏れているのを見た。今日も一日が終わり、使用人たちが夜になる前の準備を進めてくれているのだろう。


「今日は俺の用事に付き合ってくれてありがとう、とっても助かった」


 古城アイビーの本館の真ん前にある噴水広場の前で、ハルは別れ際にユーリに声を掛けた。


「ハル団長のお力になれたなら俺も嬉しい限りです。もしまた何か俺にできることがありましたら呼んでください。力になります!」


「わかった、その時はお願いするよ、あ、あと手紙のことお願いね」


 ユーリに渡していた、アストルの手紙のことだった。


「はい!任せてください、それでは失礼します」


「おやすみ、ユーリ」


 ハルが最後に手を振りながら付け足すと、ユーリは微笑んだあと一礼して、噴水広場から城の東館側の道を真っ直ぐ歩いて彼の住む第二騎士寮に帰っていった。

 ユーリと別れたあとハルも本館の扉を開けて城の中に入った。

 城のエントランスに入ると中は夜に備えていたるところにロウソクの炎が灯っていた。

『部屋に戻って何しようかな、食事まで時間があるし、みんな戻って来てるかな…』


 ハルが、暇な時間をどう潰そうか考えながら、エントランスから東館に続く通路の扉をくぐろうとした。


「シアード様、お待ちください」


 ひとりの使用人がハルのことを呼び止めた。


「どうかしましたか?」


「シアード様にお客様がお見えになっております」


 たいていの客人はデイラスが断っているはずなのだが、よっぽど自分に大事な用事がある人物が来たのかと、使用人に名前と居場所を教えてもらった。


「場所は二階の応接室です、お越し下さったお客様の名前は…」



 ハルが使用人から場所と名前を聞くとすぐに告げられた二階の応接室に向かった。


 大きな両開きの扉を開いて中に入ると、そこには小奇麗な身なりの品の良さそうな恰幅の良い四十前半ほどの男性がひとり紅茶を頂いていた。


「リッチーさん、お久しぶりです」


「ああ、シアード様、お久しぶりです!」


 その男は慌てて紅茶をおいて席を立ち一礼した。そして、男は嬉しそうに声を震わせて言った。


「はぁ、こうしてまたシアード様にお目にかかれることを、わたくし大変嬉しく思います。お元気で?ケガなどはありませんよね?」


「アハハハ、お気遣いどうも、でも、安心してくださいこの通り元気です。それより、かけてゆっくりしてください」


 ハルが男に座るよう促して、自分も彼の正面のふかふかのソファーに腰を下ろした。すると、部屋で石像のように動かず気配を消して待機していた使用人が動き出し、ハルに何が飲みたいか尋ねて来た。そこでハルも紅茶をひとつもらうことにして、注いでもらった。


