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龍の山脈について

 ハル、ビナ、ユーリの三人は、古城アイビーの門を出て、城の敷地を取り囲む塀に沿って歩いていた。三人が目指す場所は、この崖の上に立つ古城アイビーの城壁内の町にある、トロンという名の巨大な図書館だった。

 珍しく一般にも公開されている図書館ではあるが場所が、城壁内ということもあり立地的にも、よっぽどの本好きじゃなければ足を運ぶ下町の人々はほとんどいなかった。


 ただ、古城アイビーからは徒歩で数分とかなり近いため、ハルの両隣にいるユーリとビナの二人はよく顔を出しているとのことだった。


「ハル団長、今日は誘って頂きありがとうございます」


「いやいや、こちらこそ、大事な休日を潰してしまって…」


 新兵たちはあの大会以後、一週間ほどの連休をもらっていた。みんな勝つためにずっと休みも少なく稽古に打ち込んでいたため、エウスとグゼン、シオルドの三人が話し合って彼らのために休暇を与えることを決めていた。

 そこで、ハルは以前話していた調べものを手伝ってもらうために、ユーリを図書館に誘っていた。


「そんなことありません、ハル団長のお手伝いをできるなんてこんな光栄なことありませんよ」


 ユーリがニッコリと笑みを浮かべている。稽古中はあまり見せない一面にそんな顔もするのかとハルも驚かされる。


「そうですよ、ハル団長、遠慮しないで私たちをこき使ってください!」


 ハルを挟んだユーリの反対側で、ビナが目を輝かせながら言う。

 彼女は、今日の中庭での朝食で、ハルが一緒に図書館に行く人を募ったときに、四人の中でたったひとりだけついて行くと手を挙げてくれた者だった。

 他の四人はそれぞれ用事があるようだった。

 ちなみに、簡単に説明すると、エウスはエリー商会の件で下町へ、そして、ライキルとガルナは二人で稽古とのことだった。


「二人ともそんなに気を張らなくてもいいよ、なんだったら、好きな本読んでてもいいし…」


「本なんていつでも読めます!!」


「あ、はい…」


 二人が食い気味に声をそろえて返答して、ハルを怯えさせていた。


『あ、そうだ、ユーリには言っておくべきだよね…』


 ハルは今朝の朝食を食べ終わった後、デイラスから受け取った手紙の内容のことを思い出す。


「ユーリ、少しいいかな?」


「はい、なんでしょうか?」


「今朝、朝一番で手紙が届いてね」


「はい、なんの手紙でしょう?」


「アストルが無事に目を覚ましたって、返事が来てたんだ」


「ほんとですか!?それは、良かったです」


 新兵たちにはエウスから大会が終わり次第アストルが古城アイビーを去ったことが伝えられた。その時、パルフェ家の名前は伏せられ、彼が無事保護されたことだけ伝えられており、余計な混乱は生じなかったが、みんな彼がいなくなったことで少しガッカリしていた。


「うん、それで、彼からみんなに宛てた手紙が送られて来ててさ、はいこれ」


 ハルが一枚の手紙をユーリに渡した。


 その手紙は朝食後、ハルが手紙が届いていなかったかデイラスのもとを訪れた際に受け取ったものだった。

 今朝、朝一番で三大貴族のパルフェ家が扱う封蠟(ふうろう)が押された手紙が三通届いていた。二通は約束した通り、ハルとデイラスへの手紙で、そして、最後の一通はパルフェ家からアストルが送ってくれた、新兵たちへの手紙だった。


「後で、みんなを集めてその手紙見せてあげて」


「はい、分かりました、きっとみんな喜ぶと思います」


「うん、よろしくね」


 ***


 ハルが図書館トロンに到着すると扉を開けて中に入った。続く二人も後ろからついて来る。

 図書館の中は本に囲まれた静謐な空間が広がっていた。一階と二階には本棚がずらりと並べられ、ところどころにテーブルと椅子が用意され本を読むスペースが確保されていた。さらにこの図書館の四方の壁は本棚になっており本が敷き詰められていた。


 中に入ってまず目指す場所は入り口の脇にある図書館のカウンターだった。カウンターでは来場者への本の案内や、トラブル対応など来てくれた人と図書館側が繋がる場所となっていた。そこにハルたちが顔をだしてある人物がいないか探し回ってみた。

 いつもならカウンターの奥のお決まりの場所で、何かしらの資料をずっとまとめたりする姿が見て取れたりするのだが、ハルたちが覗いた時に、その人は見当たらなかった。それに、カウンター内を見ればすぐにその人がいるかいないかは一目で分かった。なぜなら、その人は他の人達よりも圧倒的に目立つ姿をしているからだ。


「ここにはいないみたいだね」


 ハルがカウンター内を見渡す。


「どこかで本の整理でもしてるんだと思います」


 ビナがカウンターに背を向け、後ろに広がっていた本の森を見渡した。


 ハルたちはカウンターにいた司書に自分たちが来たことを伝えておくと、早速、調べものをするために三人は本の森の奥に足を踏み入れていった。



 左右を本棚に囲まれた道を進む中、ユーリがどんなことを知りたいのか聞いてきたのでハルは簡潔に答えた。


「そうだね、まずは地図を集めてくれないかな?」


「地図ですか?」


「うん、置いてある場所とか分かる?というかその前に地図おいてるかな?」


 ハルが尋ねると、ビナが素早く手を上げた。


「はいはい!私、地図置いてある場所分かりますよ!」


「ほんと!案内してくれるかな?」


「任せてください!」


 ハルたちはビナを先頭に本の森を進んでいった。通り過ぎて行く際にハルが置かれている本の題名に目を通して行く。しかし、歩いている場所の本棚には、家を建てるための設計などを学ぶものや、この世にある物質の構造や変化を綴ったものや、数字を複雑に扱ったものなど、その道の専門家が読むような学術的なものが多く、ハルの興味をそそるような本はなかった。

 そんな専門的な分野の本棚を抜けて、ちょっとしたスペースに出た。


「確か、この辺でしたよ…えっと、あ、ありました!」


 ビナがひとつの本棚に駆け寄った。ハルたちも後を続くとそこには、こじんまりとした本棚に数冊だけ本が入っていた。


「案外、少ないんですね、ここだけなんですか?」


 ユーリがその本棚から一冊取り出して、ページをめくって中を確認し始めた。


「うーん、私が知ってる限りだと地図はここにしかないよ」


 ビナも一冊手にとって中を確認する。


 二人がペラペラとページをめくっている中、ハルも一冊適当にそのこじんまりとした本棚に入っている本を開いた。

 本の中身はちゃんと地図であり、本のページが広げられるようになっていたりと面白い仕組みがあったのだが、その内容はかなり大まかでぼんやりとしていた。その本に書かれていた国の名前などは確かに正確だったのだが、主要な国や有名だった国の名前しか載っておらず、とてもじゃないがハルが知りたい情報はこの本棚にある程度のものでは、満足できるものはなかった。


『ここならいろんな地図があると思ったんだけどな…』


 ハルが残念そうに本のページをめくる。

 知りたかったことは、龍の山脈周辺の詳細な情報。特に大きな地図には載っていない小さな村や町の情報。


『ギルドにも依頼したけどまだだもんな……』


 ハルは、龍の山脈周囲の詳細な地理の情報を収集するようにとの依頼をすでに冒険者ギルドに出していた。

 依頼の結果である報告書はまだ届いてなかったが、自腹で多額の資金を投入したため、それなりのものは届くと確信していた。


『俺自身もちゃんと調べておかないと…』


 ただ、冒険者ギルドに依頼してもまだ不安なハルはこうして、図書館に赴いて自らの情報収集も怠らなかった。

 なんなら、デイラスに頼んで、龍の山脈周辺の国から地図を集めてもらうように頼んでも良かったのだが、他国に自国の正確で詳細な地図を渡す国などまずなかった。戦争がなくなって何百年となるが、それでも地図を渡すことはその国の弱点を晒すようなものだからだ。近年はどこの国も友好的な関係を築いているが、それでも、自国が不利になるような行動を進んでする国はない。そう考えると届いた地図だって信頼性に欠けるものかもしれない。それでは、意味がなかった。ハルが欲しいものは確実な事実に基づいた正しい情報が載った地図だったから。

 そもそも、他国への願いは、政治が絡んでくるため、ことは単純ではない。だから、そう考えると、冒険者ギルドのようなどこの国の力も及んでいない機関に今回の調べものの件を頼んでおくのは正解だった。もちろん、その国が立ち入り禁止しているところなどの情報は手に入れられないが、今、欲しい情報は、地図にも載っていない小さな村や町などであるため、関係はなかった。


『やるって決めたんだから…』


 作戦当日まで自分ができることは全部やるつもりでいるハルは、気合を入れ直し、役に立ちそうにない本を勢いよく閉じた。


「お気に召さなかったですか?ハル団長…」


 隣にいたビナが申し訳なさそうにこちらの様子をうかがっていた。


「え?ああ、そうだね…せっかく案内してもらったけど、ちょっとこの地図じゃ物足りないかな…」


「そうでしたか…」


 しょんぼりとするビナに慌ててハルはフォローをいれた。


「大丈夫、落ち込まないでビナ、俺もちゃんと二人に何が知りたいか伝えてなかったのが悪いし、それに本当の調べものはこれからになるんだけどいいかな?」


 ビナとユーリが、ハルの顔を見て、「もちろん」と返事を返した。



 それからハルは、空いているテーブル席を拠点に、二人に図書館中から、龍の山脈周辺に関連のある本を片っ端から集めてきてもらい。それをハルはひたすら目を通す作業に入った。

 ある程度本を集め終わると三人で横に並んで黙々と本を読み進めていった。

 その中で特に参考になった本が各国の隠れた観光名所を紹介する本で、龍の山脈周辺の村や町が載ったページがあったが、それもほんの数か所であり、所詮その程度であった。ただ、その紹介されていた村は地図に載っておらずハルは持参していた紙とペンで情報をメモしていた。