「リッチーさん、それで何の用件でここへ?」


「それが…」


 リッチーと呼ばれる男はひとつ咳ばらいをして答えずらそうな表情を浮かべた。


「なんでしょう?」


「シアード様の金庫が底を尽きました」


「なるほど」


 モデス・リッチーそれが彼の名前だ。彼はレイド王国の王都にある国家が運営している巨大な銀行『金花』の銀行員だった。

 国家の資金を保存、管理する場所でもある金花、そこにハルも剣聖時代に稼いだ報酬などのお金を預けて管理させていた。


「いつ頃ですかあれは、先々週でしたか?それとももっと前ですか?シアード様はかなり高額なお買い物をされましたよね?」


「ああ、はい、しましたね。ちょとメイメイで宝石を買いました」


 ライキルにプレゼントしようとした大量の宝石のことを思い出す。


「そうです。それで私のところにメイメイの方がいらっしゃって支払いの手続きをしていきました」


「そうでしたか、金額は足りましたよね?あの金庫の中身以上は買ってなかったはずなんですが」


「ええ、その点は大丈夫です。お支払いは無事に終わりました。ですが、シアード様、各方面に納めていたお金の方のことで今日はお伺いしに来たんです」


「…そのことでしたか」


「はい、シアード様は現在、孤児を引き受ける教会、レイドの各道場、白魔導協会、医療会、などなど、あらゆる場所に毎月寄付をしておりますよね?」


 ハルは毎月入って来る報酬の一部をレイド王国に還元するために寄付をしていた。

 これは自分では手が届かなかったり救えない人たちを救うための些細な手助けであった。やはり、剣を振るうだけでは人助けには限界があるのだ。


「それだったら、今後も途切れないように続けて欲しい。資金は、今この古城アイビーの倉庫にメイメイの宝石がたくさんあるから、その宝石を売って資金にして欲しい…」


 ハルはそこで金遣いの荒さを反省した。最近は自分のことばかりでいっぱいになり、剣聖時代に当たり前にできていたことが出来なくなっていた。


『情けない…』


 失敗した自分に嫌気がさし、肩を落とす。

 しかし、モデス・リッチーが、そこで言った。


「シアード様、実はそれには及びません」


「え、それはどういうことですか?」


 金庫がそこを尽き、資金が無い。そういうことではないのか?さっきまでそういう話をしていたはずなのだが、ハルにはもうさっぱり分からなかった。


「それが今月シアード様の金庫に入って来る報酬があまりにも莫大なものでして、報酬の一部の寄付も今までで通り行いますととんでもない額になってしまって、処理に困っていたんです。だから、シアード様の意思を聞きたくてここに来た次第です」


「え、待ってください、どういうことですか?お金が無くなったんじゃ…」


「いえ、逆です…」


 モデス・リッチーは、少しためらいながら微笑んだ。


「シアード様のもとに四大神獣白虎討伐の報酬が入って来たのです」


「ああ、そういえば、まだでしたね…」


「ええ、それで驚かないでください、今回入ってきた額は……」


 ハルはそこで彼から入ってきた金額を聞いた。その額は軽くひとつの国を買える勢いだった。今まで剣聖時代に受け取った額よりも遥かに白虎討伐の報酬は破格の額だった。

 モデス・リッチーの考えによると、ハルが切り開いた霧の森がそもそも国数十個分もの経済効果を生むことが決まっているようなものだと、彼は語った。南との迂回ルートが無くなったことによって、これからレイド王国とアスラ帝国はさらなる繁栄が見込めると熱く彼は語り続けていた。


 そんな熱く語る彼を落ち着かせ、ハルは話しを戻し進めた。


「リッチーさん、だったら、これから毎月の寄付を倍ぐらい増やして、寄付する場所ももっと広げてください」


「分かりました、では、寄付する先は、いつも通り第三者の監視機関を交えて公平に決めたあと、シアード様にリストをお送りします。忙しいところ申し訳ありませんがよろしくお願いします」


「苦労を掛けるね」


「とんでもございません」


 モデス・リッチーがそこでやっと落ち着けたのか紅茶に手を伸ばしゆっくりと味わっていた。


「あ、そうだ、最後にひとつ頼みたいことがあるんだけどいいかな?」


「はい、なんでしょうか?」


 モデス・リッチーが紅茶をテーブルの上にすぐに置くと聞く態勢に入っていた。


「ビナ・アルファって子にも、新しくお金を残しておきたいんだ。レイド王国のライラ騎士団所属の騎士で赤い髪の女の子なんだけど…」


「シアード様、その、よろしいのですが…」


 心配そうな顔でこちらを見つめてくる。彼は優しい人なのだ。


「お願いできますか?」


「はい、もちろんです。ですが…私はそのお金が彼らに渡らないことを常に願っていますからね…」


「ありがとう、リッチーさん」


 神獣討伐以前、ハルは自分が死んだときの保険として前から、ライキル、エウス、キャミル、ガルナ、カイ、テオン、リーナ、ニュア、デイラス、そして、シルバ道場などなど、お世話になった人たちにお金を残すために貯めていた。その中に新たにビナの名前が加えられることになったのだった。


 そして。


 お金の話が終り、モデス・リッチーとハルはしばらく雑談をしていた。ただ、辺りも段々と暗くなってきたので、話しも途中だったが彼は、帰宅しなければならないことを告げた。


「帰りは何で?」


「護衛つきの馬車で来ているからご心配なく」


「そうでしたか」


「それでは、私はこれで失礼させてもらいます」


「見送ります」


 モデス・リッチーは首をぶんぶん左右に振ってとんでもないと言っていたが、ハルが強引に見送った。

 古城アイビーの門の前には、馬車が止まっており、そこに騎士が二人いた。モデス・リッチーが最後にハルに別れの挨拶をすると、馬車に乗り込み、薄暗い道を馬車が駆けていった。


 来客が帰るとハルは城の本館に戻った。玄関の扉からエントランスへ、そして、そのまま、中庭へと続く扉まで真っ直ぐ歩いた。中庭に出るとそこには楽しそうに夕食を食べている、ライキル、エウス、ビナ、ガルナの姿があった。


「あ、お帰りなさい!」


「お、やっと来たか、何してたんだ?」


「ハル団長、待ってましたよ!」


「ハルの分の肉、残しておいたぞ!」


「みんな、ただいま」


 ハルは、銀行員のモデス・リッチーのことは、一度もここの誰にも話したことはなかった。



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