「ハル団長、ひとつ聞いてもいいですか?」


 ユーリが本から顔をあげてハルに質問した。


「いいよ、何かな?」


「なんでここまで龍の山脈周辺の地理について調べているんですか?」


「ああ、それはね…」


 ハルの頭の中で、本当の理由と別の理由の二つが浮かび上がった。


「ユーリはさ、龍の山脈がどういう場所だか知ってる?」


「はい、一般的な話ですが、龍の山脈の中心には黒龍の巣があるということは…」


「そうそう、龍の山脈はさ。まず、針みたいな山に周りがぐるっと囲まれてて、そこからさらに山脈がいくつか続いたあと、その中心に黒龍の巣があるって言われてるんだよね。ただ、誰もその黒龍の巣がある山脈の中心に立ち入ったことが無いから、本当のことは謎のままなんだよね…」


 龍の山脈の外周は、断崖絶壁のような山々に囲まれていた。それは山というよりかは外敵を寄せ付けない巨大な壁だった。

 その龍の山脈を取り囲んでいるそびえ立つ針の山を登り切った者、超えた者は誰もいない。

 龍の山脈周辺はマナがあるため、飛行魔法を使えばその山を飛んで越えることができるのだが、その針山の近くで、ある一定の高さまで飛行魔法で登って、その針山を越えようとした時だった。飛んでいた者の天から強風が吹付けその山の山頂に叩き付けられた、との事例があり、それ以来、龍の山脈を取り囲む山脈は【針山】となずけられ、飛行魔法で飛ぶことが禁止になっていた。

 そのため、龍の山脈を正規のルート以外から攻略するのは不可能と言われていた。


 ちなみにその正規のルートというのは、アスラ帝国の領土内にある、龍の口とも呼ばれる場所から入ることであった。その龍の口と呼ばれる以外の場所からの侵入は誰も成功させた者はいなかった。


 龍の山脈は霧の森同様未だに人類の目から正体を隠し続けていたのであった。


 そして、ハルはユーリの疑問に答えてあげた。


「そこでなんだけど、ずっと今まで分かって来なかったことを調べるよりも、今、分かっていることを調べてそれを次の黒龍討伐に繋げられたらなって俺は思ってたんだ。それに知らないより知っていることは多い方がいいからね…」


「なるほど、では、ハル団長、黒龍についての本も持って来ましょうか?黒龍のことも知っておけば、何かの役にきっと立つと思いますし」


「…黒龍か…そうだね……」


 そのユーリの意見にハルは言葉を濁した。


「あ、はい!はい!私も黒龍のことについてはもっと知っておきたいです!今後戦うことになることは確実ですからね!」


 ビナが手を上げながら言った時、そこでハルの身体や表情は一瞬、完全に固まってしまった。気が付けばビナのことをジッと見つめていた。


「ハル団長、どうしたんですか?」


「ああ…ううん、なんでもないよ。そうだね、黒龍についても、もっとみんなで学ぼうか!」


 ハルは無駄に明るく答えた。場の空気に合わせて黒龍について事前に調べるという誰から見ても正しい判断に賛成した。そっちの方が自然だったし、変に思われることもなかった。


 気持ちを切り替える。


「ただ、そうなると、やっぱり…」


 ハルが辺りをきょろきょろ見渡すが肝心の人がいない。黒龍について調べるとなると、その人がいなければ、きっとこの図書館のどこを探したってお目当ての本は見つからない。なぜなら、四大神獣に関する本はたいていあの場所にあるからだ。


「禁書庫ですか?」


 ビナがハルの考えていることを見透かしたかのように言った。


「そう、だから、そのために……」


「フルミーナさんを探さなきゃですね!」


 三人の頭の中にはいつも優しく上品に微笑んでいる、おしとやかなエルフの姿が思い浮かんだ。まさにこの静かで落ち着く場所が様になっているそんな人。


 ただ、そう、みんなが思い浮かべている前に、慌てたひとりのエルフが現れると、あくまでもそれは個人の想像の中の姿であって、現実はまさに常に変わり続ける動態の中にあるものであると思い出させる。


「みなさん、お越しになっていたのですね!!」


 寝巻姿の上に、この図書館の制服エプロンを身につけただけのフルミーナが息を切らして現れた。彼女は完全に寝起きのようで、頭にはいくつもの寝癖がついていた。


 三人は想像の中の彼女のイメージとの乖離が激しく呆気にとられていたが、フルミーナが固まっていた三人に「どうしたんですか?」と首を傾げて質問すると、一斉に笑ってしまっていた。ただ、三人は彼女の新しい側面が見れたことがなんだか嬉しかった。


「あれ、なんで皆さんそんなにニコニコしてらっしゃるんですか!?」


 フルミーナは自分が寝巻姿だということに一切気がついていなかった。


 ***


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